- 作者: トマ・ピケティ,山形浩生,守岡桜,森本正史
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2014/12/09
- メディア: 単行本
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1. サポートサイト β版公開
ピケティ『21世紀の資本』は、使用データやエクセルファイルを全部ウェブのサポートサイトで公開し、本に載らなかった詳細なデータ表やグラフ、各種データの説明などはそちらに載せてある。そして専門補遺でも計算の説明の相当部分は「Excelのセルの計算式を見るように」という説明になっている。
つまり、本としてはこのサイトの中身もセットで一通り訳さないと、完全な翻訳にはならないわけだ。
ということで、サポートサイトを以下にほぼ完全に翻訳した。
ピケティ『21世紀の資本』サポートサイト http://cruel.org/books/capital21c/
オリジナルのサイトとほぼ同じ内容および構成。だれが使うんだかわからない xps ファイルも、頑張って作りましたわよ! (ちなみに、実際に使った人がいたら是非ともご一報を。少しは苦労が報われたと思いたいので)。先日訳したスライドも、もちろんリンクに含まれている。図表、データファイルはほぼ完全に日本語化。表頭、表側やグラフの見出し、ラベルその他はすべて訳しておいた。もちろんファイル内部の数式等には一切さわっていない。ただし Excel ファイルの中で、作業用の領域などについては訳していない。
(グラフのコメントを x軸のラベルにぶちこむのは、ぼくは通常推奨しないやり方だけれど、それもオリジナル通りで変えていない。)
まだオンライン専門補遺が仕掛かり。また、目次や本のカバーなどは、いずれアップできると思う。まだ校正中なので。グラフや表のタイトルその他も、今後変更の可能性はあるので、そのおつもりで。
オリジナルとの構成でちがうのは、ご覧のとおり英語版へのリンクを並置しておいたこと、また日本語表示に対応して css を変えたのと(読みやすいようにフォントを大きく行間を空けた)、図表一覧や補遺一覧が英仏版では pdf になっているのを、こちらではアクセス性を重視して html にしたこと。さらに、英仏サイトでは最後あたりでディレクトリの中身を直接表示する部分があるが、当方のサーバーはセキュリティ設定のため、ディレクトリの内容表示をさせないので、ほぼ同等の index.html を作成しておいてある。一般の使用法では、差は生じないはず。
何かご覧になって、訳し漏れや明らかなまちがい、不具合などがあればご一報を。一部グラフのpdfなどでは、MS Excel の変な動きでコメントが pdf にしてみると消えていたりするところがあった。気がついた範囲では直したが、見落としがあればご一報を(修正版を送っていただけるとなおありがたい)。
2. 雑感
ピケティの本は大部なので、熟読するのはなかなか大変。でも、分厚いだけあって、たいがいの人が思いつくような批判は結構すでにカバーされていたりする。だから、あんまりパッと見の思いつきだけで批判めいたことは言わないほうが万人にとって吉。
たとえば、バーナンキがピケティ本について「アメリカの格差は所得格差だから分析が不十分」と言っているそうな。でも本書では、アメリカの所得格差の原因もきちんと見ている。所得税のトップ税率を引き下げたので、それまでは頑張って役員報酬引き揚げても税金で持って行かれるだけなので骨折り損だったのが、いまやかなり懐に残るので、お手盛りでどんどん増やすようになった、というもの。かなりページを割いているので、バーナンキが見落とすとは考えにくい。日経の(しかもWSJ経由の)この手のまとめは、概して信用がおけないので、本当はもっとちがうことを言ったのかもしれない。が、その他の「税金もあるし寄付もあるし相続税もあるし、資本も長続きしないかも云々」という論難を見ると、ピケティの本のどこを読んだのかいささか疑問。そこらへんすべて、説明しているのに。ここまで徹頭徹尾記事がおかしいとは考えにくいから、本当にバーナンキがいい加減にしか読んでいない可能性もかなりある。ちょっと残念。
またその前後で見かけたのが、日本の学者がこの本について、資本が増えれば収穫逓減するという基本を忘れている、という「批判」をしていたという記事。もちろんそんなすぐに思いつくような論点は十分に(かなりページを割いて)カバーされている。理論的可能性としては、それは昔からずっと指摘されてきた、というのも詳細に出ているし、でも実際にはそれがまだ実現していないことも示されている。だから、収穫が逓減するほど資本が増えるまでにはまだかなりかかりそうで、それが実現したときの均衡状態はおそらく現在よりかなり格差が進行してしまっている、というのがピケティの基本的な立場。ちゃんと論じられています。
ちなみにこの記事に登場する他の論者も、みんな「日本のこれまでの推移は、ピケティの言うような資本所得上昇ではない」という批判でこと足れりとしている。これはまったくの見当はずれ。ピケティは確かに、資本収益率 (r) が経済成長率 (g) より高いのが歴史 (というのは紀元0年から現在までの二千年ということ)の常だった、と述べる。だから、経済発展の中で資本の占める地位がどんどん上がるのが常だった、と。そして、それがこれからも起こるとは主張している。でも、20世紀(第一次大戦後)という期間は、それが成立しない人類史上希有な期間だったのだ、というのが彼の主張だ。そして、それがいま終わりつつあり、かつての r > g がこれから (つまり21世紀に) 優勢になりそうだ、と。だからこそ本書のタイトルは『21世紀の資本』なんだよ。
だから日本の戦後(いや明治期からでも)の発展が r > g に沿っていないという批判は、まさに本書の主張そのもので、何の批判にもなっていない。ピケティの r > g の議論はむしろ今後の話だというのを理解できていないのだ。20世紀は歴史上空前の経済成長期で r > g が成立しなかった。そして戦後の急成長、両大戦のショックとそれへの政策対応、それに伴うインフレが続いていたので、過去のr > g の影響をご破算にして抑える力がかなり作用していた、というのがピケティの分析。そしてその政策対応の部分は国ごとにかなりちがっていたから、もちろん国ごとに格差の出方は大いにちがっていた。
でもそういう政策が1980年あたりから次々に撤廃されて、世界的にタガが外れてきている。今後21世紀はこのままだと r > g が全力できちゃうよ、という話。だから、これまでそういう格差が生じていないからピケティはまちがい、というここで紹介されている論者たちの主張は、あまりに流し読みか孫引きすぎる。r > g だけ見て、それがこれまでの経験に照らして成立してるかどうか、というのは、そもそものピケティの問題意識をまったく外している。
あとは、Excel使ってるからダメ、ロゴフ&ラインハートの醜態を見よ、というブログも見たが、Excelだってちゃんと使えば大丈夫でしょうに。それにすべて公開されているから、こういう十把一絡げの揚げ足取りではなく、実際にまちがっているところを見つけるほうが生産的だと思う。
分厚い本だから、ゆっくり読むと時間がかかってしまうのは事実なんだけれど、たぶん流し読みして思いつきだけでものを言うと、しっぺ返しがくると思う。触れられていない論点や見落としを見つけるのは、実はかなりむずかしい。そこらのお手軽な解説本ですませようと思っている人も、概要把握ならそれで済まないこともない。でもそれを読んで批判ポイントを見つけたと思ったら、関係者すべてのためにも、一応何か言う前に実物を是非とも確認してほしいところ。では、12月をお楽しみに!
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.