2021.06.15
細かすぎて伝わらない!『令和3年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 第3回
(1)それすらロジカル
(2)引退宣言
(3)藤井聡太が藤井聡太であるために
「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」でお馴染みの編集部島田です。
『令和3年度版将棋年鑑』の巻頭特集で、藤井聡太二冠にインタビューをさせていただきました。その際の微妙なニュアンスをみなさんと分かち合いたいという思いから始まったこのマニアックな連載。
若干の(かなりの)気持ち悪さを、皆さんの優しさで乗り越えて、おかげさまで第3弾となりました。何人くらい読んでくださってるんですかね?20人くらいに絞られてる気がします。
今日も私の独自の解釈(=勝手な妄想?)を展開していきますので、皆さん無理のない範囲でついてきていただければ幸いです。
大きく深呼吸をして、穏やかな気持ちでまいりましょう。
本日のMENUは以下の通りです。
(2)引退宣言
(3)藤井聡太が藤井聡太であるために
今回も心・技・体すべてそろっております。
早速(1)からいってみましょー。
(1)それすらロジカル
本日のトップバッターは「それすらロジカル」です。こちらはすでに大好評になっている、であろう「ベタな質問シリーズ」の回答に表れた部分です。質問は「好きな寿司ネタは?」なんですけど、それに対する藤井二冠の回答が独特過ぎました。
以下のやり取りをご覧ください。
――続いて好きな寿司ネタは?
「寿司ネタ・・・。あんまり考えたことがなかったんですけど、最後に食べるのはイクラとマグロであることが多いです。自分はいいものを最後に残すタイプなのでその辺りかなと」
――なるほど、自分はいいものを最後に食べるタイプで、その自分が最後に食べるものだから好きなんだろうということですね。
「はい。でもそんなに差はないです。しいて言えば、という感じです」
好きな食べ物って、一番感覚的に答えられる質問ですよね?
何も考えずに直感で答えられるし、インタビュアーもそういう軽いノリを期待して質問しています。
その質問に対して、ここまでロジカルに答えた人、人類史上いたんですかね?(笑)
――好きな寿司ネタはなんですか?
イクラとマグロです。
こういうストレートな一問一答ではありません。
藤井二冠の回答の論理構造は以下の通りです。
――好きな寿司ネタはなんですか?
(大前提)私は最後に好きなものを食べる
(小前提)私が最後に食べる寿司ネタはイクラとマグロである
(結論)故に私の好きな寿司ネタはイクラとマグロである
まさかの三段論法。三段論法で自分の好きな寿司ネタ答える人見たことあります?
ありません。ありませんし、これからもないでしょう(笑)。
今回の「ベタな質問シリーズ」では藤井二冠の異次元の視点を垣間見ることができたので、本当にやって良かったと思っております。
この連載では「好きなおにぎりの具」「好きな動物」「好きな寿司ネタ」を取り上げましたが他にもいくつか質問しています。特に「好きなおでんの具」に対する答えが本当に秀逸なので、ぜひ『令和3年版将棋年鑑』でお確かめいただければ幸いです(流れるような告知)。
(2)引退宣言
続いては「引退宣言」です。なに!?と思われた方も多いと思いますが、こちらは去年から登場の弊社のエース會場が受けもった詰将棋パートで飛び出しました。
少し長いですが、何も聞かずに以下のやり取りを見てください。
――最近の作品で何か印象に残っているものはありますか?
「うーん。ぱっとは出てこないです」
――最近話題になったものでこんな詰将棋があるんですが(藤井二冠に詰将棋を見せる)。
(・・・15秒後)
「ん、ちょっと待ってください…」
(さらに1分後)
――すいません、対局の翌日に(※前日は順位戦B級1組1回戦)
「いや…。結構バッテリー開くの苦手なんです(笑)」
(さらに30秒後)
「いや、ハマってますね、これは」
(さらに1分後)
「これ、何手ですか?」
――あの…、7手です。
「ひえー!!(笑)。ひどいなぁ。恐ろしいですね。7手かぁ。ちょっと震えてきました(笑)」
インタビュー中に最近詰将棋界隈で話題になった超難解な7手詰(虎野亜奈作「第三の選択」)を出題してみました。
これが、恐ろしいほどの難問なんですわ。
藤井二冠にとって7手詰なんて、普通は「秒」ですよね。
ですが、この7手詰が解けない解けない。
そのときの藤井二冠の様子がこちらです。
めっちゃ楽しそうです。
ことわざにもあるように「その人に適した場所で、生き生きと活躍することの例え」を「詰将棋を得た藤井聡太」といいます。それくらい、本当に楽しそうにされるんですよね。
私も藤井二冠のこの笑顔を引き出したいと、日々頑張っているんですけど、詰将棋の魅力の前にいつも自分の無力さを痛感させられています。シュン・・・。いいんです。
さぁ、なかなか7手詰が解けない藤井二冠、この後どうなったでしょうか?
