[今日のうた] 1月
誰ひとり掃くとも見えずけさの春 (大島蓼太1718-87、「いつもの朝なら、庭、門、道端などを誰かが掃いているが、さすが元日の朝、誰一人いない、すがすがしい正月」) 1.1
春着きて十人竝の娘かな (中村七三郎、「うちの娘は、まぁ十人並みの容貌だけど、正月の晴れ着を着ると、いやいやどうして、なかなかの美人だぜ」、作者1879-1948は歌舞伎役者にして俳人、虚子に師事した) 2
初富士や子山孫山あをあをと (二秋、「冠雪の白く輝く初富士、でも手前にみえる箱根や丹沢の低い山々は青々として、それもまたいい」、作者「二秋」はたぶん「ホトトギス」系の俳人だろう) 3
我が袖に霰(あられ)た走る巻き隠し消(け)たでてあらむ妹が見むため (よみ人しらず『万葉集』巻10、「僕の着物の袖に霰がばらばらと落ちてきた、玉が光ってきれいだな、消えないうちに、袖に包み隠して、君にバッと見せたいよ」) 4
冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春にやあるらむ (清原深養父『古今集』巻6、「冬だっていうのに、空から花が降ってくる? いや、やっぱり雪だ、でもひょっとすると、雲の向こうは春なのかなぁ」) 5
寝(ぬ)る人をおこすともなき埋み火を見つつはかなく明かす夜な夜な (和泉式部『家集』、「貴方って私を置いて先に寝ちゃうのよね、でもわざわざ起こすのは、埋み火を掻き立てるようでしゃくだから、ぼんやりと埋み火を眺めているうちに朝になっちゃう、こんな夜が最近多いわ」) 6
山ざとのかきねは雪にうづもれて野辺とひとつになりにけるかな (藤原実定『千載集』巻6、「垣根が雪に埋まって野原と一つになってしまった」、みごとな調べをもった自然詠) 7
庭の雪にわが跡つけて出でつるを訪(と)はれにけりと人や見るらむ (慈円『新古今』巻6、「庭の雪に、自分が足跡を付けて出たのを、人は、誰かがうちに訪ねてきた足跡だとみるだろうか、見てほしいな」、よほど淋しい草庵に住んでいるのだろう、人恋しくもなる) 8
冬の池の水際(みぎは)に騒ぐ芦鴨の結びもあへぬ霜も氷も (式子内親王『家集』、「あら、寒い冬の夜中なのに、池の水際の芦鴨さんたち賑やかね、みなさんが喜んで動き回るので、霜も氷も結ばないといいわね」) 9
やはらかに積れる雪に/熱(ほ)てる頬(ほ)を埋(うづ)むるごとき/恋してみたし (啄木『一握の砂』1910、彼女の「やはらかな頬」ではなく「やはらかに積れる雪に」、自分の「熱てる頬を埋め」てみたい、それほど彼女への想いが熱いのか、それともそのくらい熱くなってみたいのか) 10
しづけさは斯くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す (斎藤茂吉1947『白き山』、疎開先の山形県大石田村、寒気があまりに強いので、「身の回りの空気の音がする」、これが寒村の「冬の夜のしづけさ」なのだろう) 11
波あらき渚(なぎさ)にいでて積む雪の白しづかなる境をあゆむ (佐藤佐太郎1968『形影』、波荒い海岸の砂浜に来て、水際をゆっくり歩く作者、波は大荒れだけれど、その波が削り取ってゆく砂上の白い雪の「境」は、どういうわけか、とても静か) 12
夕かげの路に氷片が光りをり朝よりもいたく小さくなりて (上田三四二1964『雉』、朝通った小路を夕方の帰りにまた通ると、朝、道端に光っていたあの氷の小片が、まだ光っている、でも朝よりはずっと小さな光になって) 13
観覧車。頂上で時がくずれてく ふたり疲れてただ光る海 (「東京新聞歌壇」1.12 東直子選、「観覧車が頂上に達して下る様子を「時がくずれてく」と詩的に捉えた。「光る海」を眺めながら新しい時間の中に降りていくのだろう」と選評) 14
寝返りをマスターせんと緑児は小(ち)さき雄たけびもらしクリアす (舟山由美子「朝日歌壇」1.12 馬場あき子選、「小さき雄たけび、すばらしい」と選評、初めて寝返りができたときの喜び、こうして乳児は「象徴界へ参入」(ラカン)してゆく) 15
