Sansan DSOC研究員の前嶋です。「つながりに効く、ネットワーク研究小話」の第18回です。
今年も様々なゲームを遊びましたが、PS4ラストイヤーということもあり、『THE LAST OF US II』『FINAL FANTASY VII REMAKE』『Ghost of Tsushima』などのビッグタイトルが数多く発売され、大豊作の年となりました。
10月末時点までは個人的Game of the Yearは『Ghost of Tsushima』で、これを超える作品はしばらく現れないだろうなと思っていたのですが、ここへ来て『天穂のサクナヒメ』が猛追してきました。農業シミュレーション×二次元スクロールアクションというこれまでなかったジャンルの組み合わせは、まさにイノベーションのお手本と言えるでしょう。
さて、今回は社会ネットワーク研究の世界で近年流行している「マルチレベルネットワーク」について、簡単に紹介しようかと思います。マルチレベルネットワークは、個人と個人、組織と組織、そして個人と組織の間の相互依存性を表現します。
1モードネットワークと2モードネットワーク
マルチレベルネットワークについての解説に入る前に、1モードネットワークと2モードネットワークについて紹介します。「モード」とは、ネットワークのノードの存在論的なレベルのことを指します。例えば個人と組織は異なるモードに属します。
1モードネットワークとは、個人や組織、その他のアクター間のつながりを表現するネットワークです。多くの場合、ネットワーク分析で分析されているのは、1モードネットワークです。1モードネットワークは、個人間や組織間など同じレベルのノード間のつながりを表現します。
2モードネットワークは、同じモードに属するノード間にはつながりがなく、異なるモードに属するノード間にのみつながりがあるようなネットワークの形式です。グラフ理論では二部グラフ(bipartite graph)と呼ばれています。
2モードネットワークは、個人と組織の所属関係を表現する時によく用いられます。特に、所属関係を表す2モードネットワークは、「アフィリエーション・ネットワーク」とも呼ばれます。社会学的には、アフィリエーション・ネットワークは、個人は集団を通して結合し、集団は個人を通して結合するという,「個人と集団の二重性」(Breiger 1974) を表現しています。
個人-組織を表現するネットワークは、簡単な行列演算によって、個人間・組織間の2モードネットワークに変換することができます。例えば、個人と学会を所属関係で結んだ2モードネットワークは、「個人間で重複して参加している学会数」を重みとした個人間ネットワークに変換されます。このような操作によって、個人間の関係性はある程度推定することが可能になります。
しかしながら、それぞれのネットワークの表現形式には、以下のような問題があります。
- 1モードネットワークの問題点
- 個人-組織間の相互作用を捉えられない
- 個人間ネットワークと組織間ネットワークは別々のモデルを構築する必要がある
- 2モードネットワークの問題点
- 同じレベルのノード間(個人間or組織間)の相互作用を表現できない
個人と組織の相互依存性を考える時、上のような問題があると、本来活用できる情報が欠落してしまいます。先ほど、所属関係から個人間の関係性がある程度推定することが可能というお話をしましたが、2モードネットワークからの変換では、所属を超えた関係性などは考慮できません。
マルチレベルネットワーク
マルチレベルネットワークを使うと、個人間・組織間・個人-組織間の相互作用を捉え、より高い解像度で「社会構造」をモデル化できるようになります。
マルチレベルネットワークでは、個人(ミクロ)レベルのノード間のネットワーク、組織(マクロ)レベルのノード間のネットワークに加え、中間(メゾ)レベルの個人-組織間ネットワークを同時に描きます。これは1モードあるいは2モードネットワークの拡張であり、それぞれのネットワークはマルチレベルネットワークの特殊な場合を表します。例えば2モードネットワークは、個人間・組織間のつながりがないマルチレベルネットワークと解することができます。
魚と池
マルチレベルネットワークの分析事例として代表的なのが、Lazega et al.(2008)の、フランスのがん研究者のネットワークに関する研究です。研究グループは、がん研究者のパフォーマンス(論文のインパクトファクター)とネットワークの関連を分析しています。
この研究では、以下のようにマルチレベルネットワークが構築されています。
- 個人間ネットワーク…研究者間のアドバイスネットワーク
- 組織間ネットワーク…研究室間のリクルートネットワーク(人の流れ)や共同研究ネットワークなど
- 個人-組織間ネットワーク…研究者の研究室への所属関係
論文の中では、研究者が「魚」、研究室が「池」に喩えられています。研究”者”間のネットワークの中で中心性の高い研究者は「大きな魚」(Big Fish, BF)、低い研究者は「小さな魚」(Little Fish, LF)、研究”室”間のネットワークの中で中心性の高い研究室は「大きな池」(Big Pond, BP)、低い研究室は「小さな池」(Little Pond, LP)と呼びます。次に、これらの組み合わせによって、研究者のポジションを表します。例えば、研究”者”間ネットワークでは中心性の高いが、研究室”間”ネットワークにおいて中心性の低い研究室に所属している研究者は、BFLPというカテゴリが与えられます。
BFBPの研究者、つまり所属する研究室としても研究者としても中心性の高い研究者は、論文のインパクトファクターが大きいことが示されました。興味深いのは、BFBP以外の研究者がBFBPの研究者に追いつく(catching up)ための、資金や人材などの資源動員戦略です。インパクトファクターが増加した研究者のうち、LFLPとLFBPの研究者は個人主義的戦略、つまり研究室を通した資源獲得ではなく、研究者個人としての資源動員を行っていることが明らかになりました。このように、個人と組織、と個人-組織の所属関係の三方を考慮することで、より詳細で重層的に、アクターの埋め込まれている社会構造と行為に対する洞察を深めることができます。
分析手法
マルチレベルネットワークを分析するには、ERGM(exponential random graph model)を拡張したMultilevel ERGM(MERGM)やSAOM(stochastic actor oriented model)、潜在空間モデル(latent space model)など様々あります。また、マルチレベルネットワークについての学術書も出版されていますので、ご関心のある方は一読をおすすめします。
【参考文献】
- Breiger, R. L. (1974). The duality of persons and groups. Social forces, 53(2), 181-190.
- Lazega, E., Jourda, M. T., Mounier, L., & Stofer, R. (2008). Catching up with big fish in the big pond? Multi-level network analysis through linked design. Social Networks, 30(2), 159-176.
- Lazega, E., & Snijders, T. A. (Eds.). (2015). Multilevel network analysis for the social sciences: Theory, methods and applications (Vol. 12). Springer.
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