どんな神事が継承され、廃止されたのか。
時代変化を踏まえた地域における神事の実態と変化要因 -茨城県を対象とした「継廃復起」の観点から-

概要

背景

  • 祭りの中でも、古くから地域と密接な関わりを持つ神社の行事である神事には、コミュニティの活性化や観光、商業振興の材料など様々な面において役割を果たすといわれている
  • 少子高齢化や大都市圏への人口集中といった社会状況の変化を背景に、祭りの継続が困難となっている地域は少なくない
  • 近年の COVID-19 流行により、感染拡大防止の観点から多くの祭りが中止を余儀なくされており、今後の開催に対する不安も高まっている
  • 神事を含めた無形の文化財の継承に対し、補助金による経済的支援に加え、各自治体のより効果的な文化財の保存活用に向けた計画策定を推進する動きがみられる1)
  • 今後神事保存に向けた取り組みを進めていく中で、将来を見据えた政策・計画の策定には、これまでにどのような神事が継承されてきたのか、実態と要因を長期的な視点から捉えたうえで検討していくことが重要である
  • 既往研究では個々の事例調査の蓄積が多くみられるが,継承されている神事の特徴について、複数の多様な事例を対象とした網羅的な視点と事例ごとに着目した個別の視点の双方から量的かつ質的に分析し、方向性の検討と個別のアプローチ方法を探る必要があると考える

分析対象地域

茨城県は首都圏外縁部に位置し県北部は山林が多い一方で、県南部では鉄道沿線上で開発が進んでいる。これらのように幅広い地域特性を有しているため、対象地域として選定した。

使用データ

本研究では、平成元年(1989 年)、茨城県神社庁編集、茨城新聞社発行著書「茨城の神事」2)(図 1)に掲載されている神事を調査対象とする。

著書内に記載されている 155 事例の中で、既に消滅した神事として紹介されている神事を除く 145 事例を分析対象とする。著書内の神事は、茨城県神社庁が 1986 年に県内の 2464 社に神事に関するアンケート調査を行い、回答のあった中で類似または重複を避けて選定しており、幅広い神事を網羅している。
著書内には、1988 年に各神社の宮司が執筆した内容が示されており、当時の神事の内容、実施日、神事実施中の写真が掲載されている。

図-1 著書 茨城の神事

神事の継承・廃止実態把握

まず 30 年前の神事が継承されているのか、廃止しているのかについて文献等を用いて把握する。

神事の実態を判断する過程としては、初めに各神社のホームページ(以下、HP と略す)の存在を把握し、神社 HP 内における対象神事の記載有無を調査する。

次に、各自治体が運営する HP(移住定住促進サイトや観光協会 HP 等、自治体が運営に関与していることが確認できる HP を含む)より対象神事の記載有無の把握を行う。なお、2021年 7 月 12 日時点で記載のある神事を継承と判断しており、COVID-19 の影響で中止しているものについても COVID-19 流行以前まで継承されているとし、継承と判断する。

そして最後に,茨城県教育委員会より発行されている文献 3)より対象神事が掲載されているか把握を行う。

プロセスより調査した結果、145 事例中 115 事例(79.3%)において HP 及び文献より継承されていることを確認することができた。以下、本研究では確認できた神事を「継承」、確認できなかった神事を「廃止」と定義する。把握した継承・廃止実態の分布を図 -2に示す。

神事が開催される神社については現地調査及び Google mapより把握したところ廃止事例も含めてすべての神社において存在が確認できた。図 -2 より廃止している神事は県全域に点在していることが分かる。また、継承されている神事と廃止された神事が混在している神社がみられ、神事の特性による影響から廃止されてしまう神事も存在することが考察できる。

図-2

存廃要因分析

把握した神事の実態を踏まえ、その要因を把握していく。そのために、神事の存続・廃止実態を目的変数、存続・廃止要因となることが考えられる外部観察可能な変数を説明変数として判別分析を行う。

