「その成長はなんのため?」 敏腕編集長が体を壊して気が付いた「強さ」の時代のもがき方──NewsPicksパブリッシング 井上慎平さん
ソーシャル経済メディアNewsPicksで「弱さ考」と題した異色の連載が行われている。
執筆をしているのはNewsPicksパブリッシング編集長の井上慎平さん。発行部数17万部を超える『シン・二ホン』などのヒット作を手掛ける敏腕編集者だ。
そんな井上さんが連載では自身の双極性障害を公表するなど、自身の弱さとその考察について赤裸々に綴っている。
いまなぜ「弱さ」の話をするのか。「弱さ」を抱えてどう生きるかについてお話をうかがった。
弱いままの自分をさらけ出す
一時的に元気な感じでいることはできるのですが、いまは、元気なふりをするのも快活なふりをするのもやめようと思っていて。
でも、どうして体調が万全ではない中でも、取材を受けてくださったのですか。
(取材は途中休憩をはさみながら行われた)
僕としては、弱いままである自分をさらけ出すことで、いま苦しんでいる誰かにとって、何か伝わるものがあればと思って。
僕はある日完全に動けなくなった
現代社会では、強くあることが求められますし、私自身、できるだけ自分の「弱さ」を排除して「強い」存在でありたいと思っているところがあります。
でも、ときどきそれが苦しいときがあって。
僕もオールドメディアと呼ばれる出版業界からITスタートアップであるNewsPicksに入社して、強く優秀なリーダーであろうとしていたし、どんどん成長する自分であらねばならないと思っていました。
でもある日、完全に動けなくなってしまって。
NewsPicksがプレッシャーの強い会社というわけではないんです。むしろ、自分で自分に「本づくり以外もできるんだと見せつけなければ」と勝手にプレッシャーをかけていたところがありました。
成長することが無意識に自分の規範になっていた
企業は絶えず競争にさらされていて、常に成長し続けなければいけない。自分たちだけがのんびりやっていては、他の企業に取って代わられてしまいます。
そして、企業が成長するためには、中にいる個人も成長しなきゃいけないということに、あまり疑いを差し挟む余地がないんです。
たとえば、ビジネスで何気なく使っている「思考のOS」とか「リソース」といった言葉には、機械的な響きが伴います。
そういった言葉を語っていると、いつのまにか、自分が分解可能で、つねに誰かと比べられ上位互換されうるパーツであるかのようなイメージを持ってしまう。人間は要素分解できないにもかかわらず。
矛盾を抱えて生きることがカギになる
戦争は少なくなってきているし、飢餓も減っているし、病気だって治せる。資本主義はめちゃくちゃ僕たちを幸せにしてくれています。そのことも認識しておかないと、すぐ「資本主義は悪者だ」みたいな話にもなってしまう。
数字やロジックといった「普遍」が重視されるビジネスの世界に生きている自分がいる。その一方で、娘にとっては父親であり、妻にとっては夫でありという「固有」の世界を生きている自分もいます。
そこに優劣はなくて、どちらも大事です。
現代社会は人に制御を求めすぎている
なぜだと思いますか?
たとえば、ペットが亡くなってつらいとか、女性なら生理のバイオリズムで気分や体調の揺れがあったりしても、自分を制御して安定したパフォーマンスを出さなければいけない。
多少嫌なことやつらいことがあっても、感情を制御すべきだし、組織もそれを望むし、それが評価にも組み込まれています。
組織を成長させるにあたって、個人が一定のレンジで一定の働きを求められるという大きな方針自体は今後も変わらないと思います。
ただ、その中でいかに固有の、その人にしかないその人らしさが抑圧されないようにできるか。
それこそ、サイボウズさんが掲げている「チームワークあふれる」組織というのが、これから重要なテーマになってくると思います。
能力はひとりでは発揮できない
でも、実際は能力って環境依存的なんです。
たとえば、高度経済成長期に理想とされた、会社の言うことに従順な人が、現代では「指示待ち」みたいに否定的に言われるのがわかりやすい例です。
能力は、個人の経験や記憶といった内的リソースと、それをうまく引き出せる環境という外的リソースが揃って初めて発揮されます。
「個人が能力を所有している」という前提で組織をつくれば、フロントに立つ人にしか光が当たらないでしょう。でも、「能力は関係性のなかで立ち上がる」という世界観に立てば、よりバックで支える人にも光が当たる。
組織側も、個人の能力ではなく「どんな外的リソースを提供できればこの人は輝けるのか?」に視点がシフトしていくはずです。
「苦しさ」を乗り越えずに「味わう」
現代はあらゆるものがサービス化されている。閉じた生態系の中で食料を自給自足する程度ならあり得るかもしれませんが、スマホも介護もとなると難しいでしょう。結局、人は1人では生きられないんです。
では、資本主義からは降りられないとして、個人はこの苦しみをどのように乗り越えていけばよいでしょうか。何かヒントはありますか?
(長い沈黙)
「苦しみ」っていうとちょっとストイックに聞こえるかもしれないけど。「苦しみ」も人生の大事な一部じゃないですか。初恋のときにすごい傷ついたけど、いまとなってはあれも良かったよねみたいなことってある。
「苦しみ」そのものが「楽しみ」だったりすることがあるんですよね。
でも、どんな構造に自分が苦しんでるかは知った方がいいと思っています。僕は現代社会を豊かに生きるには、すぐに役立たない学問が大事だと思っているんです。
アートが好きな人はアート的なレイヤーで、文学好きな人は文学的なレイヤーで、「苦しみ」を理解したり、味わうことができるかもしれない。
経済的な成功が幸せを約束してくれないいま、それこそ「苦しみ」まで含めて、有限な人生を無限のレイヤーで「味わう」ことができたら、結構それは豊かな人生なんじゃないかなと。
■弱さや学びについてTwitterで発信中 井上慎平|@inoueshinpei
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撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。
編集
高部 哲男
コーポレートブランディング部サイボウズ式ブックス所属。編集プロダクション、写真事務所、出版社などを経て、2020年サイボウズ入社。「はたらくを、あたらしく」を合言葉に、多様な働き方、生き方、組織のあり方などをテーマにした書籍制作に日々奮闘中。複業として社外での書籍編集にも関わる。