最近の研究成果 海洋地球研究船「みらい」の北極圏航海での大気観測:東シベリア大陸棚からメタンは大量に放出されているのか?
北極圏の凍土中には有機物やメタンが大量に存在すると推定されています。北極圏では全球平均よりも温暖化の影響が強く現れるため、温暖化による凍土の融解に伴い二酸化炭素やメタンの放出量が増加し、温暖化を加速するのではないかと懸念されています。近年、東シベリアの沖合に広がる世界最大の大陸棚(北緯65度以北,東経120-180度の海域)から大量のメタンが放出されていると報告がされています。
こうした背景を踏まえて、国立環境研究所は海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋地球研究船「みらい」による北極圏航海に参加し、北極圏での温室効果ガス放出量の変化を早期に検出することを目的とした大気中温室効果ガスの船上観測を2012年以降毎年実施してきました。
北極圏航海は主に9月(2018年は11月、2019年は10月)に実施され、数週間に及ぶ北極圏(チュクチ海・ボーフォート海)での観測では、メタン濃度が数十ppb以上高まる濃度増加イベントがしばしば観測されました。ラグランジュ型粒子拡散モデル(LPDM)を用いて、濃度変化に影響を及ぼす表面領域(フットプリント)を航路に沿って計算したところ、観測された濃度増加イベントは西シベリアや東シベリア、アラスカに存在する主要なメタン発生源から大気輸送により観測地点まで運ばれたものであることが示されました。
そこで、全球大気輸送モデルを用いた逆解析で求められた地表面のメタンフラックス分布と上記のフットプリントから計算された大気中メタン濃度の変動分を観測結果と比較したところ、計算結果は濃度増加イベントをよく再現することが分かりました。一方、これまでに報告された東シベリア大陸棚からのメタン放出量の推定値をフラックス分布に置き換えて同様に濃度変動を計算すると、濃度増加イベントが過大評価されることが分かりました。
メタン濃度変動の観測と計算結果の差の二乗平均平方根が最小になるように東シベリア大陸棚からのメタン放出量を最適化したところ、放出量の平均値は0.58 ± 0.47 TgCH4 yr-1となり、これまでの報告値よりもかなり小さな値となりました。このことは、現時点ではまだそれほど大量のメタンが放出されている状況ではないということを示しています(図)。
一方、各年の放出量は-0.1 ± 0.3から1.3 ± 0.4 TgCH4 yr-1まで変動し、東シベリア大陸棚の海域における海面水温の偏差と正の相関、海氷被覆率と負の相関を示すことが分かりました。このことは、温暖化が進む将来にメタン放出量が増加する可能性を示唆しています。
本研究は文部科学省・GRENE 事業およびArCSプロジェクト(北極気候に関わる大気物質・代表:小池真)の一環として行われました。