生物多様性×気候変動 −同時解決に向けた科学のいま−
2021年7月26日に標記タイトルの国立環境研究所ウェビナーが開催されました。
日本においても政府・企業・自治体で脱炭素化(気候変動対策)の動きが本格化しましたが、次の焦点は生物多様性といわれています。気候変動と生物多様性は複雑に絡み合った問題です。気候変動が進むと生物多様性が影響を受けます。気候変動対策をしても、その方法によっては生物多様性に悪影響を及ぼすことがあり。イベントでは、5人の講演者がこの二つの問題への対策の両立を目指す科学の現状を紹介しました。
講演の後、江守正多地球システム領域副領域長が進行役を務め、ウェビナー参加者からのさまざまな質問を取り上げながら、講演者が気候変動対策と生物多様性保全の両立についてディスカッションしました。
本稿では講演概要を紹介いたします。なおこのイベント全体は、NIES公式Youtubeチャンネルからご視聴いただけます(https://www.youtube.com/watch?v=xur0fGm70-w&t=287s)。
1. 背景説明 -気候変動と生物多様性との絡み合い-
山野博哉(国立環境研究所 生物多様性領域長/気候変動適応センター長代行)
プラネタリーバウンダリー*1では生物多様性と気候変動は大きな問題として扱われており、特に、プラネタリーバウンダリーにおける生物多様性・生態系は地球の限界を超えてしまっているといわれています。生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services: IPBES)では、気候変動は、陸域、淡水域、海洋において影響を与えており、生物多様性の劣化をもたらす主要な要因であるとまとめられています。
一方、日本国内では生物多様性国家戦略という計画があります。そのなかで、生物多様性の劣化をもたらす主要な要因として4つの危機が挙げられています。そのうちの1つ、第4の危機として気候変動による危機があります(図1)。たとえば、2016年夏の高水温によりサンゴの白化現象が起こりました。この水温上昇の背景には気候変動があります。
気候変動対策には緩和と適応の2つがあります。緩和は温室効果ガスの排出削減や吸収の取り組みを行うもので、適応は気候変動による影響が生じている場合、被害を回避、軽減する努力のことをいいます。この両方に生物多様性がかかわっています。
森林は光合成や呼吸をすることにより全世界の炭素循環に影響を与えています。樹木多様性の高い森林は炭素吸収固定の能力が高いので、樹木多様性を保全できれば気候安定化を促進できます。REDD+という途上国における森林減少、劣化の抑制や持続可能な森林経営などによって温室効果ガス排出量を削減あるいは吸収量を増大させるという気候変動対策があり、森林保全による気候変動の緩和が進められています。このように生物多様性も気候変動に影響を与えていますので、生物多様性が気候変動問題の解決の鍵の一つとなります。
気候変動は生物多様性だけではなく他の分野にも影響を与えています。たとえば、気候変動による降水量の変化や豪雨の増加により、旱ばつ、水害、土砂災害が起こります。このような災害に対して、斜面への植林や遊水池の設置等をすることで、水害や土砂災害を防ぎ、生物多様性の面から適応策として貢献することができます。
再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及も緩和策の一つで、生物多様性に影響がない適切な導入により、化石燃料由来の温室効果ガスが削減できます。このように気候変動と生物多様性は単純な関係性だけではなく、他の緩和策を入れた場合に波及効果が期待されるなど、さまざまな形で絡み合っています。すなわち一方のみを考えた対策ではなく両方を考え、うまく同時解決する必要があるのです(図2)。
2. 生物多様性と気候変動に関するIPBES-IPCC合同ワークショップ報告書の概要
市井和仁(千葉大学環境リモートセンシング研究センター 教授)
2021年6月10日にリリースされたIPBESとIPCCのCo-Sponsored Workshop報告書の概要を説明いたします。私は2016年以降IPBESの執筆者活動にかかわっております。2019年5月にリリースされた地球規模評価報告書(IPBES Global Assessment)では、Chapter 2.2 Status and Trends-Natureの統括責任執筆者(Coordinating Lead Authors)となりました。それに引き続き、著者の一人としてIPBESとIPCCのCo-Sponsored Workshopの活動にも参加しました。
