【最近の研究成果】気候工学による日射量調節が生態系機能に与える影響

2017年6月号 [Vol.28 No.3] 通巻第318号 201706_318005

最近の研究成果 気候工学による日射量調節が生態系機能に与える影響

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦

温暖化による過度の影響を避ける方法の1つとして、気候システムに人為的な操作を加える気候工学[1]が注目を集めている。しかし、その実施に伴って生じる影響に関する研究は不十分であった。

この研究では、陸域生態系モデル(VISIT)を用いて、気候工学的手法の1つである成層圏へのエアロゾル注入による日射量調節の影響を調べた。複数種類の気候モデルによる実験結果[2]を用い、CO2などの増加による温室効果を打ち消すシナリオと一定量のエアロゾルを注入し続けるシナリオに基づいて検討した。

成層圏へのエアロゾル注入により、陸域の平均温度上昇はある程度まで抑えられるが、その代わりに地上での日射量は減衰し、降水量が減少する地域も現れた。陸域植生の光合成によるCO2固定量への大きな影響は起こらなかったが、温度の効果で呼吸量が抑えられ、結果的に日射量調節を行わなかった場合と比較して陸域へのCO2固定量が増加することが分かった。ただし、エアロゾルによる日射量調節を停止すると、温度上昇による呼吸増加で固定された炭素の大部分が急速に放出されていた。また、日射量調節を行わない場合よりも降水量は少ない傾向となり、それが生態系から河川に流出する水量の抑制につながっていた。

今後の状況に関しては、温暖化の進行だけでなく、その対策実施による影響も地域的には無視できない場合があり、よりバランスのとれた気候政策ではそれらの要因を考慮する必要がある。

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陸域生態系モデルで推定された日射量調節の実施による生態系機能の変化。日射量調節を実施しない場合と比較した、a) 正味の生態系CO2収支、b) 河川流出量。灰色部分が日射量調節の実施期間を示し、上が温室効果を打ち消すシナリオ、下が一定量のエアロゾルを毎年注入するシナリオの結果。細い青線は個々の気候モデル予測に基づく結果、太い破線はその平均値、オレンジ色の線は実施期間中の積算を示す。実施中にはCO2が生態系に蓄積されるが、終了後にその分が放出されている。河川流出量は継続して低下する傾向がある

脚注

  1. Geoengineerling(ジオエンジニアリング)やclimate engineeringと呼ばれている。日射量調節以外の方法としては、大気中CO2の人工的な除去などが提唱されている。(下図参照)
  2. 気候工学に関するモデル相互比較プロジェクトGeoMIPにおいて気候モデルによるシミュレーションが実施されている。
    参考文献:Kravitz, B. et al. (2013). Climate model response from the Geoengineering Model Intercomparison Project (GeoMIP). Journal of Geophysical Research, 118, 8320–8332.
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気候工学 対策の種類(出典:環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクトS-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」報告書ICA-RUS Report 2013より) *杉山らによる原図(Lenton, T. M. and N. E. Vanghan, 2009, Atmospheric Chemistry and Physics, 9, 5539–5561)を改変

本研究の論文情報

Solar radiation management and ecosystem functional responses
著者: Ito A.
掲載誌:Climatic Change 142:53–66. doi:10.1007/s10584-017-1930-3.

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