サイボウズ式 https://cybozushiki.cybozu.co.jp/ 「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト ja Copyright 2024 Thu, 28 Nov 2024 08:00:22 +0900 http://www.sixapart.com/movabletype/ http://www.rssboard.org/rss-specification 「これはできる?」って聞いてもいい。遠慮していた不安を障害者にオープンにすれば、「いっしょに働くためにできること」が見えてくる

「チームワークあふれる社会を創る」。サイボウズでは障害の有無にかかわらず、この理想に共感するメンバーが活躍できる会社づくりを、試行錯誤しながら進めています。

その一環として、障害がある方との相互理解を深める場をつくろうと、2024年9月に「障害者インクルードインターンシップ」を5日間にわたって実施。マーケティング本部では、弱視という視覚障害がある工藤蒼さん(筑波技術大学保健科学部情報システム学科)の受け入れが決まりました。

受け入れ担当者であるブランディング部の高部哲男と、エンタープライズ プロモーション部の河村大輔は「準備段階では、インターンの進め方について不安があった」といいます。

そんな不安をどのように乗り越えたのか? 一方、インターン生の工藤さんはサイボウズで過ごした日々をどのように感じたのか? インターン期間を過ごすなかで見えてきた気づきを語ってもらいました。

イメージだけでの「合理的配慮」は難しい

編集部
編集部
今回のインターンシップは、これまでとは異なる準備が必要だったと思います。おふたりは障害者といっしょに働くことに、不安はありましたか?
高部
高部
合理的配慮(※)については事前に確認をしていましたが、「移動はどうサポートしたらよいか」「資料はどうつくるのがよいか」など、対応についての一般的な知識は持ちつつ、より具体的な部分は実際にご本人とお会いするまで不安なままでした。

視覚障害を持った方と働くのが初めてだったので、わからないことがたくさんあって。

事前に聞くこともできたのですが、人によってはセンシティブなことでもあるので、どこまで踏み込んだことを聞いていいのだろうかと、躊躇もありました。

※合理的配慮:障がいのある人から、社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときに負担が重すぎない範囲で対応すること(事業者においては、対応に努めること)(総務省『「合理的配慮」を知っていますか?』より)

高部哲男(たかべ・てつお)。サイボウズ式ブックス編集長。1児の父。ブランディング部サイボウズ式ブックス所属。編集プロダクション、写真事務所、出版社などを経て、サイボウズ入社。「はたらくを、あたらしく」を合言葉に、多様な働き方、生き方、組織のあり方などをテーマにした書籍制作に日々奮闘中。インクルーシブを実践、体感したいと思いインターンに参加

編集部
編集部
たしかに、相手のことを理解したいからこそ、聞きたくなりますよね。
高部
高部
そうなんです。たとえば、インターンの初日、工藤さんが最寄駅からサイボウズのオフィスに向かう途中、道に迷うことがあったんです。

翌日以降も出社することを考えると、解決のために「普段はどうやって移動しているの?」「どんなふうに見えているの?」と率直に聞く必要がありましたが、それを聞いていいのか悩みましたね。
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高部
高部
このとき、僕の背中を押してくれたのが、サイボウズで働いている全盲のメンバーの言葉でした。

彼には僕たちが工藤さんを受け入れることが決まった時に話を聞いていたのですが、そのなかで、「わからないことがあれば、とにかく本人に聞くのがいちばんだ」と話してくれました。

そのおかげで「もしかしたら失礼なことを聞くかもしれませんが」と前置きはしつつ、遠慮せずに質問することができたんです。

実際に工藤さんと話しながら、駅からの経路を歩いてみると、点字案内板が気づきにくい場所に設置されているなど、一見障害を持った人に配慮されているよう建物でも、十分なものになっていないことを知りました。
編集部
編集部
直接本人に尋ねたことで、見えてきたことがあったんですね。河村さんは不安に思ったことって、ありましたか?
河村
河村
学生のインターンの受け入れ自体が初めてだったことと、研修を実施するにあたりどの程度合理的配慮への対応が必要か不安はありました。

河村大輔(かわむら・だいすけ)。大手メーカーで事業企画などを経験し、2022年サイボウズ入社。エンタープライズ プロモーション部にてアナリストリレーションズを担当。2023年に社内の障害者インクルードチームに協力し障害者雇用について調査した経緯から、インターンに参加。精神保健福祉士の資格取得のための勉強や難民支援団体WELgeeでのプロボノ活動にも取り組む

編集部
編集部
たとえば、どのような不安がありましたか?
河村
河村
事前のオンライン面談で確認した際、工藤さんから「画面全体を把握するためのモニターと、画面の一部を拡大して映すためのモニターの2つがあれば、資料は大体読める」と教えていただきました。

それで、研修資料は文字サイズをいつもより大きくした程度で、大きな変更を加えなかったんですね。ただ、実際にそれで十分かどうかわからなくて。

なので、インターンを進めながらご本人とお話ししながら対応しようと心構えはしておきました。

多様性のある会社には、人それぞれが快適に働くためのツールと環境が必要

編集部
編集部
工藤さんが体験した5日間のインターンの内容を教えてください。
高部
高部
1日目はオリエンテーションで、翌日から業務体験がスタートしました。業務体験の前半2日間は河村さんとサイボウズ製品を取り巻く市場についての講義とディスカッションを、後半2日間は僕と「多様性」をテーマにしたブランディング施策の企画を、それぞれ1対1で体験してもらいました。

家具の配置などはぼんやりと見えているという工藤さん。インターンでは、工藤さんのいつも作業環境に合わせて2画面のパソコンを用意。モニターの背景は黒にして文字をハイライトに。工藤さんが右画面でポイントした場所が、左側の画面で拡大される仕組み

河村
河村
初日、工藤さんが作業している姿を初めて見たとき、「拡大した文字を一つひとつ目で追いながら取り組む研修は、想像以上に負担がかかるのでは」と感じたんです。事前のヒアリングだけでは全然わかっていなかったなと。
編集部
編集部
実際の障害の度合いが想像とは違うことって、よくありそうです。
河村
河村
そこで、資料は補足的に使う形に切り替えました。研修中は二人で横並びになって、資料に書いてある内容を口頭で説明し、質疑応答を中心に、二人で喋り倒すような感じで進めたんです。
編集部
編集部
うんうん。
河村さんの写真
河村
河村
工藤さんと過ごすなかで、当社製品をはじめ、仕事で使うITツールが視覚にとても依存していることも実感させられました。ボタンなどが配置されていますが、視野が狭い方にとってはすごく見つけにくかったりします。
編集部
編集部
テキストコミュニケーションも多いですね。当たり前だと思っている環境も、不便だと感じる方々もいる。たしかに、今回のインターンがなかったら、なかなか気づけないことです。
河村
河村
視覚障害の方がわかりやすいように、通知音が鳴ればよいのかというと、音が多くて困るというお話も他の方に伺いました。ツールが助けてくれる部分もあるし、難しくしてしまう部分もある。
高部さんの写真
高部
高部
サイボウズでもすでにアクセシビリティへの取り組みが始まっていますが、同じITツールでも、ひとつの型に無理やり当てはめようとするのではなく、その人が使いやすいようにカスタマイズしたり、アップデートしたりできるといいなと感じました。

個々に合わせたやり方を整えつづける

河村
河村
今回受け入れで少しわかったことがあります。

一つは、受け入れ側の素の部分もさらけだすと、お互いに話しやすくなるということ。初日に工藤さんと受け入れメンバーで「共通点探しゲーム」というアイスブレイクをしました。好きな映画を言いあったり、くだらない冗談を言ったりと、フラットなコミュニケーションをとったことで、その後も会話しやすい関係性がつくれたのかなと思います。

もう一つは、お互いに言葉を交わしながら、働きやすい環境を少しずつつくりあげていくのが大切だということ。合理的配慮に対応した環境を整えて「用意しましたんで、どうぞ来てください」というのではなく、その都度、個々に「こういうのはどう?」と相談を重ねていくのが重要なんだと気づきました。
編集部
編集部
障害を一括りにして対応しない、ということですね。
高部
高部
インターン以前は「こういう障害だから、これが苦手だろう」という固定観念を持っていたと思うんです。だけど、工藤さんと直接会って話すことで、「障害も多様なんだ」と障害に対する解像度が上がって、個々に合わせた対応の大切さを実感しました。
高部さんの手元アップ
河村
河村
その上で、基本的には「自分でやりたい、できる」と言うことは本人に任せて、それをサポートするのがいいと思います。

とはいえ、ご本人が「できる」と思っていても、実際は負担が大きいこともあるわけで。そのとき、ご本人の気持ちを尊重して、丁寧に話し合うことが大切なのでしょうね。
編集部
編集部
なるほど。
河村
河村
たとえば、工藤さんは最初に「宿泊先のホテルからオフィスまで、自分一人で行けます」と言ってくれました。

でも後日、想定通りにはいかなかったので「じゃあ、明日は駅からいっしょに行こうか」と対応案を話して。最終的にはどうしたいのか、工藤さんに決めてもらいました。

逆に、最終日に行った研修発表のプレゼンでは、他の方が資料を見ながら発表するのに、工藤さんは全部記憶して発表されていたんです。事前準備も含めてすごいなと。
河村さんの写真
高部
高部
大前提として、障害のあるなしにかかわらず、インターン生という立場で「これはできますか」と聞かれて「できません」って言うのって、なかなか難しいと思うんです。遠慮の気持ちがありますから。

だれだって、そういう遠慮があるのは当然だと考えると、僕らが工藤さんと遠慮せずに話せる関係性を築けていたかは気になるところです。

障害は多様だから、してほしいことは本人に聞いてみる

モニター画面に映った工藤さんと話す、河村さんと高部さん
編集部
編集部
ここからは、工藤さんを交えてインターンを振り返っていただきます。
高部
高部
工藤さん、お久しぶりです。
河村
河村
河村もいます。よろしくお願いします。
工藤
工藤
お久しぶりです。こちらこそ、お願いします。
高部
高部
ぜひ、インターンでの本音を聞かせてください。早速なんですが、実はインターンが始まる前、障害について踏み込んだ話を聞くのは失礼なんじゃないかと不安でした。ご自身の障害について聞かれて何か気に障ったことってありましたか?
工藤
工藤
うーん、思い浮かばないです。明らかに馬鹿にするとかでなければ、「これは見える?」とか「これは大丈夫?」という気遣いは全然問題ないと思うので、腫れ物に触るかのように気をつける必要はないのかなと。

むしろ、障害についてわからないことを聞いてくださると助かる場面のほうが多いです。

工藤蒼(くどう・あお)。筑波技術大学保健科学部情報システム学科所属の大学4年生。「マーケティングへの理解を深めたい」という想いから、サイボウズの障害者インクルードインターンシップ・マーケティング業務体験コースに参加

河村
河村
なるほど。インターン中、実は困っていたことってありましたか?
工藤
工藤
初日はツールの使い方がわからなかったり、オフィスに行くのも迷ったりと一挙手一投足で困っていました。でも、そういうことを全部助けてもらえました。
高部
高部
助けてもらうことって、やっぱり遠慮があったりしますか。
工藤
工藤
いや、遠慮していたら作業が進まないので、遠慮しているほどの余裕がなくて(笑)。僕としては、みなさんにたくさん助けを求めて、それに応えてもらったという感覚が強いです。業務中も自由に発言できたし、意見を聞いてもらえるなと感じました。
モニターに映る工藤さんと、河村さん高部さんの後ろ姿
高部
高部
それはよかった。一方で、気にかけられることが煩わしいと感じる人もいると思うんです。
工藤
工藤
僕は気にかけてもらうことや助けてもらうことに、あまりためらいがなくて。「どうしても必要なら、頼るしかないよね」と考えています。

ただ、人によっては気にかけられるのが好きじゃない方もいますし、視覚障害の度合いによって頼りたい部分も変わってくる。僕だって、度合いが違う視覚障害の方がしてほしいことはわかりません。

個人差があることなので、その人がどう思うかを実際に聞いてみて判断するしかないと思っています。

わからないからこそ、遠慮せずにアプローチしてみる

工藤
工藤
今回のインターンで、「これは大丈夫?」とたくさん気にかけてもらったことで、受け入れ側のみなさんは僕の障害のことがわからないんだろうな、ということに気づいて。

だからこそ、もしかしたら僕よりも健常者のみなさんほうが不安なのかなと感じました。
河村
河村
われわれの不安が伝わっていたか。
高部
高部
みたいですね(笑)。
モニターの工藤さんと話している河村さんと高部さん
工藤
工藤
インターンが始まるまでは、会社側から「これくらいまで頼っていいですよ」というラインが示されて、それに従うのかなと想像していました。

でも、実際はそうじゃなくて、みなさんが「障害のことがわからないんだけど、どうしてほしい?」と聞いてくださった。だからこそ、僕も「じゃあ、このくらい頼っていいですか」「これくらい助けてください」と意思表示できました。
高部
高部
その意思表示に対して、僕らも「それはできません」とか「でもこういう形ならできます」とやり取りすることが必要なのかもしれないですね。

インターンの様子

工藤
工藤
はい。おたがいに遠慮するよりも、とりあえず言ってみることが大事なのかなと。相手のことがわからないからこそ、それぞれが思うようにやってみて、ちょうどいいラインをいっしょに探していくしかないと思います。

相手に失礼だと思われて傷つけてしまうリスクがあったとしても、リスクを恐れて立ち止まってしまえば、相手が損をするかもしれません。そうならないように本音で話して、必要な配慮をいっしょに探っていけたらいいなと思いました。
河村
河村
うん、すごく共感します。仮にもっと長く一緒に働くとしたら、仕事でアウトプットを出す前提で、整備すべき環境とか必要なツールとかを突っ込んで議論して一緒に環境をつくっていくのがいいのかな、と改めて思いました。
高部
高部
そうですよね。インターンって会社が働く場所を用意して、学生に一方的に学んでもらうシチュエーションが多いと思うんです。

でも、今回は自分のことをオープンに話してくれる工藤さんのおかげで、僕らも気兼ねなく質問できて、たくさん学ばせてもらいました。参加してくださって本当にありがとうございました。
モニターの工藤さんと話している河村さんと高部さん

「障害」が漢字表記になっている理由について: サイボウズでは障害を、個人の問題ではなく社会の問題だとする「障害の社会モデル」のスタンスを取っています。すなわち、障害の「害」の字は、障害者個人に対してではなく、障害を生み出している社会の問題に対して用いています。障害者差別解消法もこの考え方にもとづいており、法令文書などでも使用されている表記にならい、漢字で記載しています。

※インクルードインターンシップの詳細はこちら

企画:深水麻初(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:高橋団(サイボウズ)、栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)

多様性に配慮しすぎて、なにも言えない。「関わらない」が安全策なのだろうか?
多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006219.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006219.html Thu, 28 Nov 2024 08:00:00 +0900
「半身で働く」「本を読み、他者の文脈に触れる」──朱野帰子・三宅香帆の仕事観

9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催した本イベント。

イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークをご用意しました。

その中のひとつが、2019年にTVドラマ化もされた人気小説『わたし、定時で帰ります。』の作者である朱野帰子さんと、新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がヒット中の三宅香帆さんとの対談です。

会社員、兼業作家、自営業としての作家──。これまでさまざまな立場で働かれてきたおふたりに、仕事観について対談していただきました。

本がヒットしたあとの仕事事情

朱野
朱野
今日はよろしくお願いします。三宅さんの新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、大ヒットしていますね!

朱野帰子(あけの・かえるこ)。1979年東京都生まれ。8年の会社員生活を経て、2009年に第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞してデビュー。『わたし、定時で帰ります。』シリーズはドラマ化もされて話題に。他の著書に『海に降る』、『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』、『対岸の家事』など。『急な売れに備える作家のためのサバイバル読本』、『キーボードなんて何でもいいと思ってた』など作家の労働に関する技術同人誌も刊行している。

三宅
三宅
ありがとうございます。おかげさまでたくさんの方に読んでいただいていて。
朱野
朱野
いきなりお仕事が増えたと思いますが、大変ではないですか?
三宅
三宅
朱野さんが前に出された『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』という同人誌があるじゃないですか。私は発売後すぐ読んだのですが、あの本に書かれてあることがすごく役に立っています(笑)。

三宅香帆(みやけ・かほ)。文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。

朱野
朱野
読んでくださってありがとうございます。『わたし、定時で帰ります。』がドラマ化されてヒットをした際に、急に仕事が増えて頑張りすぎて、私がバーンアウトしてしまい、まったく仕事ができなくなったことがあったんですね。

『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』は、その時の体験を同人誌にまとめた本なんです。私が滑って転んでしまった分、あとに続く人たちには、同じところだけは転ばないようにしてもらいたいなという思いがあったので。お役に立てたならよかったです。
三宅
三宅
本当に書いてくださって感謝しています。今日は朱野さんと、仕事にまつわるいろんな話ができればと思っています。よろしくお願いします!
急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本の書影

朱野さん、なぜそんなに働くことが好きなんですか?

三宅
三宅
いきなりですが、ずっと聞きたいことがあって。朱野さんは、なぜそんなに働くことがお好きなのでしょうか?
会場
会場
(笑)。
三宅
三宅
朱野さんは『わたし、定時で帰ります。』という本を出されているので、会場のみなさんは、朱野さん自身が「定時で帰りたい派」だと思われるかもしれないんですけど、違うんですよ。

お会いすればするほど、朱野さんはどう考えても、定時で帰りたい主人公の真逆の方なんです(笑)。
わたし定時で帰ります。の書影
朱野
朱野
あはは(笑)。
三宅
三宅
私も働くことは好きなほうですが、朱野さんほどじゃないのかも……とよく思います。今日はそのあたりをぜひ聞いてみたいなと思って。
朱野
朱野
私ね、体が頑丈なんですよ。親族全員が、健康で頑丈なんです。仕事が好きなのには絶対にそのことが関係していて。基本的にエネルギーがあり余っていて、その放出先が仕事に向いているのだと思います。

私の祖母も、70歳過ぎまで家族全員に止められても働いていましたし、父も、定年退職してから会社を作るなんて言い出して。多分、動いてないと苦しい一族なんだと思います。
三宅
三宅
晃太郎(※)じゃないですか(笑)。

※晃太郎:『わたし、定時で帰ります。』の中に登場する、仕事大好きなキャラクター。ワーカホリックで、日曜にも出勤して仕事をするくらい仕事が好き。

笑いながら話す三宅さん
朱野
朱野
そうそう(笑)。凡人なんだけど、体力だけはある。だからこれまで量をこなしてきたんですよね。

でも、40代を過ぎてから突然それが通じなくなってきました。今まで100の力でできたことが80になり、60になり……。どんどん力が減っていくことを考えたときに、エネルギーがもともと少ない人たちのことや、自分のこれからのことも考えるようになったんです。

たくさん働きたい気持ちと、とは言え無理じゃないか?という気持ちの両方を抱くようになって書いたのが、『わたし、定時で帰ります。』です。
三宅
三宅
なるほど、そういう流れで書かれた物語だったんですね……!
向き合って話す朱野さんと三宅さん

「半身で働く」とは、仕事を半分に減らすわけではない

朱野
朱野
私も三宅さんに聞きたいことがあって。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「半身(はんみ)で働こう」という提案をされているじゃないですか。
三宅
三宅
そうですね。全身全霊で働くことがスタンダードとされる社会を「全身社会」とすると、たとえば「仕事以外の趣味や家庭の場を持つことができる」、仕事以外のさまざまな文脈に触れる働き方ができる社会が「半身社会」。後者のほうが、人生が豊かになるのでは? と考えています。
朱野
朱野
共感した一方で、仕事を人生の中心に据えてきた私からすると、「半身」と言われると少し抵抗があったりもするんです。

三宅さんご自身は、現段階のライフヒストリーを振り返ったときに、「全身で働くこと」と「半身で働くこと」についてどのように切り替えてこられたのでしょうか。
三宅
三宅
けっこう誤解されがちなんですが、この「半身」という言葉は、「仕事量を半分にしよう」という意味ではないんですよ。

「8時間でやっていた100の仕事を、4時間で50の仕事をしよう」という意味ではなくて、極端なことを言えば、「4時間で100の仕事をできるように頑張って、あとの4時間は他のことに使おう」というイメージです。
身振り手振りを交えて話す三宅さん
朱野
朱野
なるほど!
三宅
三宅
だから個人的には、同じ量の仕事を効率的に半分の時間でやれるようにならなくてはいけないので、半身の方が頑張らないといけないと思っているんですよね。

「全身」は、「仕事は人生において最優先されるべきである」という前提をもって、たくさんの仕事を、たくさんの時間を使ってこなすイメージです。だけどそれがスタンダードの社会では、やっぱりほとんどの人は疲れてきてしまう。そうではなく、もっと仕事以外の場の優先順位も上げられるように、みんなで時間の使い方を考えていきましょうと。

たとえば私自身の経験で「全身」で働いていたなと思うのが、新卒1年目の時です。フルタイムで残業もある会社員として働いて、かつ1年に本を3冊出していたんですよ。そうすると本当に寝れなくて、睡眠時間を削って仕事していた。じゃあその時って仕事の効率が良かったのか? と聞かれると、微妙だったんです。疲れてぼーっとしていた時間も結構あった。

フリーランスになってからのほうが、遊びの予定を入れたり、寝る時間を確保したりできるので、時間をコントロールしながら働けています。リフレッシュできるからその分仕事に精も出て、結果的に効率もいい。だからフリーランスになった今、やっと「半身」になることができたなという感じです。
なぜ働いていると本が読めなくなるのかの書影

半身社会は、リーダーが作っていかなければいけない

朱野
朱野
フリーランスって、裁量が決められるから自分自身で「半身」にすることができるじゃないですか。でも会社員だったり、フリーランスでもチームを組んで仕事したりする時は、個人の融通を聞かせようと思うとおたがいに振り回す感じになってしまいますよね。そのバランスがむずかしいなといつも思います。
チームで働く難しさについて語る朱野さん
三宅
三宅
むずかしいですよね。なので私が本で書いている「半身で働こう」という提案は、部長や上司など、組織の上のレイヤーの方々に向けて言っているつもりなんです。組織の上のレイヤーの人は全身で働いてきた方がほとんどなので、社員全員に全身の働き方を求めてしまいがちですよね。でも、今後その社会は正社員になれる人が減るばかりではないかと。

個人が努力する必要はもちろんあると思いつつ、いち会社員だと変えられる部分と変えられない部分は確かにあるので、仕組みを作っている人が気づいてくれないと半身社会は実現しません。

現状の会社でそれが難しいのは重々承知ですが、今後労働人口も減るなかで、必要ない仕事を減らしたり、会議の優先順位をつけたりする必要があるのではと。
朱野
朱野
それは本当にそうですよね。
三宅
三宅
「半身」という言葉は比喩的でもあるので、本当に50%にするかどうかはさておき、働き方の音頭を取る人が、人生における時間の使い方や仕事の仕方について考え、全身全霊で働くことだけをよしとしない「半身社会」に向かおうとすることが大事だと思っています。

30代後半で、働き方への「マインドチェンジ」が起きた

三宅
三宅
最後に、私からもう一つ聞いてもいいですか?  朱野さんは、自分よりも下の世代の働き方を見ていてどう思いますか。
朱野
朱野
そうですね。Z世代は少し遠すぎるので、もう少し近い年齢の方々について思うことをお話すると、まず三宅さんくらいのアラサーの人たちには、「いけいけ! もっとがんばれ!」と全力で後押しをしたいです。
三宅
三宅
あはは(笑)。
朱野
朱野
でも、30代後半の人に思うことはまた違っていて。私は30代後半のときに、少し遅いのですが、「若者から大人へのマインドチェンジ」みたいな現象が起きたんですよ。
三宅
三宅
マインドチェンジ、ですか。
朱野
朱野
それまでは、自分のキャリアを築き上げるために「自分が自分が」という感じで生きていました。でも30代後半になり、部下や後輩、これから働きはじめる人たち、自分が影響を及ぼすかもしれない人たちなど、「見えない人たち」に対しての責任も持たなくてはいけないな、と思うようになって。
身振り手振りを交えて話す朱野さん
三宅
三宅
それは、何かきっかけがあったんですか?
朱野
朱野
『わたし、定時で帰ります。』がヒットしたことは大きかったなと思います。今までは自分が挑戦する側だったのが、どんどん周囲の見方が変わっていき、「すごい作家さんだ!」などと思われる機会が増えていきました。

影響力が増えていくと、やはり「自分だけ」では生きていけなくなる。でも、自分自身の意識ってそう自然と変わるものではないんですよね。毎朝鏡に向かって「もう若者ではない!」と自分に言い聞かせ、「次の世代のことを考えよう」と頑張ってマインドを変えていきました。
三宅
三宅
そうだったんですね……!
朱野
朱野
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「他者の文脈を読むことが読書のメリットである」というようなことを書かれていましたよね。その言葉にすごく共感して。

周囲からの見られ方も立場も変わってくる30代後半の方々に対しては、できるだけいろんな本を読み、他者の文脈に触れてほしいと思います。

昔は、自分と近い趣味や、近いキャリア、近い価値観を持つ人たちの本ばかり読んでいたんです。でも、まったく違う生き方の人たちがいるということを頭に入れておく。それだけで、仕事に対する意識が変わっていくと思います。
三宅
三宅
自分と違う立場の人の考えに、気軽に触れられる。想像力が生まれる。それが本の良さですよね。
朱野
朱野
そうですね。実際に配慮するとか行動に起こす前に、まずは「知る」だけでもいいと思うんです。この世の中には、いろんな人がいるという感覚を身につける。ぜひそのために本をたくさん読んでほしいですね。
僕の仕事は「大したこと」ではない。バズらず、真面目に、ひとりのために本を作る──夏葉社・島田潤一郎の仕事観
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006217.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006217.html 働き方・生き方 Tue, 19 Nov 2024 08:00:00 +0900
サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦

社員数が1000人を超えてから、組織的にはいろいろと「よろしくない面」が出てきました──。サイボウズ代表の青野慶久はそう打ち明けます。

かつてのサイボウズでは考えられなかった出来事が起きたり、社歴の差による考え方の違いが出てきたり。2024年には、これまで胸を張って掲げてきた、働き方に関する表現を見直す決断もしました。

このままサイボウズは、よくある大企業の1社になってしまうのか。サイボウズが変えるべきもの、守り続けるべきものとは。

他社でも同じような悩みを抱えるケースは少なくないはずです。組織が拡大するなかで、企業としての成長と、社員一人ひとりの幸福を両立し続けていくためには何が必要なのでしょうか。

サイボウズの社内大学「CAAL(カール)」卒業生の2人が青野を囲み、本音を語り合いました。

「100人100通りの“働き方”をやめる」と決めた背景

荻野
荻野
社員数が1000人を超えたいま、青野さんが組織運営において課題視していることはなんですか?
青野
青野
人数が増え続けるなかで、組織的には「よろしくない面」も出てきたと感じています。

青野慶久 (あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年現職に就任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

青野
青野
たとえば今年、人事メンバーから「これまで使ってきた『100人100通りの働き方』という表現をやめたい」という相談がありました。これに対しては会社として意志決定し、「100人100通りの働き方という表現は今後使わない」正式にアナウンスしています。
荻野
荻野
サイボウズの代名詞のように使われていた表現を廃止しましたね。
青野
青野
背景には、新しく入社したメンバーや採用候補者から「サイボウズなら働き方を何でも自由に選べる」と、極端な解釈をされるようになってきたことがあります。

社内でも、個人的な希望を実現できることが前提のようにとらえられ、マネジャーがメンバーとのコミュニケーションに苦慮する場面が出てきました。

「わたしはこの時間、この場所で働きたい」と強く主張されても、業務内容やタイミングによってはかなえられないことがありますからね。

そこで「100人100通りのマッチング」という表現に変えたんです。

個々人に「どんな働き方をしたいのか」「それによってどんなアウトプットを出せるのか」を考えてもらい、チームから求められる役割と合致した場合にマッチングが成立します。
荻野
荻野
「マッチング」であれば、必ずしも希望がかなうわけではないという前提になると。
青野
青野
はい。いままでもすべての希望を受け入れてきたわけではなく、本質的には何も変わっていないのですが、極端な解釈を生まない表現にするべきだと考えました。

サイボウズは普通の大企業になってしまった?

