ちょうど一年くらい前のこと。ふと木村ゆうさんを京都の酒屋の立ち飲みに誘ったところ、このような記事を書かれた。
これによると、どうも酒屋の立ち飲みというのは初体験で、よくわからないところもあったということ。僕なんかは感覚が完全に麻痺してしまっていたのだが、世間には酒屋の立ち飲みを利用したことのないおっさんも結構おるのである。こりゃいかんということで、誰にでもわかる立ち飲み講座をしようと思った。
酒屋の立ち飲みはコンビニのイートインに近い
大前提の知識として、普通の立ち飲み店と、酒屋の立ち飲み(=角打ち)とは何が違うのか?ということを知る必要がある。
酒屋が営業している立ち飲みであるという点を除けば、酒屋が営業していない立ち飲み屋との明確な境目は無い。ただし法的には線引きがあって、飲食店の許可を得ずに飲食行為をやっている立ち飲みが、「本当の意味での酒屋の立ち飲み」というカテゴリーといえる。
法的には、酒屋の店舗形態のままで、飲食営業の許可を取ることは不可能だ。また、飲食業しか実態がないのに、酒屋の免許を取る事も不可能だ。だから、法律をクリアするためには、酒屋と立ち飲み屋とは別にしないといけない。酒屋の隣に、店とは別に、入り口の違う立ち飲みバーエリアが併設されている形態をよく見かけるのはそういうこと。別の建物を装っているわけだ。
そうはいっても、酒屋の店内に机やカウンターがあって、そのまま飲めるところも多い。そもそも角打ちとか言われるものは、酒屋の店内や店先で飲む行為だった。だから酒屋の立ち飲み屋は、法的には非常にグレーな形態の飲み屋ということになる。
「酒屋の店先で客が自発的にお酒を飲んでいる」という建前で運営されているところが多かったのだ。ビール瓶の王冠を自分で開けるようになっている店があるのは、その名残と言われる。お菓子とかおでんとかを中心に販売しているのも、「飲食業ではなくて、販売したものをお客が勝手に食ってるだけ」というような理屈だったりする。はっきりいって屁理屈だけれど、それでなんとかなってきたのが実態だ。
「なんで飲み屋の利用方法の前に法律の知識を?」と思うかもしれないが、ここを押さえておくとこの後の展開がぐっと面白くなる。
酒屋の立ち飲み?角打ち?
九州なんかでは「酒屋の立ち飲み」は「角打ち」という専門的な呼び名があるが、関西ではあんまり普及していなかった。関西においては「立ち飲み」はどんなものであれ「立ち飲み」なんである。僕なんかは、一般的なスタンディングバーとは区別して、「酒屋の立ち飲み」なんて表現をするけれど、そこはこだわらなくても構わない。角打ちと呼んでも間違いではない。最近では関西でも「角打ち」という呼び方が主流かもしれない。
僕が「酒屋の立ち飲み」もしくは「角打ち」と表現する場合には以下の文脈が込められている。
(1)法的にはグレーな存在の可能性が高い。
(2)値段が比較的安い傾向にある。
(3)凝ったお酒や料理は期待できない。
(4)トイレが厳しい。
(1)については先程説明した。なんとなく微妙な存在。それが酒屋の立ち飲みだ。でも摘発されたなんてのはあまり聞いたことが無い。だからそこまで気構えなくても良い。普通に法律にのっとって営業しているお店も多い。
(2)については、酒屋の店先で飲むという関係上、ほとんど原価(=小売販売価格)で飲めるという期待がある。でも、こればかりは店による。小売価格でそのまま飲める素晴らしい店もあるかと思えば、20~30円ほど上乗せしているお店もあるし、ほとんど居酒屋くらいの価格をとってる店もある。何ともいえない。店の経営方針による。が、安い期待感はある。