IPCCもIPBESも政府間の国際組織です。IPCCについては気候変動枠組条約、IPBESについては生物多様性条約といった政策面への科学的な情報提供が期待されています。気候変動枠組条約には京都議定書(1997年)やパリ協定(2015年)という国際目標ができました。一方、生物多様性についても愛知目標(2010年)があり、まもなくポスト2020生物多様性枠組ができます(2022年春に採択される予定)。
これらの議定書や協定を作る際にIPCCやIPBESが役立っています。条約などは政策者が決定するのですが、科学者はそれを決めるための科学的知識を提供するという貢献をしています。IPCCにおいてもIPBESにおいても政策と科学は独立しているのが基本です。
同じような役割を担うIPBESとIPCCですか、IPCCに比べるとIPBESの認知度は少し低いように感じています。それはたぶん歴史の違いからくるのだと思います。IPCCは1988に設立され、1990年に最初の評価報告書が発表されています。2021年8月には第6次評価報告書(AR6 WG1)が出ました。IPBESはそれよりもはるかに新しく、2011年に設立され、地球規模評価報告書が2019年5月に公表されました。このような歴史の違いともう一つ、今は気候変動の方がより身近に感じられるからだと思います。
IPCCは気候変動による環境や人間社会へのさまざまな影響を評価します。IPBESは生物多様性と生態系サービスを中心に、それらに影響を与えるさまざまな要因や帰結を評価します。どちらも気候変動はキーワードになっていますし、IPCCでも生物多様性など、生物に関係した部分がキーワードになっているので、両者をうまくリンクする方がいいのです。
生物多様性とは生きものたちの豊かな個性とつながりです。生物多様性条約では3つのレベルの多様性が提示されています。1つは景観レベルで、森林・里山・河川・湿原などで構成されている生態系の多様性。2つ目はいろいろな生きものの種の多様性。3つ目は遺伝子の多様性で、これは同じ種でも異なる遺伝子があるためです。
生物多様性と気候変動は複雑にからみ合っているので、一緒に取り組むべきという発想で、2020年秋にIPBES-IPCC 合同ワークショップ報告書が初めての試みとしてスタートしました。参加者は50人で、IPCC側が25人、IPBES側が25人です。2021年の6月に出された報告書は既存の学術論文を集大成したもので、28ページのサマリーと256ページの本編で構成されています(図3)。
報告書の目的は、気候変動と生物多様性の関係を明らかにすることです。ハイライトの一つは、従来独立して取り組んでいた生物多様性保全と気候変動対策は両方を考慮しながら効果を最大化すると、パリ協定や生物多様性目標などが達成しやすくなるということです。こういった目標を達成するためには、自然の多様な価値を考慮する変革(transformative change)が必要です。
気候変動対策と生物多様性の保全の両方によいものと、生物多様性の面から避けるべき気候変動対策を説明します。
気候変動対策と生物多様性の保全の両方によいものとしては、炭素や種を多く含む生態系を修復することです。現在、人為的な自然破壊が進んでいますが、それを止めて生態系を修復することによって、気候変動から回復する力(レジリエンス)が強化されます。また、洪水に対する強度、沿岸の保護、土壌侵食の防止にもなります。
耕作種の多様化や樹木種の多様化による持続的な農業・林業を推進することも重要です。耕作地や放牧地の管理を向上(土壌保持、減肥)することで温室効果ガスの放出も緩和されますし、生態系も保全されます。
次に、気候変動の対策で、生物多様性の面から避けるべきこととして、広い土地に単一のバイオエネルギー作物を栽培すると、生態系にとっては有害です。これまで森林ではなかったところに植林をすると、特に外来種の単一栽培は、気候変動の緩和になったとしても、生物多様性にとってはダメージになります。また、灌漑能力を強化すると、植物が増え、植生としてはいいのですが、水の争いへの発展の可能性や土壌劣化の原因となります。ですから、広い土地を利用するような再エネ施設、ダム、防潮堤などを設置する際には、多角的な視野で気候変動対策を評価すべきです。
バイオマスエネルギーや植林など気候変動のみに焦点をあてた対策は、生物多様性に対して悪影響の可能性があります(図4)。一方、生物多様性の保護や再生は多くの場合生物多様性保全になり気候変動対策にもなるので、双方にとって利点となります(図5)。
今後、気候変動対策と生物多様性保全は、さらに広い影響を考えた総合的な評価が必要になってきます。
3. 地球規模の気候政策と生物多様性の統合評価
