こんなお話があります。
迎えようではありませんか!
還暦過ぎの鎌倉と猫をこよなく愛する神奈川県民。ひきこもりがちなヤバい息子と、愛護センターから引き取った保護猫と暮らしています。
「ショーグンさんだね、母から、じゃなくてセンターから連絡がありました。大きな病気はないって聞いてますが、詳しく検査しましょう」やっぱり、オレ様の予想はご明察だ。間違いなく目の前の佐々木先生とセンターの佐々木さんは親子だ。だって、母って言い間違えたんだからな。
オレ様はきっとすごいどや顔をしていたに違いない。動物看護師がくすくす笑って「なんか、ショーグンさん、どうだ~って顔しててかわいいですね」と言った。
そこへ、聞きなれた声がした。オレ様は、きょろきょろをあたりを見渡すと、子猫を抱っこしたゆうこさんらしき人がいた。オレ様は人間ほど良くは見えないが耳と鼻は効くんだ。見た目は多少変わっても、声や匂いは嘘をつかないから、不便はまったくない。
「おまえなの?!」やっぱりゆこさんだった。ゆうこさんは、情が移るといけないからってオレ様に名前をつけなかったから、いまだに「おまえ」だった。速足で近づいてきたゆうこさんは以前と変わりなく、さがり眉の優しい顔だった。
そして、オレ様だと確信して、その目が点になったかと思うと、次には大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。それはそうだ、オレ様が生まれて間もないころからオレ様を見守ってきたんだからな。養母ってところだ。ゆうこさんは、保護猫活動に参加して、コスモス動物病院でボランティアをしていたんだ。
オレ様はこの三人組と縁談成立となり、数日後、晴れて家族に引き取られた。その間、猫部屋のみんなにもお別れをいうことができてよかった。みんな幸せになってほしい、“猫も人間も安心して暮らせるのが一番”だ。これはセンターの獣医師、佐々木さんの影響が大きかった。佐々木さんの口癖は「猫が安心して暮らせる世界では、人間も安心して生きていける」だったからな。
こんな言葉をほかでも聞いたことがあった。コスモス動物病院だ! 院長はお唱えみたいにぶつぶつ言うこともあるし、待合室にもその言葉が掲げられていた。そして、オレ様はこの二人の関係をこの時、知ってしまった。院長の名札には「佐々木」とあったんだ。なぜ気づかなかったんだろう? このふたりの深い関係を。保護センターとコスモス動物病院の連携プレーの見事さは他人じゃできない技だ。年齢的には「親子」だろうとオレ様は踏んだ。
下僕たちは保護センターからオレ様を引き取ると、その足で動物病院へと向かった。ワクチン接種と健康診断を受けるためだ。 オレ様がこれまでに会ったことのある獣医はみんな優しかったから、病院にいくのはそれほどいやじゃなかった。とはいえ、初めての場所に行くのはどきどきする、それがオレたち猫の習性だから仕方がない。車の中では下僕Bが運転し、後ろではAとCがずっと話しかけてオレ様を落ちつかせようとしてくれた。やっと、揺れが止まり、後部座席のドアが開いた。下僕Cがオレ様の入ったキャリーケースをゆっくりと大事そうに抱えて待合室に入った。
すると、そこは初めての場所ではなかった!コスモス動物病院だった!ということは、ゆうこさんの家の近くなのかもしれない!ゆうこさん……。オレ様の胸は、不安ドキドキから期待ドキドキになっていた。(次号につづく)
「お見合い」の前日はたいてい、ブラッシングされるものだが、オレ様には何もなかった。だから、オレ様は人間が三人やってきてじろじろと猫部屋を見ているときも、いつものタワー最上階でくつろいだかっこうでみんなを見下していた。この三人組は何匹かの猫と対面していた。
「ううん、ちょっとこの猫は若すぎてだめだな」「こっちのは、ひっかきそうでいや」「あ、かわいい子!でも、猫エイズのキャリアかぁ。飼う自信ない~」などと言って、決まらないらしい。何回か見に来て、今回は候補の猫と対面で相性なんかをチェックしてるんだとさ。
「ねえ、この大きい猫、ちょび髭はやしたみたいで面白い顔だね」
三人組の中で一番若そうなやつが言った。すると、おばさんは、
「でも、なかなかすごみがあっていいかもよ」と言い、
「年もちょうど良さそうな感じだな」とおじさんも言った。
「それじゃ、対面してみますか?」と佐々木さん。
かくして、オレは急に候補に上がったってわけだ。猫部屋は大騒ぎだ。まさか、強面のオレ様が候補になるなんて想像してなかったからな。
オレ様は媚を売るのは苦手だし、人間を信用しちゃいなかったから、いつもの怖い顔でにらみをきかせた。
ところが、この三人組は何を勘違いしたのか、そんなオレ様をかわいい、癒される、デブ猫もいいわね、などと言い始めた。そして、オレ様を抱っこしてみたいとおばさんは言った。
このとき、オレ様は不覚にもゆうこさんの暖かい膝を思い出しちまったんだ。おばさんの手や膝はゆうこさんに似ていた。だから、ついまったりと思い出に浸ってしまった。あったかいひざが、なんだか、すごく懐かしいって思ったんだ。
「あらぁ、ショーグン、ほかの人にはぜったい抱っこさせてくれないのに!」と佐々木さんは驚いた。すると、おばさんが、
「でも、もう少し若い方がいいかな」と言い出した。
おじさんも「猫の寿命は短いし、しつけとかも小さいときじゃないと難しいんじゃないの?」と言う。
その時だ。
「この猫、がいい」そう言ったのは若者だった。若者はオレ様をおばさんのひざから抱きあげ、自分の腕の中に抱いてオレの体をなで始めた。いつもなら、シャーと言うところだが、なぜかこのとき、オレ様は嫌じゃなかった。それどころか、もっとなでてもらいたかった。この若者はどこかオレ様と似た匂いがしたんだ。
オレ様は、ずっと誰かを待っていた。ゆうこさんみたいにあったかい誰か、オレ様をいっぱいなででくれて、ずっと見てくれて、ひざで寝かせてくれる誰か、を待ってたんだ。