http://pds.exblog.jp/pds/1/200912/27/62/b0086362_14514548.jpg',400,300,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>まず、閉じ込められた神が動きだした? その52 (ニギハヤヒが出てきた。)への
umeさんのコメントから。
.....................................................................................................................................
■Commented by ume at 2009-12-27 00:20 x
ゴルフ場のニュース糸島半島ですよね。↓
http://cocorofeel.exblog.jp/9880430一から十までで糸とか、どなたかおっしゃっていたような?二見が浦や雷神社とかありますし???
いや実は(^^;)ニギのギにこだわっていて二つの木だったら林だったりして???キとかギってなんだろうと最近思ってまして、(汗)林太郎って蘇我入鹿よね~?なんて検索してたら、ナゼか糸島に行ってしまったんですだ。(爆)
糸島半島
ttp://www.yado.co.jp/tiiki/itokan/itoindex.htm......................................................................................................................................
ということでumeさんに指摘された過去記事を再掲しましょう。
金属の物体が落下した福岡県志摩町、アラも出てきますよ。
一部再掲。
神社は朝鮮半島から来たの? その7 (金達寿さんのお話)
http://cocorofeel.exblog.jp/9880430天日槍の遺跡と地名
先ほどの、韓国に向かい、ここは甚吉(いとよ)きところというのは、北九州の伊都国、魏志倭人伝に出てくる伊都国です。伊都国は北九州、今は福岡の前原町になっています。ここにおりたつわけです。
ふつう高千穂といいますと、高千穂の峰論争があります。・・・・・これは古事記に書いてあるとおりに、われわれは素直に信じてよろしい。
というのは、宮崎県の高千穂は太平洋に向かっていて、韓国に向かっていないんです。・・・韓国に向かい、甚吉きところというのは、いま言った伊都国であったところの前原町です。そこに志摩半島というのがあって、・・・ここに「志摩」が出てくるということに注意してください。・・・それでは、加耶から彼らがやってきた。天日槍とニニギノミコトがダブるという話を先ほどしましたが、天日槍はどこからやってきたかというと、ぼくは安羅とか多羅とかいうところから来たと思っています。
・・・要するに、天日槍を象徴とするひとびとがやってきた。加耶のなかの多羅と安耶がみんな、これは国を挙げてやってきたものであると、ぼくは考えております。・・・たとえば、いま「古事記」に出ている神功皇后のことを言いましたけれども、神功皇后の本当の名前は息長帯比売(おきながのたらしひめ)です。帯という字を書いて「たらし」という。「たらし」というのを多羅の姫と解釈したらどうですか。そうすると、天日槍の孫だということになる。
・・・では、北九州のそこに天日槍の遺跡はあるのかと考えられる方がいるかもしれません。たくさんあるのです。・・・
・・・有名な都市に唐津があります。これも「大日本地名辞書」をみると、もともとは「韓津」です。・・・それは、地名にしてもまず韓泊がある。大宰府の観音寺の資材帳には加夜郷、それから、・・・韓良(から)であったところなんです。韓良と書いて、からと読ませる。なぜこうなったかといいますと、和銅年間に地名を二字にしろと命じられたわけです。・・・だから、和歌山県は紀伊国、本当は紀国です。・・・これは朝鮮でも古代、そうやって地名を二字にしました。ちょうど同じような時期に朝鮮でも行っております。
いま日本で何々郡と言うでしょう。もとは「評」という字を書かせて「こおり」と読ませたんです。新羅がこれだったんです。新羅はこういう字を使っていて、後に郡に変える。そして、日本でも郡に変えたんです。だから、朝鮮語では今でも「コオル」というんです。郡というのも全く同じです。・・・中曽根さんも韓国に行って、晩餐会でそんなことをい言ってますね。あの人はぼくの本をだいぶ読んでいるんだそうです。・・・
今でも地名としては、志摩半島の近くに芥屋(けや)というところがあります。この芥屋は昔は鶏氷という字を書いて、それで「けや」と読ませた。つまり、加耶です。もっとおもしろいのは、糸島半島にかけて、そこは肥沃な前原平野なんです。そこの真ん中にポコッと一つの山がある。非常に秀麗な山です。これは志摩富士ともいい、また、筑紫小富士ともいっている山ですが、これが加也山なんです。・・・かつて韓良郷だったところに加也山があり、芥屋ということが今でもある。そこから、ここでは貝塚と書いてケエヅカと読むんだそうです。・・・