高橋潔(国立環境研究所社会システム領域 副領域長)
2020年度に開始した環境省環境研究総合推進費の研究課題2-2002「世界を対象としたネットゼロ排出達成のための気候緩和策及び持続可能な開発」(詳細は「人間社会・生態系の持続可能性を損ねない形でネットゼロ排出を達成する道筋を探る」を参照)とそれに先行する研究内容を中心に話題提供します。
まず、推進費2-2002の研究の背景と目的を説明します。パリ協定では全球平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃より十分低く、できれば1.5℃以下に抑制する長期目標が合意されています。その実現には、21世紀後半に温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いた合計をゼロ(ネットゼロ)とする必要があること、あるいは、もし21世紀前半の排出削減が不十分な場合には、21世紀後半に大規模なバイオエネルギー作物の栽培・利用や植林等を用いたマイナス排出が必要になります。
ネットゼロ排出の実現性や困難性については精査が必要です。研究の目的は、目標達成に必要な排出経路の提示、その排出経路下で生ずる気候影響の評価、持続可能性を考慮した気候変動緩和策の戦略検討を通じて、「人間社会・生態系の持続可能性を損ねない形でネットゼロ排出を達成するということは、どのような社会を作り、受け入れていくということなのか」という問いへの答えを、市民や政策決定者に伝わる形で描き出すことです。
2015年9月の国連持続可能な開発サミットで採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)には17の目標と169の指標が定義されています。その169の指標について、過去の統計データをもとに共便益関係とトレードオフ関係の分析をした研究結果があります。SDG1(貧困をなくそう)は他のSDGsとの共便益関係がもっと多く、SDG 12(つくる責任・つかう責任)はトレードオフ関係をもちやすいという分析結果が出ています。推進費2-2002では気候変動と飢餓やエネルギーアクセスなどのSDGsとのかかわりについて研究し、その一つとして気候変動と生物多様性の関係についても取り組んでいます。
かつて森林総合研究所などと行った共同研究(土地利用変化と気候変動による生物多様性への影響)の結果を紹介します(図6)。将来気候が変化すると、植物や動物は生息地域が次第に減少するなど悪影響が起こるといわれています。しかし、気候変動を強く抑制するためにバイオマスエネルギー用の作物栽培や植林など大規模な土地改変をすると、気候変動対策としては効果があるのですが、生物多様性の損失が懸念されていました。
ですから、効果と影響の両方を確認しながら気候変動対策を論じていかなければなりません。研究結果から、温暖化対策による気温上昇の抑制が生物多様性にもたらす恩恵は土地改変を通じた悪影響を上回ることを示しました。
次に生物多様性保全を優先した場合です。生物多様性保護の観点で保護すべき地域や自然保護区、土壌劣化回避の観点から保護すべき地域を所与の制約条件として与えてバイオエネルギーポテンシャルを推計すると、バイオエネルギーの生産に適した土地はだんだん縮小されていきます。
複雑な課題を同時に解決するような斬新な政策についても想定しなければなりません。立命館大学のグループが中心となって行った研究では、環境影響を抑えて食料生産を減らしながらも飢餓ゼロ目標を達成できるという計算結果が出ています。SDG2(飢餓をゼロに)のために食糧の生産地や生産面積を増やすことは環境にさまざまな悪影響を及ぼします。そこで先進国から途上国への食料支援、過剰摂取の抑制、フードロスの削減などを合わせて行うことにより、環境影響を小さく抑えながら飢餓ゼロ目標を達成できるという分析を行っています。
こういった研究はわれわれのチームだけではなく複数のモデルチームが集まってモデル比較分析を行うことによって進めています。生物の生息地の損失や土地の劣化を評価した土地利用シナリオのもとで、将来の生物多様性を評価したところ、自然保護区の拡張、劣化した土地の再生、食料システムの変革に取り組むことで生物多様性損失を抑え、回復へと導く可能性が示唆されました。
今後の課題としては、SDGs間の相互関係のモデルをつないだ評価や、現在起こっている資源枯渇等の問題が将来に与える影響を自然資本の観点からモデル化することを考えています。また、複数目標のなかでどれを選ぶかという重みづけを考えることも大事です。さらに地域間・世代間の公平性に関するモデルの高度化も重要です。