具体的には、神事の内容(神事の種類)、神社の等級(旧社格)、神社周辺の地域特性(都市計画区域、人口、交通)に関する変数を収集した。

結果を図-3に示す。

図-3 神事の存廃要因分析
  • 神事の種類に着目すると、祇園祭や火祭りが継承に有意な影響を示していることが明らかとなった。山車を扱う祇園祭や火祭りという「見せる」要素の強い神事は時代変化の中で継承可能性が高かったものと推測される。
  • 神社の等級について、無格社の神社で行われる神事の方が廃止傾向にあることが明らかとなった。社格制度が存在した当時、無格社は官社や諸社の神官による神務の兼勤が義務付けられており、現在も全国の神社数に対する神職の数は少ないことから、無格社の神社は神職が常駐していないかあるいは一人の神職が複数の神社を管理している可能性が高いことが考えられる。神職不在の神社に関しては、一般的に氏子総代が神社の管理や神事の運営を担っているが、氏子総代の減少及び高齢化が課題として示されており、これらが神事の廃止に影響を与えていることが推測される。
  • 土地利用に着目すると、市街化調整区域内で行われる神事ほど廃止割合が高いことが分かる。市街化調整区域における課題として、個別開発によるスプロールの問題が挙げられる。
  • 人口については、人口減少と廃止の関係は見られなかった。むしろ、居住者の多い地域や人口が増加している地域が廃止に影響を与えている。新規転入者の自治会加入に課題を抱える市が多いことが報告されており、新規居住者の地域活動への関心の低さが廃止要因の一つの可能性として推測される。
  • 交通については、駅・バス停の存在がどちらも継承に有意な影響を示していた。神社が存在する地域へのアクセス性や移動需要が高い地域において比較的継承されやすい傾向にあることが示唆される。

ヒアリング調査

ヒアリング調査を実施し継承・廃止要因の定性的な把握を行う。定量的分析からは明らかにできなかった神事の担い手の実態や継承・廃止過程と変化要因について個別事例から把握を行う。

ヒアリング対象地を図-5に示す。

図-4 ヒアリング調査対象地

ヒアリング調査結果より、明らかとなった継承方法を図-5、図-6に示す。

  • 継承方法としては、当番制による方法と田宮囃子の保存会を結成する方法の大きく2つのパターンがみられた.いずれも,神社の管理者である宮司による管理ではなく地域や保存会による管理を行うことで神職不在であっても継承されてきていると推測される。
  • 当番制の場合、担い手の負担を分散させ、地区内で担い手を限定することによって継承されてきた。千度祭や破魔弓神事、大飯祭りは、自治会と同様の班が交代で当番となっており、地区の行事として位置づけている点も継承されてきた理由であるといえるだろう。しかし、今後の人口減少下における担い手不足といった課題の存在も明らかとなった。
  • 田宮囃子保存会の場合は、地区の行事以外にも活動場所を拡張し,地区外の担い手の受け入れも行うなど変化を伴いながら継承されているという違いがみられた。
  • 廃止事例を見てみると、土地利用についてはそれぞれ特徴が異なる。市街化区域であった宗任神楽は、宅地開発が進んでいるものの親から子へ継承されていたため新規居住者による参加は見られなかった。周辺の居住者は多く、公共交通も整備されているものの、神事の参加者が少なかったことにより、神事の認知度が低かったことで継承が難しかったと推測される。
  • 廃止事例の継承方法については、どちらも血縁による継承がされていた。特に、流鏑馬には制度が定められており、血縁による継承は担い手の制限がより厳しくなるため、その他の継承事例と比べて継承が難しかったことが考えられる。
  • 宗任神楽は宮司、流鏑馬は I 家が管理しており、どちらも固定された個人による管理がされていた。千度祭など氏子全員で地域として管理している場合、氏子の一人が神事の参加が難しくなったとしても、その他の氏子が代わりに負担するなど補い合うことができるが、管理者を固定してしまうことによって、そのような補完し合うことが難しいと考えられる。
図-5 担い手の担い手の構造(継承事例)
図-6 廃止事例の担い手の構造

最後に

本研究から、神事の実態と変化要因、そしてさまざまな継承方法が明らかとなった。これまで人口減少地域の神事を中心とした政策がすすめられてきたが、実は神事の廃止の要因としては、神社の等級や神事の種類、神社が立地する土地利用といったものが大きい、今後も続くことが予想される人口減少社会の中で、無格社神社における日常的な神社の活用や、無秩序な宅地開発の抑制といった対応可能な策を実施していくことが神事の継承へつながると考える。
一方で、時代変化の中ですべての神事を継承していくことは困難であることが明らかとなった。しかし、一度中断されてしまっても本研究で扱った復活事例のように、地域活性化という新たな目的で時代を超えて活用されている神事も存在している。担い手や住民の合意の上での神事廃止に対して否定的に捉える必要はないが、神事廃止がその他の地域活動についても影響を及ぼしている可能性を考慮すると、目的の転換による新たな活用や新たな神事による異なる形での役割の代替といった可能性を検討していくことが必要であると筆者は考える。

レファレンス

1)文化庁:令和3年度補正予算関係資料,https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/yosan/pdf/2021122001_02.pdf,最終閲覧2023/3/28

2)茨城新聞社発行,茨城県神社庁編:茨城の神事,1989

3)茨城県教育委員会,茨城県教育庁文化課編集: 茨城県の祭り・行事~茨城県祭り・行事調査報告書~,2010

この記事は、下記の論文を要約したものです。

大平航己 (2022) 時代変化を踏まえた地域における神事の実態と変化要因 -茨城県を対象とした「継廃復起」の観点から-、 2022年度 筑波大学 大学院 博士課程 理工情報生命学術院システム 情報工学研究群 修士論文