青野
青野
最近では、「なんだか普通の大企業っぽくなってしまったなぁ」と感じる出来事も起きています。
荻野
荻野
普通の大企業……。そう感じる事例があったんですか?

荻野 亜由子(おぎの・あゆこ)サイボウズ株式会社 組織戦略室・全社戦略室 所属(兼務)。法務、人事、チームワーク総研を経て現職。サイボウズの社内大学「CAAL」の事務局として、立ち上げに奔走。卒業生が次世代リーダーとして社内を横断しながら活躍できるよう、仕組みづくりを画策中。サイボウズは不動産会社、コーチングファームを経て3社目。2児の母

青野
青野
サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームが一体となり、より良く機能するための取り組みであれば、会社から費用を支援しています。

ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、目的に対してお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

そんな情報も社内グループウェアで全員に共有されるため、「無駄づかいではないか」と憤りを感じている人もいます。
荻野
荻野
なぜ、そうした認識の齟齬(そご)が生まれるのでしょうか?
青野
青野
社歴の違いによるものかもしれません。

昔からサイボウズに在籍している人は、社内制度や働き方に関する合意事項がつくられてきた交渉プロセスを見ています。だから「会社の理想を実現するため、チームの生産性に貢献するためのワガママなら通る」と体感的に理解しています。

でも、近年サイボウズに入社した人は、そうした体感を得る機会がありませんでした。
荻野
荻野
たしかにそうかもしれません。わたしは2015年入社で、当時のサイボウズ社内では、理想への共感やチームワークのあり方について盛んに議論されていました。

だけど最近はそうした機会が減りましたよね。
青野
青野
パーパスやカルチャーが生まれていく過程を見ていた人と、それらがすでに額縁に掲げられた状態で見ている人の認識の差は大きいと思います。

額縁に飾られた言葉を見て、なんとなく受け入れている人が多い。これも普通の大企業っぽいなぁと感じます。

僕からあえて「この言葉を変えなくてもいいんですか?」とみんなに問いかけ、揺さぶりをかける必要があるのかもしれません。

企業理念さえも、必要であれば変えるべき

藤村
藤村
サイボウズは、これから変わるべきだと思いますか?
青野
青野
僕はむしろ「“変えなくてもいいこと”はない」と考えています。社内ではよく「企業理念を石碑に刻むな」と話しています。

究極を言えば、「チームワークあふれる社会を創る」という、僕たちがずっと大切にしてきたパーパスさえも、必要であれば変えるべき。聖域はありません。
藤村
藤村
そういえば、過去のサイボウズの株主総会では、企業理念に「2020〜」といった形で年数をつけて発表していましたよね。

社員だけでなくステークホルダーに向けても、企業理念は変わるものという前提で伝えているんだと感じました。

社内のボトムアップで「変える」ことを提案するためには、何が必要なんでしょうか?

藤村 能光(ふじむら・よしみつ)。マーケティング本部 人材・組織支援部 部長。サイボウズの社内大学「CAAL」に1期生として参加し、課題やイシューワークにひーひー言いながらも、無事CAALを卒業した。その時のご縁で、全社戦略室のプロジェクトも兼務中。実はサイボウズ式の前編集長であり、サイボウズ式に出られる日が来たと思うと、感慨深い

青野
青野
マネジメントの観点では、現場にどんどん権限を委譲していく必要がありますよね。

そのため機能ごとに「本部」を設け、本部長にさまざまな権限を委譲してきました。経営会議に僕がいない状態でも、会社としての意志決定ができるようにしたいんです。

役員や管理職のラインだけではありません。現場で一人ひとりが意思決定できる状態が理想だと思っています。
藤村
藤村
一般的には、社員数が増えると「個別のニーズを聞いていると大変だから、ルールを定めて画一的にマネジメントしよう」と考える企業が多いと思います。

サイボウズも状況としては近いですが、青野さんが画一的なマネジメントを選ばないのはなぜですか?
青野
青野
「チームワークあふれる社会を創る」というパーパスに近づけるなら、僕も画一的なマネジメントを選びますよ。だけど、それでは一人ひとりが意思決定できるようになる気がしないんです。
藤村
藤村
画一的なマネジメントではチームワークが広がらないと。
青野
青野
はい。

僕たちが競争している相手は、Microsoft社をはじめとした、世界時価総額ランキングでトップを狙う位置にいる企業です。売上規模でいえばサイボウズの1000倍以上にもなる企業群に、世界中から超優秀な人たちが集まって、必死にビジネスを動かしています。

そんな相手に勝つにはどうすればいいのか。ほかの会社がやっていることを踏襲して、うまくいくはずがありません。

サイボウズが「その他大勢のなかの1社」になってしまったら、超優秀な人材からは一生選ばれない
でしょう。

パーパス実現への熱量を感じる、サイボウズの新たな取り組み

藤村
藤村
青野さんはこれから、サイボウズをどんな企業にしていきたいですか?
青野
青野
聖域のない変化を求める上ではどこかのタイミングで見直すかもしれませんが、チームワークあふれる社会を創るという根本的なパーパスは、やっぱり大切にしたいですね。

チームでオープンに情報共有され、活発に議論して物事を決める。そこに貢献するツールを僕たちは提供する。世界中に普及させ、みんながチームワークを高められれば、世界そのものがよくなる。

僕自身は、この理想をこれからも追いかけたいです。
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荻野
荻野
普通の大企業なら、そうしたパーパスへの思いが額縁に入れられ、ただの飾りになってしまうのかもしれません。

でも、いまのサイボウズは、人が増え、組織が大きくなってきたからこそ、「チームワークあふれる社会を創る」ことへの熱量がますます高まっているように思うんです。

わたしや藤村さんもサイボウズの社内大学「CAAL(カール)(※)」をはじめ、みんなの熱量を経営へ反映させていくための取り組みに参加しています。

※CAAL:Cybozu Academy for Ambitious Leadershipの略。サイボウズの社内大学。

荻野
荻野
CAALに参加したメンバーが、その学びをきっかけにリーダーシップを発揮するなど、課題を自分ごととしてとらえ、自発的に行動する動きが実際に生まれています。
藤村
藤村
青野さんと本部長の間だけでなく、青野さんと現場メンバーとの接点も増えていますよね。
青野
青野
はい。
藤村
藤村
僕も、こうした場に関わるなかで、パーパスの実現に向けた熱量の高まりを強く感じています。

パーパスは上から与えられるものではなく、自分自身で実現していくもの。そんな熱量を持つ人が増えていけば、サイボウズはこれから先も少しずつ変わっていくはずです。

だから、「いまのサイボウズ」に入社した人もぜひ、こうした場を活用してほしいですね。
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3000人規模になっても、会社の成長とみんなの幸福を両立できる

藤村
藤村
多様な個性を生かしていくサイボウズの姿勢は、今後も変わらないのだとわかりました。

組織規模が大きくなっても、「企業の成長」と「社員の幸福」を両立することはできるんでしょうか?
青野
青野
理想を掲げ、多様な人たちがその実現に向けて関わり、オープンに情報共有しながら自主的に動く。こうしたカルチャーがなければ厳しいと思います。
荻野
荻野
わたしはCAALに参加して、大きなヒントをもらったように感じています。

CAALでは「強い主体性と高い視点を持つ人材を育成し、自律分散的に組織が発展していくこと」を目指しています。

そんな組織のリーダーに求められるのは、自身が「野心」を持ってメンバーに働きかける「アンビシャス・リーダーシップ」。理想への共感を生むためには、わたし自身の野心が必要なのだと学びました。
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藤村
藤村
僕もCAALに参加して、最初の講座では「あなたの野心は何か」「その野心を強く持ち続けるにはどうすべきか」を問われました。これまで自分自身の野心なんて考えたこともなく、なかなか答えが出てきませんでした。

でも「野心は自分1人ではなくチームで掲げてもいい」、もっと言えば「自分以外の誰かの野心に共感してもいい」のだと学び、よい意味で肩の力が抜けたのを覚えています。

リーダーシップって、特定の「強い誰か」だけのものではないんですよね。そう理解してからは、メンバーの野心も知りたいと思うようになりました。
青野
青野
リーダーがメンバーの野心に興味を持ち、それを引き出したり、共感したりできるようになれば、みんなの幸福度が高まっていくはず。そして会社の成長にもつながるはずです。

サイボウズにはまだまだ課題がたくさんあるものの、僕は変化の手応えも感じていますよ。少なくとも3000人くらいの規模までは、会社の成長とみんなの幸福を両立できるイメージが湧いています。

過去には、ある大企業トップから「サイボウズのカルチャーや働き方は数百人規模だから成り立つのでは?」と言われ、カチンときたこともあるんです(笑)。

そのときに抱いた反骨心は忘れていません。もっともっと規模が大きくなっても、このカルチャーと働き方を実現できるのだと証明したい。3000人になっても時代に合わせて変化し、結果を出し続けるサイボウズは、日本に前例のない大企業となっているはずです。
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企画・編集:深水麻初、竹内義晴/執筆:多田慎介/撮影:加藤甫

変更履歴:特定の社内イベントを指し示す表現のように見えてしまい、誤解を生む可能性があったので修正しました。(2024/11/13 09:55)

変更前:サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームビルディングにつながるものであれば、会社から費用を支援しています。ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、チームビルディング目的にしてはお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

変更後:サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームが一体となり、より良く機能するための取り組みであれば、会社から費用を支援しています。ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、目的に対してお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

「経営者目線を持て」と言われて、腹が立った話──この厄介な言葉と、どう向き合うべきか
「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006216.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006216.html サイボウズ 100人100通り サイボウズ マネジメント 働き方 大企業 青野慶久 Tue, 29 Oct 2024 08:00:00 +0900
僕の仕事は「大したこと」ではない。バズらず、真面目に、ひとりのために本を作る──夏葉社・島田潤一郎の仕事観

9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催した本イベント。

イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークイベントをご用意しました。

その中のひとつが、夏葉社(なつはしゃ)代表・島田潤一郎さんによる講演会。20代後半まで作家を目指していたという島田さんは、夢に破れ、社会的にも認められず一度は「絶望的」な状況を味わったと言います。ただそこから出版社である夏葉社を2009年に立ち上げ、今では15年間、ぶれることなく美しい本を作りながら、健やかに仕事をして生きられています。

今の島田さんの仕事の仕方に至るまでには、どのような紆余曲折があったのでしょうか? 島田さんの仕事観をたっぷりとお話いただきました。

小説家を目指すも鳴かず飛ばず。絶望的だった20代

はじめまして。島田潤一郎です。

私は夏葉社という出版社を経営しています。2009年に始めた出版社で、今年の9月1日で15周年を迎えました。1年間アルバイトの方が手伝ってくれたこともあったのですが、基本的にずっとひとりでやっています。

「ひとりで出版社ができるものなの?」と思われる方もいるかと思いますが、それが、できているんですよ。家族4人で、ちゃんと生活できています。なんと今年は夏休みを3週間も取ることができました。こんな夢のような話はないと思いませんか?(笑)

島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)。1976(昭和51)年高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。大学卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが挫折。2009(平成21)年9月に33歳で夏葉社を起業。ひとり出版社のさきがけとなり、今年に15周年を迎える。著書に『あしたから出版社』『古くてあたらしい仕事』『長い読書』などがある

でも、もともと僕は編集という仕事をやったことがありませんでした。当時は本を作ったこともありません。ただただ、本が好きなだけで出版社を始めたんです。

「なぜ出版社を始めたのか?」という問いに答えるには、2つのきっかけがあります。ひとつは、僕はもともとプロ作家志望で、22歳から27歳まで仕事をせずにずっと本を読み、小説を書いていたんですね。いろんな賞にも応募したのですが、まったく鳴かず飛ばず。新人賞はおろか最終候補にも残らないし、なんなら一次にすら通らない。全然芽が出ずに、5年間で諦めました。

そうすると、あまり有名ではない大学を卒業して、作家志望で5年間仕事をしてこなかった人間に対して、この社会はあまり優しくないことに気がつきました。履歴書の特技欄に「プルーストの『失われた時を求めて』を読破」って書いているような若者はどの会社にも入れないんです(笑)。

すると、朝から午前0時まで働かなければいけないような会社にしか入れなくて。しばらく会社勤めをしたけれど、うまくいきませんでした。32歳、ちょうどリーマンショックの時に2社目をやめて、働かなきゃいけないから仕事を探したんですけど、50社受けてもどこにも受かりませんでした。平たく言うと絶望的なわけです。まずはそういった、自分自身の状況がありました。

もうひとつは、同じくらいの時期に、子どもの頃からずっと仲が良かったいとこが亡くなったんですね。彼は僕にとっての一番の親友でした。まったく予想もしなかった親友の突然の死に、当たり前ですけど非常にショックを受けました。

自分の仕事の状況と、親友の死。それが重なったのが、2008年のことでした。

一番つらい時期を乗り越えるために、本を読んできた

そしてちょうど2008年ごろは、ミシマ社さんをはじめとして「小さな出版社」がたくさん出てきていた時代でした。

今のXやInstagramのようなスマートフォンをベースにしたSNSは当時なかったのですが、mixiなどはあって、そういったブログを通して、作家ではない編集者が自分たちの声を読者に対して届けるようになっていたんですね。「自分たちはこういう思いで本を作った」というようなことを、僕と同じくらいの年齢の人たちが発信し始めた。

そういう彼らの文章を見て、「ああ、僕も出版社をやってみたい」と思ったんです。

壇上で話す島田さん

僕は人より優れた能力があるわけではありませんでした。性格は真面目ですけれども、チームを組んで何かをやるとか、マネジメントがうまいとかそういうのもないし、ExcelもWordもパソコン作業全般は今も苦手です。社会から見て僕は能力がないようなものだったけれど、じゃあ僕が20代を無駄に過ごしたのか? というとそうではなくて、文章を書いて、小説をたくさん読んできた。

そして親友が亡くなった時、思ったんです。人生で一番ハードでつらい時間を乗り越えるために、僕は本を読んできたし、文章を書いてきたのではないか? と。そう考えると、すごく自分の中にみなぎるものがあった。自分のやってきたことは無駄ではない。今までの経験を使って、本を作ろう。そうすれば何とかなるような気がしました。

だから、出版社を作ったんです。

「息子を亡くした叔父と叔母のために、本を作ろう」

出版社をやろうと決めて、僕はまず亡くなったいとこのことを思い、「叔父と叔母を慰めるような本を作ろう」、2人の力になるようなものを作ろうと思いました。

そして、最愛の息子を失った叔父と叔母のために『さよならのあとで』という本を作りました。ヘンリー・スコット・ホランドという100年ほど前に活躍した神学者がいまして、その人が書いた、「死」にまつわる一遍の詩をぼくはたまたまある本で知ったんです。それを1冊の本にしようと。

ただ、編集の経験がないのでどうすればいいかわかりません。絵を描いていただいて、造本を考えて……結局その一編の詩の本を作るのに、2年ほどの歳月を要しました。

実際に作り終わって、印刷所から会社に届いた本を見て、よくやったなと思ったかと言われたらそうではなくて、これがいい本なのかどうか、全然わからなかったんです。

『さよならのあとで』を見せながら話す島田さん

でも、この本は現在、弊社で一番多く売れている本なんですね。刊行は2012年1月ですが、今でもずっと増刷を続けています。

それはおそらく、叔父と叔母のためだけに作った本だからなんです。

大多数の誰かのために作ったのではなく、叔父と叔母のためだけに作った。それ以上でもそれ以下でもない。その強い思いが、きっと他の多くの読者にも届いたわけです。誰かひとりのために作る。それが、ものづくりの一番のスタートではないかというふうに今でも思っています。

僕は15年間出版社を続けてきましたが、経験を積み、本づくりのことがよく分かり、効率よく作れるようになったから本が売れるようになるのかというと、そうではないと思っています。

ものを作るという意味においては、経験は決して自分を助けてくれない。それよりも、「ゼロの気持ち」と言いますか、初心者のような強い純粋な気持ちで何かと向き合って作れたものの方が、いいものができるような気がするんです。

さよならのあとでの書影

自分ではなく、他者のために

『さよならのあとで』を作っている時、もうひとつ重要な価値観の転換がありました。それは、僕がそれまでに培ってきた、本を読んだり文章を書いたりする能力を、自分のためではなく誰かのために使いたいと思うようになったこと。

一生懸命やってきたことが、もしかしたら誰かのためになるんじゃないかと思えた時、自分の中で頑張ろうという思いがさらに増したんですね。

それまでは、いかに能力を身に着けるかとか、他の同級生よりも賢くなりたいとか、社会的に認められたいとか、そういうことばかり考えていた気がします。そのために努力をしなきゃいけないと思って頑張っていましたが、そうではなく、自分の努力を誰かのために使う方が元気がみなぎってくることに気づいたんです。

泥臭い言い方ですが、自分よりも誰かのことを大切に思えるようになった時、人は大人になれるんじゃないかなと思います。僕はそれまで自分が一番大切だったけれども、ある時から、自分ではない誰かのことを同じくらい大切に思うようになってきた。

そんなことに気づいたのも、夏葉社で本を作り始めてからでした。

壇上で話す島田さん

バズらない。それでいい

僕は、自分が作った本が飛ぶように売れなくてもいいと思っています。つまり、バズらない。バズらないけれども、ちゃんとコツコツ売れていくこと。それがいいことだと思っています。

これは一般論ですけど、ものを作り、それを1ヶ月で売り切るのは非常に難しいことです。3ヶ月でも難しいと思います。何か起爆剤みたいなものがなければいけないし、それは今の時代だったら、誰か有名な人に紹介してもらうとか、それこそ「バズ」らないとそういうものの消費は生まれないわけですよね。

1ヶ月でものを売ろうとすると、挫折を多く味わう。3ヶ月で売ろうと思っても、多くの挫折を味わう。でも、それを半年、1年……もはや5年と考えたら、いけると思いませんか?

自分がいいものを作れたなという確信があって、周りの同僚や家族や友人たちもそう言ってくれたとする。1ヶ月で3,000個売りたいとなると、何か施策を打たなければいけません。でも、5年・10年かけて全部売りたいのだとしたら、途端に売る視点が変わると思います。仕事の質が変わっていく。

短く多くの人に届けるよりも、ちゃんと見てくれている読者の信頼を裏切らないこと。それが一番大切です。我々は何のために仕事をしているのかと言えば、読者のために仕事をしてるわけです。もちろん作家のために仕事してるという側面はありますが、第一義的には読者です。

だからこそ、シンプルなものづくりで、なるべく綺麗な紙をつかって、中身もちゃんとしたものを作る。それをコツコツ売っていく。誠実でいれば、商売というものはだんだんうまくいくのだと思っています。

島田さんの手元

誠実さがあれば、仕事は成立していく

もちろんこの仕事の仕方では、1年目はとてもきつかったです。2年目もしんどかった。たくさん営業に行って、全部かき集めても500冊とか600冊ぐらいの注文で、その日にたくさん売れることはありません。

でも、それでも地道に本を作っていくと、タイトル数が増えていきます。夏葉社の刊行数は、今では53冊になるかな。売り上げも、塵も積もれば方式になって、どんどんと上がっていく。

僕の場合、10年目ぐらいになってから仕事がやっと楽になりましたね。仕事のスタイルは何も変えていないし、なんならさらに好きなものを作っていますけれども、経営は楽になっていきました。それは、15年かけてコツコツといいと思える本を作ってきたからです。

ある時期から、書店に営業に行くと、書店員さんに「夏葉社の本だから買ってくれるという人がいるから、きっと大丈夫ですよ」と言っていただける機会が増えていきました。

それは今、数で言ったら2500人ぐらいかもしれない。夏葉社の本は、初版2500部ほどが、2年、3年かけて売り切れてくれることが多いです。

話す島田さん

だから僕は、2500人の読者に対して誠実であろうと思っています。あとの1億2000万人に対しては、もしかすると誠実ではないかもしれない。でも、うちの本に対していいと思ってくれる、認めてくれる2500人に対してきちんと誠実に対応していれば、何とか出版社というものは継続していけるものだと思っています。

そりゃあ、ポルシェには乗れないですよ(笑)。ポルシェには乗れないし、高級品を買うことはできないけれど、しっかり家族4人が食べて暮らしていける。3週間の夏休みが取れる。だいたい最近は、労働時間は1日5時間ほどで仕事が成立しています。

僕には、「こんな企画の立て方があって」とか「企画の煮詰まった時はこんなことやって」とか、そういうものはまったくありません。ただ、真面目にコツコツ誠実に仕事をしてきた。僕にとっての仕事とは少なくともそういうことであって、大したことではないんです。

でも、そうやって本を作って生きていけていることは、こんなに幸せなことはないんじゃないかなって今でも思うんですよ。

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006213.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006213.html 働き方・生き方 Thu, 24 Oct 2024 08:00:00 +0900
身につけたスキルは、時と場所で評価が変わるから──新しいことを学ぶときは「できる」よりも「やりたい」で選んでみる

新しいデジタル技術やITツールによる業務効率化が進み、求められるスキルも変化する今。

自分が培ってきたスキルはいつまで役に立つんだろう? このまま働き続けられるのだろうか? 

キャリアを重ねていく中で、ロールモデルが見つからないまま、不安が頭をよぎることがあります。そんなとき、64歳でITベンチャー企業へ転職し、今も現役で働く「kintoneおばちゃん」こと根崎由以子さんに出会いました。

根崎さんは、kintoneユーザーが一堂に会する「kintone hive」で新しいITスキルを身につける喜びをいきいきと語っていたのです。「新しいITツールに触れる高揚感が自分の仕事を支えてきた」と話す、根崎さんのキャリアの歩みを辿ります。

デジタルの草創期に、情報処理の現場へ

根崎さんのキャリアのスタートは1981年。時はバブル前、ワープロやFAX、コピー機などがやっとオフィスに導入され始めた、ノートパソコンもインターネットもスマホもないデジタルの草創期。

そんな時代に根崎さんは、大学卒業後、高速道路の信号機、気象衛星や銀行のシステムを動かす大型コンピュータの情報処理の現場に飛び込みます。

「大学は法学部でした。卒業後は、地元の福岡に戻る予定で就職先も決まっていたんですが、どうしてもワクワクできなくて。東京に残って大学の先生の紹介で潜り込んだんです。選んだ、というよりはそこしかなかった。

文系だったけど、触れてみたらプログラミングがおもしろくて。障害が発生すると、原因を突き詰めるまで徹夜でチームで作業をしていたんですが、原因はここだ! とわかった瞬間も、でかした!と褒められる瞬間も気持ちがいい。毎日が文化祭の前日のようでした」

1981年、大学卒業後、大型コンピューターの言語開発のプログラマーとして働く。結婚・出産後、地元IT企業に転職。子育て・介護などのため退社後、地元の美容クリニックに転職。事務長として、新店舗立ち上げに携わる。49歳でIT企業に転職、BPOを担当。定年を迎え、再雇用契約で働いていた64歳のとき退社、ジョイゾーに入社

1981年、大学卒業後、大型コンピューターの言語開発のプログラマーとして働く。結婚・出産後、地元IT企業に転職。子育て・介護などのため退社後、地元の美容クリニックに転職。事務長として、新店舗立ち上げに携わる。49歳でIT企業に転職、BPOを担当。定年を迎え、再雇用契約で働いていた64歳のとき退社、ジョイゾーに入社

プログラミングに魅せられた根崎さんは、以来20年間、システムエンジニアとしてアプリケーション開発に従事。その間に、3人の子どもを出産。子育てと仕事を両立するために転職も経験しました。

時代は終身雇用がベースで、男女雇用機会均等法が施行されたばかり。出産後、女性が働き続けることも、転職も今ほど“当たり前”ではありませんでした。

「ワクワクする毎日から離れたくなかったし、出産で仕事を辞めるという発想が私にはなかったんです。働き続けることに迷いはなく、フルタイムで保育園の送り迎えができる会社に転職しました。

当時はプログラマーが少なかったため、ITスキルの資格さえあれば、仕事は見つけやすかったんですね」

初めて転職した会社は、ガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社でした。ここで、根崎さんの仕事との向き合い方に変化が起こります。

「取り組む課題の種類が、ガラッと変わった感じがしたんです。大型コンピューターの情報処理は、機械と数字に向き合うばかりで、利用者の顔が見えません。また、大きい規模の組織で働いていると、自分の開発が誰の役に立ってるかわからなくなってしまうんです。

でも、POS開発は売り場に直結するので、現場のユーザーさんと一緒に考えてシステムをつくり上げていく過程が楽しくて。人の顔や言葉を通して感じられる手応えがありました」

キャリアの停滞を切り拓いた、新しいデジタル技術への高揚感

働き始めて10年が経つ頃、バブルがはじけて、勤めていた会社での仕事が激減してしまったという根崎さん。ちょうど3人目の子どもを妊娠中でした。

「仕事が減っていくことへの不安と、生まれたばかりの子どもを預けて働く不安。産んだ後、一体どうなっちゃうんだろう? って途方に暮れました。

でも、友だちに『人生ジタバタしても、どうしようもないときもあるよ』って言われて。どうせなら産んだあとにジタバタしようって開き直ることができました(笑)」

そうして会社でIT雑誌を読み漁っていたときに知ったのが、日本に上陸して間もない「Windows」でした。根崎さんは沸き立つ心に従って行動します。

「大きな波が来た!と感じました。世の中も会社も、自分の働き方も変わっていくような期待感と高揚感でしょうか。いてもたってもいられず、秋葉原を徘徊し、デモンストレーションをやっているお姉さんと仲良くなって情報を聞いてまわりました。

書籍を読み漁って、必死に勉強して、Microsoft認定のトレーナー資格を取得。ふと気づいたら臨月でした。試しに登録していた派遣会社から、産後1週間で、Windowsに関する仕事のオファーの電話が鳴り止まなくて驚きました」

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出産後は、以前所属していたガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社から声がかかり、再就職。WindowsによるPOSのオープン化を進め、あこがれの欧州にも視察に行きました。

ところが、当時新設された大学などで情報処理を専門で学んだ下の世代の技術力や、ものの捉え方を目の当たりにした根崎さんは、SEの仕事から離れることを決意。

「下克上ですよね。場当たり的に身につけたスキルでは、下の世代に太刀打ちできない。だから足を洗おうって。まったく違う場所に行かないと後ろ髪を引かれてしまうので、地元の美容クリニックに就職したんです。そこでは、ひとつだけあると聞いていたPCに風呂敷がかかっていました(笑)。」

事務職としての転職でしたが、最終的には事務長としてクリニックの運営にも携わります。そのうちに根崎さんの心境に変化が。

「クリニックで縁の下の力持ちになろうと事務職に打ち込んでいたんですが、来院者のデータ分析をやるようになって……。Excelを駆使して、売り上げの予算実績管理をしていくのが楽しくなっちゃって。加えて、インターネットの普及に伴って世の中が変化していく様子を見ていたら、IT業界に戻りたくなっちゃったんですよね」

根崎さんは沸き立つ気持ちに従って、自分がワクワクする方へ舵を切ることに。

「転職を思い立ったのが、50歳直前でした。この時初めて転職の大変さを思い知りました。私がかつて取得した資格やITスキルは時代の変化とともに使いものにならなくなっていたし、5年のブランクがありましたから。なので、ハローワークから専門学校に通って、 JavaScriptとJavaを一から勉強したんです。