(3)これは前述の通り。飲食店ではないという形式なのでしょうがない。チープなツマミを楽しむという方針で臨みたい。とはいえ、店によってはちょっと洒落たものを食べさせるところもあるにはある。何か目玉商品があればラッキーくらいで。基本はお菓子とか。缶詰とか。のりとかだ。あとはせいぜいおでん。酒屋の立ち飲みは「純粋にお酒を楽しむところ」というストイックさも魅力だ。
(4)実はこれが最大の難点。基本的に酒屋の立ち飲み系は、トイレを貸して無いかもしれないという覚悟をして利用したい。あればラッキーだ。なんでトイレを貸してないかというと、飲食店じゃないよというアピールの一環であるという説を聞いた事がある。実際、飲食店の営業許可のひとつに「客用トイレの設置」というのがある。
酒屋系の立ち飲みでは、常連以外にはトイレの場所がわからないようになっている店とか、常連以外には「無い」と言ってしまうお店がけっこうあるのだ。そういう店では、外にトイレに行けとか言われる。近所のパチンコ屋とか、コンビニとか、公園とか。
初めて行った立ち飲み屋はトイレ事情の勝手がわからないので、なかなかスリルがある。トイレに行きたくなるまで長居せずに、飲んだらさっと出てしまうのが本当は一番ではあるのだが、トイレ事情がわかってくると常連感が出てきたりする。一見何もなさそうな壁の裏側の倉庫のトイレなどに、無言ですっと消えていけたら一人前だ。反対に、トイレがあるのがわかりやすい店だとほっとする。そういうお店は敷居が低い。いずれにせよ、初めて行く立ち飲みの場合は、周辺のトイレのリサーチを済ませておくと安心だし、少しでも尿意があるなら先にトイレに行っておくべきだと思う。とはいえ、僕も飲みだすとトイレが近くなる方なので、トイレ問題にはいつもいつも頭を悩ませている。
立ち飲みでの立ち回り方
店によって違うので、郷に入っては郷に従え形式で対応するしかない。とりあえず「ビールください」とか言うてみれば良いと思う。多くの場合は大瓶ビールで提供してくれるが、中瓶や小瓶と選べるところもあれば、生ビールまで対応してくれるところもある。
実は酒屋で飲む生ビールは悪くなかったりする。なにせ酒の扱いのプロだから、そんじょそこらの居酒屋で生ビールを頼むよりは、サーバーのメンテナンスもビールも、なまじっかな居酒屋に比べれば信用できる。あの広島のカリスマ生ビーラーの重富さんも、自分のところの酒屋の倉庫の一角で立ち飲みをやっておられる方だったりする。
さて、ビールを注文すると、普通に出してくれるお店と、「あっちの冷蔵庫に入っているから自分でとって!」という店に分かれる。そういうところでは冷蔵庫からビールを持ってくるとカウンターでタンブラーを渡してくれたりする。
他にも「ビールだけは自分で取ってこなければならないが、他のお酒はカウンターでいれてくれる店」とか、「すべてのお酒は自分でとってくる店」とか、「発泡酒とチューハイとジュースだけは冷蔵庫から取る店」など、実に様々なパターンがある。店員に聞いたり、常連客の立ち回りなどを観察して、少しづつわかっていくしかない。瓶ビール用の栓抜きがどこにあるかとか。
酒屋で初心者が覚えなければならないことは意外に多いので、一度ホームを作ればそこばっか行く人がいるのは納得できる。僕みたいに常にビジターみたいな人間は、いつだって初心者からスタートしなければならない。
あと「店の中にあるものは何でも飲み食いできる店」と、「一部のものだけが立ち飲み対象の店」という2パターンもあることを覚えておこう。どこで分かれているのかは正直いってわからん。店によって違うとしか言いようがない。店主に尋ねるか、通いつめて判断していくしかない。
