集中パトロールは犯罪を減らすのか?

研究の概要

背景と課題

  • 元内閣総理大臣に対する銃撃事件、同年に広域犯罪グループによる高齢者が殺害される強盗殺人事件など、重大なテロの脅威の存在や高齢者への凶悪な犯罪が発生するなど犯罪情勢は依然として予断を許さない状況である。また、ポストコロナに伴う人の流れの変化による街頭犯罪の増加傾向など社会的な情勢の変化に応じた防犯対策の推進が喫緊の課題であるといえる。
  • さらに日本社会が抱える人口減少、少子高齢化の課題は労働力の絶対量の不足に繋がり、治安維持を担う警察にとって若手層の警察官の継続的な確保等の課題が予想される。絶えず変化する犯罪や社会情勢にあっても、警察は的確な防犯対策を推進し、犯罪を抑止することが国民から期待される。
  • しかしながら、警察リソースは限られており、効率の高い警察活動が求められる。近年、諸外国の犯罪学者は、警察の限られたリソースをより効率的に活用するために、犯罪のリスクが高い場所に警察のリソースを集中させることで効率的に犯罪を減少させると主張している。
  • そこで、我が国において地理的犯罪分析を用いて、犯罪リスクが高い場所を特定し、警察による集中的なパトロールの犯罪抑止効果を検証する。

使用データ

対象地は、長野県下の集中パトロールを実施する処置A警察署とする。集中パトロール介入と犯罪減少の因果関係を検証するために、集中パトロールを実施しない対照C警察署を設ける。A署及びC署は刑法犯認知件数、人口等が同等である。

犯罪地点データ

犯罪地点データは、2017年1月~2019年10月にA署及びC署管内で発生した乗り物盗、侵入盗、非侵入盗、性犯等の発生地点データである。A署の2018年認知件数は、687件であり、罪種別構成割合は乗り物盗(50%)、侵入盗(18%)、非侵入盗(42%)、性犯等(26%)である。

環境要因データ

環境要因データは、対象エリア内の施設の位置情報である。種類は、集客施設、銀行、病院、コンビニエンスストア、工場、ガソリンスタンド、官公庁・公共施設、公園、駐車場、飲食店、スーパーマーケット、駅、バス停、小学校、中学校、高等学校、大学、学校その他である。データソースは、㈱ゼンリン地図データを利用する。

データ分析

まず、犯罪リスクが高い場所を特定する。リスクエリア(犯罪リスクの高いエリア)の特定には、ホットスポット分析、Near-repeat分析、Risk Terrain分析を用いる。各手法には、特定した領域の位置、サイズ、形状を決定するパラメータがあり、客観的な評価指標に基づき最適なパラメータを決定する必要がある。そこで、様々な地理的犯罪分析手法が持つ予測能力を評価する予測精度指標Prediction Accuracy Index (以降、PAIという)を評価指標とする。パラメータを変化させた時にPAIが最大になるパラメータを最適なパラメータとする。

ホットスポット分析

ホットスポット分析は、観測値の空間的な分布から連続的で滑らかな密度分布を生成し、連続サーフェスとして視覚化する手法である。ホットスポット分析のパラメータは、セルサイズ、バンド幅、学習データ期間である。最適なパラメータは、昼間帯については、平均バンド幅141.6m、平均学習データ期間7.5か月、夜間帯は平均バンド幅116.6m、平均学習データ期間10.5か月であった。当該パラメータを設定したホットスポット分析におけるリスクエリア(署エリアの一部)を図1に示す。

図1 ホットスポット分析におけるリスクエリア

Near-repeat分析

Near-repeat分析は、最近の犯罪の発生により時空間的に近い場所、短い時間で被害リスクが増加するという近接反復被害に基づく分析手法である。Near-repeat分析のパラメータは、距離の上限と刻み幅、時間の上限と刻み幅である。最適なパラメータは、距離上限を498m、その刻み幅を66m、時間上限28日、その刻み幅を7日であった。当該パラメータを設定したNear-repeat分析におけるリスクエリア(署エリアの一部)を図2に示す。

図2 Near-repeat分析におけるリスクエリア

Risk Terrain分析

Risk Terrain分析は、犯罪の発生と都市環境要因(駅、駐車場など)との関係を分析し、犯罪を誘発する環境要因の空間的影響が示すリスクエリアを特定する手法である。環境要因データの中で犯罪と関連があった要因は、例えば、乗り物盗(夜間帯)は駅、学校等であった。Risk Terrain分析のパラメータは、ブロックサイズ、セルサイズ、学習データ期間である。最適なパラメータは、ブロックサイズを166m、セルサイズを83m、学習データ期間1年であった。当該パラメータを設定したRisk Terrain分析におけるリスクエリア(署エリアの一部)を図3に示す。

図3 Risk Terrain分析におけるリスクエリア

3つの分析手法を用いて個別に特定したリスクエリアを地図上でオーバーレイし、リスクマップを作成する。なお、各手法によるリスクの重み付けは抑止効果への要因を複雑にしないために等価とした。また、エリアのセルサイズは警察実務者からの要望により100m単位とした。また、リスクマップは、実験期間8月~10月の各月でA署を対象に4罪種(昼・夜間帯)別で作成する。オーバーレイした乗り物盗(夜)のリスクエリアを図4に示す。