そしたらもう、学生に戻ったみたいで楽しくて仕方なかった。

ですが、1か月経った頃に、九州で暮らす父が倒れて急逝してしまい……。その対応に追われているうちに出席日数が足りなくなり、退学になってしまいました」

スキルの評価は時と場所によって変わる。永久的なものはない

それでも、捨てる神がいれば拾う神あり。実家から帰った数日後、以前所属していた会社からの紹介で、連結会計システムのコンサルティングの仕事が決まりました。

採用の決め手になったのは、ガソリンスタンドのPOS後方機開発の経験と、合間にとった「簿記」の資格。思いがけず、過去と現在がつながります。

「皮肉にも、決め手はITの資格ではなかったんですね(笑)まさか、簿記の資格が役立つ日が来るなんて。ほかにも取得した資格の知識が思わぬところで生きる場面がありました。

いま振り返って思うのは、自分の資格やスキルの評価は、時と場所によっても変わるということ。ある時点では無駄だと思っていても、長期的な視点で役に立つこともあるんですね」

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キャリアを進めるうえで、ITスキルを中心に、簿記や労務、産業カウンセラーなど、その職種・職場で求められる知識とスキルを身につけてきた根崎さん。

「“新しいもの好き”なので、運良く“旬”になるちょっと前のITスキルを取得できました。もちろんお蔵入りしたものもありますが、とにかくたくさん学び続けたことで、数年ずつ仕事がつながってきました。

ただ、IT分野の資格の賞味期限はどんどん短くなっていって、永久的なものはないと思うんです。現に10〜20年前に苦労して取得したマイクロソフト認定の資格は、いまではとっくに廃止になっていますから。

だからこそ、資格に寄りかからず、目の前の仕事だけでなく、できるだけ外にアンテナを向けて、ワクワクを見逃さないでいたいんです」

学び続ける中で、その姿勢にも少しだけ変化がありました。

お金のためとかキャリアアップのためと打算的に学んだ資格より、ワクワクするから学びたい! という心に従ったほうが、身につくし、自分を助けてくれる気がします。

だから、ビビッときたら調べて、ワクワクしたら勉強して、仕事に活かしたいと思ったら資格試験に挑戦する。たくさん失敗もしたけど、自分の感覚を優先したほうが結果的にキャリアを拓いてくれると今は確信しています」

「できなかったことが、できるようになる高揚感」が、つぎの目標に導いてくれる

ITサービスのマネジメント、出向先での労務管理に従事。定年を迎え、残る再雇用期間も5年となった根崎さん。その頃に出会ったのが「kintone」でした。

「再雇用期間に入ると、会社での仕事がなくて暇で、こんな感じで再雇用期間の5年を過ごすのかあって悶々としていたんです。たまたま出会ったkintoneに、秋葉原でWindowsに触れたときと同じ衝撃が走って。

そこから業務改善の小ネタを見つけてはアプリをつくりました。kintoneに触れると、昨日できなかったことが今日できる高揚感があって。夢中になって時間を忘れます」

kintoneユーザーとして「kintone hive 2022」に登壇したことをきっかけに、64歳でジョイゾーに転職。業務内外で、各地のkintone仲間に会いに行き、大好きな長野県・白馬村や地域とkintoneをつなぐ活動をしています。

「いまは、ITをつかった業務改善や、ツールの活用法を学び合うために、全国のkintone cafeを訪ねるのが趣味です。先週は山梨、その前は関西と九州に行って、次は三重へ。同じ熱量で活用法を教え合える仲間がいるから、居心地がいいんですよ」

根崎さんは発信力、提案力と人を巻き込む力を身につけて、もっとできることを増やしていきたいと意欲を燃やしています。

「ジョイゾー副社長の琴絵さんは、そのすべてを兼ね備えていらして、嫉妬するくらいあこがれちゃいます。全国を飛び回って、その場でパソコンを広げて問題を解決する姿をみていると、かっこいいなあって。あこがれは下の世代に抱いてもいいですよね。あこがれるのも、ロールモデルにするのも、老若男女は関係ないですよね。

『やりたいけどできない』を『できないけどやりたい』に変換して、やりたい気持ちをあきらめたくない。次は喜寿でのkintone hiveの登壇を目指しています(笑)」

下の世代にかなわないと一度は自分のやりたい気持ちに蓋をした根崎さんはいま、下の世代にあこがれを抱き、「できないことが、できるようになる」高揚感に身を包みながら、新しいツールの習得に挑戦し続けています。

たとえ身につけたスキルが古くなったとしても、学び続ける姿勢と意欲を絶やさずにいれば、きっと働き続けることはできる。そんな希望を見せてくれました。

企画・取材:神保麻希/執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん

多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
「同期の活躍にあせってしまう」君へ──目の前の仕事にていねいに向き合うことは、逃げではない
仕事も子育てもワンオペ。私を救ったのは「家族をひらく」家づくり
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対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之

みなさんは、人類にこれからどんな未来が待っていると思いますか?

AIが仕事をすべて引き受け、人間はのんびりと過ごせる未来でしょうか? SFが描く未来はわかりやすいですが、現実は複雑で、未来を完璧に予測することはできません。

でも、この「複雑さ」を受け入れ、複数の可能性を同時に進めていけるとしたら? わたしたちはもっと便利で、安全で、幸せな未来をつくれることでしょう。

これが、台湾の初代デジタル発展相を務めたオードリー・タンさんと、経済学者でマイクロソフトの研究主任でもあるグレン・ワイルさんが提唱する「Plurality(プルラリティ)」に基づく未来の考え方です。

2人はつい先日このビジョンを紹介する書籍を出版しました。サイボウズ式ブックスでは、2人の考えをさらに広めるために、「PLURALITY」の日本語翻訳を進めています。

出版に先駆け、オードリー・タンさん、グレン・ワイルさん、シビックハッカーでCode for Japanの設立者でもある関治之さんとともに、Pluralityによって描かれる未来の社会についてディスカッションを行いました。進行役は、サイボウズ・ラボ株式会社の西尾泰和が務めます。

本記事では「Plurality」という新しい概念をより正確に理解するため、専門用語を多く使用しています。そのため、通常の記事よりも注釈を多めに入れてお届けします。 ※この記事は、Kintopia掲載記事「Understanding Plurality: A Unifying Vision for a Diverse Future」の抄訳です。

Pluralityは、対立する意見を糧に組織をつくる考え方

西尾
西尾
きょうはオードリー・タンさん、グレン・ワイルさんをお招きしてPlurality(※)についてお聞きしたいと思います。

このPlurality、まだ日本には馴染みない言葉です。

より多くの人に知ってもらうためには、日本の状況に関連づけて解説することが非常に重要です。そこで、日本のシビックテック(※)の第一人者である関治之さんにもお越しいただきました。

まずは「Plurality(多元性)」とは何か? ここから始めたいです。

※Plurality:「多元性」「多様性」「複数性」を意味する言葉です。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す考え方

※シビックテック:市民開発。市民(普通の人々)が、技術(特にIT技術)を使って、社会の問題を解決しようとする活動や取り組み

どちらも社会をよりよくしていくためのムーブメントであり、この2つは相互に関わりあい、おたがいを補完する。

オードリー
オードリー
ではまず、東アジアの文化の視点からお話しましょうか。

台湾や日本では、相手が自分と異なる意見をもっているとき、多くの人が「距離を置く」という反応をとります。争うのではなく、火種が燃え尽きるのを待ってから、自分のすべきことに取りかかります。

こうした考え方は、組織の硬直を生みますよね。だれも自分と意見が異なる人と争いたくないからです。

「Plurality」は、意見の相違を糧に、組織をつくる方法です。自分と異なる意見を持つ人がいたら、そこに橋をかけましょう。意見の不一致から憎しみを生むのではなく、革新と変革のエネルギーとして活用するんです。
グレン
グレン
PluralityはSFの話ではありませんし、現在の社会構造を壊して、ゼロから新しいものをつくり上げようとしているわけでもありません。

世界中を巡って、Pluralityの原理が発揮されている事例を集めました。今回わたしたちが出版した『PLURALITY』は、そうした事例を世界に紹介する本です。
黒いカバーにカラフルな文字でPluralityと書かれている書影

2024年5月20日出版『Plurality: The Future of Collaborative Technology and Democracy 』。サイボウズ式ブックスで日本語翻訳・出版プロジェクトが進行中

関
特に大切なのはPluralityを実践する方法はひとつではない、ということだと思います。

日本のPluralityは、アメリカや台湾のPluralityとは異なります。それぞれのコミュニティが未来を定義し、その未来を実現する手段としてPluralityを活かすチャンスがあると思います。

日本に足りないのはPluralityを受け入れるモチベーション

西尾
西尾
Pluralityの運動は、どのように始まったんですか?
オードリー
オードリー
わたしにとっては2012年に台湾で始まった「g0v(※)」(ガブ・ゼロ)コミュニティのシビックテック活動がきっかけでした。

当時、台湾では政府に対する不満がたくさんありました。そこで、わたしたちはSNSやテクノロジーを共創する力として使いました。すると、市民社会がひとつになり、政府の足りない部分を補うためのアイデアやツールを実装するようになったんです。

そうして2018年に台湾で初めて、「総統杯ハッカソン(※)」が開催され、政府関係者と市民社会が交流し、安心して新たなデジタルプロジェクトを進められる環境を持つことができました。

※g0v:台湾で設立された、情報の透明性、オープンな結果、オープンな協働を大切な価値観にしている自律分散型のシビックテックコミュニティ

※総統杯ハッカソン:台湾各地が抱える課題を国民が提議し、政府が提供するオープンデータを活用しながら、公共サービスの質を改善するための解決策を提案するイベント

3人に語りかけるオードリーさん

オードリー・タン。8歳からプログラミングの独学を開始。中学を中退し15歳でプログラマーとして仕事を始め、19歳のときシリコンバレーで起業。米アップルの顧問を経て、台湾の蔡英文政権において入閣。2016年に台湾初のデジタル発展相に就任

オードリー
オードリー
政府と市民の間に築かれた信頼関係は、コロナ渦でとても役立ちました。台湾全体が一丸となって対応に取り組んだんです。

みなさんもよくご存知なのが「マスクマップ」でしょう。Pluralityの運動を通じて、この台湾で成功した原理を世界に紹介したいと思っています。
西尾
西尾
台湾以外の地域では、どのようにPluralityの運動を広めればよいのでしょうか。
グレン
グレン
Pluralityは文化によって異なるかたちで表現されるので、広めるための課題も、地域ごとで異なります。

台湾の場合は、Pluralityの原理をもってシビックテックを推し進める能力と、モチベーションの両方を持ち合わせていたので、運動がうまく進んだのではないでしょうか。

アメリカにはモチベーションはありますが、政治の二極化や人口動態の変化により、人々の分断が進み過ぎてしまっています。これでは受け入れる能力が足りないと思います。

日本はPluralityを受け入れる能力はあると思いますが、モチベーションが足りないと感じます。
ジェスチャーを交えて話すグレンさん

グレン・ワイル。米マイクロソフトの研究主任を務める経済学者。RadicalxChangeおよびPlural Technology Collaboratory & Plurality Instituteの創設者であり、『WIRED』US版の「次の25年をかたちづくる25人」に選出された。主な研究テーマは次世代政治経済学

西尾
西尾
モチベーションというと、社会を変えようとする意思のことでしょうか。関さん、どう思いますか?
関
そうですね。そもそも日本の文化では、既存のシステムに逆らったり、階層や組織を超えて行動したりすると、強度のストレスがかかります。アクティビスト(活動家)は敬遠されてしまうことも多い。

それに、多くの日本人は台湾に比べると良くも悪くも民主主義的な環境に慣れすぎていて、危機感が薄いように感じます。

政府に不満があったとしても、官民の垣根を超えて積極的に行動して変えていこうという意欲は相対的に低いのではないでしょうか。
ジェスチャーを交えて話す関さん

関治之(せき・はるゆき)。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに活動する、一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)の設立者。日本におけるシビックテックを推進し、オープンソースのGIS(地理情報システム)を専門とするGeorepublic Japanを代表社員CEOとして率いる

関
グレンさんが言ったように、日本にはやはりモチベーションが足りないところがあります。 まさにその通りの感覚を過去に感じました。

もともとわたしがオープンソース分野でシビックテックに関わり始めたきっかけは、2011年の東日本大震災です。
sinsai.infoのスクリーンショット。災害情報の数が地図上に赤い丸で表示される

関さんが開発に携わった sinsai.info。東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の災害情報をまとめたウェブサイトで、「被災地」「交通機関」「安否確認・消息」など19種類のカテゴリーが用意されており、地図上には公開されたレポートの数がエリアごとに数字で表示される

関
当時、災害支援のツールやソリューションが非常に求められていたので、自分のエンジニアとしてのスキルを、行政や自治体のために役立てたいと思ったんです。

でも、活動を通してエンジニアとしてただ起きている課題にテクノロジーを適用するだけでは、社会の根本的な部分の解決につながらないことに気づきました。対処療法的なことはできても、人のマインドを変えられないというか。

テクノロジーを適用するだけでは、行政や自治体の人々の社会を変えるモチベーションを上げるには不十分だと気づいたんです。
西尾
西尾
社会の変革には、エンジニア以外の力も不可欠ということでしょうか。
関
そうです。だからこそ、いまわたしを含めたメンバーが運営しているCode for Japanは、テクノロジーに対する人々の意識を変えられる、広がりのある活動をしようとしています。

Pluralityの概念を広め、より多くの人を巻き込むためには、そのメリットをもっと言語化して届けることが求められているのではと思います。

Code for Japanのビジョンは「ともに考え、ともにつくる社会」です。Pluralityやシビックテックが「エンジニアによるエンジニアのための活動ではない」とはっきり伝えることが大事です。だれもが参加できる、みんなのための活動ですから。
西尾
西尾
ありがとうございます。Pluralityもシビックテックも、エンジニアだけでなく、より多くの人の参加があって成り立つ活動です。

そのお話も、のちほど進めていきたいと思います。

AGIが人間の仕事をすべて肩代わりする未来を信じていない

西尾
西尾
そもそも「なぜ、いまの世の中でPluralityのような運動が大切なのか?」この理由について、お聞きしたいです。
グレン
グレン
テクノロジーが社会に与える影響を見ていると、悲しいことに、人々はおたがいに距離を置くようになっています。同じ考え方や価値観を持つ人たちだけで集まるようになり、政治的な意見の違いだけで、自分の家族でさえも否定する人がいます。

こうした現象が起きる理由は、社会の仕組みではなく、考え方にあります。人間の頭脳には限界があり、地球規模の複雑性を理解することはできません。そのため、人々は同じ考えを持つ人たちと団結し、それ以外の人たちを否定し、境界線を引くのです。

でも、Pluralityは違う道を示します。わたしたちは、人々が世界の複雑さを受け入れることで、実際の世界が心地よく感じられるようにサポートします

この基本的な考え方は新しいものではありません。何世紀も前からある、道教や禅宗の中心的な考えですし、西洋哲学にも見られます。これを現代風に言い換えたのがPluralityなんです。
オードリー
オードリー
Pluralityは、人類が想像する未来に対する、別のアイデアでもあります。

たとえば、わたしたちはAGI(汎用人工知能)が人間の仕事をすべて肩代わりして、ベーシックインカムで生活するような未来を信じていません。

また、Web3とインターネットが地球上のあらゆる社会を分散化して、極端な思想を持つ活動家たちののユートピアを生み出すとも考えていません。

AGIやWeb3の未来ビジョンは、論理的には実現しそうにも思えます。しかし、Pluralityはもっと保守的に「すでにうまく機能している考え方や生き方を大切にする」のです。

現代の世界はあまりにも複雑で、一人の人が未来を予測することはできません。だからこそ、未来を予測するのではなく、テクノロジーによってさまざまな考え方や多様な生き方を結びつけるフレームワークとして「Plurality」を考え出したのです。

年配の方の旗振りを自動化しても、コミュニティのためにはならない

西尾
西尾
より多くの人をPluralityの活動に巻き込むには、テクノロジーを不安視する人にも納得してもらう必要があると思います。

活動に参加してもらうには、どんな風に語りかけるのがよいでしょうか?
オードリー
オードリー
本当にメリットがあることを、目に見えるかたちで具体的に示す必要があります。

実は、新しいテクノロジーから一番遠くにいる人こそ、最も多くの恩恵を受けることができるんです。たとえば、衛星技術、太陽光発電システム、5G技術などは、地方で導入されれば、大きな意味を持ちます。

都市部で遠隔医療や遠隔手術をおこなっても、節約できる時間は数分かもしれません。でも地方の高齢患者にとっては、生死を分けるほど重要な意味を持つ技術になることがあります。
机を囲みながら議論する4人
グレン
グレン
その通りだと思います。活動に参加してもらうためには、心を動かすことも必要です。

多くの地方では、過疎化が進んで伝統や趣味を守れなくなっていますよね。若者はすでにオンラインで共通の関心を持つグループとつながっていますが、文化的なアイデンティティを守るためには、年配の人たちも巻き込む必要があります。

テクノロジーは、人々が物理的な境界を越えて集まり、新しい活気あるコミュニティをつくるチャンスを与えてくれます。
関
一方で、苦手な人を無理にデジタルの世界に引っ張ってくる必要もないと思っていて。これはとても大切な心得だと思います。

たとえば、交差点で旗振りをしている年配の方とか、地域にはいますよね。彼らは子どもたちが安全に道路を横断できるように安全指導をしているわけですが、この人にとっては子どもたちの笑顔が生きがいかもしれません。この人の仕事を自動化しても、コミュニティのためにはなりません。

わたしたちは、対話や社会参加、ケアのような手触り感のあることに人間が時間を使えるように、書類手続きのような部分の自動化に力を入れるべきなんです。

自分の生き方に目的を見出しているのなら、それを邪魔してはいけないですよね。
オードリー
オードリー
本当に、それはとても大事なポイントですよね。年配の方が精神的に衰える原因の一つは、目的意識を失ってしまうことですから。

わたしたちはPluralityを活用して社会全体の利益に貢献し、人々の役に立ちたいと思っていますが、それだけで終わりではありません。

助けられた人が、助ける側になれるようにサポートするべきなんです。ボランティア活動のような機会をつくって、コミュニティに恩返しができるようにしなければいけません。

Pluralityがあれば企業の生産性は上がり、社会的目的に紐づいた経済活動ができる

西尾
西尾
ここまで政府や市民社会におけるPluralityの可能性について話いただきました。

つづいて、企業とPluralityの関係については、どう考えていますか?
オードリー
オードリー
Pluralityは、公共と民間が交わることを目指しています。大切なのは2つを別々のカテゴリーで考えないことです。

公共のものは公共部門に、私的なものは民間部門に属すると決めつけてしまうと、ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業)はうまくいきません。なぜなら、両者の間にコミュニケーションの問題が生じるからです。

すべての民間企業が、最初から強い社会的目的を持っているわけではありませんが、Pluralityがあれば、その過程で社会的目的を見つけることができます。
説明するオードーリーさん
関
その点でいうと、日本のビジネス界では、企業は公益に資する責任を負うという考えが比較的浸透しているように思います。アメリカや他の国と違い、市場独占を企業の第一目標として掲げていない経営者とよくお会いします。

特に地域に根ざした企業の経営者などは、持続可能な取り組みに投資して社会に価値をもたらす責任を自覚している方が多いと感じます。Pluralityは、そういった経営者のためのロードマップなんだと思います。
グレン
グレン
企業とPluralityの交わりのよい例として、GitHubのようなオープンソースのプラットフォームがあります。GitHubはすべての人にオープンソース環境を提供するだけでなく、企業向けにプライベートな環境を販売して利益を上げています。

このように、Pluralityの原理に沿った製品を販売して、企業が利益を生み出す方法はいくらでもあるんです。例えば、提供するサービスから何%かを差し引くといったものから、クアドラティック・ファンディング(※)のような複雑な仕組みまで、さまざまな手段があります。

Pluralityを広めるための、経済的に実行可能な方法を見つけることはできますし、それは運動の正当性を高めるためにも大切です。

※クアドラティック・ファンディング:公共財に対して、公正で包括的な資金提供を促進することを目的とした民主的なクラウドファンディングのしくみ。個々の寄付の金額だけでなく、個々のプロジェクトへの寄付者の数も考慮してマッチング資金を配分する

オードリー
オードリー
Pluralityは生産性も向上させます。もし政府がPluralityの原理を活かして生産性を向上できるなら、民間企業でも同じことができるはずです。

実際、わたしたちが政府の事例をたくさん取り上げているのも、どれだけ官僚的な企業であっても、おそらく政府ほどは官僚的ではないはずだからです。
西尾
西尾
つまり企業もPluralityの運動に参加することで、いろいろなメリットを得られそうですね。
グレン
グレン
もちろんです。Pluralityを取り入れることで、企業がよりよく協力し合い、社会の変化に対応することができます。

市民運動から利益を得て、よりよい成果を実現できるようになれば、わたしたちも企業が市民や公共とつながりを持ち続けるべき理由を説明しやすくなります。

わたしは経済学者なので、この本はビジネス書でもあります。企業向けには、ビジネス書としてアピールしたいですね。

よりよい社会を実現するために、大勢の参加が必要

西尾
西尾
最後に、みなさんが考えている今後の方向性を教えてください。
机の上に置かれたpluralityの書籍
グレン
グレン
まずは、できるだけ多くの人々にPluralityの考え方を伝えていきたいですね。

今回の書籍は、いくつかの独立した章やセクションで構成しているので、読者の関心やニーズに合わせて好きな部分から読むことができます。

ビジネス書としても、政策書としても、技術論文としても、さまざまな顔を持つ本に仕上がっています。
関
日本では、Pluralityやシビックテックの取り組みに資金を提供する、新しい仕組みを考えなくてはいけません。

昔、スタートアップの経営をしていたんですが、スタートアップの世界だと、問題とソリューションが適合さえすれば、資金調達して製品をつくるチャンスはたくさんあります。

でもシビックテックだとそれに相当する仕組みがありません。わたしがいっしょに働いている人の多くはボランティアで、プロジェクトを始める意欲はあっても、それを続けるためのリソースが不足しています。

将来的には、10年間にわたって公共の利益に貢献するシビックテックプロジェクトを支援するために、100億円相当の資金を持つ財団を設立したいと思っています。そのために投資や官民の協力を通じて資金を集めることを目指しています。
西尾
西尾
Pluralityの運動の先頭に立つのは、エンジニアなんでしょうか? エンジニア以外の人にはどんな役割がありますか?
オードリー
オードリー
これまでも、エンジニアがPluralityやシビックテック運動の先頭に立っていたわけではありません。台湾で初めて「総統杯ハッカソン」をおこなったとき、エンジニアの参加率は30%くらいでした。この数字は年々下がっています。

さまざまな人々を巻き込めるのは、テクノロジーが誰でも使えるようになったことと、kintoneのようなノーコード・ツールの普及のおかげです。最近ではシビックテックの革新に取り組むのに、プログラミング言語を理解する必要はなくなっています。必要なのは想像力だけなんです。

エンジニアリングスキルを持つ人々の課題は、できるだけ多くの人々に運動に参加してもらうことです。シビックテックが成功するためには、その影響を受ける人がいっしょにアイデアを出しあい、積極的に参加することが欠かせないんです。
グレン
グレン
結局のところ、Pluralityは文化の問題です。テクノロジーもひとつの要素ですが、チームラボボーダレスや、日本科学未来館のような展示も、「Plurality」の基本的な考え方を独自に解釈しています。

Pluralityの文化的な部分には、コミュニティごとに独自性があります。だからこそ、テクノロジーやエンジニアリングの世界だけでなく、社会全体に活動を広げていくことがとても大事なんです。
関
新しい層にアプローチするには、わたしたちの運動の具体的なメリットを示すことが重要です。

シビックテックを活かして教育制度を変革すれば、若者にリーチできますし、過疎地域を活性化する取り組みを実施すれば、高齢者にメリットを示すことができます。

また、シビックテックの哲学を企業に広めることも重要だと思います。そのためには、哲学を企業が理解しやすい活動に落とし込む必要があります。少子化や気候変動など、企業がインパクトを残せそうな具体的な領域を提案していくこともできますね。
グレン
グレン
そうですね。企業として運動全体に関わる必要はありません。それぞれの企業のミッションに基づいて、参加すればいいんです。

たとえばマイクロソフトではAI変革が最優先のミッションですが、持続可能性、DEI(多様性, 公平性, 包括性)、プライバシー、サイバーセキュリティ、レジリエンス(回復力)も同様に重要です。

Pluralityは概念的なアプローチですが、それぞれの企業でどう適用するとよいのか? この部分はまだまだ取り組むべき課題でもあります。サイボウズのような企業は、こうした取り組みをリードしていくのに最適な立ち位置にいると思います。

世界中で、シビックテック・コミュニティの枠を超えてPluralityの運動を拡大するおもしろい取り組みが展開されています。

わたしたちは本やウェブサイト、Discord、Code for Japanのような組織など、参加できる方法をたくさん用意しています。この記事を読んで、Pluralityに興味を持った方がいたら、ぜひわたしたちの活動に参加してほしいですね。
4人で「長寿と繁栄を」を意味するハンドサインで記念写真

企画・編集:神保麻希(サイボウズ)/取材・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵

【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない
仕事を奪うのはAIではなく、「人工知能の使い方を決める人間」だったんです
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006211.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006211.html カイシャ・組織 AI plurality プルラリティ 多様性 Thu, 03 Oct 2024 08:00:00 +0900
【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない

AIの発達による自動化や効率化に代表される、とどまることのないテクノロジーの進化によって、世界は大きく変わろうとしています。

その変容を肌で感じてはいるものの「会社で新たに導入されたデジタルツールを使いこなせず、業務に活用できていない」「ITの知識に疎く、わからないことを人任せにしてしまう」という人も少なくないはずです。急速に進化し続けるテクノロジーに対して、わたしたちはどんな距離感で接すればいいのでしょうか。

そのヒントを探るべく今回お話をうかがったのは、AIエンジニア・起業家・SF作家として活躍している安野貴博さん。2024年の東京都知事選に「テクノロジーの力で誰も取り残さない東京をつくる」というビジョンを掲げて出馬した人物です。

わたしたちの未来はテクノロジーの力で、どのように変わっていくのか。また、その未来では、どんなスタンスでテクノロジーとかかわることが求められるか。わたしたちとテクノロジーの理想的な「距離感」について、サイボウズ代表の青野慶久が安野さんに聞きました。

日本のデジタル化を進めるには、テクノロジーと人間の歩み寄りが必要

青野
青野
サイボウズは「チームワークあふれる社会」を創るために、誰でもかんたんに使えるグループウェアを提供しています。ただ、ITツールへの抵抗感をもつ人も多く、社会全体にはまだリーチできていないなと感じています。
安野
安野
それでも御社のグループウェアであるkintoneは、とても広く使われているように思います。ITツールに苦手意識をもつ人からも「kintoneなら使える」という声はよく聞くので、すごいなと思っていました。
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安野貴博(あんの・たかひろ)。合同会社機械経営 代表。AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学工学部、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』(いずれも早川書房)

青野
青野
僕らとしてはまだまだで、kintoneが一気に伸びたのって2011年にクラウド化したタイミングなんです。

もともとはパッケージソフトでの販売で、「会社のパソコンにインストールすれば、すぐ情報共有できますよ」と敷居を相当下げたつもりでしたが、なかなか広がらなくて。
安野
安野
クラウド化は大きいですよね。インストールやバージョンアップとか、面倒な工程がなくなるわけですから。
青野
青野
そういう面倒な工程が好きな人ってほとんどいないので、誰でも気軽に使えるようにテクノロジー側がもっと人に寄り添っていく必要がありますよね。

あと、kintoneが広がったもうひとつの理由は、少子化だと思っているんですよ。
安野
安野
というと?
青野
青野
ここ数年、地方中小企業の経営者がデジタル化の話を前のめりで聞いてくれるようになったんです。