最終的には、対策・政策の実現可能性について定義し、シナリオを提示していきたいと考えています。
4. 日本における生物多様性への気候変動影響
小出大(国立環境研究所気候変動適応センター 研究員)
生物多様性国家戦略では、生物多様性について4つの危機が書かれています(図1)。第1から第3の危機は直接的に生物多様性に影響するのでこれまで注目されてきました。近年、第4の危機として気候変動が注目されるようになってきました(図7)。
絶滅危惧種が気候変動の影響をどれくらい受けているかということについて、環境省が2010年に出した生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO2)によれば、気候変動が種の絶滅に与える影響は、検証が不十分な部分がかなりあるということです。だからといって気候変動の影響を考慮しなくていいということではなく、第1の危機、第2の危機、第3の危機で絶滅に瀕している生物に第4の危機としての気候変動がダメ押しをしていく可能性がありますので、今後検証していく必要があると思います。
絶滅までいかなくても生物へのさまざまな影響が報告されています。そのなかで4つを紹介します。
(1)水生植物への影響:水生植物の種数の減少について、過去のデータから要因を解析したところ、周辺の土地利用の環境(11%)、湖沼の環境(25%)、気候条件(14%)となっています。
(2)海への影響:日本の海は熱帯から温帯まであり、熱帯の海にはサンゴが広がり、温帯の海はコンブやホンダワラなど藻類が優先する藻場になっています。ところが、温帯性の海が熱帯化し、サンゴが優先しているという観測結果があり、そのメカニズムについて、過去のデータから解析した報告があります。
これは、藻場だったところにサンゴが広がり藻類を駆逐しているというメカニズムではなく、藻類を食べる魚の分布移動が介在しています。温暖化や海流の移動による分散の影響を受けて魚が分布域を北上させ、藻類が駆逐されたところにサンゴが入るというメカニズムになっているということです。
(3)森林への影響:日本の森林は、南の方や標高が低い暖かい地域は常緑広葉樹が優先し、北の方や標高が高いところは落葉広葉樹が優先しています。この構造が気候変動の影響を受けて少しずつ変わってきているという報告があります。そこで、全国のデータを収集して解析したところ、常緑広葉樹は寒いところで優先性が上がり、暖かいところでは落葉広葉樹の優先性が下がっていると報告されました。これは過去の攪乱からの回復過程と気候変動による影響で、落葉広葉樹から常緑広葉樹に変化しているということです。
以上3つは空間的なスケールにおけるものですが、4つ目のトピックは時間スケールの変化に関するものです。
(4)生物季節への影響:日本には四季があり、春にはサクラの花が咲き、夏にはセミが鳴き、秋には紅葉があります。このような季節性のことを生物季節といいます。生物季節も温暖化の影響を受けており、サクラの開花の早まりや秋の紅葉の遅延が指摘されています。紅葉については、高山帯では、まったく紅葉せずに緑のまま葉を落とすという現象がところによって起こっています(図8)。
生物季節の変化が単一種で起きているならまだ話は簡単なのですが、生物は他の生物とお互いに影響し合って生きているので、問題は複雑です。
一例として、北海道のエゾエンゴサクとマルハナバチの関係を紹介します。この2つの種は、花を咲かせる時期とハチが飛び回る時期を決める特徴要因が違うようで、近年の温暖化に伴う積雪時期の早期化に伴い、花が咲くタイミングとハチが飛び回るタイミングがだんだんズレてきていると報告されています。これが将来も続けば、受粉ができなくなり、エゾエンゴサクとマルハナバチのどちらも個体数が減っていくことなります。
多岐にわたる影響が生じていますが、今後の適応や対策について2つ紹介します。
1つ目は種の逃げ場を確保しておくという対策です。国立公園や保護区を設置し、絶滅危惧種を守っていくことです。しかし分布が狭い種は保護区のなかに個体群が含まれる割合が低いので、絶滅が起こりやすくなります。これを防ぐために、もともとは生物の保全を目的とはしていない、神社やお寺が所有している樹林などに民間保護区のような機能をもたせていくことが重要です。
もう一つは自然の可能性をうまく活かすことで、生物多様性だけではなく人間社会における課題も解決できます。生態系を活かした気候変動適応(EbA)、生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)、自然環境が有する多様な機能を賢く利用するグリーンインフラなどです。
