NNNドキュメント『南京事件 兵士たちの遺言』という番組が10月に放送されて大きな話題をよんでいる。
南京で起きた虐殺事件の一端を、複数の兵士による日記から推測し、その日記の信ぴょう性も、日本中国をまたにかける執念の調査により、完全に裏付けしてしまったのだ。
従軍兵士の日記を三十冊以上も収集した研究家の長年の努力には頭がさがるし、日記の裏付け調査を丹念にすすめていった番組スタッフの努力は称賛に値する。
南京大虐殺といえば「当時の日本軍が南京を陥落せしめた時に民間人を含む大変に多くの中国人を殺害せしめた」という具合に学校で教えられてきた。なぜ日本軍はそんなにたくさん中国人を殺害する必要があったのか。
東京裁判で認定された殺害数は20万人。戦後の中国側の発表では30万人が殺害されたとなっている。途方も無い虐殺ということになる。
ただ漠然と「大虐殺があったから大虐殺があったのだ」と教えられてきた僕らは「本能的な納得のいかなさ」を感じていた。
じゃあなにか、日本軍というか日本人は言語道断の蛮人であって、悪逆非道の集団だから、そのような空前絶後の犯行に及んだということか。
同じ日本人として認めがたい話である。身近な日本人にそんな蛮人はいないのであって、意味もなく何十万人も殺すなどという話はにわかに信じがたい。
しかも被害者が30万人になったり40万人になったりいい加減ではないか。この話はひょっとしたら胡散臭いんじゃないか。
南京大虐殺否定説は、そういう反動から発生したのだと思う。
それはそれで行き過ぎということで、ちょっと間をとって「南京事件」みたいな言い方にしましょうというのが近年の流れなのだと思う。たぶん。
たしかに10が20になったりしたら困る。かといって0にしちゃうのはもっとイカンかったのかもしれん。でもまあ、それもこれも、「あまりにも我々が南京事件について知ってることが少ない」ことが原因になってるのではないか。
それにしても、なんでだ?
なんで南京では数万人以上の規模の殺戮が行われたのか?
どういった軍隊がそんな事をしでかすんだ…。
同じ日本人として、日本人が鬼畜の集団だとは思いたくない。でも、じゃあ何がどうなってこんな問題になっているのか。わけがわからない。
そもそも日本政府なり日本軍なりが、南京での出来事の記録を一切保持していないからいけない。戦後に重要な書類は焼き捨てたという話がいくらもある。本当にやましいことがなければそんな事はしないだろ。
このドキュメントは、みんなが考えていたような、ぼんやりした南京事件について様々な疑問を完璧に解消する内容になっていた。
番組自体はネットを探せば観ることが出来るのでぜひ探して自分の目で確かめて欲しい。
番組の中の調査で明確になっていたのは、日本軍は当初の予定にはない南京攻略戦によって、たいへんに食料が欠乏していたという事実。「食料は現地で調達よせ」というのが上層部の命令だった。
ここにおおよそ近代軍隊とは呼べない野盗の集団が生まれる。行く先々の村で、略奪、強姦、殺人などを繰り返しながら南京に迫る日本軍。
ここの日記の記述が生々しく恐ろしい。
「実に戦争なんて面白い」
フィクションではなかなかお目にかかれない意見だ。ぞっとする。
そして南京が陥落する。何万人という捕虜。ここまで略奪を繰り返して進軍してきた日本軍である。捕虜に食わせる食料なんぞあるわけがない。
たちまち捕虜は厄介者となる。かといって開放して敵に利するのも癪だ。
じゃあ殺してしまおう。
なんという短絡思考。たしかに短絡的だ。だけどその背景にあったのは、「上海に上陸した軍を、ついでにそのまま南京に向けたら良いじゃないか。準備がない?じゃあ現地で調達させろよ」という恐るべき上層部の短絡思考だ。軍隊なんだったら、綿密な計画を立てろよ。兵站を軽視すんなよ。「飯くらい敵地を漁ればあるだろ」ってなんだそれは。ジンギスカンだってそんな無茶苦茶はしなかった。
インパール作戦の悲劇にしたって、「上層部の思いつき」に軍が従った結果だ。今では笑い話にもならない計画で何万人も死んだ。他の戦場でも、ずさんな計画によって、日本軍は飢え死ぬか、野盗のように現地人を襲撃するしかなくなったりした。日本軍の戦死者の六割は餓死者だという研究もあるくらいだ。無計画のせいで死んだ者を入れるとどれくらいになるのか。
なんでこうも思いつきや出たとこ勝負が多いのかと呆れてしまう。これが近代化された組織の有り様だろうか。誰か上の人間が思いつく。現場はそれに従う。その結果がどんな悲劇を生もうがただ従う。その理不尽さや無計画なところは、今も変わらないのではないか。
実際には誰の名目で、どのような命令があったのか、全くわかっていない。なにしろ、記録が全く残されていないからだ。
司令官であった松井石根大将も「私は命令していない」と言い張ったまま死刑になった。
番組を見てもらえばわかるが、捕虜の処刑組織的に遂行され、何人もの兵士の日記の記録によって裏付けがとれている。司令官が「まったく知らない」というのは無理がありそうだ。松井大将は一体何を隠していたのだろうか。なにを守っていたのか。
詳しくは番組の動画を見て欲しい。このドキュメントをプロディースしたのは『桶川ストーカー殺人事件 遺言』や『騙されてたまるか』で有名な、調査報道のプロフェッショナルの清水潔記者だ。調査報道とは、自分の足で調べた事実を元に、報道する行為である。まさに現代の探偵といえる。現代の探偵が、歴史上の事件まである程度の解明をしてしまったのだから恐れ入る。
本来は、誰の目にもとまらぬまま、埋もれてしまっていたかもしれない、一般兵士たちの日記。そこに封印されていたある事実を、歴史の闇から救い上げたこの番組の功績は大きい。人類の愚かさの記念碑として、日本人の愚かさの記念碑として、いつまでも語り継がれるべきものだ。
<追記>
2016.6.2.このドキュメンタリーがテレビ・ラジオなどの優秀作品に贈られるギャラクシー賞のドキュメント優秀賞を受賞した。このような良質な報道が評価されたことはまずはめでたい。
<追記2>
2017年現在「南京事件 兵士たちの遺言」のワードでググると、この番組はデタラメであるというような中傷サイトが数多く上位に現れるようになっている。どれもこれも適当すぎる言いがかりで、番組の内容すら見ずに書いているとしか思えないものばかりで嘆かわしい。なぜこんな事になったかというと、産経新聞が特集記事まで使ってこの番組に言いがかりをつけるという報道にあるまじき行為に出たことが強く影響していると思われる。詳しくはこちらを。
文庫版が発売されている。追加取材や、まえがき、あとがきが大幅に書き足されているので、これからなら文庫版がオススメである。Kindle版も文庫版になっている。