聞くと、人手不足で本当に困っているようで……。テクノロジーを導入しないと、若手の人は募集に来てくれないし、効率化して膨大な仕事量を処理していけない。「どうデジタル化を進めればいいんだ、教えてくれよ」という感じなんですね。
安野
安野
マクロで見たとき、労働人口が減っていくのは間違いないので、その穴を埋めるためにはテクノロジーを使うしかないですよね。
青野
青野
そうなんです。だから、今後テクノロジーは人間の生活がより便利で快適になるように進化を続けるでしょうし、人間側もテクノロジーを理解し、どんどん取り入れていこうとするはずです。

テクノロジーと人間がおたがいに歩み寄ることで、デジタル化が進んでいくのだと思います。

オープンな場で議論することで、より良い意思決定ができる

青野
青野
今回の都知事選で、安野さんはオープンソースでマニフェストを改善していきましたよね。

そのためにGitHub(オープンソース開発でよく使われる、ソフトウェア開発のプラットフォーム)を使っていたのが最高に痛快で。

オープンな場所で、誰でも政策の議論に参加できる仕組みを日本中に広めていきたいですよね。
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青野慶久 (あおの よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

安野
安野
そうですね。政治領域に求められているのは、GitHubを使っているかのようなオープンさとトレーサビリティ(追跡可能性)だと思うんです。

議員だけが発言できるのではなく、市民から広く意見を集めて、より良いアイデアを取り入れていくこと。意思決定の際にも、あとからその過程を全部追えるようになっていること。

これらはソフトウェアエンジニアが日々やっていることで、GitHubという敷居の高いツールをそのまま使うべきかどうかはさておき、そうした仕組みを政治にもインストールしていきたい気持ちはあります。
青野
青野
いいですね。サイボウズでも、kintoneで議論した内容をすぐ全社に共有して、オープンに意見を集める仕組みがいろいろとあります。

それらの仕組みを活用することで、より精度の高い意思決定ができますし、そこで決まった施策についても全社員が納得感をもってかかわることができるようになります。

「デジタル民主主義」によるイノベーションは日本から始まるかもしれない

青野
青野
今回の立候補にあたり、オードリー・タンさん(台湾の元デジタル発展省大臣で、デジタル民主主義〔※〕の第一人者)にも相談されたそうですね。

※デジタル時代の新しい民主主義。分散したコミュニティが平和的に共存してコラボレーションを強化していくことが期待されている

安野
安野
はい。デジタルテクノロジーで社会システムをアップデートできそうだとはわかっていたんですけど、より具体的なアップデート像を模索したくて。

オードリーさんに相談したのは、以前からシンパシーを抱いていたからです。グレン・ワイルさん(アメリカの経済学者で、マイクロソフトのエコノミスト)と提唱されている「Plurality(※)」の概念や、台湾でのデジタル政策などを以前から調べていたんですよね。

オードリーさんからは現場での知見をたくさんいただき、都知事選でも役立てることができました。

※「多元性」「多様性」を意味する言葉。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す概念

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青野
青野
そうやって新しい社会のつくり方が見えている人たちに連帯してほしいなと思います。グローバルな視点で見れば、解決できることってもっとあるかもしれませんし。
安野
安野
そうなんですよ。場所は違っても、「みんなでアイデアを出し合い、より良い意思決定をしていこう」という過程は同じはずで。そのための情報共有のメカニズムは横展開できると思うんです。

ちなみに、グレン・ワイルさんは「デジタル民主主義のイノベーションは日本から生まれる可能性が高い」とおっしゃっていました。

他国と比べると、日本はAIに対して親和的で、経済格差や地域間格差などの社会的分断がまだ進んでいないからです。
青野
青野
実際、地方の自治体などにも講演する機会が増えてきており、テクノロジーを活かして市民のまちづくり参加を促す仕組みを導入しようという機運が高まってきているように思います。

テクノロジーによって、マニフェストをアップデートする期間がつくれる

青野
青野
世の中には「政治家は一度出したマニフェストを変えちゃいけない」という固定観念があるように思います。

でも、安野さんはGitHubや「AIあんの」などで、たくさんの人の意見を集めて、マニフェストをアップデートしていましたよね。その取り組みを見て、ほかの候補者の方とのマインドセットの差をすごく感じました。
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テクノロジーを使って有権者の意見を聞くために、AIを活用したAI Tuber「AIあんの」をYouTube上で公開。コメント欄に質問や要望を入力すると、安野さんの公約などを学習したAIが回答してくれる。どのくらいの人がどんなトピックの意見を言っているのか、AIを介して多くの意見や情報を集約する「ブロードリスニング」の技術で可視化。質問や批判を見ながら、マニフェストをアップデートした

安野
安野
個人的にはマインドセットの差に見えつつも、実はテクノロジーの差だったんじゃないかなと思っていて。

ビラやポスターに印刷したマニフェストだと変更が効かず、一度出した主張を訂正することが難しくなります。一方、わたしの場合はGitHubで変更提案を取り込んだ瞬間、マニフェストが更新される仕組みにしたんです。

加えて、「AIあんの」にもアップデートした主張を覚えさせたりと、マニフェストが変わることを前提に情報伝達の仕方を設計していました。
青野
青野
すでに変えようのない主張を一方的に伝えていくのではなく、さまざまな意見を鑑みたうえで柔軟に変えていけるのは素晴らしいですね。
安野
安野
もちろん、いずれはマニフェストを訂正できないタイミングも来ますが、テクノロジーを使えばある程度は後ろ倒しにできるはずで。

むしろ、マニフェストをアップデートできるようにしたほうが建設的な議論ができて、選挙期間を「都民が東京の未来を考える時間」にすることもできます。
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青野
青野
おもしろいですね。とはいえ、ネットを使わない方々もいるので、この取り組みだけだと議論に参加できる層に限界があるように思います。
安野
安野
たしかにネットに苦手意識をもっている方は少なくないですね。ただ、そうした方々に対しては、電話で「AIあんの」に質問できるようにしていました。

そんなふうにさまざまなフォーマットを用意することで、“誰も取りこぼさない”ように工夫を重ねました。

「幸福にする」はできなくても、「不幸にさせない」はできるかもしれない

青野
青野
安野さんが都知事選で掲げた「テクノロジーの力で、“誰も取り残さない”東京にアップデートする」って難易度が相当高いことだと思うんです。

世の中にはいろいろな人がいますが、そんな多様な社会で「誰も取り残さない」という言葉を使うのはかなり勇気が必要だったんじゃないかな、と。
安野
安野
そうですね。でも、理想の社会を考えたとき、目指すべきはそこだなと思ったんです。

もちろん何か政策を出すたびに、「それって誰かを取り残しているんじゃないか」と指摘されて、考えざるを得えないわけですけど。

ただ、このビジョンを掲げていないと、誰かを取り残している現実から目をそらしたまま、どんどん先に進んでいっちゃうと思うんです。
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青野
青野
なるほど。気づかぬうちに誰かを取り残すことを防ぐためにも、掲げるべきビジョンであると。
安野
安野
そうです。一歩踏み込んだ話をすると、取り残される人がいることは避けるべきですが、全員が同じくらい幸せにはならなくてもいいと思っているんですよ。

大事なのは、テクノロジーが進歩することで、ボトム層にいる人たちの生活もよりよくなっていくことで。
青野
青野
「幸福にする」と「不幸にさせない」のは似て非なるものですよね。みんなが成功して幸せな社会をつくるのは難しいけれど、少なくともみんなが不幸じゃない状態まではいけるかもしれません。

オープンに議論をする仕組みを生かすため、自分の意見を言う「自立心」を醸成する

青野
青野
オープンに議論ができる仕組みをより活かせるように、「みんながもっと自立して、自分の意見を言おうぜ」という気持ちもあるんです。
安野
安野
うんうん。
青野
青野
サイボウズで大事にしているもののひとつに「質問責任」というものがあります。これはモヤモヤしたり、疑問に思ったりしたことがあれば「わからないままにせずに、質問すること」を指します。
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安野
安野
建設的な議論をするためには、みんなが正直に意見を出すことが大切ですからね。
青野
青野
ええ。実際、みんなが質問責任を果たしてくれるおかげで、サイボウズの制度は数多く改善されていきました。

ただ、発言するマインドを醸成するには、意見を出してくれた人に感謝し、その意見をテーブルに乗せて議論する姿勢も大切です。その様子を見た人たちが、「思ったことを言ってもいいんだ」と思えるようになるので。

だから、安野さんがさまざまな人の意見を受け入れて、マニフェストを変える姿勢を見せたことは素晴らしくて。それは意見を言った人にとって、ものすごい成功体験だったと思うんですよ。
安野
安野
実際に「自分の意見が本当に反映された!」と喜ぶ声もたくさんありましたね。

「自分も政治に参加できるんだ」という意識が広がれば、意見を集めるためのテクノロジーと相まって、社会に大きな変化が生まれると思います。

人間に歩み寄るテクノロジーに、次は人間のほうから歩み寄る

青野
青野
最近のAIの進歩は凄まじいですが、ここから10、20年後を想像したとき、安野さんはどんな社会になっていると思いますか?
安野
安野
「誰も取り残さないテクノロジー」がどんどん生まれていき、AIの社会実装が広がっていくと思いますね。

とくにChatGPTの最新モデル(GPT-4o)が登場し、チャットボットが人間と自然に対話できるようになったことは、とても大きな変化だと思います。というのも、ITが苦手な人でも、会話を通じてあらゆるテクノロジーを簡単に使えるようになるので。

これからのChatGPTは、人間が具体的な指示を出さずとも、「それってどういうことですか?」と会話しながら、利用者の思いを汲む形へと成長をしていくはずです。
青野
青野
なるほど。テクノロジーは人間に相当寄ってきているので、あとはみなさんがテクノロジーを使う勇気がちょっとでもあれば、世の中はもっと便利になりますね。
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安野
安野
そう思います。それに、テクノロジーに追いつけていないと不安になる必要はなくて。その感覚って、AIの研究者にもあるので。
青野
青野
AIの研究者ですら?
安野
安野
そうなんですよ。わたしも都知事選に出馬した約1か月間で、追っていたAIの分野がまったくわからなくなって驚きました(笑)。
青野
青野
AI研究者や安野さんでもそう感じるなら、もはや「みんながテクノロジーに取り残されている」時代と言えそうですね。ある意味全員が弱者だという出発点から、社会をつくったほうがいいのかもしれません。
安野
安野
そうですね。その際に世の中を良くできそうなことに気づいたら、ぜひ声を上げてもらいたいです。

これまでかき消されていたような声も新しいテクノロジーがキャッチして、世の中にフィードバックしていける未来が訪れるので。

企画:小野寺真央(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006208.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006208.html 働き方・生き方 Thu, 12 Sep 2024 08:00:00 +0900
ドラァグクイーン・脚本家のエスムラルダさんと考える、だれも排除しない「まぜこぜのチーム」への道のり

2024年6月16日、女優の東ちづるさんが理事長を務める⼀般社団法⼈Get in touchが制作した映画『まつりのあとのあとのまつり~まぜこぜ一座殺人事件~』が先行公開されました。

本映画には、さまざまなマイノリティによるパフォーマー集団「まぜこせ一座(いちざ)」のメンバーが出演。彼らが直面する「なぜ、わたしたちの生きづらさは変わらないのか?」という課題を、視聴者に自分ごと化してもらう試みをもった作品です。

実は本映画の撮影場所となったのは、サイボウズの東京オフィスの一角。「チームワークあふれる社会」を目指すサイボウズが、Get in touchの「まぜこぜの社会」という理想に共感し、撮影場所が決まりました。

今回は本映画に寄せて、脚本を担当したドラァグ・クイーンのエスムラルダさんにお話を伺いました。会社や組織の中で、誰⼀⼈排除せず多様な個性を活かし合える「まぜこぜのチーム」は、どうすれば実現できるのでしょうか?

一人ひとりが「世の中にはいろいろな人がいる」ときちんと理解することが第一歩

園田
園田
先日、映画を拝見しましたが、とってもおもしろかったです!

サスペンスやコメディ要素をふんだんに盛り込みながらも、一貫して社会派としてのメッセージも強く感じられ、いい意味で視聴後に「モヤモヤ感」が残る作品でした。
エスムラルダ
エスムラルダ
ありがとうございます! そう言っていただき、とてもうれしいです。
テーブルに肘をかけるエスムラルダさん

エスムラルダ。1972年生まれ。大学在学中の1994年よりドラァグ・クイーンとしての活動を始め、各種イベント、メディア、講演会などに出演。2018年にはドラァグ・クイーンのユニット「八方不美人」のメンバーとして歌手デビュー。一方で大手印刷会社を経て、フリーのライター、編集者、脚本家に転身。舞台・ドラマの脚本や東宝ミュージカル『プリシラ』の翻訳を手がける。著書に『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』(ポット出版、共著)、『話しやすい人になれば人生が変わる』(アルファポリス)などがある

園田
園田
そもそも今回の映画の脚本には、どういった経緯で携わることになったんでしょうか?
エスムラルダ
エスムラルダ
以前から東ちづるさんとは親交があり、また八方不美人のドリアン・ロロブリジーダが参加していることもあって、まぜこぜ一座の活動はよく知っていました。去年ちづるさんから連絡があり、「まぜこぜ一座として初めての映画を作るので、脚本をお願いしたい」と相談を受けたんです。

そのとき、東さんがおっしゃったのが、「マイノリティの課題など社会的なメッセージを織り込みながらも、決して押しつけがましくなく、おもしろく見られるコメディサスペンスにしたい」ということでした。

マイノリティをテーマとして扱う作品は、どうしてもヒューマンドラマとかお涙ちょうだい的なものになりがちですが、マイノリティの人たちによるコメディサスペンスというのは新しいしおもしろいと思い、即座にお引き受けしました。
園田
園田
映画では、小人症の人は自動販売機に手が届かないといったエピソードもありました。恥ずかしながら、言われるまで自分も気づかなかったことです。
エスムラルダ
エスムラルダ
そうですね。わたしも今回の脚本を作るなかで、さまざまなマイノリティの方々から普段どんなことを感じているかを伺い、初めて知ることもたくさんありました。
園田
園田
知らず知らずのうちに、マイノリティが社会からいないことにされている。少数派だからというだけで、適切な配慮を受けることができない。そういった現実があるんだ、とあらためて作品に突きつけられました。

エスムラルダさん自身もいままで「社会からいないことにされている」と感じたことはありましたか?
エスムラルダ
エスムラルダ
わたしは30年ほど前、20歳のときに、初めてゲイの友だちができました。それを機に周りの人にカミングアウトするようになったんですが、それまではよく「どんな女性が好きなの?」と訊かれていたし、そのたびに嘘をついていました。みんな、目の前にゲイがいるなんて思っていなかったんですよね。わたし自身、自分以外のゲイと会ったことはなく、常に孤独を感じていました。

いろいろな意見がありますが、わたしは、セクシュアルマイノリティが社会に当たり前にいるという認識が広がっていけば、かつてのわたしのように嘘をついたり孤独を感じたりすることなく、ラクに生きられる当事者が増えていくのではないかと思っています。

そのためには、できる人から少しずつカミングアウトしていくことも必要かもしれません。
腕を組んで立つエスムラルダさん
園田
園田
すでに多様な人と「ともに生きている」と知ってもらうことで、マイノリティにとってより生きやすい社会になる、と。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。もちろんそれは、セクシュアルマイノリティに限ったことではありません。わたしも、ほかのマイノリティの方については、まだまだ知らないことだらけです。

まずは一人ひとりが、「世の中にはいろいろな人がいる」ときちんと理解し、それぞれが抱えている困りごとなども知っていく。それが第一歩ですよね。

マイノリティの立場で考えることは、未来の自分のためでもある

園田
園田
そもそも「マイノリティが社会からいないものとされる」という課題はどうして起こるのでしょうか?
エスムラルダ
エスムラルダ
「メディアなどが発信する情報に偏りがあり、マイノリティに関する情報や知識が十分に行きわたっていない」など、さまざまな理由が考えられます。その一方で、多くの人が時間的にも経済的にも自分のことで精一杯になり、他人のことまで考えたり想像したりする余裕をもてなくなっていることも大きいと思います。

マイノリティについて考えると、いままで自分が当たり前だと思っていた世界が揺らいでしまうような気がして、あえて目を背けている人もいるかもしれません。

でも、人生にはいつ、どんな変化が訪れるかわかりません。いま健康な人でも、病気になったりけがをしたり年をとったりして、体の自由がきかなくなくなることがあるかもしれないし、自分が、あるいは家族や友だちが、実はセクシュアルマイノリティだったと知ることがあるかもしれない。

そんなとき助けになるのは、社会保障制度やバリアフリー設備であり、世間の理解であり、正しい情報や知識なんですよね。
遠くを見る表情のエスムラルダさん
園田
園田
「自分はマイノリティじゃない」という認識自体を見直すことで、一見無関係に見えることも自分ごと化しやすくなるかもしれませんね。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。マイノリティの課題は他人事ではなく、誰もが当事者として考えるべき問題だと思っています。

それから、人々が自分のことに精一杯になっている背景には、「道を外れてはいけない」「自分の身は自分で守らないといけない」という風潮もある気がします。

「世間で『ふつう』『当たり前』『正しい』とされている道から少しでも外れると、大変なことになる」と思い込み、失敗しないように、道を外れないように、いろいろなことを我慢し、必死になっている人は少なくありません。

中には、マイノリティへの配慮や施策などが行われることに対し、「自分たちは頑張っているのに、マイノリティばかりが優遇されている」といった不満を抱く人もいます。

そして、マイノリティに対して厳しい目を向ける人たちの中には、いざ自分自身がマイノリティになると、「自分にはもう価値がない」などと考えてしまう人もいるんですよね。
園田
園田
たしかにいまの社会で「ふつう」とされている道を逸れることには不安があります……。
エスムラルダ
エスムラルダ
でも、もしみんなが「明日、自分や大事な人に何かあって、『ふつう』に生きることができなくなっても、周りの人や社会が支えてくれるから大丈夫」という安心感を抱ける状況だったらどうでしょうか。

他人に対してもう少し優しく接することができるようになり、社会全体として、いろんな人に手を差し伸べるゆとりが生まれるような気がしませんか。

卵が先か鶏が先か、みたいな話にはなりますが、一人ひとりが互いを思いやるようになれば、逆に自分たちがいま抱えている焦燥感や不安感は軽くなっていくのではないでしょうか。
ソファにもたれるエスムラルダさん

多様性の中で、自分なりの答えを探していくことが大事

園田
園田
とはいえ、自分のことで必死なときに他人のことまで思いやるのは、やはり大変かもしれません……。
エスムラルダ
エスムラルダ
そうですね。多様な立場に想いを馳せるためには、さまざまな価値観に触れる必要がありますし、気持ちの余裕や知識、想像力も必要です。簡単にできることではないかもしれません。

それでも、自分を大事にしつつ、他者の事情などを思いやる気持ちを忘れないことも重要だと思います。

最近、SNSなどで、自分の尺度とたまたま目に入った情報だけをもとに善悪を判断してしまう人や、「女は~」「男は~」「高齢者は~」「ゲイは~」など、乱暴に属性でくくって攻撃している人をしばしば見かけます。

何事においても簡単に「答え」を出そうとしている人が多い気がするんですよね。それはとても危険なことだし、対立が深まるばかりです。

人生にも社会的課題にも正解はありません。いろいろな人たちの考えや立場を知り、葛藤し試行錯誤を重ねながら、自分なりに「より良い」と思えるものを探していく。それがこの社会で生きるということであり、豊かな人生、豊かな社会につながっていくのではないかと、わたしは思います。
地球儀を持つエスムラルダさん
園田
園田
白黒はっきりした事柄に身をゆだねるのではなく、多様な価値観の中で自分らしさを探していくんですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。それは個人だけでなく、組織としても大事な考え方だと思います。

たとえば他者への想像力が欠けた結果、取り返しのつかないトラブルが起きることがあります。最近だと、配慮にかける不適切な発信によってSNSで炎上する企業などもよく見かけますよね。

でも、もしその企業やチームの構成メンバーにいろいろな属性の人がいて、フラットに意見を言い合える環境だったら、きっとどこかで歯止めがかかるのではないかと思うんです。
園田
園田
一方で、組織としては多様な意見が出てしまうと、意思決定がしづらくなるという事情もありそうです。
エスムラルダ
エスムラルダ
同質的な組織で一丸となって突き進むのは、たしかに効率がいいし、利益を生み出すうえではいいかもしれません。

しかし、どこかのタイミングで組織として大きく道を踏み外したり、後戻りができない状況になってしまったりするリスクもあります。

だからこそ、多様な人たちが集まり、いろんな側面から物事を見て、いいとも悪いとも言いきれないこともしっかり考え、議論していくことが大事なのではないでしょうか。

自分を受け入れることで、他者にも寛容になれた

園田
園田
多様な人たちと刺激し合い、ともに理解を深めていくことで、個人だけでなく組織や社会全体が幸せになっていくかもしれない、と。

そのためにも、まずはそれぞれがマイノリティに対する偏見をあらためていく必要がありそうです。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。ただ、偏見は誰しも持っているものです。実は、わたし自身も同じマイノリティであるゲイに対して偏見を持っていたことがありました。

先ほどもお話ししたように、20歳までは自分以外のゲイと会ったことがなかったし、自分も男性が好きなのに、ゲイに対してどこか「自分とは違う人たち」と思っていました。新宿二丁目という街にも、漠然とした「怖さ」を感じ、最初はなかなか足を踏み入れることができませんでした。

ちょっと主語が大きくなりますが、人間って、自分が接したことのないものに対して、どうしても不安を感じやすいんですよね。
ポーズをとるエスムラルダさん
園田
園田
なるほど。そこからエスムラルダさんはどのようにして偏見を解消していったのですか?
エスムラルダ
エスムラルダ
あるゲイの団体にアクセスし、たくさんのゲイの友だちができたことが大きかったですね。

彼らのおかげで、「自分と同じように、同性を好きな人はたくさんいるんだ」「同性を好きなのはおかしなことではないんだ」と理解でき、自分自身がゲイであることも受け入れることができました。

自分の中の偏見を解消するためには、やはり「ちゃんと知る」ことが何よりも大事なことですね。それから、自分自身をきちんと受け入れること。

セクシュアリティのことに限りませんが、わたしは「『良い』部分も『悪い』部分も含めて、これが自分なんだ」と自分自身をしっかり受け入れられるようになって、ようやくほかの人たちのさまざまなありようを受け入れられるようになった気がします。

「いろんな人がいるよね」で終わらせず、理解を深めていくために必要なこと

園田
園田
組織観点の話になりますが、多様な人たちとチームとして働いていくためには、「いろんな人がいるよね」で終わらせず、おたがいに踏み込んでいくことが必要な場面もあると思います。

相互理解のために、わたしたちはどうしていくべきなのでしょうか。
エスムラルダ
エスムラルダ
まず、困りごとなどがあったとき、マイノリティ側がきちんと声を上げる必要があると思います。自分以外の人のことって、やはり完全にはわかりませんから、「言わなくても察して」というのはなかなか難しい。

わたし自身、ほかのマイノリティの方が声を上げているのを見て、初めて「あ、こんな困りごとがあったんだ」と知ったり考えたりすることが多々あります。

とはいえ、声を上げるのはすごくエネルギーが必要なことなので、カミングアウト同様、まずはできる人がやるしかありません。

声をあげる人が少しずつ増え、「こういう人たちがいる」「こういう困りごとがある」という理解が広がっていけば、いまよりも気軽に話し合いがしやすい環境になっていくのではないでしょうか。
腕を組んで遠くを見るエスムラルダさん
園田
園田
たしかに、当事者の方々が声を上げることは大きなきっかけになりますね。では一方で、おたがいの理解を深めるためにマジョリティ側の人達ができることってなんでしょうか。
エスムラルダ
エスムラルダ
組織の中でマイノリティ側の人たちが発信をしたとき、その発信の仕方や内容によっては、感情の部分でモヤモヤすることがあるかもしれません。「なんで自分がその要望を叶えないといけないんだ」と思うかもしれない。

それでも、感情と理性を切り離して考えてみてほしいんです。せっかく組織として成長できる機会なのだから、そこで一歩考えを進めてほしい
園田
園田
現状を変えるような動きには、反射的に不安や反発を感じやすいですよね。だからこそ、意識的に感情と理性を切り離して考えるべきですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
あとは、マイノリティ側の発信の負担が軽減できるような環境づくりは大切ですよね。

たとえば目安箱のようなものを設置して、匿名で発信できるようにすれば、マイノリティ側も声を上げやすくなるのではないでしょうか。
園田
園田
そうした仕組みがあれば、いままでよりも活発に改善のための議論ができそうですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
もちろん、マジョリティ側が、マイノリティ側の要望をすべて叶えるのは難しいかもしれません。ただ、面倒くさがらずにきちんと話し合い、どうすればおたがいが働きやすい環境を作っていけるのかを探っていくことが大事だと思います。

当然のことながら、マイノリティ側だって間違うことはあります。そのときに、マジョリティ側から「それは賛成できないけど、こうしたらいいんじゃないか」と言えるような関係性になるといいですよね。どちらが上とか下とかではなくて、対等な存在として
キリンのぬいぐるみを撫でるエスムラルダさん

映画『まつりのあとのあとのまつり~まぜこぜ一座殺人事件~』は、2024年秋に上映予定です。

・監督:齊藤雄基
・脚本:エスムラルダ
・プロデューサー:東ちづる
・制作・提供・配給:一般社団法人Get in touch

・上映館一覧:
10月18日〜24日 
ヒューマントラストシネマ渋谷(東京)
キネカ大森(東京)

10月25日〜31日
アップリンク京都(京都)

11月11日〜11月17日
テアトル梅田(大阪)

※順次全国公開。
※詳細は後日、サイボウズ式公式Xでお知らせいたします。

映画キービジュアル.png

企画:野阪拓海(ノオト)+サイボウズ式編集部/取材・執筆:園田もなか/撮影:小野奈那子/編集:野阪拓海(ノオト)

多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
「自分に似たスタッフ」を求めてしまう管理職の呪いと解呪
多様性に配慮しすぎて、なにも言えない。「関わらない」が安全策なのだろうか?
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006202.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006202.html 働き方・生き方 マイノリティ 多様性 組織 議論 Tue, 27 Aug 2024 08:00:00 +0900
第3章 大丈夫、ちゃんと進んでいる──よちよちぺんぎん日報

「みんな一緒」のお堅い企業から、「多様な個性を重視する」IT企業に転職したコウテイペンギンのエマ。

100ペン100通りだけど、ペンギンたちのチームワークは素晴らしいです。自由すぎる環境に戸惑いつつも、​自分はどういう働き方・生き方をしたいのかを問い、よちよちと自立していく日常をお届けします。

最終章では、エマの成長をお見せします。

第5話「それぞれができること」

社長がオフィスに来た。社員はお土産を欲しがっている。 エマは社長にダンス動画を褒められ、次は歌でやってみようと思っていると話している。 社長は歌うことが好きと言い、マイクを手にする。 しかし社長の歌は酷く、社員は苦しんでいる。 エマは困って社長に、音程に問題があると伝える。 上司のヒゲさんが社長は別の方法で参加できないか提案する 社長は出張で買ってきたコンガを取り出して叩き出す。 エマは、その手があったか、とヒゲさんが神に見えてくる。

第6話「よちよちいこう」

エマは元同僚と居酒屋で再会し、新しい職場について聞かれている。 エマは社長の歌にダメ出しをしてしまったことを悩んでいる。 元同僚は、そんなことできるようになったの!?と驚く 元同僚は、エマに「変わったね!自分の意見なんて全然言えなかったしリーダーなんてもってのほかだったじゃん!」と言っている。 エマは「私も成長してる。。。?」と感動する エマは、「結果的に社長のコンガもバズったし、ダメ出ししちゃったこともきにすることじゃないか」と安心する。 エマは「できなかったことよりできたことに目を向けていこう」と夜空を見上げる。 エマは「これからもよちよちでいいんだ」と感じながら元同僚とお店を後にする。

おしまい


社員紹介、社長日本語-1.jpg
マンガ:井上知之/企画・編集:たむら めぐ
第2章 エマ、初めての挑戦──よちよちぺんぎん日報
第1章 自由な会社に転職──よちよちぺんぎん日報
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006204.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006204.html マンガから学ぶチームワーク 働き方・生き方 マンガ 働き方・生き方 Thu, 22 Aug 2024 08:00:00 +0900
【対談動画】急成長の過程で得た高揚感は、やがて陶酔になる? トライ&エラーを繰り返した先に求めるのは「つぎの高揚感」──ほけんの窓口社長 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太

このたびサイボウズ式では、新シリーズ「大規模組織のつくり方」をスタートします。

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

これからも”サイボウズらしい”大規模組織を目指していくために、この特集では様々な企業さまに取材してまいります。

記念すべき第1回は、ほけんの窓口グループ株式会社 代表取締役社長・猪俣礼治さんをゲストにお招きしました。現在、3,500名強の社員を抱え、大規模組織としてさまざまな局面を体験してきた同社は、どんな課題をどう乗り越えてきたのでしょうか?

