誰もが歩いて暮らせる街へ:全国におけるx-minute cityの実態
個人の認識にみるx-minute city ー満足度の高い居住地の形成に向けた示唆ー

研究の概要

背景と課題

  • 近年,徒歩や自転車を用いて誰もが自宅からX分圏内であらゆるサービスへのアクセスを可能とする“x-minute city”と呼ばれる考え方が世界的な注目を集めており,アフターコロナの生活圏理念として多くの国・地域で政策に取り入れられている.
  • これまで世界各地でこの理念が取り入れられてきた.パリの15-minute city[1],メルボルンの20-minute neighbourhoods[2],シンガポールの20-minute towns[3]などが代表的な例である.
  • 日本ではコンパクトシティ政策として,様々な機能を拠点に集約することで長期的な社会的負荷を下げることが目指されているのに対して,x-minute cityは居住地周辺で生活サービスを提供する,居住地目線かつ公平性が重視された都市理念である.x-minute cityの実現により,徒歩移動が中心の暮らしが可能になることで,地域の活性化,安全性の向上,環境負荷の低減といった多岐にわたる効果が指摘されている[4][5].
  • そこで,日本の都市計画としてx-minute cityを展開することを考え,居住地目線での徒歩アクセスの実態を明らかにすることを本研究の目的とする.世界の既存事例から見えた課題は大きく2つある.
    ①政策導入が特定の都市に限定されている:人口減少・地方衰退の進む我が国では,国土全体として公平性の高い都市の実現が不可欠である.
    ②圏域設定がバラバラである:世界各地で10分・15分・20分といった根拠に乏しい圏域が用いられている.

使用データ

  • 以上の課題を踏まえ,我が国へのx-minute city理念の政策導入に向けた検討を見据え,全国横断的なx-minute cityの実態把握を行うことが求められる.また,自宅から歩いて行こうと思える距離が個人によって異なることを考慮した上で,サービスへのアクセスを評価する取り組みが必要である.
  • 両者を満たすデータとして,大東建託賃貸未来研究所によって実施された住みここち調査[6]を使用した.これは自治体の人口によって割り付けられた非常に大規模なアンケート調査で,住まいの徒歩圏にある施設を個人に調査している.
表1 住みここち調査の概要

データ分析

  • 本研究では,徒歩圏,すなわち“自宅から歩いて行こうと思える距離”に施設があるかを全国の自治体ごとに分析し,可視化を行った.ここでは,日常生活に欠かせない施設として商業機能と医療機能を対象施設とした.
  • 各自治体において,それぞれの機能が徒歩圏に立地していると回答した人の割合を徒歩圏立地確率と定義した.
  • 分析の精度を確保するため,合計サンプル数が50未満の自治体を除外した.しかし,回答者数36万人という膨大なデータを扱うことで,全国1116の自治体において分析を可能にした.

全国自治体の徒歩圏立地確率

  • 全国自治体の徒歩圏立地確率を見ると,両機能ともに地方部や郊外の自治体ほど立地確率が下がる傾向にあることが確認できる.一部の自治体では20%未満となっており,住民のほとんどが日常生活を送る上で自動車や公共交通を使わざるを得ない都市構造になっている.
  • 商業機能については,徒歩圏立地確率が50%を超える自治体が大都市に限らず地方部でも散見され,比較的高い場所が多い.対して医療機能では,徒歩圏立地確率が50%を超える自治体は大都市中心部に限定されている.
  • なお,両機能ともに大都市の自治体であっても徒歩圏立地確率は高々7割程度である.
図1 全国自治体の徒歩圏立地確率