なんでも系の店は、店に並べているお菓子類とか缶詰などは言うに及ばず、望めば一升瓶の醤油ですら飲めるのかもしれない。すごい店になると、店に並んでいる生鮮食品を適当に調理して出してくれる…なんてところもある。そこまでしてくれるところは滅多にないだろうけれど。
他にも、ここまで説明した前提をぶち壊すみたいでなんなんだが、居酒屋顔負けに料理メニューが充実している店もたまにある。そして、椅子があって座れたり、あまつさえテーブル席まで用意されているなんて店もあるのだ。そのうえで常連がボトルキープしまくっている店もある。そこまで行くともはや立ち飲みなのかどうかも意味がわからなくなってくるが、あらゆる形態があり得ると肝に銘じて、広く構えていればどうとでもなると思う。そう考えていくと、酒屋の立ち飲み攻略にとっていちばん重要なのは「謙虚さ」なのかもしれない。
普通の飲食店とは少し違うという部分を楽しんでいきたい。
立ち飲みといえば!の大阪府小売酒販組合連合会のビアタンブラー。昭和の時代からやってるような店ではよく見かけたものだけど、近年はめっきりお目にかかることも少なくなったアイテム。もう作ってないとか?これを出してくれる店に行き当たったら「物持ちが良いな~」とか「老舗の味わい」だとか思おう。
関西のよくある酒屋の立ち飲みの例
立ち飲みをやっている酒屋かどうかは入り口だけ見ていてもわからない場合がある。中にカウンターがあったりしたら間違いなく立ち飲み可能なんだが、特定の曜日とか時間帯しかやってなかったりする場合も。実にいろいろなんである。ときには「昔はやってたけど今はやってない」なんていうハメもある。結局は「先に誰かが飲んでいる姿を見る」のが確実だったりする。
写真は明石駅近くの三國酒店で、ここも立ち飲みをやっているのだけど、さりげに出ている看板に気が付かないと普通の酒屋にしか見えない。実は酒屋の奥に別室が設けられており、そこが完全な立ち飲み屋さんになっているという二重構造。隠れ家感満点。兵庫県は神戸もそうだが、とにかく酒屋の立ち飲みが多い。
京阪の神宮丸太町駅の近くの國田屋。なんでもかんでも飲み食い出来る系の店。あの木村ゆうさんを誘ったのもこの店。店先で果物なんかも売っているのでそれも食ったり出来るゆるさが素敵。あと外国産の葉巻とかやたら充実している。
深夜1時くらいまでやってるらく、営業時間の長さでも驚異的。酒屋の立ち飲み系は、酒屋の閉店くらいで閉まることが多いので、一般的な居酒屋なんかに比べて早じまいの傾向にある。深夜まわってもやっている店というのは、今の所ここくらいしか知らない。そもそも京都にはあまり酒屋の立ち飲み屋が多くないので、そういう意味でも貴重なお店だ。
神戸中華街にある大箱な酒屋の立ち飲み屋。赤松酒店。清く正しい酒屋系といえる。いつ行っても安心できること間違いなし。トイレもわかりやすい。サッポロビールがあるのも最高。だから僕みたいな瓶ビーラーは、中華街の中華料理なんか目もくれず、ここに突進してしまう。
カウンターにつまみが大量に並べられておるので、適当に「これちょうだい」とか指定すれば盛り付けてくれたり、簡単な調理をして出してくれる。王道中の王道。眺めているだけでも楽しい、まさに見てよし、飲んでよし、食べてよしの店といえる。あの6Pチーズもある。6Pチーズとポールウインナー(もしくは魚肉ソーセージ)は、酒屋の立ち飲みの王様だ。どこの店でも、注文に困ったら頼んでみよう。
これを読んだ人は、ぜひいちど酒屋の立ち飲みを探してみて欲しい。ちょっとした路地なんかにある古ぼけた酒屋が光り輝いてくるかもしれない。大人の宝探しだ。ない地方の人は、関西とか北九州に酒屋遠征も悪くない。