サイボウズ式YouTubeで、対談動画を公開中!

1995年の創業以来、急成長を遂げたほけんの窓口グループは、その過程で一体どのような葛藤があったのか? サイボウズ株式会社マーケティング本部長の栗山圭太が、同社代表取締役社長・猪俣礼治さんにお話を伺いました。

成長企業が直面する「高揚感」と「陶酔」、次第にトライアンドエラーを怖がってしまう風潮……。ほけんの窓口グループの軌跡をたどっていくと、企業が成長し続けるために必要なことが見えてきました。

お二人の対談記事はこちら

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

組織デザインが変革していく過程で、現場が組織や経営方針に対する不安を感じないことが理想的ですが、どうすれば実現できるのでしょうか?

記事では「経営と現場が円滑に連携し合うためのヒント」について対談しました。ぜひ、動画とあわせてご覧ください!

「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太

企画:神保麻希、深水麻初(サイボウズ) 撮影:谷峰登、砂原洋一 編集:齊藤雄基

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006201.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006201.html 動画 マネジメント ワークスタイル 動画 組織 組織デザイン Tue, 06 Aug 2024 08:00:00 +0900
「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。

「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

組織デザインが変革していく過程で、現場が組織や経営方針に対する不安を感じないことが理想的ですが、どうすれば実現できるのでしょうか?

そのヒントとなる企業が、ほけんの窓口グループ株式会社です。同社は従来の保険の常識を覆す来店型保険ショップを立ち上げた「第1の創業」から、顧客本位の業務運営を徹底して社内に根付かせてきた「第2の創業」、そして、保険ショップの枠を超え、新たな事業を展開する「第3の創業」に向けて進化を続けています。

今回は同社代表取締役社長の猪俣礼治さんに、サイボウズ株式会社マーケティング本部長の栗山圭太が「経営と現場が円滑に連携し合うためのヒント」を聞きました。

組織拡大で直面する、サイボウズの新たな課題

栗山 圭太
栗山 圭太
今回からサイボウズ式では、組織デザインの先輩方にお話を伺う特集「大規模組織のつくり方」を始めます。

その1回目のゲストとして、猪俣さんにお話を伺います。どうぞよろしくお願いいたします。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
どうもこんにちは。よろしくお願いいたします。
挨拶をする猪俣さん

猪俣 礼治(いのまた・れいじ)。大分県出身、56歳。 1988年広島大卒、同年4月伊藤忠商事入社、16年伊藤忠商事金融・保険部門長代行兼保険ビジネス部長、17年4月ほけんの窓口グループ執行役員、同年9月取締役、18年7月取締役副社長。22年4月に3代目として、代表取締役社長に就任

栗山 圭太
栗山 圭太
今回の特集のきっかけは、サイボウズの組織が拡大するとともに、これまでのワークスタイルを続けるのが難しくなったことにあります。

サイボウズでは「100人100通りの働き方」というワークスタイルを目指し、メンバーそれぞれが望む働き方のマッチングを目指してきました。

ただ、社員数300人くらいであれば何とかなったものの、500人を超えたあたりからきつくなり始めて……。1000人を超えた現在では、「1000人1000通りの働き方」を実現するのが厳しくなってきたんです。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
なるほど。
栗山 圭太
栗山 圭太
そこで、現在3500名強の社員を抱え、われわれがこれから迎える新たな局面を先行して体験された「ほけんの窓口」が、どんな課題をどう乗り越えてきたのか。これからお話を伺えればと思います。
今後の話に胸を膨らませる栗山

栗山 圭太(くりやま・けいた)。執行役員事業戦略室長 兼 マーケティング本部長。2003年、新卒で入った証券会社を辞め、第二新卒としてサイボウズに入社。公共営業、大阪営業所の立ち上げなどを経て、「サイボウズ Office」「kintone」のプロダクトマネージャーを経験。その後自身の強い希望で営業に戻り、ここ数年はアジアの拡販にも注力。アジア10カ国を訪問し、パートナー企業とのリレーションシップを図っている

事業を成長させながら、社員のニーズにも応える難しさ

栗山 圭太
栗山 圭太
あらためて、ほけんの窓口では膨大な数の社員を抱えていますよね。企業として事業の成長も考えなければいけないとなると、社員一人ひとりのニーズに応えていくのは難しいかと思います。

「事業の成長」と「個人の幸福」の両立をどんなふうに考えていますか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
僕は「社員の幸せなくして、事業の成長はない」と思っているので、社員にはその順番を間違えないように、と言っています。

たしかに、お客さま満足があって事業収益が成り立ちますが、お客さま満足をつくるのは社員です。だからこそ、「ES(社員満足度)なくして、CS(顧客満足度)なし。CSなくして、会社の成長はなし」だと僕は捉えていて。

じゃあ、「社員の幸せとは何か?」というと、単に給料をもらうことだけじゃなく、仕事の楽しさ、やりがいを感じることも大事でしょう。
社員の幸せについて語り合う二人
栗山 圭太
栗山 圭太
サイボウズでも「社員の幸せをつくる」というテーマは、よく議論になります。社員の幸せをつくるために、猪俣さんはどんなことを意識されているのでしょうか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
まず経営層が事業の成長だけを語り、そのための目標達成に取り組むだけだと、現場で働く社員は「やらされ感」を覚えて楽しくありません。

だから、そうならないように「どうすれば、仕事のワクワク感を生み出せるのか?」を日々、考えています。
栗山 圭太
栗山 圭太
ワクワク感を生み出す。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
ええ。われわれの仕事の意義は、社会保障制度を補完することです。民間の保険は水道やガスのように目に見えるインフラじゃない、いわば目に見えない社会インフラの1つ。

長期的な視点で見れば、お客さまの人生のお役に立ち、社会課題の解決や社会貢献ができる仕事です。

そういった意義や使命感を社員が持てるようにインナーブランディングを進めることで、社員のワクワク感を生み出せれば
と考えています。

「高揚」から「陶酔」につながる前に、新しい一歩を踏み出す

猪俣 礼治
猪俣 礼治
仕事を通じてお客さまに喜んでもらえるワクワク感を生み出せれば、会社は成長していくはずです。その結果、社員は「わたしたちは世の中のいろいろなことを変えているんだ」と高揚感を覚えていくでしょう。

ただ、その気持ちが高まりすぎると、いつの間にか「われわれはすごいことをやっている」と陶酔した状態に変わってしまう。そうなると、あまりよろしくないな、と。
栗山 圭太
栗山 圭太
なぜ陶酔した状態がよくないのでしょうか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
成功しているがゆえに「われわれはこのままでいいんだ」という気持ちが強くなり、社員が新しいチャレンジを恐れるようになるためです。

コロナ禍になる前まで、ほけんの窓口の社内にも陶酔感が漂っていました。成功を積み重ねてきたからこそ、これまでとは違うことをしてエラーしないように、新しいチャレンジを受け入れづらい雰囲気があった。

そんな状態に危機感を覚えつつ、コロナ禍に突入してしまったんですね。
ジェスチャーを交えて話す猪俣さん
栗山 圭太
栗山 圭太
対面型ビジネスであるがゆえに、御社の打撃は相当大きなものだったでしょうね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そうなんです。対面でのコミュニケーションが重要なビジネスモデルですから、コロナ禍に大きな影響を受けました。コロナ禍で変化した社会やお客さまに合わせて、われわれも変化しなければいけなくなった。

ところが、「われわれはこのままでいいんだ」と新しいチャレンジを恐れる社員が多く、スピード感のある新しい対応ができない状態になっていました。

そうなったのは会社のせいです。だからこそ、僕は自責の念を持ち、自ら真っ先に考え、行動し、活動量を増やすように心がけています。そのうえで、社員にも「トライアンドエラー、チャレンジ、進化をしよう」としつこく言っています
栗山 圭太
栗山 圭太
社員が新しいチャレンジを恐れないように、失敗しても守ると伝えていくのがトップの大事な役割かもしれませんね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
ええ。仮にお客さまから不満のお声があったとしても、「チャレンジしようと思ったことは理解できるから」と失敗を許容し、社員がトライアンドエラーしながらチャレンジできる環境を大切にしています。
栗山 圭太
栗山 圭太
いまのお話から、企業が成長するには「陶酔が始まる前に新しい一歩を踏み出し、次の高揚感を生み出す」というサイクルを何度も繰り返す必要があるのかな、と。
ジェスチャーを交えて話す栗山
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そのサイクルをうまく繰り返せれば、一番いいと思います。そして、新しい一歩を踏み出す際、サービスを進化させたり、新しい事業成長の領域を見つけたりしながら、社員がワクワク感を見出せるようにしていきたいですよね。

人が増えても理念で目線を合わせ、お客さま本位の企業文化をつくる

栗山 圭太
栗山 圭太
急成長した企業の多くは、さまざまな課題に直面します。たとえば、企業の成長フェーズに応じて採用する社員の質が変わってきたり、経営で見る範囲が広がってきたり。

ほけんの窓口も急成長された際、何かしらの課題はありましたか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
僕は3代目の社長として事業を引き継いだので、創業当時の成長段階は直で見たことはないんですよね。

ただ、いろんな人から聞いた話によると、会社が急成長したことで社員は高揚感から陶酔につながり、「お客さまのためにと言いつつ、自分たち本位で物事を捉えていないだろうか」となったようです。

そこで2013年、2代目社長の窪田泰彦さんが就任された際、グループ全社で目線を合わせるために、「お客さまにとって『最優の会社』」という企業理念を制定しました
栗山 圭太
栗山 圭太
その企業理念には、どんな意味が込められているのでしょうか。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
「最優」には、お客さまにしっかり寄り添える優しい心を持ち、お客さまのご期待やお悩みの解決につながる知識やスキルを持った「優れた」存在でありたい、という意味が込められています。

この理念を掲げた上で、2014年頃からは理念に共感してくれる新卒の方や、保険業界が未経験の中途入社の方を積極的に採用しはじめたんです。
栗山 圭太
栗山 圭太
それまでは経験者の中途採用が多かったんですか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そうですね、ほとんど保険業界で経験を積んだ方々ばかりでした。

未経験者の方々を採用し始めたのは、「保険営業は保険商品を販売するものだ」という固定概念がないので、「お客さま本位」のマインドを育成しやすいと考えたためです。

結果、そういう人々が集まったことで、「われわれの仕事の本質であり使命は、お客さまに寄り添い、お悩みを解決することだ」と再認識できた
のだと思います。
力強く話す猪俣さん
猪俣 礼治
猪俣 礼治
3500人も社員がいると、それぞれの考え方や行動がバラバラになりがちです。「お客さまのために」という言葉1つとっても、その解釈は人それぞれに異なるわけで。
栗山 圭太
栗山 圭太
サイボウズでも企業理念を新しく書き換える際、慎重になりました。

たとえば「正義」という言葉は人によって解釈が異なるので、「嘘をつかない(=公明正大)」に言い換えるとか。全員が共通の認識を持てる言葉を使うのは大切ですよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
おっしゃるとおりです。われわれも「お客さまのために」を「お客さまにとって最優の会社」という言葉にして企業理念として掲げています。

この理念があることによって、考え方も行動もバラバラになりがちな社員のみなさんを、同じ方向へと思い切り引っ張っていけるようになりました。

現場の目標が「お客さまの幸せ」につながる組織デザインを

猪俣 礼治
猪俣 礼治
会社が成長していっても、経営者が何もしなければ、社員は「いや、何のために収益上げているの?」と思うでしょう。

大事なのは、利益を何にどう使っていくか。それは、お客さまのためにサービスを進化させることであり、そのために社員のみなさんの給料を上げたり、株主に還元したりしていくこと。

その流れを循環させていくには、集客して利益をしっかりつくっていくのも欠かせません。
栗山 圭太
栗山 圭太
おっしゃるとおりですね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
だから、僕は「数字には正しく、しっかり向き合ってくれ」と言っていて。数字を可視化しないと、事業のPDCAサイクルを回せませんから。

もちろん、そういうことを伝えると、「猪俣さんは数字ばかり見ている」というふうに言われてしまうことも多い。ただ、僕が本当に目指しているのは、サービスを進化させ、お客さまにさらに寄り添ったサービスを形づくっていくこと

そういった僕の言葉の本質を理解して考え、行動し、お客さまの満足や感謝を得ている店舗は増えています。するとチームが明るくなって、店の勢いが増すんです。
笑い合う二人
栗山 圭太
栗山 圭太
やっぱり雰囲気が良くなると業績も……。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
上がりますよ。
栗山 圭太
栗山 圭太
業績も上がれば、雰囲気もさらによくなり、よいサイクルが生まれますよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
なかなかロジカルには説明できないんですけども。
栗山 圭太
栗山 圭太
そうだと思います。暗いチームはしんどいですよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そこは、やっぱり明るく楽しく仕事してほしいですよね。僕の経営方針のキーワードは「つながる」です。これはお客さまとつながるだけでなく、社員同士もしっかりとつながっていくこと。

来店型ショップであるわれわれは、いろいろな部署があって、サイロ化しやすいんですよね。そうならないために、しっかりと部署や社員同士がつながる組織づくりをしていかないといけません。

そのためには、部署や店舗、一人ひとりの社員が持つ目標が、最終的に何につながっているのかという部分をうまく設計することが大事です。

そうして「つながる」経営を続けていくなかで、「社員の幸せ」と「お客さまの幸せ」の両輪で、事業を成長させていければと考えています。

企画:神保麻希 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

サイボウズ式YouTubeで2人の対談動画を公開中です!

社長の引き継ぎ、どうする?「最強の青野を倒す人材」求む──三浦工業 宮内 大介×サイボウズ 青野 慶久
フラットな組織を守り抜くために「トップダウンをあきらめ、自分が間違っている可能性を受け入れた」
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006198.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006198.html カイシャ・組織 100人100通りの働き方 マネジメント ワークスタイル 組織 組織デザイン Tue, 30 Jul 2024 08:00:00 +0900
理想を実現できれば、経済性はちゃんとついてくる。 小杉湯の「100年後の文化を見つめる」パートナーシップ──小杉湯原宿 番頭・関根江里子さん

昭和8年に創業した高円寺の老舗銭湯「小杉湯」。変わらず“街の銭湯”でいるために、変わり続ける。そんな思いで、2024年4月、東急プラザ原宿「ハラカド」に2店舗目となる「小杉湯原宿」を開業しました。そこでは企業の垣根を超えたコラボレーションが実施されています。

小杉湯のぶれない思いに共感する人々が集まり、協働することで新しい価値が生まれ、互いが長期的に活動を続ける仕組みができていく。その姿は、サイボウズが重視する「多様な個性を活かしたチームワーク」と重なります。

100年後も街の銭湯としてあり続けるために、他社と協働しながら、理想と利益の両立をどう実現しているのだろう?

そんな問いを携えて、サイボウズ式編集長・神保麻希が「小杉湯原宿」の番頭・関根江里子さんを訪ねました。

人を選ばず受けいれて、誰にも閉じない“街の銭湯”

神保
神保
さっきまで原宿の喧騒の中にいたとは思えない、ほっと安らぐ空間ですね。新しいのに昔ながらの街の銭湯の雰囲気がそのままあるというか……。
関根
関根
ここは商業施設のテナントですが、設計の考え方は高円寺の小杉湯と変わらないんです。銭湯は人を選ばず受けいれて、誰にも閉じない場所です。

関根江里子(せきね・えりこ)。株式会社小杉湯 副社長 / 小杉湯原宿責任者。1995年生まれ。上海生まれ東京育ち。2020年にペイミーに入社し、同年末には取締役COOに就任。2022年に銭湯経営を目指し独立し、同年、小杉湯2号店目である「小杉湯原宿」のプロジェクトにジョインしたことを機に、株式会社小杉湯に入社。翌年より現職を務める。

関根
関根
だから、たとえばロッカーの数字や案内の文字は、癖がなく読みやすいフラットなフォントにしていて。浴室でこだわった白いタイルも、1色だけを選ぶと私たちの意志が反映されてしまうので、床、壁、天井で違う白を採用しました。銭湯という箱自体にあえて私たちの意志を込めないようにしています。
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神保
神保
男湯にも女湯にもベビーベッドと化粧水が同じように置いてあることにも、なんだかきゅんとしました。
関根
関根
お風呂の大きさも形も、男女で同じです。銭湯は時代を変える場所ではなく、時代を受けいれる場所だと思っているので、ジェンダー観を語るつもりはないんです。ただ、ベビーベッドがあることで、子連れで来た人が自分を受けいれてくれる場所だと思ってもらえたらいいなって。

小杉湯原宿では、銭湯を中心とする街をイメージした「チカイチ」というスペースを展開。このスペースでは、企業とコラボしたビールスタンドやランニングステーションなど、ブランドの芯にある「思い」に触れることができる。

目先の利益ではなく、100年後の文化を見つめる

神保
神保
この場を取り仕切る番頭の関根さんは、スタートアップの取締役から現職に転身していますが、小杉湯に関わるようになって変化はありましたか?
関根
関根
1から10までぜんぶ変わりました。いちばん変化したのは思考の時間軸です。

小杉湯原宿は「100年続く“街の銭湯”をつくる」ことを本気で目指しているので、あらゆる判断基準が目先の利益にはないんです。

前職時代は「1か月先をどう乗り越えるか?」という超短期視点でしたが、いまは常に「10年後も続けるために、いまどうするか?」という長期視点で物事を考えています
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神保
神保
長期的な視点で、具体的にどんな判断をされているのでしょう?
関根
関根
「小杉湯原宿」をオープンするにあたって、短期で見れば、いかにメディア露出を増やして、人を呼び込むかが勝負になると思うんです。でも、私たちはメディア露出を極力抑えて「混まないこと」に心を砕きました。
神保
神保
混まないこと!?
関根
関根
具体的には、オープンから2か月半経ついまも、朝と夜の時間帯は「渋谷区神宮前エリア」の街の人たち限定で入場制限をしています。ほかにも原宿に約100万人が集まる夏の大イベント「スーパーよさこい」の期間は小杉湯原宿を臨時休業にして、スタッフみんなでボランティアとして街に出ます。
神保
神保
それは、なぜですか?
関根
関根
小杉湯原宿を100年先も街に根付く銭湯にしたいからです。

開業時、イベント時に街の銭湯が大混雑して「3時間待ち」のアミューズメントパークになってしまったら、お客さんもスタッフも疲弊してしまう。

私たちが大切にしたいのは、街の銭湯として、みなさんの日常にそっと寄り添うこと。街の人たちに平日も含む週1回のペースで通ってもらいたいんです。

混んでいる銭湯に通いたいとは思いませんよね? 2回目も3回目も来てもらいたいから、混雑を避ける運営を続けています。
神保
神保
短期視点でブームを生むのではなく、長期視点で常連さんを増やして、本気で“街の銭湯”をつくっているんですね。
関根
関根
銭湯って、常連さんがいて、マナーを見て学んで、自然と自治が生まれる場所なので、ここはまだ“街の銭湯”とは呼べないと思っていて。

「小杉湯原宿」の銭湯文化をつくっていくスタートラインに立てるのは、いまから5年後だと思っています。

「思い」をベースに築く、長期的なパートナーシップ

神保
神保
5年かけてスタートラインに立つ……! でも、そうした長期視点が、協働する企業さんとずれることはありませんか?
関根
関根
もちろんあります。5年先を見ている私たちは、企業の担当者の1か月先の目標達成には貢献できないこともあるので。そこはもう「5年後の私たちを信じてください」と言い続けるしかない。

一見、突拍子もない決断をして驚かれるんですが、「ハラカド」を運営する東急不動産さんには、何年もかけてやっと「小杉湯さんならそうするよね」と理解してもらえるようになりました。デベロッパーとテナントという関係性ではなく、もはや運命共同体ですね。
神保
神保
信頼を得るまでにどのような過程があったのでしょう?
関根
関根
小さな実績の積み重ね、でしょうか。たとえば私たちは、銭湯の「ゆるめる」文化を体験してほしくて、サウナをつくらなかったんです。経済合理性から見たらありえない判断ですが、結果的に話題を呼んで、私たちの思いを社会に理解してもらうという点でも、大きな広告効果がありました。
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神保
神保
小杉湯さんの本気が伝わったんですね。
関根
関根
「大人がこんなにも“思い”で動くことがあるんですね」とよくびっくりされるんですが、私たちの事業は常に「思い」がベースにあるんです。
神保
神保
思い、ですか。
関根
関根
たとえば、パートナー企業の花王さんとは、2年かけて商談しました。

花王さんって1882年の創業以来、石鹸をつくることから始めて日本の公衆衛生を支えてきた企業なんですね。清潔な日本の公衆衛生の文化は銭湯と花王が支えてきたと言っても過言ではない。だからどうしても花王さんとやりたかった。花王さんじゃなきゃだめだった。
神保
神保
熱量が高い……!
関根
関根
ほかにも、ビールスタンドをつくるなら絶対に黒ラベルさんがいい! と、開業2か月前に猛アタックしたり。

どの企業さんも1社ずつ、私たちの熱い「思い」を伝えてパートナーになってもらいました。小杉湯の営業に上から順に当たっていくようなアタックリストはないんです(笑)。コラボできれば誰でもいいわけではないので。

10年後、20年後も変わらずお付き合いできる企業さんと手を組んでワンチームになる。私たちが思い全開なので、パートナー企業の担当者さんたちも思いを持って動いてくれるんです。

「理想」を出発点に、「経済性」も置き去りにしない

神保
神保
「思い」をベースに決断をされる際に、活動を続けるための経済性はどのように考えていますか?
関根
関根
もちろん、経営やパートナーシップを持続的なものにするために「経済性」も置き去りにはしません。出発点が「思い」にあるだけです。

私たちは、文化をつくることは、長期的に見て、経済が大きく回ると確信しています。「理想と利益」、「文化と経済」を天秤にかけてはいないんです。100年続く“街の銭湯”をつくるという理想を追い求めて実現できれば、経済性はちゃんとついてくると考えています。
神保
神保
長期的な視点でいるからこそ、理想の実現が経済性の実現にも紐づいてくるんですね。
関根
関根
だから、事業面の評価は、目先の数字よりも、“街の銭湯”という文化が社会に与えるインパクトを指標にしています。

パートナー企業さんにも、直近でテレビに何本出たかではなく、一緒に生涯商品を使い続けてくれるファンを増やしたいと伝えています。
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同じ理想をもつ人たちが、長く働ける組織づくりを

神保
神保
組織において、スタッフの働きやすさと事業の成長も天秤にかけてしまいがちですが、小杉湯さんはどう考えていますか?
関根
関根
小杉湯と働く人の目指す道がずれていなければ、その両輪を回せると思っています。

だからコアなメンバーを採用するときにいちばん見ているのは、小杉湯の理想とその人の理想が一致するか。社会にとっていいことをしたい“公益フェチ”であるかどうか、ですね。理想が一致していれば、あとは人を軸にやり方を考えていけばいいと思っています。
神保
神保
組織のやり方に働く人が合わせるのではなく……?
関根
関根
小杉湯にマニュアルはなく、お風呂POPの書き方も掃除のやり方もスタッフそれぞれに任せています。強いて言えば、「POPはタイルの1マス上に貼ること」とか、そういう小さなレギュレーションはあります。

お風呂に浸かったときのお客さんの目線に合わせる。そのやさしさのラインを共有できていれば、耳が聴こえない人には手紙を添えるとか、文字が見えにくい人のためにルーペを置くとか、やさしい場づくりが自発的に行われるんですよね。
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神保
神保
働く人のやさしさと喜びが、お客さんの心地よさにつながるんですね。
関根
関根
ここで銭湯を始めた以上、終わらせるという選択肢はないので、働く人たちも終身雇用で、育児も介護もちゃんと想像できる組織にしたいと思っているんです。当たり前に笑って働ける職場にしたい。

組織の拡大は目指していないので、正社員が20人以上になることはないと思うんですが。変わらない場所で、ともに考えて変わり続けていけたらいいなと。
神保
神保
「続けること」に重きを置いた小杉湯さんらしさが、組織づくりにも行き届いているんですね。
関根
関根
"街の銭湯"という文化をつくると言っても、私たちがやるべきは、高尚な文化を語ることではありません。雨の日も雪の日も、日の出とともにここへ来て掃除をして、湯を沸かす。

すべてはその日々の営みでしかなくて。365日続けて、5年、10年積み重ねた先に「小杉湯原宿」にしかない文化が生まれる。そう信じて、私たちは今日もここで湯を沸かします。
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企画・取材:神保麻希/執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん

高円寺・小杉湯にて、サイボウズ式 特別展示

「ワークお湯バランス」を実施中です。7/31(水)まで!

サイボウズ式のオリジナルTシャツや書籍の販売、人気のコラム記事や漫画など、おすすめコンテンツを紹介しています。ぜひお越しください!