世帯年収別にみる徒歩圏立地確率

  • 徒歩でアクセスできる人の特徴を明らかにするため,国土交通省の分類[7]に基づき,都市類型と世帯年収によるクロス集計を行った.その結果,同一都市類型であっても世帯年収によって徒歩圏立地確率に差が存在することが明らかになった.
  • 商業機能では,年収200万円未満の低所得世帯が他と比較して顕著に徒歩圏立地確率が低い.対して医療機能は商業機能と比較して世帯年収による格差が大きく,都市の規模によらず所得が高いほど徒歩で医療にアクセスできる地域に居住していることがわかる.
表2 都市類型別・世帯年収別徒歩圏立地確率

成果と提案

  • 本研究では,個人の認識に基づき居住地徒歩圏の施設立地を全国横断的に評価することで,我が国におけるx-minute cityの実態を明らかにした.その結果,地方部や郊外ほど日常生活に欠かせない施設に徒歩でアクセスできない実態が可視化された.特に地方部ほど高齢化が進んでいるのにも関わらず,医療機能は徒歩アクセスの観点で大都市に偏っていることが示された.一方で,個人の認識に基づくと,大都市の中心都市に位置する自治体であっても人口の3割程度が歩いて商業機能や医療機能にアクセスできないことが明らかになった.
  • さらに,所得によっても徒歩アクセスに格差が存在し,都市の規模に関係なく,低所得世帯ほど施設にアクセスできない傾向にあることが明らかになった.したがって,特に低所得世帯にとって,移動には金銭的コストが発生するのにも関わらず,自宅からの徒歩移動が困難である実態にあり,日常生活を送るためにより多くの交通費を要する可能性が示唆された.
  • このような実態は,利便性の高い居住地ほど住宅価格が高い傾向にあり,低所得世帯がそのような場所に住めないことが影響していると考えられる.また,地方部の人口減少が加速し,施設の撤退が進むことで施設へのアクセス格差が拡大することが想定される.
  • そこで,コンパクトシティ政策に並行して都市部における廉価な住宅供給を加速することで,周縁部への居住地の拡大を抑止しつつ,施設への徒歩アクセスが確保された地域(x-minute city)での暮らしを促進することができると考えられる.

後記

大学4年になって研究の世界に足を踏み入れ,初めは右も左もわからず試行錯誤の日々が続きました.しかしそれを繰り返していくうちに,課題の設定のしかた次第では,難しい分析手法を使わずとも明らかにできることがあることを学びました.最終的に,上記のような単純な集計を通して,日本の都市計画における喫緊の課題に対するアプローチを提案することができたと考えています.

レファレンス

[1] Ville de Paris: Paris ville du quart d’heure, ou le pari de la proximité, https://www.paris.fr/dossiers/paris-ville-du-quart-d-heure-ou-le-pari-de-la-proximite-37

[2] Victoria State Government: 20-minute neighbourhoods, https://www.planning.vic.gov.au/guides-and-resources/strategies-and-initiatives/20-minute-neighbourhoods

[3] Land Transport Authority: Land Transport Master Plan 2040, https://www.lta.gov.sg/content/ltagov/en/who_we_are/our_work/land_transport_master_plan_2040.html

[4] Carlos Moreno, Zaheer Allam, Didier Chabaud, Catherine Gall, Florent Prationg: Introducing the “15-Minute City”: Sustainability, Resilience and Place Identity in Future Post-Pandemic Cities, Smart Cities, Vol.4, No.1, pp.93-111, 2021.

[5] Lamia Abdelfattah, Diego Deponte, Giovanna Fossa: The 15-minute city: interpreting the model to bring out urban resiliencies, Transportation Research Procedia, Vol.60, pp.330-337, 2022.

[6] いい部屋ネット:街の住みここちランキング&住みたい街ランキング2023調査概要,https://www.eheya.net/sumicoco/2023/outline/index.html

[7] 国土交通省:都市類型対応表,https://www.mlit.go.jp/common/001241794.pdf

この記事は、下記の論文を要約したものです.
松浦海斗:個人の認識にみるx-minute city ー満足度の高い居住地の形成に向けた示唆ー,2023年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文