そればかりか、・・・背振山地というんです。・・・何か思い出しませんか。セフリ、ソフル山地です。それから、その横に早良(さわら)郡というのがあります。これはどちらもソフルのなまったものだそうです。・・・
しかも、古い糸島郡の教育会が編集した糸島郡史がありまして、それを読むとこう書いてあります。「・・・天日槍はまず新羅往来の要律(?)たる伊(都?)国を領有し・・・更に但馬に移りて但馬家の祖となりしなるべし。(久米邦武著「日本古代史に拠る)」久米邦武氏曰く「筑前雷山に存する神籠石は其(天日槍を指す)築きし古?なるべし。・・・」と。
この久米邦武という人は東大の先生だったんですが、東大を追われたんです。なぜ追われたかといいますと、「神道は祭天の古俗なり」、つまり、神社は天を祭る古俗だと、そういうことを言ったため、それが問題となりまして、帝国大学を追放されて、早稲田へ移った人なんです。天を祭ることは朝鮮の太陽神を祭るということでしょう。あるいは高句麗でもそうですが、天を祭る、要するに、日本の神道も朝鮮のそれだと言ったものだから、昔のことですから、問題になったわけです。・・・この人に著書がたくさんあります。
・・・この神籠(こうご)石というのは明治時代から論争になりまして、最近やっと決着がつきましたが、これは古代朝鮮式山城なんです。石でもって城壁をめぐらせているんです。それのいちばん大きなものが・・・岡山県の鬼の城です。それから、久留米に高良神社があります。ここにも古代朝鮮山城があって、いまなおあちこちで見つかっているんです。ぼくも行ってみました。それがソフル山地にもあるんです。
そこに雷山があるんですが、そこに雷山神籠石というのがありまして、今でも貯水池みたいなのがあって、頑丈な水門跡の石塁がそのまま残っています。これはいわゆる逃げ込み城としてつくられたもので・・・敵が攻めてくると、その人民ごとに城に閉じこもるんです。そこに食料を置いて。水は絶対条件です。・・・
・・・それから、その南の肥前山中、肥前というのは佐賀県になります。・・・とある墓家というのは横穴石室です。
「・・・長野県社宇美八幡宮祭神六座の内気比大神あり」というのがまた問題なんです。
「越前国官幣大社気比神宮の祭神と同一の神にして、天日槍を祀れるなり」とありますが、・・・福井県の敦賀にまいりますと、そこに気比神宮があります。これは戦争中は官幣大社でした。この気比神宮と同一の神である。つまり、その天日槍を祀れるなりというのが北九州の伊(都?)国にもあるということです。
・・・・・
以上。
「二見ヶ浦」を緯度経度検索すると伊勢ではなく、ここの志摩が出てくる。
http://pds.exblog.jp/pds/1/200912/27/62/b0086362_14314388.jpg',200,150,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>「二見ヶ浦」の夫婦岩の写真はこちら(
糸島半島と二丈町を訪ねて)から拝借
http://pds.exblog.jp/pds/1/200912/27/62/b0086362_14361351.jpg',200,145,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>こちらは「ビーチセレクション」から拝借
伊勢より雰囲気が明るいね。
子供の頃、福岡の海で海水浴したのはどこの海だったんだろう?
結構近くで海水浴したのかも知れないな。
再度読み直すと、天日槍がニギハヤヒにも思えてきた。
北九州市八幡東区松尾町の地中の爆発事故
福岡県志摩町野のゴルフ場に落下した金属の物体、
この二つは絶対つながっていると思う。
どちらも金属、鉱脈に関係している。
半島に向いている。
地中の爆発、空からの金属の飛来、どちらも電気的、プラズマ的。
場所的にも近くだし、同じ日にこんな不思議なことが二つも起きるなんて。
雷山神籠石で「幣立神宮」の名前のいきさつが浮かんだけれど、
志摩に落下したのは円形状のものだから、幣とは形が違うのものね。
雷山神籠石って電気的、プラズマ的。
天日槍の「槍」は「幣」に似ているね。
ゴルフ場に落下した金属の物体はまさしく
「ここだぞ!、ここに降ってきたんだよ!ここに神が降り立ったんだよ!」、って伝えているように思えて仕方ない。天孫降臨の地は高千穂ではなく、
ここ、「志摩」だと伝えようとしているんじゃないだろうか。
そうすると・・・
この金達寿さんの話の通りになるよ!
以前書いたように、「夫婦岩」をイザナギ、イザナミとして考えれば、イザナギ、イザナミはここ、「志摩」の地に降り立った、上陸したと考えられない?
「二見ヶ浦」って、字のごとく、二つの見方、裏と表があるっていう意味かも。「志摩」の字にはカタカムナウタヒ暗号解読で私が考えた「マ」が入ってるよ。物理的に考えれば、
以前よりもっと電気エネルギーが強くなっていることになるけれど、
だけど、何故、この二箇所なのかと考えれば、
やっぱり閉じ込められた神シリーズになってしまう。