「合理性よりワクワクを選ぶ」。無理はしないけど利益は出す、すこやかな事業のつくり方──マール・コウサカ×木村祥一郎
従業員が苦しむ会社はつぶれても仕方ない。腹をくくって「わがまま」を受け入れたら、前に進めた──武藤北斗×青野慶久
「人を大切にする経営」は理想論か? コロナの危機にも曲げない、クルミドコーヒーの「結果を手放す」経営哲学
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006200.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006200.html カイシャ・組織 サイボウズ式 チームワーク 仕事 大企業 Fri, 26 Jul 2024 08:00:00 +0900
なぜ「24時間対応」「誰にも会わない」フードバンクを開設できたのか? 地域の「困った」を解決した軌跡

社会は複雑で、常に変化していくもの。その課題解決は容易なものばかりではありません。

岡山市北長瀬にある街づくり会社「北長瀬エリアマネジメント」の石原達也さん、新宅宝さんは、コロナ禍で表面化したフードバンクの課題を「仕組み」で解決しました。

そこにあったのは、「熱量」でも「仕事だから」でもない、個人的な「なんとかしなきゃ」という想いでした。

石原達也
石原達也
北長瀬エリアマネジメントは、街づくり会社として、大きく分けると2つの取組をしています。

1つは、具体的な事業としての北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ岡山北長瀬」内でのコワーキング運営や賑わいづくりと隣接する「北長瀬未来ふれあい総合公園」の指定管理です。公園の畑で野菜をつくったり、イベントを企画したりしています。

もう1つは、北長瀬地域のエリアマネジメント、つまり「街づくり」ですね。
石原達也

石原達也(いしはら・たつや)。1977年岡山市生まれ。2015年に「みんなの集落研究所」を設立し地域コミュニティの課題解決支援を開始。2018年に「PS瀬戸内株式会社」を起業、社会的インパクト投資(SIB)を推進。2018年の西日本豪雨では災害支援にも取り組む。2019年に北長瀬エリアマネジメントを起業。2024年に同社代表を新宅さんに交代。持続可能な地域課題解決のビジネスモデルを構築し、多岐にわたる事業を展開。2024年これまでの経験を活かし課題解決の「仕組み」づくりに特化した合同会社「遠足計画」を島根県雲南市で起業

竹内義晴
竹内義晴
2つの取り組みで街のにぎわいをつくっていらっしゃるのですね。
石原達也
石原達也
北長瀬は新しい街です。岡山市中心市街地のベッドタウンで、小さいお子さんがおられる世帯も多くいます。また、単身でひとり暮らしをする若い方も多くいます。

それらの方々の暮らしにとって、「この場が、どういう意味を持つのか」が大切だと思っています。ホッとできる、暮らしの充実につながる、困った時にも支えてくれるウェルビーイングな場所になればいいな、と。

コロナ禍で聞こえてきた、地域の「困った」

石原達也
石原達也
北長瀬エリアマネジメントを設立したのは2019年ですが、会社をつくってすぐにコロナ禍になりました。「コミュニティが大事だ」と思ってきたのに、 コミュニティの形成自体が難しくなってしまって。

一方、コロナ禍の影響で地域の方々からさまざまな「困った」が聞こえてきました。
竹内義晴
竹内義晴
確かに、コロナ禍ではさまざまな制約がありました。
石原達也
石原達也
たとえば、フリーランスの方からの「発注元の営業が止まり、仕事がなくなって生活が苦しい」といった声や、学生さんからの「アルバイト先の仕事がなくなってしんどい」という声。シングルの親御さんからは「生活がすごい苦しい」といった声が多く届きました。

そこで、「われわれにできることないか?」と、さまざまな取り組みをはじめました。その中の1つが公共冷蔵庫「北長瀬コミュニティフリッジ」です。
コミュニティフリッジ

北長瀬コミュニティフリッジは、ブランチ岡山北長瀬内に設置した公共冷蔵庫。食料品・日用品の支援を必要とされる方が、24時間取りに行くことができる

時間や人目を気にせず、24時間食料品・日用品を取りに行ける

石原達也
石原達也
フードバンクの支援自体は以前からありました。でも「人に会ってもらうこと自体に、抵抗感がある」という声が多くありました。

「それならば、フードバンクを無人でできる方法はないか?」ということになったんです。

海外に、鍵を開放した小屋の中に食べ物を置いておいて、必要な人が誰でも持っていくことができる「コミュニティフリッジ」という取り組みがあります。

ただ、それをそのまま日本でやっては「犯罪に使われるんじゃないか?」といったリスクがあります。というより、そもそも商業施設側から、OKが出そうにありません。
竹内義晴
竹内義晴
確かに。
石原達也
石原達也
そこで「何かいい方法はないか?」と議論を重ねた結果、「電子ロックとクラウドのデータベースを組み合わせれば、無人で運営できるんじゃないか?」と。

そこで具体的なシステムについて以前から知り合いだった、kintoneエバンジェリストの細谷さんに相談しました。細谷さんはサイボウズのkintoneを使って、NPOなどの業務改善を支援されている方です。

そこで、具体的にできそうだと確信をもち、そして、実現できたのがコミュニティフリッジなんです。

取り組みは「タイミングが大切」

新宅宝
新宅宝
この4年間、石原さんとともに過ごし、一緒に仕事をしてきて感じるのは、課題を解決する取り組み方として「社会で起きていることを自分ごととして受け取り」「自分なりに解決方法を考え」その発信を「どのタイミングでやるか」がとても大事だな、と。
新宅宝

新宅宝(しんたく・たから)。1988年倉敷市生まれ。2019年一般社団法人北長瀬エリアマネジメント専務理事として就任。2024年に石原さんから代表理事を交代。2021年デザインや映像制作のYOTTA株式会社を立ち上げ複業として活動。また神社でパクチーを祀る神社のイベント「岡山パクチー奉納祭」などを企画し他域の賑わいづくりにも参画

新宅宝
新宅宝
コミュニティフリッジも、やろうと思えばコロナ禍前でも需要はあったと思います。でも、コロナ禍によって、地域の中の「困っている」が可視化されました。「いま、解決しないと!」と、スピード感をもって取り組めましたよね。

コロナ禍があったから、これだけ助け合いの文化が生まれたし、寄付者さんも利用者さんも増えたんじゃないかと思います。
石原達也
石原達也
僕らはベンチャーっぽいというか、課題とニーズがあるんだったら、そこからPDCAをまわすのがすごい速いんです。
新宅宝
新宅宝
コミュニティフリッジは3ヶ月ぐらいでできましたよね。
石原達也
石原達也
そうだね。
話を聞く石原さん
石原達也
石原達也
コミュニティフリッジの立ち上げも、「建屋をどうするか」とか、システムも「ネット環境を含めて確保できるか」とか。課題はたくさんありました。

ただ、僕らの中でそれが、やらない理由にはならなかった。「それはクリアしていけばいいよね」って感じが強かったかもしれないですね。

動機はシンプル。個人の「なんとかしたい」

竹内義晴
竹内義晴
目の前に困っている人がいたとき、「大変だよね」で終わる人もたくさんいます。何が、お2人を突き動かすのでしょうか?
新宅宝
新宅宝
「課題を解決したい!」みたいな熱量とか、「仕事だから」とかではないんです。「地域で困っている人がいる」それを「なんとかしたいな」っていう、個人的な、シンプルな気持ちなんですよ。
石原達也
石原達也
「食べるものに困っている人がいるから、とりあえず、気にせず取りに来れるようにしようよ」とか、「とはいえ、働かなくちゃいけないから、夜中になる人もいるし、明け方になる人もいる。好きな時間に取りに来れるようにしないと意味ないよね」とか。
コミュニティフリッジ内
コミュニティフリッジの仕組み

電子ロックとタブレットの操作で、食料品・日用品の受け取りが可能。「寄付者リスト」「利用者リスト」「在庫」の情報管理はkintoneで行なっている

新宅宝
新宅宝
お金だけで考えるとコミュニティフリッジは全然儲かりません。ただ、大きなマイナスにならなければ継続した活動が可能です。お金だけでは解決できないのがまちづくりだと思っています。

叶えたいのは単純に、安心・安全な地域であり、住みやすいって思ってもらうこと
石原達也
石原達也
この街で暮らす人が、みんな楽しく暮らせることが一番です。

コロナ禍のときは「困っている人がいる」という明確な状況がありました。それを「どうにかしたいな」と。「できることがあるなら、ちょっとずつでもしたいな」と思いましたよね。
竹内義晴
竹内義晴
行動の動機は、自分のなかに生じた、とてもシンプルな気持ちなのですね。
石原達也
石原達也
僕らだけでなく地域に暮らす人もそうだと思うんです。街に暮らす人の中には困っている人もいれば、何かしらで助けられる人、助けたいと思っている人もいます。

「お中元やお歳暮でもらったものがあるから」といって持ってきてくださる方もおられれば、ニュースで大変な子どもがいることを知って「ここに持ってくればいいんだ」とお菓子を買ってきた人もいます。

そういう人がたくさんいて、何かあったときには、おたがいに無理なく支え合う。そういう街って素敵というか、いいじゃないですか。いい人がたくさんいるわけですから。
ブランチ

岡山市北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ」。公園内では地域住民の笑顔があふれる

竹内義晴
竹内義晴
一方で、新たなことをはじめようとすると、お金の問題もありそうです。
石原達也
石原達也
確かに、もしもこれを「行政に提案して、補助金いただいて……」だったら、このスピードでは絶対にできないと思います。そこを解決するのが「仕組み」です。

自分たちがやるからには、事業としてプラスにはならないけれど、大きなマイナスにはならない。そうしないと、続けることが難しくなってしまう。

そこで、「このシステムは〇〇でやって、この部分は〇〇の人にやってもらえばコストはかからないよね」といったアイデアを最初に考える。そして「これなら行けるんじゃないか?」となったらはじめる感じですね。

完璧を求めず、できることからスタート

竹内義晴
竹内義晴
自分のなかに生じた「なんとかしたい」を形にしようとするとき、周囲からの抵抗もありそうです。
新宅宝
新宅宝
どうしても「80点以上のものをつくらないとリリースできない」みたいな制約をつくってしまいます。「かっこいいものをつくらないといけない」と。

でも、どんな取り組みも最初から完璧な形にはならないじゃないですか。80点以上のものをつくるためには、準備にすごく時間がかかります。

そこは、いい意味で割り切るというか。細かなことはあまり気にせずやってみることが大事かなぁと。

あとは、自分たちで全部やらないことも大切だと思います。kintoneの仕組みもそうですし、冷凍庫や冷蔵庫もそうです。メディアに出たことによって、冷蔵庫はメーカーさんが、棚はリサイクルショップの社長さんが「寄付するよ」といってくれました。
竹内義晴
竹内義晴
自分たちでできそうな小さな種をみつけて、とりあえずやってみる。すると「それ、いいね!」と言ってくれる人が出てきて、少しずつ育っていく、と。
石原達也
石原達也
完璧な手法とか、すべてがそれで解決するようなものが世の中にありません。できることからスタートしてPDCAをまわす。自分たちで「やめる」と言わない限り失敗していない……というつもりで関わっています。

「何かをやりたい」とき、何からはじめるか

竹内義晴
竹内義晴
ところで、「人の役に立ちたい」と考えている人はたくさんいるんじゃないかと思います。

ですが、何からはじめたらいいのか分からない方もいらっしゃるんじゃないかと思っていて。
まず一歩踏み出したり、協力者を増やしたりするために何をすればいいんでしょう?
新宅宝
新宅宝
ひとりじゃ解決できないと思うので、誰か、相談する人は必要ですよね。
竹内義晴
竹内義晴
新宅さんの場合は、どうされていたんですか?
石原達也
石原達也
イベントで会ったのが最初だよね?
話す新宅さん
新宅宝
新宅宝
そうですね。当時は岡山で「何か新しいことしたいな」と思っていたときでした。

でも、岡山に全然知り合いがいなかったので、まずは「知り合いを増やそう」「岡山のことを知ろう」と思って、手当たり次第に挑みました。イベントに参加したり、お手伝いしたり。
石原達也
石原達也
面白そうなことやっている、やろうとしているところに参加した……。
新宅宝
新宅宝
それはありますね。イベントにはめちゃくちゃ参加しました。あとは、自分でもトライ & エラーはしましたね。イベントを企画したり。
竹内義晴
竹内義晴
いろんなところに顔を出して接点をつくっていったんですね。
石原達也
石原達也
人に誘われたら、最初はそれを断らずに、バンバン行くのが大事じゃないかなと思います。そのうち「手伝って」と言われるようになるから、つながりがつくられていきますよね。

そういう吸収力や行動力が、思っていることを形にしていくポイントでしょうね。

仕組みで社会が「ちょっと幸せ」に

竹内義晴
竹内義晴
サイボウズでは、社会課題を解決するために、さまざまな取り組みをする「ソーシャルデザインラボ」というチームがあります。

たとえば災害支援。水害や地震など、大きな災害があったとき、サイボウズのkintoneを使って、被害状況などの情報を共有する仕組みを提供しています。

このように、ツールによって社会課題が解決できることもあるんじゃないかなと思っていて。
なぜ、専門家たちが被災地に入った「ICT支援」がすべて失敗したのか? 災害現場のDXで欠かせなかったこと
石原達也
石原達也
データを蓄積して、それをどう効率よく使うかは、どんなことにも関わってくることだと思いますね。

北長瀬式のコミュニティフリッジは、われわれが志したところまではできました。これからは、現在の仕組みを横展開して、もっといろんなことに広げられればいいなと思っています。
コミュニティフリッジの仕組みの拡がり

コミュニティフリッジの仕組みは全国14地域に広がっている。2024年度中に、4地域ほど増える予定

新宅宝
新宅宝
もともとは食料支援の仕組みですが、「災害発生時の食料支援に使えないか」といった検証もはじまっています。各団体さんで仕組みが少しずつ拡張されているのはうれしいですね。
石原達也
石原達也
海外には、コーヒーを飲むときに2杯分のお金を払っておいて、1杯は自分のため、もう1杯は欲しい人が来たら飲めるようにしておく仕組みがあるそうです。

こういう、みんながちょっと幸せになる文化は、仕組みが実装されると実現するわけですよね。支え合い、助け合いが、肩肘張らず自然にできるといいなと思います。
竹内義晴
竹内義晴
仕組みがあるから、文化ができていくことがありますね。

少しずつでも形にすると人生面白い

新宅宝
新宅宝
やりたいと思うことがあれば自分なりにチャレンジしてみて、形にすることが大事だと思います。

自分でやってみると色々なことが見えてくるので改善点は修正します。また、他人からのアドバイスを聞いてさらに修正します。

「やってみた」という経験値を増やしていくことは、これからのチャレンジの仕上がり具合をグッと早めることができる貴重な経験だと思っています。
竹内義晴
竹内義晴
経験を重ねることで、精度があがっていくということですね。
新宅宝
新宅宝
プラスして思うのは、チャレンジしてみたいものが「誰の役にも立たなくてもいい」ということです。自分の好きなことを追求していくだけでもいいと思います。結果を出せなくても落ち込むことはありません。

面白いのは、意外にも数年後、数十年後に誰かの役に立つことがあることです。また、異なる複数のチャレンジが融合して、新しい可能性が見つかることもあります。
竹内義晴
竹内義晴
確かに、「あれとこれを組み合わせたら……」なんて思うことがあります。
新宅宝
新宅宝
自分のチャレンジした経験が、誰かの助けや再活用できる瞬間に出会えると改めて人生って面白いなって感じます。自分が想像していないような場で役に立つことの面白さがあります

これは、エリアマネジメントというよりも、人生のなかでも同じことが言えると思っています。まず、何事にもやってみないと何もわからないですもん。

これからも北長瀬が盛り上がっていき、また、支え合える地域になっていけるように多くの方と一緒に色々なチャレンジをしていけたら嬉しいです。
石原達也
石原達也
少しずつでも、なにかをやったほうが人生は面白いんじゃないかと思います。いろんな人と出会うと、人生が楽しくなるでしょうし。

「どこかに就職して、それをずっとやる」みたいなこれまでのシステムは、いろんな意味で無理が来ていると思います。

街づくりも、関心がある方々が自分ごととして動いていけばいくほど、社会は変わっていきます。そっちのほうがスタンダードになると思っています。北長瀬でも、ぜひみなさんとごいっしょできたらうれしいです。

新しい「ふつう」をつくる

石原達也
石原達也
まちづくり会社をつくる時に、僕が勝手に言っていたコンセプトは「新しいふつうをつくる」でした。

「ふつう」と言った時点で、周りを排除する感じがあって。まるでふつうじゃないものが悪いみたいで、非常に罪深い言葉です。

そのくせ「キミ、ふつうだね」って言われるといい気がしないっていう(笑)

いろんなことにチャレンジすることで、ふつうの概念が変わっていく。そんな未来になるといいですよね。

北長瀬コミュニティフリッジの詳しい取り組みは、サイボウズチーム応援ライセンスのページでも紹介しています。

企画・執筆・編集・撮影:竹内義晴

「なんで、ふつうにできないの?」そう浴びせられてきた人たちへ。
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006197.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006197.html 働き方・生き方 kintone ソーシャルデザインラボ 社会課題 Thu, 18 Jul 2024 08:00:00 +0900
仕事も家庭もがんばるって、私にできるのかな?──「バリ」でも「ゆる」でもないフルキャリ体験談

サイボウズ式の人気シリーズ「ブロガーズ・コラム」。このシリーズでは、ブロガーのみなさんの体験談をもとに、新しいチームワークや働き方について考えます。

今回は、仕事も家庭もがんばる「フルキャリ」という働き方を実践されている、会社員兼ブロガー・はせおやさいさんにコラムを執筆いただきました。

働く女性は「バリキャリ」か「ゆるキャリ」のどちらかだけ?

わたしが子どもを産んだのは、2018年。高齢出産で産んだ子どもはそれはそれはかわいく、このまま家庭中心の生活にシフトしてもいいかな……と思ったこともありました。

しかし、いざ子ども「だけ」に向き合ってみると、なかなかそのライフスタイルが自分にフィットしない。子どもはかわいいのですが、子どもを主語として生きていると、それまで自分の中にいた「わたし」がいなくなってしまうような感覚にとらわれました。

あれ? このままではいけないぞ……と思い始めて仕事に復帰してからは、仕事に集中したあと子どもや家族と向き合う時間があることが、何よりありがたく、家族と向き合う時間があることで仕事へのモチベーションも上がる、という好循環でした。

女性の働き方は「バリバリ働いて上を目指す(バリキャリ)」か「キャリアはほどほどに、充実した生活を送る(ゆるキャリ)」かの二極化で語られることがよくあります。でも、働き方のタイプって本当にそれだけなのでしょうか?

「フルキャリ」という二者択一でない働き方

そんな疑問を持ちながら働いていたところ、知人に薦められて読んだ一冊に、「バリキャリ」でもなく、「ゆるキャリ」でもない第三の働き方を「フルキャリ」と定義した本がありました。

フルキャリマネジメント―子育てしながら働く部下を持つマネジャーの心得』(著:武田 佳奈)

この本では、仕事だけ、私生活だけ、という二者択一ではなく、どちらも同じくらい取り組みたいと考える人を「フルキャリ」と名付け、筆者が行ったアンケートによると5割の人がこの「フルキャリ」という働き方をしている、と回答したのだとか。

個人的にこの考え方がとてもしっくりきていて、仕事だけ、私生活だけ、ではなく、両方を選ぶスタンスで生活しています。

とはいえ、仕事も私生活もがんばることは、そう簡単ではありませんでした。そんなわたしが、このやり方を選び、実践できた理由はなんだろう、と考えました。

まず「自分はどうしたいか?」にしっかり向き合うこと

もしかしてわたしに向いているのは「バリキャリ」でもなく、「ゆるキャリ」でもない、「フルキャリ」なのでは……?

そう感じてからは、以下のように自分の中で取り決めをし、上司や周囲に宣言することから始めました。

①残業はせず、定時で仕事を終える

②そのぶん、業務時間は120%で仕事を遂行する

③仕事と家庭を天秤にかけたら、圧倒的に家庭が大事

とくに③は大切な意思決定でした。

仕事をしていると、つい「これは自分がやらないと……」「わたしがいないと回らないから……」と考えがちです。

子どもが赤ちゃんだった頃は、発熱で保育園から早く帰ってきてしまい、仕事にならない! ということがあり、葛藤した経験もありました。

そういうときこそ「仕事の代わりはいるけれど、家族にとってわたしの代わりはいない!」と唱えて割り切るようにし、そのぶん、自分がいつ抜けてもよいような仕組みを作ることに注力しました。

「仕事と家庭なら、家庭を優先します」と明言するだけでは、仕事への覚悟が伝わりません。しかし、代替可能な仕組みを作ることで、「この人は本気で仕事と家庭の両立を目指しているんだ」と周囲に伝わりやすくなります。

代替可能な仕組み作り、というのにはポイントがいくつかあると感じているのですが、

  • 業務を可能な限りまで分解=タスク化する
  • そのタスクの段取りを「誰がやっても同じ結果が出る」くらい平準化する
  • タスクの流れを明文化し、マニュアルにしておく

という感じで、やるべきことの解像度を上げ、その業務の本質は何かを考えたうえでやるべきことをしっかり言語化しておく。言語化しておくことの重要性は、「ほかの人にもわかる状態にしておく」ためです。この流れは、どんな業務にも転用できるのではないかと思っています。

もちろん、限られた業務時間で求められている成果を出す努力もしました。でも、自分に合っているやり方なので、苦じゃなかったんですよね。それもまたよい発見でした。

そして自分が管理職側になったとき、そうやって動く部下のありがたさを実感することになります。決められた時間で働き、成果を出す。急に担当が変わっても、業務が止まらない仕組みを作り続ける。自分を助けるための仕組みが、会社の役にも立っていたのです。

部下に「どんな働き方をしたいか」聞いてみた

その後、わたしと同じように働きながら子どもを育てる部下を持ちました。そこで、まずしたのは「あなたはどうしたい?」と聞いて、考えてみてもらうことです。

というのも、わたしは過去に「あなたは子どもを預けてまでフルタイムで働くのだから、バリキャリ志向ね!」と勝手に判断され、仕事をぎゅうぎゅうに詰められたことがありました。子どもを夫に任せて、泊まりの出張へ頻繁に出なければならなかったりと、仕事と家庭の板挟みになり、とてもつらかった経験があります。

自分が選んだわけでもないのに、相手から「よかれ」と押し付けられるのは本当につらい。でも、そうなってしまう原因のひとつに、「自分でも自分がどうしたいか分かっていない」こともあったんですね。

少し話が逸れますが、子どもを産んで家庭を運営しようとすると、本当に自分と向き合う時間は減ります。幸せな悲鳴ではありますが、それでも「わたしってどうしたいんだろう?」を自分に問いかける時間が減るというのは、とてもあやういこと。

自分に向き合わずにいると、「母親はこうあるべき」「ワーママはこうあるべき」という「べき」に沿って流されてしまい、自分の本当にやりたい方法を選ぶことが難しくなってしまいます。

自分と向き合うこと。自分がどうしたいかを考え抜いて、何かを選ぶこと。そのきっかけを与える、というのも上司が出すべき指示のひとつではないかと思うのです。

そのうえで本人がマインドも環境も「仕事に全力投球できる」のであれば、その方向で業務を調整するし、家庭を優先したいというのであっても同様です。価値観やその人の選択を尊重し、その上で業務を調整するのが管理職の仕事だと考えています。

とはいえ、「業務を調整する」と簡単に書いていますが、具体的にどんなことをするのか。

これに対する完璧な正解はまだ見つけられていないものの、現時点で思う、もっとも重要な管理職の仕事は、「何をやめるか決めること」ではないかと感じています。

仕事自体、やろうと思えば無限にできてしまう。やったほうがいいこと、やりたいこと、やるべきこともさまざまです。現場のメンバーにとっては、「あれもこれも、やることがたくさん!」という状態に陥りがちです。

そのうえで、「いま、このタイミングでやるべきこと」を意思決定し、逆に「このタイミングでやらなくていいこと」も決める。これはチームや全体のことが見えていて、進むべき方向を決める決裁権のある管理職がやる仕事ではないでしょうか。

「とにかく会話」からすべてが始まる

ここまで書いてみると、わたしが仕事も私生活も優先する「フルキャリ」なスタイルを実現できているのは、まず「自分」と会話し、「周囲」と会話することができているからだな、と感じます。

そのためには意識して会話する時間を確保することが大切。日々、忙しくしていると「自分ひとりでゆっくり考える時間なんて……」と思うかもしれません。でも、そういうときほど、少し立ち止まって「自分はどうしたい?」を自分と会話してみて欲しいのです。

もちろん、自分と会話してみて「まだ、わからない」となることもあると思います。 であれば、それをパートナーや信頼できる同僚・上司に打ち明けてみるのはどうでしょう。会社の人には話しづらい……というのであれば、外部のカウンセリングやコーチングを受けてみるのもいいかもしれません。

まず、なにしろ「他者と会話する」を始めてみてください。

人に話そうと思って話し始めると、意外と気づいていなかった自分の本心が出てくることもありますし、自分の話したことへのフィードバックというのは、他者がいないとできません

そのうえで、最終的に決めるのは自分。

理想の働き方がすぐに実現できなくても、「自分はこうしたいんだ」という軸は、きっとあなたを支える杖になってくれるのではないかと思っています。

執筆:はせおやさい/イラスト:マツナガエイコ/企画・編集:深水麻初(サイボウズ)
「自己管理できる人はえらい」という思い込みから、誰にも頼れなくなってしまった話
家族が幸せになるなら、そのあり方はなんでもいい──「フルタイムで働く妻と、専業主夫」を試すことになった話
管理職のきみと、いつか管理職になるきみと、管理職が苦手なきみへ
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006196.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006196.html 家族と仕事 キャリア マネジメント ワークスタイル 働き方 子育て Tue, 09 Jul 2024 08:00:00 +0900
「わたしの話は誰が聞いてくれるの?」感情労働のマネジャー。こころの負担をどう減らすか

「メンバーの育成」「メンバーの動機付け」「メンバーのメンタルケア」など、マネジャーには些細な気配りや心配りが求められています。それはまるで、ちょっとしたカウンセラーのよう。

ひょっとしたらそれは、近年話題の心理的安全性の影響も、あるのかもしれません。

でも、マネジャーにばかり負担を強いていいのでしょうか? マネジャーもひとりの人間。いま、マネジャーに必要な支援とは?

増える「マネジャーの負担」

近年、マネジャーの負担が増えているようだ。

リクルートワークス研究所のマネジャーの仕事の変化を「感情労働」の観点から考えるによれば、2020年の調査開始以来で初めて、人事もマネジャーも、「ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」ことが、最も優先度の高い組織課題だと指摘した。

マネジャーの負担を高めている主な要因は、「メンバーの育成・能力開発をすること」「メンバーの仕事に向けたやる気を高めること」「メンバーの心身のコンディションのケアをすること」となっており、部下に対して「“繊細な”『気配り』や“細やかな”『心配り』が求められるようになっている」という。

また、この記事でわたしがもっともうなずいたのは、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントだ。というのも、わたしにも似たような経験があるからである。

まるでカウンセラーだった管理職時代

わたしには以前、20名ほどのメンバーを担う中間管理職だった時代がある。

詳しい言及は避けるが、当時、いまだったらパワハラ、モラハラと言われてもおかしくないような上位の管理職からの言動や、ストレスやプレッシャーで人を動かすマネジメントの影響で、わたしが担っていたチームは、あまりよい状態とは言えなかった。中にはうつっぽいメンバーもいた。というより、わたし自身がそういう状況だった。

「この状況をなんとかしたい」と思い、マネジメントや組織づくりに関する書籍を読みまくった。その結果「組織を変えるためには、メンバーとの関わり方を変えていく必要があるらしい」ことに気がついた。

それまでのわたしは、メンバーとそれほど積極的に関わろうとしなかった。もともと、コミュニケーションがそれほど得意ではないし、むしろ、めんどくさいと思っていた。また、思い通りにならないことがあると、「察しろよ」と言わんばかりに、あからさまに不機嫌な態度をとっていた。しかし「それではダメだ」と思った。

そこで、コーチングやカウンセリング、心理学を学んだ。学んだことを実践しようと、毎月1人30分ずつ、メンバー全員の話を聞いた。いまでいうところの1on1ミーティングだ。

また、普段の言動にも気を配った。メンバーがネガティブな事件を起こしても「正直に話してくれてありがとう。そのおかげで、おおごとにならずに済んだよ」のように、ポジティブな言動を心掛けた。

行なっていたことは、まさに「カウンセラーの振る舞い」だった。ちなみに、相手に対して心理的に前向きな働きかけをするために、自分の感情をコントロールする働き方のさまを、近年は「感情労働」というらしい。

幸いなことに、わたしのチームはその後、メンバーの変化を感じられるようになった。わたし自身、人の成長を支援する仕事の楽しさを知った。

だが、そう思えるようになるまでに2年ほどかかったし、カウンセラーのような振る舞いを実践するためには高度なコミュニケーションスキルが必要だった。

その経験からしても、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントは痛いほど分かったし、感情をコントロールしながら働くさまを想像すると「きっと大変だろうなぁ」という状況が、容易に想像できたのだ。

心理的安全性を高めようとすると、管理職の心理的負担が増える?