図4 乗り物盗(夜)のリスクエリア

結果

リスクエリアでの警察による集中的なパトロールを実施し、最後にパトロール実施前後の刑法犯認知件数の比較やアンケートを通じて、犯罪抑止効果を評価する。

犯罪抑止効果の評価

犯罪抑止効果の検証のため、準実験デザインのDID(Difference-in-Differences)等を用いる。DIDは、「処置署での2時点間の差」から「対照署での2時点の差」の差分を取る操作をすることで、各署の観測不可能な個々の効果(時間不変の交絡因子)と、時間経過による効果(時間変化の交絡因子)を取り除き、DID推定量を求める手法である。集中的なパトロールによる抑止効果の結果は、処置A署は対照C署と比べて、乗り物盗については統計的有意に6.3件/月の減少、侵入盗については統計的有意に13.3件/月の減少であった。この他の罪種において、有意な結果は得られなかった。DIDの結果を乗り物盗については図5、侵入盗については図6に示す。

図5 DID結果(乗り物盗)
図6 DID結果(侵入盗)

事後アンケートでの評価

実験直後に署員等(A署:N=118)に自記式の事後アンケート調査を行い、実験の効果を検証する。

  • 「リスクエリアの集中パトロールは抑止効果があると思うか」について、評定尺度法を用いて、「そう思う、どちらかといえばそう思う、どちらかといえばそう思わない、そう思わない」の4段階で質問した。また、アンケートの「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」の割合を支持率、支持率が7割以上を「支持」とした。
  • アンケートの結果を図7に示す。犯罪抑止効果ついて、署員は支持率が92%で実施の効果が高いと思う傾向であることがわかった。ホットスポットに焦点を当てることは、犯罪が最も起こりやすい場所に警察官の注意を集中させることで、管轄区間全体よりもホットスポットの狭い空間で、より目に見える存在を確立し、大きな視覚効果を生み出すと考えられる。本研究の制服警察官による集中パトロールは、地区内の犯罪者に対して視覚的な効果も相まって、犯罪の機会を減少させている実感が警察官にあったと考えられる。
図7 リスクエリアの集中パトロールの抑止効果

まとめ

  • 特定の県下において集中パトロール介入実験では、限られた警察リソースを効率的に用いて犯罪を抑止することを我が国で初めて実証的に明らかにした。
  • 絶えず変化する犯罪や少子高齢化社会等に対応する警察を支援するための具体的な犯罪抑止対策を提案できた。
  • しかしながら、内部・外部妥当性に関する実験の限界もあることから実証実験を継続することで我が国での警察による集中的なパトロールの抑止効果の頑健性を明らかにすることを今後の課題とする。

後記

  • 当たり前の日常を守る。誰も犯罪被害にあわない、安心して暮らせる社会に貢献するために防犯研究に取り組みました。
  • 特に欧米を中心に多くの研究によって犯罪抑止効果が裏付けられた、「警察による集中パトロール実験に関する研究」に着目しました。しかしながら、日本は欧米と比べて犯罪発生率、罪種構成が異なることから、諸外国の研究成果をそのまま日本に適応させることは難しく、また参照すべき日本での集中パトロール実験に関する研究も不足していました。そこで、過去から現在までの諸外国で報告された論文を網羅的に精読し、犯罪理論、犯罪マッピング技術、パトロール実験及び評価方法等を体系的に抽出し、その方法を、日本で発生した犯罪データを用いて検証しました。この作業に多くの時間を費やしました。
  • 最後に、警察による集中パトロール実験を実施しました。日々の多忙な警察活動を行う警察官にいかに研究を理解していただき協力を得るかが重要でした。実験前の打ち合わせでは、犯罪理論やマッピング技術に関する専門用語をわかる言葉で伝え、理解してもらうことの難しさを痛感しました。諸外国の研究で十分な抑止効果のエビデンスがあったとしても、目の前の現場の方の腑に落ちないと協力は難しいと実感しました。そこで、実験前に現場レベルでの説明会を数回実施し、加えて、実験中のフォローアップ等を通じて、何度も現場に足を運び、信頼関係を構築し、研究内容への理解を深め、協力を得ることができました。
  • 以上の研究活動を通じて、日本で初めて,実証的な警察官による集中パトロール実験を成功することができました。科学的な研究を社会に実装し、研究成果を地域に還元する防犯研究を今後も続けてまいります。

参考文献

  1. Eck, J. E., ed. , & Weisburd, D. (Eds.). (1995). Crime and place: Crime prevention studies. Monsey, NY: Criminal Justice Press, 4, 1-33.
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  5. Kennedy, L.W., Caplan, J.M., & Piza, E. L. (2011). Risk Clusters. Hotspots, and Spatial Intelligence: Risk Terrain Modeling as an Algorithm for Police Resource Allocation Strategies. Journal of Quantitative Criminology, 27(3), 339-362.
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