年の夜や果てなき旅の途中下車 (三原逸郎「朝日俳壇」1.12 長谷川櫂/大串章共選、「誰もが百代の過客、永遠の旅人。年に一度の途中下車」と長谷川選評) 16
とっくりのセーター抜けて年新た (土方けんじ「東京新聞俳壇」1.12 石田郷子選、「元日の朝の身支度。とっくりのセーターから頭を出しながら、ああ年が明けたんだなと思う。軽妙な味わいながら、しかとめでたさが出ている」と選評) 17
一人去り 二人去り 仏と二人 (井上信子1869-1958、作者は川柳作家・井上剣花坊の妻、夫婦で川柳を詠んだ、この句は、1934年に亡くなった夫を追悼したもの) 18
あっと言わせて齢の差へ嫁ぎ (西村如葉1924-?、作者は18歳のとき、同じ劇団の旅芸人の男性(34歳年上)と結婚、その時の句、この男性はずっと以前、山田五十鈴の情人だったことがあるらしいが、五十鈴と違って、無名の旅芸人のまま人生を終えた) 19
私の影よ そんなに夢中で鰯を喰ふなよ (中村冨二1912-80、戦後すぐの句だろう、貧困の中、鰯はごちそうだ、「夢中で食べている、私の影」が、ふと目に入った) 20
文学や月の切尖(きっせん)われに向く (小宮山雅登1917-76、作者は生涯を印刷工として過ごし川柳を詠んだ、文学青年だったのだろう、「ふと見上げた三日月の、尖った先端が「われに向いて」いる、文学を意識する」一瞬) 21
憑かれたようにコップを磨く罪いくつ (須田尚美、1976年、作者46歳の川柳句、「憑かれたようにコップを磨いている女がいる、罪深い男のことを怒っているのか、それとも彼女自身が罪深いのか」) 22
噴水は疾風にたふれ噴きゐたり 凛々(りり)たりきらめける冬の浪費よ (葛原妙子『原牛』1959、冬の「疾風」の中の噴水は、孤独で美しい、「凛々としてきらめく冬の浪費」、そう「浪費」だからこそ美しい) 23
するときは球体関節 のわけもなく骨軋みたる今朝の通学 (野口あや子1987~、冒頭に「セックスを」が省略されている、大学へ、さっそうと自転車で通学しながら、昨夜のことを想起する作者、何という楽しい歌! 与謝野晶子のような女を感じさせる) 24
宥(ゆる)されてわれは生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら (水原紫苑『びあんか』1989、不思議な歌だ、ふつうは、生まれてくる赤ん坊は「硝子・貝・時計のやうに」硬くはないのだが、「硝子・貝・時計のやうな」赤ん坊がほしいという) 25
ああそうか日照雨(そばえ)のように日々はあるつねに誰かが誰かを好きで (永田紅『北部キャンパスの日々』2002、作者は京大院生、キャンパスの中で、友人二人をふと見かけたのだろう、「日照雨のように」がいい) 26
夕日から逃れられない高架駅、内ポケットの中まで明るい (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、たしかに高架駅は夕日が当たっている時間が長い、でもそれは、夏はともかくとして、悪いことではなく良いことなのだろう) 27
戦争のニュースに北朝鮮兵士観(み)て息子の顔と似て見える (佐藤学「毎日歌壇」1.27 伊藤一彦選、「国家の命令で若者が派遣され、生死の境をさまようのを、よそ事とみない作者」と選評) 28
種を蒔く仕草でスマホを押す父が孫との会話に花を咲かせる (あきやま「読売歌壇」1.27俵万智選、「ぽちぽちと画面を押す父の手つきを捉えた比喩が美しい。「会話に花を咲かせる」という慣用句、現代短歌では使いづらいが、種との響きあいで見事に生かしている」と選評) 29
振り返り合図に備ふ狩の犬 (梶田高清「読売俳壇」1.27正木ゆう子選、「合図とは「行け!」だろうか、あるいは何らかの行動か。はやる気持ちを抑えて、指示を待つ猟犬。合図があれば、瞬時に全速力で獲物へと走る」と選評、「振り返った」犬は主人と目が合うのか) 30
亡き人に季節はあらず春の雷 (岩野伸子「毎日俳壇」1.27井上康明選、「かけがえのない人が亡き人となって、季節のない世界にいる。あえかな春雷が、亡き人を悼むかのように、春の到来を告げる」と選評) 31