近年「心理的安全性」という言葉をよく見聞きするようになった。ひょっとしたら心理的安全性も、マネジャーの負担を増やしているひとつの要因かもしれない。

「心理的安全性」とは、メンバーが不安や悩みを抱えたとき本音を話せるよう、また、チームの生産性を高めるために、失敗を恐れず新たなチャレンジができるよう、気軽に相談できる安心・安全な場を形成することだ。

心理的安全性を高めるためにはいくつかの手段があるが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」ことが基本といえる。

わたし自身、管理職時代にカウンセラーのような働きかけをしてきた経験があり、心理的安全性の大切さはよく理解できる。

だが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」と一言で言っても、傾聴のような振る舞いは、実際にやってみるとことのほか難しいし、変化を実感できるまでに相応の時間も掛かる。逆に、実践して上手くいかないと「オレってダメだなぁ」「なんでうまくいかないんだろう……」なんて、自分を責めたくなることもある。

つまり、「心理的安全性を高めよう」という行動が、マネジャーの心理的負担になってしまうのだ。

マネジャーがつらいのは「相談相手がいないこと」

マネジャーが負担を感じているときにつらいのは、メンバーとの関わりだけではない。本当につらいのは「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ

マネジャーは管理職という立場上、メンバーに弱みを見せにくい。

マネジャーより上位の管理職が相談にのってくれる人ならいいが、そうとは限らない。中には「メンバーをまとめるのがお前の仕事だろ」と丸投げしたり、「とにかく、頑張ってみろ」と精神論で乗り越えさせようとしたり、「俺が若い頃はな……」と自分の成功体験でマウントをとろうとする人もいる。

違う、そうじゃない。本当は本音を話したいだけなのに……。

こういった課題に対して相談窓口がある会社もあるが、実際に相談を持ちかけるのはなかなかハードルが高い。実際、僕はできなかった。

また、社外のコーチやカウンセラーに相談できなくもないが、ビジネスコーチングはまぁまぁな費用が掛かる。それを個人で支払うのは負担だ。そもそも、誰に相談したらいいのかわからないし、合いそうな人を探すのも大変だ。

その結果、マネジャーたちは誰にも相談できぬまま、過度な負担を抱え続けるのである。

マネジャーの業務的、心理的負担に対して、組織としてできることは何なのか? マネジャーの支援に対して、ここでは2つの提案をしてみたい。

マネジャーが相談できる環境をつくる

1つ目は、「マネジャーが相談できる環境をつくる」ことだ。

繰り返しとなるが、負担を抱えているときにつらいのは、「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ。

サイボウズでは、業務中に何でもざっくばらんに話ができる「ザツダン」という取り組みがある。ラフな1on1ミーティングと理解していただければいいだろう。

実際、わたしも月に1回30分、心のメンテナンスをするために上司に話を聞いてもらっている。定期的に話を聞いてもらうことで頭の中が整理でき、心理的な負担がずいぶんと軽減できている。

ただ、これには上位のマネジャーに傾聴力をはじめとしたコミュニケーション能力が必要だ。また、ミドルマネジメントのしわ寄せが、さらに上位のマネジャーに及ぶことがある。そこは注意したい。

上司だけではなく、異なる部署のメンバーにメンターの役割を担ってもらう「メンター制度」を取り入れている企業もある。

サイボウズ社内にもコーチングやキャリアコンサルタントの資格を有している社員がいるが、同じ会社でも、業務上の関係が薄い人なら本音を話しやすい場合がある。専門的なトレーニングを積んでいる社員がいれば、協力を仰いでもいいだろう。

グループウェアという「本音が言える場所」

2つ目は、「グループウェアの活用」だ。

サイボウズの多くの業務やコミュニケーションは、自社の製品でもある kintone で行なっている。以前、あるマネジャーの発言が、社員の共感を誘ったことがある。コロナ禍の出来事だ。

コロナ禍がはじまって、多くの企業がテレワークを強いられた。サイボウズもご多聞に漏れず、限られたごく一部の社員を除いて、ほぼ全員が在宅勤務となった。

「在宅勤務なんてPC1台あればできるでしょ」でも、実際は違った──3年間の試行錯誤でたどり着いた「テレワークの工夫」

マネジャーの書き込みがあったのは、在宅勤務がはじまってしばらくしてからのことだ。詳しい内容は伏せるが、在宅勤務になり家にこもって仕事をした結果、「実はうつっぽくなっていた」ことを告白する内容だった。

この書き込みには、多くの社員からの「いいね」が寄せられた。また「わかる」「管理職がこういった発言をするのは勇気が必要だったろう」といった、共感やねぎらいの声があふれた。

こういった「マネジャーの本音」を書き込めるか否かは、オンライン上でやりとりされているコミュニケーションの雰囲気にもよるだろう。だが、マネジャーの本音に多くの社員が共感できたのは、オンラインというオープンな場での「心情の吐露だったから」だ。コミュニケーションの手段は対面だけではないことを実感した。

実は、わたしも最近、日報を書くついでに、その時々で感じている心情を意識的に吐露するようにしている。書き込みに対して「いいね」がつくと、少し癒される気分になる。

マネジャーも「ひとりの人間」

心理的安全性をはじめ、マネジメントのノウハウには、「メンバーを支えるために、マネジャーは〇〇のように接しよう」という情報が多くある。

一方、「マネジャーを支えるために、周囲の人は〇〇のように接しよう」という情報はほとんどない。なぜなら、マネジャーは「支える側」であり、「支えられる側」ではないという認識が一般的だからだ。

だが、マネジャーもひとりの人間だ。悩むこともあるし、負担を感じることもある。自分の負担が大きければ、メンバーを支援できないこともある。

そうなると、「だから、組織として考えよう」「会社として対応しよう」と言いたくなる。だが、主語が大きいと個人の行動は変わらない。職場にいるのは「組織さん」や「会社さん」ではなく、「わたし」と「あなた」だ。

時には、マネジャーの負担を想像すること。年齢や立場に関わらず、気になる人がいたら「〇〇さん、大丈夫ですか?」と声を掛けること。このように「自分ごと化」していくことが、大切なのかもしれない。

「わたしたちは必要とされていない?」──組織改革への反発。オルビスHR部長は社員にどう応えたのか
「その成長はなんのため?」 敏腕編集長が体を壊して気が付いた「強さ」の時代のもがき方──NewsPicksパブリッシング 井上慎平さん
「つらかったら言ってね」は難易度が高い。ひとりで抱え込みがちな人でも、チームの力になれる悩みの解消法
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006195.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006195.html カイシャ・組織 グループウェア コミュニケーション マネジメント マネジャー 心理的安全性 組織 Thu, 30 May 2024 08:00:00 +0900
第2章 エマ、初めての挑戦──よちよちぺんぎん日報

「みんな一緒」のお堅い企業から、「多様な個性を重視する」IT企業に転職したコウテイペンギンのエマ。

100ペン100通りだけど、ペンギンたちのチームワークは素晴らしいです。自由すぎる環境に戸惑いつつも、​自分はどういう働き方・生き方をしたいのかを問い、よちよちと自立していく日常をお届けします。

第2章は、エマの初めての挑戦をお届けします。

第3話「やりたいこととできること」

上司のヒゲさんが最近出たアプリの宣伝方法をチームに相談している。 部下のジェンツーさんはペンギンロックフェスを開催したいとアイデアを出している。 アデリーさんは南極に地上絵を描いて宣伝しようと言っている。 何でもありなみんなに感化されたエマは映画を作る提案をしている。 盛り上がるチームの部下たち。 一方で上司のヒゲさんはみんなのアイデアを実現できるのか心配している。 そんなヒゲさんをエマは気遣う。 ヒゲさんは部下たちをサポートするのが自分の仕事だから遠慮しないよう伝える。その後案だしはさらにエスカレートして、ヒゲさんはもっと頭を抱えたのだった。

第4話「ファーストペンギンとチームワーク」

アプリの宣伝としてSNS用の動画を撮ることになった。エマ、初めての監督。 エマは仲間が踊るダンスに指示をしている。ヒゲさんはスマホで撮影をしている。 そこに営業のイワトビ君が現れ、宣伝とダンスと何の関係があるのかと文句をいう 対立するイワトビ君とアデリーさんをヒゲさんは何事もチャレンジだとなだめている。 そうして出したダンス動画はバズった。 喜ぶエマたちのところへイワトビ君がやってくる。 イワトビ君は自分の視野の狭さを認めて仲間に入れて欲しいと頼む。 イワトビ君の提案で社員みんなでやることになり動画は更にバズった! 社員紹介ひげさん。エマが所属するマーケティング部の上司。寡黙で強面だが、穏やかでいつもそっと助けてくれる。最近、ストレス解消のために社交ダンスをはじめた。 つづく…
マンガ:井上知之/企画・編集:たむら めぐ
第1章 自由な会社に転職──よちよちぺんぎん日報
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006193.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006193.html マンガ 働き方・生き方 Fri, 26 Apr 2024 08:00:00 +0900
多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ

多様性とは「ある集団の中に、さまざまな特徴や特性を持つ人がともに存在していること」。

少し前までは、人種や国籍、性別、年齢、障がいの有無、宗教、性的指向といった「何らかの事情を抱えたマイノリティ(少数派)」に対して使われるケースが少なくありませんでした。

一方、近年は、価値観をはじめ「一人ひとりの違い」に目が向けられ、より多くの場面で、多様性という言葉を見聞きするようになりました。

しかし、多様性という言葉が多くの人に知られるにつれて、各企業では「新たな課題」が生まれているようです。

世代間ギャップが「多様性の課題」に

僕はサイボウズで複業しながら、しごとのみらいというNPO法人を経営している。

しごとのみらいでは、僕がかつて受けた、ストレスをかけるマネジメントにより心が折れかかった経験や、自身が管理職になり、関わり方を変えることで、チームが変わった経験をもとに、組織づくりやコミュニケーションに関する企業研修や講演に携わっている。

特に、2022年5月に『Z世代・ゆとり世代の上司になったら読む本』を刊行させていただいてから、世代間ギャップに関する講演依頼が増えた。

世代間ギャップの講演といえば、以前だったら人事や研修担当部署からの依頼がほとんどだった。しかし近年、DE&Iの部署からの依頼が増えている

ここでいうDE&Iとは、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)&インクルージョン(包括性)の略で、いわゆる「多様性を扱う部署」である。大企業を中心に、DE&Iの担当部署が設置されている。

なぜ近年、多様性を扱う部署からの講演依頼が増えているのか? そこには、各企業で起こっている「多様性の尊重が生んだ弊害」があるようなのだ。

特別な事情がないと「尊重されていない」と感じる

ここでいう「多様性の尊重が生んだ弊害」とは、特別な事情を抱えていない社員が、「自分たちは尊重されていない」と感じてしまう問題である。

講演を依頼いただくDE&I担当者と話をさせていただく機会が多くある。彼らは、口をそろえて次のように指摘する。

「一人ひとりの個性や事情を尊重し、働きやすい職場を作るためには、多様性はとても大切な考え方です。しかし、多様性の重要性を伝えれば伝えるほど、特別な事情がない社員の関心が薄れていくんです」

多様性という言葉は、最近多く使われるようになってきた。だが、「一人ひとりの個性や事情を尊重する」というよりも、まだまだ、何らかの事情を抱えているマイノリティ(少数派)に対して、「さまざまな事情を、個性の1つとして受け入れよう」といった印象がある。

多様性を「受け入れる」のは荷が重い。でも「そこにいる」と認めることならできるかも

その結果、「多様性」「ダイバーシティ」と言われると「それは、特別な事情がある人たちの話であって、自分たちのことではない」と感じる

そればかりか、「なぜ、少数派の人たちだけが優遇されるのか?」「わたしたちだってがんばっているのに……」といった声が聞こえてくるようになったと、先のDE&I担当者はいう。

本来、多様性は特別な事情を抱えている人だけではなく、一人ひとりの個性や特徴を活かして働くことができる環境づくりが大切だ。だが、特別な事情がない社員にとっては、自分ごと化しにくく、逆に「尊重されていない」と感じてしまうのである。

「当事者意識」をどう育むか──世代を「多様性の要素」に

そこで、DE&I担当者たちは、多様性を考えるうえで、すべての社員が「自分ごと化できるテーマは何か」を考えた。そこで上がってきたのが、エイジダイバーシティである。

エイジダイバーシティとは、「世代や年齢の多様性」のことだ。

年齢は、すべての人が持っている多様性の要素のひとつだ。一人ひとりの価値観は、それぞれが生きてきた環境や、時代背景によって当然異なる。

だが、仕事をしていると、「最近の若い世代は……」「おじさんはこれだから……」のように、ある世代をまるっと一括りにして、「あの人たちは、僕たちと違うから……」のような関わり方をしてしまう。

おじさんも多様性に含まれるといいな──「あんな風になりたくない、がわたしの未来」はつらいから

しかし、ある世代を一括りにしたとらえ方やコミュニケーションを過度にしてしまうと、世代間の分断が生じてしまう。また、異なる世代とのコミュニケーションがおっくうになって「関わらないでおこう」とする場合もある。

実際、世代間ギャップを感じている人は多い。龍谷大学が2022年に調査した世代間ギャップの調査によれば、上司・部下世代ともに、7割近い人が世代間ギャップを感じているそうだ。

特に近年は、パワハラ防止法などの法改正もあり、「パワハラ・モラハラが気になって、うまい距離感がとれずに困っている」といった声を、本当によく聞く。

このように、多くの人が当事者であるテーマであれば、多様性を「自分ごと化」できるかもしれない。そういった試みが、さまざまな企業で始まっているのである。

世代を越えて良好な関係をつくる「唯一無二の方法」

年齢や世代に関わりなく、一人ひとりの個性や強みが活かされているためには、それぞれの価値観や、理想、悩み、困りごとなどをおたがいに知る必要があるだろう。

そのためには、どうすればいいのだろうか?

僕の意見では、世代や年齢を含めて多様な価値観を知るためには、最終的には「1対1で対話をする」しかないんだろうな……と思っている

相手が「何を考えているのか分からない」のは、対話をしていないから。ざっくばらんに対話ができれば、相手を「理解」はできなくても、「何を考えているのか」はわかるのではないか。

とはいえ、「話をしよう」「対話をしよう」と言うのは簡単だが、これがなかなか難しい。「たまには、話をしませんか?」と声をかけるのも、かなり勇気がいることだ。

たとえば、サイボウズでは「ザツダン」という取り組みがある。ざっくばらんな話をすることで、上司・メンバー、おたがいを知る機会になっている。

しかし、僕自身もそうだが、関係がそれほど構築されていない相手に対して「今度、ザツダンしませんか?」と声をかけるのは、なかなか勇気がいる。年齢や立場が違えばなおさらだ。

「分かってはいる。でも、できない」――読者のみなさんにも、きっと経験があるのではないか。

対面よりも実践しやすい?「オンラインコミュニケーション」

だが、僕の場合、オンラインツールのおかげで、救われてきたところが多分にある。

サイボウズでは、日常の業務やコミュニケーションの多くを、kintoneという、弊社が提供している業務改善プラットフォームを使って行なっている。

kintoneは、業務改善を行なうためのアプリケーションを、専門的なプログラミングの知識がなくても作成できるサービスだが、それ以外にも、自分の考えを書いて社内に発信・共有したり、直接やり取りしたい人にはメンションを飛ばして連絡するなど、コミュニケーションツールの一面もある。

対面でコミュニケーションを行なう場合、人見知りの僕は、「あの~、〇〇さん」と、直接声を掛けることに、とてもドキドキする。だが、オンラインでのやりとりなら、対面よりもハードルが低い。

「転職先、会話が少なくて寂しい……」と思いきや、オンラインがにぎやかだった

また、僕はサイボウズで複業をはじめた2017年からフルリモートで働いているが、物理的に離れているために、そもそも、対面で声を掛けること自体ができない。

以前、「あいつ、家でちゃんと仕事しているのか?」──コミュニケーションが難しい在宅勤務を円滑にする工夫という記事を書いた。テキストコミュニケーションのポイントについて触れたものだが、さまざまな制約があるテレワークでも、いろんな工夫をしてきたし、「オンラインだからこそできる関係構築のやり方があるな」と思っている。

そこで、話しかける際には、まずはオンラインで声をかけ、そのあとで「今度、ザツダンしませんか?」のように、1対1で話をする場に誘うようにしている。

また、異なる世代とよりよい関係を構築していくためには、相手のよいところを見つけ、ポジティブなメッセージを伝えていくことも大切だと思う。

「○○さん、すごいですね!」と、面と向かって伝えるのはなんとなく恥ずかしいが、オンラインなら、目の前に相手がいないため比較的書き込みやすく、書き込んだポジティブな言葉はずっと残る。

そこで、冒頭にお話した世代間ギャップや多様性の講演会では、「もしも、異なる世代と関わるのが難しければ、オンラインからはじめるのもひとつの方法ですよ」「オンラインのほうが実践しやすいこともありますよ」と、伝えるようにしている。

多様性の「あるべき姿」とは?

冒頭でも触れたように、本来「多様性」とは、「ある集団の中に、さまざまな特徴や特性を持つ人がともに存在していること」である。ここには、特別な事情がある人だけではなく、すべての人が含まれる。

一人ひとりの事情が尊重され、個性や強みを活かして仕事ができる。それが、もっとも理想的な姿であることに、間違いはないだろう。

だが、多様性という言葉に「なんで少数派の人だけ……」といった、自分ごと化できないという声がある事実は、多様性が、まだまだ浸透していない証拠でもあるのだろう。

一人ひとりが自分ごと化していくためには、すべての人が当事者になる必要がある。

年齢や世代を多様性の1つの要素としてとらえ、多様性を自分ごと化していくこと。そして、年齢や世代を越えて、関わりを持てるようにしていくこと。

そのためにも、オンラインだからこそできる方法で、年齢や世代を越えた関係構築ができるといいなと思うのだ。

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006191.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006191.html カイシャ・組織 長くはたらく、地方で ダイバーシティ 多様性 Tue, 16 Apr 2024 08:00:00 +0900
「自律って言うほど簡単じゃない?」サイボウズ人事「社員のキャリア」の悩みを武石恵美子教授にぶつけてみた

サイボウズでは、「100人いたら100通りの働き方」があってよい、という考え方のもと、働き方に関するさまざまな取り組みをしてきました。

キャリアについても、「会社が決める」のではなく、それぞれのステップに合わせて「自分で選択する」自律性を大切にしています。

しかし、キャリアに関するアンケートを取ったところ、社員の2人に1人が「キャリアについて困っている」という結果となりました。

「今後、人事としてどのような支援をしていけばいいのか」──そこで、社員のキャリア自律と組織のあり方について、法政大学キャリアデザイン学部教授の武石惠美子先生に、サイボウズ人事の石川憂季が悩みをぶつけました。

石川 憂季
石川 憂季
サイボウズでは2023年秋にキャリアに関するアンケートを実施しました。サイボウズの社員は1000人ほど。約600人が回答しました。

そのうち300人強が「キャリアについて困っている」と答えたんです。

「何について困っているのか?」を聞くと、「ロールモデルがいない」「そもそも、キャリアの考え方がわからない」など、根本的なところで悩んでいることがわかりました。

数字も内容も、わたしにとっては衝撃でした。
武石 恵美子
武石 恵美子
衝撃を受けたのは、「サイボウズだから、もうちょっと自律しているだろう」って思われたんだろうと思いますが……。
武石恵美子さん

武石恵美子(たけいし・えみこ)。 法政大学 キャリアデザイン学部教授。博士(社会科学)。筑波大学第二学群人間学類卒業後、労働省(現 厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2006年4月より法政大学に。著書に『キャリア開発論〈第2版〉: 自律性と多様性に向き合う』(中央経済社)など

武石 恵美子
武石 恵美子
まず、自身のキャリアに対して「不安だ」という気持ちを抱くのは、当たり前だと思うんです。いまのような、先が見えない時代の中では、余計に。

逆に、不安じゃなかったら能天気すぎます(笑)

なので、取り立てて「課題だ」と思わなくていいんじゃないかと思います。
石川 憂季
石川 憂季
そう言っていただけると、少しホッとしました。
武石 恵美子
武石 恵美子
とはいえ、「じゃあ、何から考えればいいか」となりますよね。

自律とは「選択できる」ことだけなのか?

石川 憂季
石川 憂季
これまでサイボウズでは、自律性として「自分で選択する」ことを大切にしてきました。そこで、選択肢をいっぱい用意してきたんですけど、アンケート結果から「選択肢はあるけど、選べない」みたいな状況なのかな、と。
石川憂季

石川憂季(いしかわ・ゆうき)。2016年4月、大手建設会社に総合職として新卒入社。本社の人事部、財務部を経験したのち、2020年5月にサイボウズに人事として入社。採用業務を中心に、キャリアコンサルタントの資格を生かして、キャリア支援の制度企画や人事制度を社外に発信するなど、広報業務もおこなっている

石川 憂季
石川 憂季
また、自分で選ぶと「自分の選べる範囲でしか選べない」というか。「この中から選ぶことが、その人にとって本当に幸せなことなのか」といった課題もあります。

場合によっては、人に選んでもらうから、開ける可能性もありますよね。そのバランスを、どう取ればいいのかな? というところで悩んでいます。
武石 恵美子
武石 恵美子
キャリア自律の一番ピュアな定義は、「自分で選んで、理想に向かって努力をしながら、その道を切り拓いていく」だと思います。

けれども、それができる人って、ごくごくわずかですよね。

特に、日本はジョブ型ではないので、「キャリアを選ぶ」という場面が少なかったこともあります。
石川 憂季
石川 憂季
「選択できる個人」を、組織として支援していく仕組みをどう作るか? を考えなきゃな……と思ってるところです。

「日本的な自律」を再定義する

武石 恵美子
武石 恵美子
わたし、「日本的な自律って、何かな?」と考えた時に、広義な意味での「納得性」だと思っていて。
納得性について語る武石さん
石川 憂季
石川 憂季
納得性……ですか?
武石 恵美子
武石 恵美子
たとえば、転勤でも何でもいいですけど、上司から「あそこへ行け!」と言われたものに対して、いままでは嫌と言えずに、しぶしぶ従っていましたよね。

この「有無も言わさず」というのが、非常につらい状況にあったわけです。

でも、「行け」と言われた時に、「なぜ、そこ行かなきゃいけないのか?」「そこで、自分は何を期待されてるのか?」といったことを、ちゃんと説明してもらう。

そして、「なるほど。そういうことなら行きましょう!」となっていたら、それは1つの自律だと思うんです。
石川 憂季
石川 憂季
つまり、自分で選ぶことばかりが自律とは限らない、ということですね。
武石 恵美子
武石 恵美子
人に言われたことでも、自分の中で消化し、納得して一歩踏み出せたら、それは自律のひとつの姿だと思います。そういうものが、日本の仕組みの中での、自律のあり方なんじゃないかと思っています。
石川 憂季
石川 憂季
そういえば、先ほどのアンケートでも、約600人のうち7割ぐらいが、「周囲からの提案が欲しい」「納得できれば、そこに挑戦したい」と回答していた社員がいました。

本当に支援したいのは「声をあげられない人」

石川 憂季
石川 憂季
ただ、提案するにも技術が必要そうです。いままでサイボウズでは「自律が大事」とか「自分で選択する」みたいなところを大事にしてきました。なので、提案する技術は人によってまちまちで。

また、提案したくても「何に悩んでいるのか見えにくい」ことも課題です。ここ数年で、社員が急激に増えたこともありますし、コロナ禍によってリモート環境で働くことが当たり前になったこともあります。
武石 恵美子
武石 恵美子
「家庭内で困ってること」とか、「いま、こんなことに興味持っている」みたいな、仕事と関係ない話は、ますます話しにくくなっていますよね。
石川 憂季
石川 憂季
そうなんです。ミーティングやマネジャーとの1on1も、予定を入れて話すから話す内容が決まってしまって、偶発的な話がしにくい状況があるなと思っていて。
「声をあげられない人」について語る石川
武石 恵美子
武石 恵美子
興味深い悩みですよね。「それを言うのはちょっと恥ずかしい……」というようなことも、あるのかもしれませんね。
石川 憂季
石川 憂季
わたしはキャリアコンサルタントの資格を持っています。キャリアの相談窓口として、社員から「相談したいんですけど……」と言われたら、相談にのりたい。でも、声をあげてくれないと助けられない。

本当に支援したいのは、そういった声をあげれない人や制度を使えない人なんです。じゃないと、動ける人と動けない人で、すごい差が出ちゃうので。
武石 恵美子
武石 恵美子
キャリア研修はやっていないんですか?
石川 憂季
石川 憂季
毎年9月に「キャリアを考える月間」というキャンペーンを打って、毎週研修をやっています。ただ、いつも同じ顔ぶれになっちゃうんです。

本当は、出てこない人ほど支援したいんですけど、自律を大切にしている分、強制的な研修はなかなかできなくて……。
武石 恵美子
武石 恵美子
強制しちゃうと反発が来るのかな?
石川 憂季
石川 憂季
そうですね。社内炎上する危険がありますね(笑)
武石 恵美子
武石 恵美子
反発や炎上があってもいいじゃないですか! やってみたら?(笑)
行動を促す武石さん

個別最適が進んだ結果、出てきた「全体最適の問題」

石川 憂季
石川 憂季
キャリア自律には、もう1つの課題があります。社員一人ひとりの個別の最適化が進んだ結果、会社全体の最適化が弱くなってきたことです。

いままでは「100人100通りの働き方」を掲げてきました。そのために「人事は選択肢を用意するから、あとは好きなように選んでね」というコミュニケーションが多かったんです。
武石 恵美子
武石 恵美子
「100人100通り」という言葉をはじめてお聞きした時、「すごく魅力的だな」と思いました。
石川 憂季
石川 憂季
その結果、個別の最適化は進みました。たとえば、社員の可能性を広げ、業務とのミスマッチを減らす「大人の体験入部」という制度があります。

ただ、個人の「やりたい」を優先して異動や役割変更を行なうと、「いまはA部署に人員が必要だから、現在の部署から異動してほしい」のように、事業の変化に合わせて組織を戦略的に変えることが難しくなります。

実際、いま組織として「みんなで事業を盛り上げていこうよ」「もっと製品を世の中に広めていこうよ」という方向にベクトルを動かしていきたいのですが、個人の幸福と戦略的な組織運営との間には、バランスが必要だな、と。

キャリア自律には、マネジャーの力量が必要

武石 恵美子
武石 恵美子
それでは「自分がやっていることが、組織のどこに結びついているか考えさせる」といったことはやっていますか?
石川 憂季
石川 憂季
マネジャーによって、そういったコミュニケーションができている人と、できていない人に差がありますね。
武石 恵美子
武石 恵美子
キャリア自律には、上司の力量も必要ですよね。

組織として「我が社は何のために活動しているんだ?」ということが大切なのに、「うちの会社は、わがままが言える会社だから……」のように、間違ったメッセージを伝えているとしたらまずいです。

「自律」と「自由放任」は違います。そこを履き違えちゃうと、ただの「みんながわがままを言って、居心地だけがいい会社」になってしまいます
石川 憂季
石川 憂季
マネジャー自身が、いままでそういったコミュニケーションを受けてきてないから、どう支援すればいいのかわからない問題もあります。
課題について語る石川
武石 恵美子
武石 恵美子
でも、その状況でマネジメントをやってはダメですよね。それは、マネジャーとしての役割の半分ぐらいを放棄していることになります。

マネジャーも専門職だと思います。「キャリア支援ができる」とか、「育成ができる」といった能力をマネジメント力として位置付けて、評価できる仕組みが必要ですよね。
石川 憂季
石川 憂季
現状、社員の目標設定も任意になっていて、人事が確認できるわけではありません。誰がちゃんと支援されていて、誰がそうじゃないか? みたいな仕組みは考えたいと思っています。

ただ、ルールを作って、つまんない会社にはしたくなくて。ワクワクみんなで働けるみたいなところは大事にしたいですね。
武石 恵美子
武石 恵美子
サイボウズさんは、すごく自由な雰囲気とか多様な働き方に寄与してきた施策がたくさんあったんだと思います。

それをうまく生かしながら、全体最適につながる仕組みがあるといいですね。

キャリアは「いま」が起点じゃない

石川 憂季
石川 憂季
個人の選択と、会社の方向性をうまくつなげられたらいいですよね。
武石 恵美子
武石 恵美子
キャリアって、ワクワク感だけではないと思うんです。「あっち行くと大変そうだから、ここでいいや」と選択していくと、どんどん自由放任で、成長しなくていい人になっていきます。

キャリアは、未来につながっていくものですし、選択にも責任が伴います。自分に対する責任もあるし、組織に対する責任もあるし。

「いま辛いけど、ここを頑張ると成長できる」とか、「これによって、自分がどう変われるか?」みたいに、未来のキャリアとどうつながっていくかを考えられることが大事だと思います。
未来のキャリアについて語る武石さん
石川 憂季
石川 憂季
そうですね。
武石 恵美子
武石 恵美子
また、キャリアの起点って、時間軸で考えると「いま」じゃないんですよね。キャリアは過去から繋がっているものでもあります。「いままで、何をしてきたか」っていうところの延長に、これからを考える。それが一番考えやすいですよね。

「あなたはどんな時に頑張れましたか?」とかね。

未来に対して、いまこの場で「選べ」と言われても、なかなか選べないかもしれませんが、過去には、いろんな分かれ道があったはず。

「あの時わたし、何を大事にして選んだかな」みたいな「選択した理由」を振り返ることは、すごく大事なことなんじゃないかなと思います。
石川 憂季
石川 憂季
「選択する力をどう身につけていくか?」みたいなことですかね?
武石 恵美子
武石 恵美子
そうですね。いろんな偶然があったとき、「これは自分にとって大事か?」と思えるかどうかですよね。「これは捨てていいけど、これはなんか気になる」というように。

その「気になる」っていう感度を、いかに上げていくか? というところだと思うんですよ。

その感度と、組織をちゃんと結びつけて、「わたしがいまやっているこのことって、うちの会社のどこに役立つのかな?」を考えてもらう仕掛けが必要ですよね。
キャリアの時間軸について語る武石さん

自分ごととして、仕事をどうとらえ直すか?