アメリカの事例を紹介します。かつてはウォーターフロント(水辺地帯)まで都市が開発され、人間活動が広がっていたのですが、近年、ウォーターフロントは海水面上昇や台風の攪乱の増大による高潮被害の影響を受けるようになりました。そこで、人間が活動するエリアを内陸側にして、グリーンベルト(都市の環境保全のために緑地とした地帯)を広く設けることにより、生物多様性を保全しつつ、高潮被害を緩衝させていく都市計画があります。
最後に、みなさんの生活・業務のどこに生物多様性が関与しているのかを考えてみていただきたいと思います。
5. 日本での気候変動緩和策と生物多様性の保全の両立 -維管束植物での検討-
石濱史子(国立環境研究所生物多様性領域 主任研究員)
気候変動は生物多様性の劣化に影響を与えている要因の一つで、気候変動対策は生物多様性保全の観点から欠かせないものですが、対策が生物多様性に正の影響だけではなく負の影響を与えることもあります。
本日は気候変動緩和策の一つである再エネ、特に太陽光発電を中心に話をします。再エネは今後、大規模な導入が進められる見通しです。ただ、残念ながらこれまでの再エネの立地は、生物多様性に十分配慮されたものとはいえない状態でした。たとえば国際的な研究論文で見ると、大規模な再エネ発電所が高い割合で生物多様性保護区内に建設されています。メガソーラー(>10MWの太陽光発電)ですと、17%以上が保護区内に建設されています。
日本でも2050年カーボンニュートラルを目標に掲げて、2030年の温室効果ガス排出量削減目標達成のために、再エネの比率を36~38%まで高めていくという案が出されています。再エネのなかでも太陽光発電は導入量が多くなっています。
再エネ導入拡大と生物多様性保全を両立させるには、建設時のアセスメントの際に生物多様性に配慮することが必要です。そのため、鳥類の渡りの経路や絶滅危惧種の分布情報などが環境省の環境アセスメントデータベース“EADAS(イーダス)”*3から提供されています。ただし、アセスメント対象は大規模なものに限られているのが現状です。自治体の条例では、規模の小さいものを規制していることもあるのですが、景観重視のものが多いです。また、地球温暖化対策推進法の改正により、地方公共団体において再エネ建設の促進区域が設定されることになりました。設定の際に生物多様性への配慮がなされるよう、適切な方針が必要です。
2050年カーボンニュートラル実現に向けた太陽光発電の導入拡大において、どのような生態系やどのような生息地の植物が影響を受けやすいのか、小規模な太陽光発電施設の累積的な影響はどのようなものか、カーボンニュートラルと生物多様性保全の両立に有効な方策は何かを検討しました。
まず太陽光発電パネルの影響を土地利用ごとに分析しました。メガソーラー(>10MW)と中規模ソーラー(0.5~10MW)を対象とし、どういった立地条件のところにどれくらい建設されているかを集計しました。
太陽光発電の建設による生態系の消失面積(km2)は、森林や農耕地(水田、畑など)で大きいことがわかりました。一方損失した面積が占める割合(%)を見ると、森林における割合はかなり低く、人工草原や人工裸地で割合が高いことがわかりました。また、中規模ソーラーとメガソーラーを比較すると、中規模ソーラーはメガソーラーに劣らないどころか、人工裸地の損失面積などについてはメガソーラー以上に影響を及ぼしていることがわかりました(図9)。
太陽光発電パネル建設に関する立地条件について、土地利用以外の要因としては、傾斜地、日当たりなど発電効率や経済効率に関するものが多く影響しています。残念ながら自然保護区や土砂災害危険区域などは、日当たり等に比べると相対的にあまり考慮されていないようです。
次に、絶滅危惧植物の分布と太陽光発電パネル建設について見てみます。日本植物分類学会でまとめた絶滅の恐れがある植物の分布情報と、国立環境研究所で整理した太陽光発電パネルの建設予測結果を重ね合わせて、どのような植物が影響を受けやすいか、また、両立可能な保護区・発電立地の空間配置はどのようなものかという解析を行いました。その結果、農耕地や湿地などの平地の人里に近い環境に生息する植物種が特に大きな影響を受けていました。
さらに、シナリオに基づいて太陽光パネルの生態系への将来の影響を推計しました。現在と同等の立地への建設が続く場合、自然保護区を回避した場合、保護区を回避して都市部の建設確率を2倍、4倍としたシナリオを比較しました。都市部での建設確率を2倍とした場合、森林や農地生態系の損失は1.3~3.5%程度抑制できますが、まだ十分とはいえない結果でした。
今後は、生物多様性、生態系サービス、必要発電量の要素を考慮した解析を進めていきたいと考えています。