石川 憂季
石川 憂季
コミュニケーションを取り、本人の納得感を得ながら、自身のキャリアと、会社の方向性をつなげていく仕組みが必要そうです。
武石 恵美子
武石 恵美子
「5年、10年後どうしたいか?」を考える。つまり、自分ごととして、仕事をもう1回捉え直す機会が必要なんじゃないかと思います。キャリア研修って、そういうことですよね。

わたし、伝統的な会社で働いている人が、最高に自律していたときって就活のときだと思っていて。
石川 憂季
石川 憂季
就活のときが……ですか?
武石 恵美子
武石 恵美子
就活のときに自己分析をしたり、業界研究をしたりするじゃないですか。学生だから限界はありますけど、それなりに、自分を振り返る機会になります。

転職しようとすると、職務経歴書とか書きますけど、転職もしないでずっと会社にいると、そういう節目がないまま過ごしてきているので、改めて、自分と向き合うことがありません
石川 憂季
石川 憂季
自分と向き合う機会が必要だ、と。
武石 恵美子
武石 恵美子
たとえば、3年に1回「あなたはこれから転職すると思って、職務経歴書を書いてみなさい」とか、「どこで勝負できると思うか、強みを考えてみましょう」とか、そういうワークショップをやるっていうのは、1つあるかなと思いますね。
石川 憂季
石川 憂季
自分で「好きなタイミングで考えて」って言ったら後回しにしますもんね(笑)
武石 恵美子
武石 恵美子
絶対やらないです(笑)。「自分で考えよう」という人はなかなかいないので、そういう機会を作るのは、人事が支援できることかなと思いますね。
日本の「ジョブ型」は迷走している。表層の人事制度を変えても、根本のOSが変わらないと意味がない――海老原嗣生×髙木一史
自由な働き方のカギは採用にあり──サイボウズ人事が「ファン」ではなく「仲間」を採用する理由
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006190.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006190.html カイシャ・組織 キャリア自律 人事 Thu, 11 Apr 2024 08:00:00 +0900
「経営者目線を持て」と言われて、腹が立った話──この厄介な言葉と、どう向き合うべきか

サイボウズ式の人気シリーズ「ブロガーズ・コラム」。このシリーズでは、ブロガーのみなさんの体験談をもとに、新しいチームワークや働き方について考えます。

今回は、日野瑛太郎さんに「仕事の視座を上げる前に考えたいこと」についてコラムを執筆いただきました。

会社で働いていると、えらい人から受けがちなアドバイスに「経営者目線を持って仕事をしよう」というものがあります。

言葉にはいくつかバリエーションがあり、「経営視点を持って仕事しよう」とか「視座を上げて働こう」とか色々言われますが、基本的にはすべて同じことを意味しているのだと思われます。要は、ひとりの従業員としての立場を離れて、高い視点から自分の仕事を捉えつつ働こうというアドバイスです。

僕も新卒で入った会社で、事業部長から「もっと経営者目線を持って仕事をしたほうがいいよ」と言われたことがあります。当時はまだ社会人2年目ぐらいでしたが、正直あまりピンと来るアドバイスではありませんでした。もっとはっきり言ってしまうと、こういったアドバイスを受けて、僕は猛烈に腹が立ちました。

僕たち従業員が経営者目線を持って仕事をしたところで、待遇が経営者並みになるわけではないし、本当の意味で経営に関与できるわけでもない。なんだかものすごくズルいことを言われている気がする──当時の僕は、そう考えたのです。

あれから10年以上が経ちました。当時、僕がこの言葉に対して抱いた反感は、いまでも部分的には正しかったと思っています。「経営者目線を持って仕事をしよう」というアドバイスには、やはりどこかにズルさが潜んでいることは否定できません。

その一方で、自分のやっている仕事を俯瞰してみる、つまり視座を上げつつ働くこと自体には、良い面も少なからずあるとも思うようになりました。捉え方や実践の方法さえ間違えなければ、視座を上げて仕事をすることは、実は働く個人にとっても大きな利益をもたらします。当時、社会人になりたてだった僕は、まだこのことがわかっていませんでした。

そこで今回のコラムでは、「経営者目線を持って働くこと」の意味について、良い面と悪い面の両方から、あらためて考えてみたいと思います。当時の僕のように、このアドバイスを受けてもやもやしている人がいるとしたら、参考にしてもらえたら嬉しいです。

「経営者目線を持て」という言葉の裏にあるズルさ

まず、「経営者目線を持て」という言葉をなぜ僕はズルいと思うのか、その点を少し整理してみます。

僕がこの言葉をズルいと思う最大の理由は、それがあまりにも経営者にとって都合が良すぎる言葉だからです。

基本的に、経営者と従業員は立場がまったく異なります。経営者は仕事の指示を出して給料を払う側であり、従業員は労務を提供して給料を受け取る側です。会社の規模がどうであろうと、仕事の内容が何であろうと、「雇用する側と、される側」という立場は変わらないはずです。

そしてこの関係に立って考える限り、経営者の利益と従業員の利益は、多くの部分で相反します。たとえば、経営者から見れば従業員には安い給料で多くの仕事をしてもらったほうがいいですし、有給だってできるだけ取ってもらわないほうがいいでしょう。一方で、従業員から見れば給料は高いほうがいいでしょうし、有給だってたくさん取得したいはずです。

このような状況下で、仮に従業員が「経営者目線」を愚直に実行してしまうと、どうなるでしょうか。会社のためを考えて、安い給料でも文句を言わずに働こうとか、有給を取るのはできるだけ我慢しようとか、そういった考えを是認することになりかねません。

さすがにそれは極論だと思う人がいるかもしれませんが、現実に「経営者目線」で考えた結果、本来であれば行使できるはずの従業員の権利を放棄してしまう人は少なからずいます。

僕が新卒で入った会社でも、有給が使用しきれずに消えることを勲章のように語る人や、働いた分だけの残業代をもらっていないことを誇らしげに語る人が大勢いました。彼らはみんな、例外なく仕事の目線は高かったと思います。高すぎて、自分が従業員として行使できる権利があることをすっかり忘れているように見えました。

このように、「経営者目線」という言葉は、低待遇で従業員から高いコミットメントを引き出すために​​便利に使われてしまうことがあるのです。実際、ブラック企業ほど従業員に経営者目線を求めがちです。

なので、もしえらい人から「経営者目線を持って仕事をしよう」と言われたら、アンフェアな取引を持ちかけられているのではないかと、一度は警戒してみるぐらいの心構えはあったほうがいいと思います。

このように「経営者目線」という言葉は厄介な言葉なのです。

それでも仕事の視座は上げたほうがいい理由

一方で、経営者目線を持って仕事をすることがすべて会社から搾取されることにつながるのかというと、そういうわけでもありません。

僕自身、視座を上げつつ働くことの利点に気づいたことがありました。それは新卒で入った会社を辞めて、社員数5名程度の小さなスタートアップで働き始めた時のことです。ここまで会社の規模が小さくなると、社員は全員、嫌でも視座を上げて働かざるをえなくなります。すると、新卒の時には見えていなかった、視座を上げて働く利点が少しずつわかるようになってきました。

従業員の利益や権利を放棄するような形で発揮される経営者目線は問題ですが、それ以外の面では、むしろ経営者目線を持って仕事をすることは、個人にとってプラスの効果をもたらします。

では仕事の視座を上げると、どのような良いことがあるのでしょうか。

まず挙げられるのは、そのほうが面白く働ける場合が多いということです。これはものすごく単純に思えますが、極めて重要です。人生のなかで仕事に費やす時間は少なくないですから、どうせなら面白いほうがいいに決まっています。

個人の仕事は、ほとんどが会社全体が扱っている仕事のほんの一部分です。まともな会社であれば、大抵は会社全体の戦略のようなものがあって、個々人の仕事はそのどこかに位置づけられます。それを知って働くのと知らないで働くのとでは、仕事から感じられる面白さに大きな差が出ます。

たとえば、ある会議に出席して議事録をひとつ取るにしても、単に会議の内容をテキストに起こす仕事だと捉えてしまうと、その仕事を面白いと思える要素はほぼないと思います。

一方で、その会議が会社全体にとってどういう位置づけの会議なのかを把握したうえで議事録を取るなら、そこでされた議論がどう会社の戦略に影響するのか、自分なりに考えられるようになるでしょう。

さらにその戦略と自分のいまの仕事との関わりが把握できれば、議論の内容にも自然と興味が出るでしょうから、単純なテキスト起こしと考えるよりも面白く働けるかもしれません。

また、そのように視座を上げて仕事ができると、単に面白いというだけでなく、結果的に仕事の質も上がることも少なくありません。

さきほどの議事録の例でいえば、視座を上げて考えることで、議事録を起こす際の情報の取捨選択の精度が上がるといったことが考えられます。また、仮にその会議が大局的な視点から見てあまり意味のない会議だったとすれば、「そもそもこの会議、要ります?」といったような、踏み込んだ提案だってできるかもしれません。

個人が日々の仕事を面白くすることや、仕事の質を上げることは、従業員と会社の双方にとって良いことです。こういった目的で経営者目線を持つのであれば、反対する理由は何もありません。

キャリアプランは、視座を上げないと見えてこない

さらに、仕事の視座を上げることで、初めて把握できることもあります。それは自分の労働市場における市場価値です。これは個人がキャリアプランを描く際には、必ず知っておかなければならないものです。

市場価値というのは結局のところ、雇う側がその労働力に対して、いくらまでなら払っても良いと考えるかによって決まります。つまり、経営者目線によって決定されるのです。

自分のいまの仕事が、客観的に見て高く売れる仕事なのか、あるいは買い叩かれてもおかしくないぐらいありふれた仕事なのかは、自分を守るためにも知っておいたほうがいいと言えるでしょう。

つまり、個人にとっての良いキャリアプランを描く際にも、経営者目線に立って考えることは役に立つというわけです。

もっと言うと、この場合の視座は、ひとつの会社の経営者よりもさらに上、社会全体という視点に立って考えられるとなお良いと思います。その場合は、もはや経営者目線とは言わないかもしれませんが、視座を上げることが個人の役に立つという点では同じです。

「自分のために」経営者目線を持って仕事をする

ここまで述べてきたように、経営者目線を持って仕事をすることには、会社から搾取されることにつながりかねない危険な側面と、働く個人にとっても利益となる側面の両面があります。ではこのふたつの面と、個人はどう向き合っていくべきなのでしょうか。

まず、個人と会社の利害が対立する部分では、自分はあくまで「労務を提供して給料を受け取る、従業員である」ことを忘れないようにすることが大切です。とくに「経営者目線」という言葉でなんらかの権利が侵害されそうな場面では、立ち止まって「おかしいのでは?」と考える勇気を持ってもらいたいと思います。

一方で、個人と会社の利害が一致する部分では、しっかりと視座を上げて働くことも大切です。具体的には、日々の仕事に取り組む際には、基本的には視座を高く持ったほうが仕事も面白くなりますし、いい仕事ができる割合も増えるでしょう。そういった部分では、個人と会社は互いに協力ができます。

以上を一言でまとめるなら、「自分のために」経営者目線を持って仕事をしようということになると思います。それが結果的に、会社のためにもチームのためにもなるはずだと、いまの僕は信じています。

思えば、新卒の頃の僕は、ここまでは考えることができていませんでした。警戒感だけが先立って、仕事で視座を上げることを全面的に拒否していたような気がします。もしかしたら、それで個人的に損をしていたこともあるかもしれません。

みなさんが同じ轍を踏まないように、うまくこの言葉と付き合っていけることを祈っています。

執筆:日野瑛太郎/イラスト:マツナガエイコ/企画・編集:神保麻希(サイボウズ)
モヤモヤを抱えながら働いている人は、「他人の人生」を生きていないか?
会社から自由になるだけでは「脱社畜」とは言えない──大切なのは、自分の人生を歩んでいる実感を持つこと
管理職のきみと、いつか管理職になるきみと、管理職が苦手なきみへ
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006189.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006189.html ブロガーズ・コラム 働き方・生き方 キャリア ブロガーズコラム ワークスタイル Tue, 09 Apr 2024 08:00:00 +0900
育休が不安なら「男性の時短勤務」がおすすめ。「休まなくていいからはよ帰れ」──MBSアナウンサー 西靖×サイボウズ 青野慶久

同じ歳で、同じ大阪大学に通い、同じ下宿先で暮らしていた毎日放送(MBS)アナウンサー・西靖さんとサイボウズ代表の青野慶久。ふたりにはもうひとつの共通点があります。それは、3人の子どもがいる親として「男性育休」を取得したこと。

前編では、ふたりの30年のキャリアをふり返り、50代のあり方を考えました。後編では、それぞれの男性育休の経験から「誰もが育休をとりやすい組織をどうつくるのか」をテーマに対談しました。

キャリアへの不安から「おそるおそる育休」そして自信喪失

青野
青野
西さんのところは、いまお子さんが……?
西
西
2歳、5歳、7歳です。
青野
青野
大変なときですね。うちも構成が似ていて、2歳差、3歳差の3人きょうだいです。

青野 慶久 (あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

西
西
青野さんが最初に育休をとったのはいつですか?
青野
青野
長男が生まれた2010年の夏ですね。
西
西
早いですねえ。周りに男性育休を取得している人、いなかったでしょう? 先見の明がある。
青野
青野
僕も昭和生まれなんで、育休に関しては先見の明があったわけじゃなく、「男性が育休?」って感じでした。まさにこの本のタイトルのまんま、『おそるおそる育休』でしたよ。ご著書、共感することも多く、すごくおもしろかったです!

西さんの著書『おそるおそる育休』。2021年に3人目の子どもが生まれ育休を取得した西さんのリアルな体験が綴られている

西
西
付箋がたくさん! ありがとうございます。
青野
青野
西さんは2023年、3人目のお子さんが生まれて育休をとったんですよね。
西
西
はい。育休をとった理由はいくつかあるんですけど、大きいのは「たまたま暇な時期だった」ってことですね。情報番組「ちちんぷいぷい」や報道番組「VOICE」など、ずっと月~金の帯番組を担当していたんですが、三男が生まれる少し前にそれが終わってしまった。つまりキャリア的にもとりやすいタイミングだったんです。

西 靖(にし・やすし)。1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。情報エンターテインメント番組「ちちんぷいぷい」メインパーソナリティ(2006~2016年)、報道番組「VOICE」(2014~2019年)、「ミント!」(2019~2021年)のキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長、相愛大学客員教授

西
西
あとは正直、アナウンサーという人前に出る仕事をしている立場で男性育休をとることが、社会的なメッセージになるのでは? という想いもありましたね。
青野
青野
僕も文京区長に「育休とったらメディアが取材に来て、会社の宣伝になるよ」って言われて(笑)。社会的波及効果への期待がなかったらとってないと思います。とはいえ正直、めちゃくちゃびびってました。
西
西
会社の社長であり、バリバリのスタートアップで働き盛りの30代でしょう? 僕以上に「おそるおそる育休」でしたよね。
青野
青野
最初の育休はたったの2週間で、もはや夏休みレベルなんですが(笑)。それでも2週間後に会社に戻ったら僕の席がなかったらどうしようって怖かった。社長なのに。自分で思い返してもアホだなって思うんですけど、会社を離れる概念がなかったんで。
西
西
離れてみてどうでした?
青野
青野
もうね、2週間後には自信喪失ですよ。育休をとる前は「多少は仕事できるだろう」「なんなら読書もしたいな」なんて思ってたけど、とんでもない。実際は自分の睡眠すら十分に確保できない。離乳食を食べさせるのに毎日必死で。
西
西
うんうん、わかります……!
青野
青野
その間もね、グループウェアから会社の情報が入ってくるんですよ。トラブルが起きてるのに、自分はなにも貢献できない。かといって、育児も上手にできない。完全に自信を失いました。あんなに落ち込んだことはないんじゃないかなあ。
西
西
それでも2人目も、3人目も育休をとられたわけですよね。
青野
青野
育児に向き合う孤独感や大変さが身に染みたので、妻ひとりだけに任せることではないと思ったんですよね。それに育児を経験したからこそ、なぜ日本で少子化が起きているのかも腹落ちした。でもやっぱり育休をとるうえでキャリアの不安はあったし、勇気は必要でした。

職場を離れる不安を解消する「男性の時短勤務」のススメ

西
西
育休で職場を離れるのって不安じゃないですか。なにか工夫されたことはあります?
青野
青野
2人目のときは、毎週水曜日に休むのを半年間つづけたんですよ。僕が土日と水曜の子育てを担当すれば、妻も週3日は休めるので、精神的にストレスが溜まりにくい。
西
西
メンタルのサポート、本当に大事ですよね……。
青野
青野
3人目のときは、妻に「わたしが赤ちゃんを見るから、上の子2人を見て!」と言われたんで、朝保育園に2人を送って、16時に退社して、16時半にお迎えに行くっていうのを半年間つづけたんです。社長が一番に「お先に失礼します!」って帰ると。
西
西
社長が最初に退社する会社!
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青野
青野
育休で職場を離れるのが不安な男性におすすめなのは、時短勤務ですね。「休まなくていいからはよ帰れ」っていう。とくに2人目、3人目のときは相当いい。
西
西
ほう、どうしてですか?
青野
青野
たとえば3ヶ月育休をとったとして、その間は子どもたちが健康で、育休後に病気になったらなんの役にも立たないですよね。それよりも、時短勤務を長くつづけるほうが、夫婦で役割分担しやすいと思います。
西
西
たしかに! うちの会社にも女性の時短勤務はいますが、男性の時短勤務はほとんどいないですね。
青野
青野
男性側としてもキャリアに空白ができないので、ハードルが低いと思うんですよ。会社の人たちと毎日会えるから孤立もしないし、情報もキャッチアップできるし。
西
西
育休で新生児と向き合う時間は、女性だけでなく男性も孤立しますよね。痛感しました。
青野
青野
育児から離れる時間も大事ですよね。その点においても、時短勤務はバランスがいい。「男性の時短勤務」は妻の発明だと思いますね。
西
西
なるほど、その発想はなかったなあ。

ぶつかり合って、子育ての修羅場をともに乗り越えた妻は戦友

青野
青野
育休で大事なのは、ふたりで育児を分担することで、精神的なストレスをいかに軽減するかですよね。どちらかひとりで育児に向き合っていたら、おかしくなっちゃうんで。仕事でも、美容院でも温泉でも、息抜きできる時間を確保する。
西
西
僕が育休をとることの一番の意義は、育児を中心に担う妻の精神的なサポートにあったと思います。
青野
青野
ほんとに。育休は家庭平和につながるんですよ。奥さまとのパートナーシップは、育休前後で変化しました?
西
西
僕ね、育休中、めっちゃ喧嘩したんですよ。
青野
青野
はいはい。
西
西
基本おたがいに睡眠不足なので、ささいなことで水掛論になっちゃう。「もう俺がやるよ」「なにその言い方?」「いや、俺がやるほうが早いやん」「わたしができてないってことね」「そんな言い方してない」「してたやん」みたいな(笑)。
青野
青野
うわあ、わかる! すごいわかる!

夫婦喧嘩のきっかけなんてね、しょうもないことなんですよ……トホホ

西
西
大人が2人いて、思い通りにいかないことが目の前で起きつづけたら、そりゃ喧嘩するよねっていう話で。育休後はね、毎日僕が朝ごはんをつくっているんですが、任せてもらえることも増えて、水掛論も減って、なんかね、しっくりきている感じがあります。
青野
青野
期待を込めて言うと、もっとしっくりきますよ。だんだん間合いのとり方がおたがいにわかってくる。
西
西
僕ね、男性育休の家庭への効能として、熟年離婚の防止になると思ってるんですよ。育児という逃げ場のないところで「ぶつかり上手」になっておくと、熟年で2人だけになったときに、変に正面からぶつかってこじれたりしにくいんじゃないかと。
青野
青野
わかります! 妻は戦友ですよ、いっしょに子育てという修羅場を乗り越えた。
西
西
戦友とは戦場では怒鳴り合うんですけど、乗り切ったら肩をくめるし、振り返ってがんばったなあと労り合えるんですよね。
青野
青野
うちも「あのとき大変だったよね」って思い出すだけで、何時間でも語れますね。

“替えが効かない存在”であるからこそ、不在をチームで守る

西
西
今日ね、組織の育休取得という点で青野さんに聞きたいことがあって。僕らアナウンサーは、余人をもって代えがたい存在になりたいと思って仕事をしているんです。「このナレーションを西にやらせたい」と言ってもらいたい。
青野
青野
そうですよね。
西
西
僕はいま管理職として、どのアナウンサーにどんな仕事をしてもらうかを決める立場にありますが、「この仕事をこの人にお願いしたい」って瞬間が、僕にも番組にもあるわけです。働く側にしても、誰でもいいからやってよ、という仕事よりは、あなたに頼みたいんだと言われたほうがモチベーションは格段に高い。働きやすい環境をつくって育休取得を勧めていくうえで、仕事の属人化にどう折り合いをつけていけばいいのか……。
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青野
青野
めっちゃ悩ましい! 実はサイボウズも、営業部だけは属人化が残りやすい部署だったんですよ。この人がいるから、このお客さんが使ってくれるという。でも個別にお客さんに対応していると営業部だけどうしても残業が多くて、ついには異動したいというメンバーも出てきた。
西
西
働きやすいと思ってサイボウズに入社してたのに、思ってたのと違うぞと。
青野
青野
まさに。そこで営業部は、個人ではなく、チームでお客さんを担当する体制に変更しました。自分のお客さんを手放すことなく、自分が不在でもチームで対応ができるように。いまでは残業も減って、子育て中のメンバーも女性も多いですね。
西
西
なるほどなあ。個人を尊重しながらも、チームで補う。後につづく世代に「君の代わりがいくらでもいるわけじゃない。君は君だ。でも君が留守する間は僕らが守るよ」ってことを、どう伝えられるかですね。
青野
青野
優しく頼もしいメッセージですね。
西
西
今度、育休から職場復帰する女性がいるんです。子どもが小さいうちは熱を出したりいろいろあるじゃないですか。だからこれまでは、そうした家庭の事情に対応しやすいようにと、育休復帰後の女性アナウンサーには1年間くらいはレギュラー番組をつけないっていうのがうちの会社では普通だったんです。でも彼女は「できれば復帰後、なにかレギュラー番組を任せてほしい」と言ってくれたんです。
青野
青野
いいですねえ。
西
西
「育休後は大変だからレギュラー番組はつけない」と、こちらが決めつけないってことが重要な気がしています。時短勤務の人がいてもいいし、フルでレギュラー番組を担当する人がいてもいい。サイボウズが提唱している「100人100通りの働き方」に近いかも。
青野
青野
それって、子育て世代だけでなく、あらゆる人が働きやすい組織をつくることにつながりますからね。

誰もが育休をとりやすい組織をつくるために

西
西
誰もが育休をとりやすい組織をつくるという視点では、今日はひとつ「男性の時短勤務」というヒントをいただきました。
青野
青野
西さんのような管理職の人が率先してとってくれると、仕事をある程度任せないといけないので、下の世代の育成にもつながると思います。僕が時短勤務を半年やったときに、メンバーがいきいきしてたんですよ。16時以降、僕に代わって社長業ができるので。
西
西
社長は決断する機会も多いと思うんですが、リスクはなかったですか?
青野
青野
多少リスクはありますけど、もしその決断によって手戻りが発生したとしても、翌日に対話をして回収できるし、実際になんとかなりました。復帰したらメンバーに「時短勤務のままでいてほしかった」って言われましたから(笑)。
西
西
まじですか!(笑)
青野
青野
僕が時短勤務なので「重要な会議は16時までに入れる」っていうのが定着したんです。すると、ほかの時短勤務のメンバーも会議に参加できるようになったんですよ。僕がフルタイムだった頃は、平気で18時以降にミーティングを入れちゃっていたので。
西
西
育休をとってから、重要な会議が18時をまたがないことの重要性が身に染みてわかりますね。

「今日は晩御飯に梅干しを買ってきて」と妻に頼まれたのに、買っていけないことが、どれだけ妻のメンタルに、ひいては家庭平和に影響を及ぼすか……(遠い目)

青野
青野
ほかにも、僕自身に変化があって。育休をとる前は「社長である僕じゃなきゃいけない」と勝手に背負い込んでいたんですよ。でも、僕が会社を離れている間になんとかしてくれたメンバーがいて、チームへの信頼が湧くと同時に、気負いを少しずつ手放せた。
西
西
自分の仕事を任せられる人がいるってことは支えになるし、寂しいっていうより、楽になりますよね。
青野
青野
まさに。アナウンサーは属人化が強い職業だと思いますが、番組で「今日は担当の○○アナは子どもの熱で早退したため、わたしが代わりに担当します」とかあってもいいと思うんですよ。
西
西
それね、実は社内で提案したことあるんです。うちの夕方の番組は15時半過ぎから19時までで長いんで、保育園のお迎えがあるアナウンサーは17時までとかにしたらいいんじゃないかって。
青野
青野
めちゃくちゃいいですね! いまの時代、好感度と視聴率が上がると思います。
西
西
働きやすさを示すリクルート戦略にもなりますよね。
青野
青野
男性も「いまから子どものお迎えなのでお先に失礼します」とか番組で言ったら、めちゃくちゃかっこいい! その番組を観られる日を楽しみにしています。
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企画・編集:深水麻初 執筆:徳瑠里香 撮影:高橋団

サイボウズ式YouTubeで取材の様子を公開中

50代突入。これからどう生きる? 大阪大学、同じ下宿先から歩んだ30年とキャリア選択──MBSアナウンサー 西靖×サイボウズ 青野慶久
大事な商談の日なのに、保育園に預けられない──両親の代わりに営業チームで子守をした話
すみません、育休前は「早く帰れて、楽でいいじゃん」って思ってました
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