続きを見てみましょう。
(さらに30秒後)
「いや恐ろしいですね…」
――解きにくさもあって話題になった作品なんですけど。
「うーん、今、相当焦ってます(笑)。焦りすぎて止まってますね」
――先生、まずいですよ(笑)。
(さらに1分後)
――帰りの新幹線で、ということにしましょうか。
「いやー、恐ろしいですね、ちょっと。最近詰将棋を解いてないツケが…。いやー、ちょっとすいません、引退ですね、これは(笑)」
――ハハハハハ(爆笑)。引退って。配置は覚えられていますか?
「はい」
――さらっと覚えられる配置じゃないと思うんですが。
「そうですか? 4六玉、4九飛、5二香、5五香、5八歩、6五香で、1三角、2四竜、2五歩、3七歩、3八金、5六角、7七金で、持ち駒歩」
――合ってます。すごい。では、インタビューに戻りましょう。
笑っておられましたが、7手詰が解けないことがよほど悔しかったと見えて、普段は見られらない藤井二冠の姿を見ることができました。そして、まさかの引退宣言まで飛び出しました(笑)。
しかし、ここからが凄かったんです。藤井二冠はインタビューを受けながら詰将棋を考え続けて、なんとインタビュー終了と同時に正解されたのでした。
インタビューを受けながら詰将棋解くって、どういうことやねんって感じなんですけど・・・。
片方だけでも手いっぱいになるのが普通ですが、藤井二冠の場合は脳のリソースを切り分けて仕事を分担させることができるみたいですね。恐ろしいです。
補足として言えることは、詰将棋の部分では藤井二冠の素の部分がかなり見えたということです。藤井二冠の場合、感情をストレートに外に出すということは基本的にないんですけど、詰将棋の時だけは別ですね。本当に楽しそうでした。
そしてそんな藤井二冠を眺めているのが最高に楽しかったです。
(3)藤井聡太が藤井聡太であるために
さて、今回トリを飾るのは「藤井聡太が藤井聡太であるために」です。ここまでの2つのテーマがすでに長いので、皆さんお疲れかもしれません。お疲れのところ追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、ここからとても気持ち悪くなります(笑)。
では、気息を整えていってみましょう。まずは以下のやり取りをご覧ください。
――王位戦において、この一局は大きかった、という対局を挙げるとするとどうでしょうか。
「第2局です。中盤うまく指されてかなり苦しい将棋だったので、その将棋を最終的に勝てたことで勢いがついたと思っています」
まず、王位戦第2局がどういう将棋だったかを知る必要があります。これは木村先生の会心譜となるはずの将棋でした。駒の損得なく一方的に竜を作らせて、それでも2筋からの反撃が厳しいと見た大局観。さすがの藤井二冠も敗勢に近いところまで追い込まれます。しかし、そこから我々が見たのが「勝負師・藤井聡太」の姿でした。相手に楽をさせないようにプレッシャーをかけ続け、早指しで勝負手を連発、最終盤でついに木村先生が誤って逆転。貴重な1勝をもぎとったのでした。
あの鬼気迫る追い上げに、生来の「負けず嫌い」の気質を見たのは私だけではないはず。
その将棋を自ら振り返ったときのセリフであることが大前提です。その知識を持って、もう一度藤井二冠の回答を見てください。
「第2局です。中盤うまく指されてかなり苦しい将棋だったので、その将棋を最終的に勝てたことで勢いがついたと思っています」
皆さん、ぜひ藤井二冠にインタビューしているつもりで脳内再生してほしいのですが、「第2局です。中盤うまく指されてかなり苦しい将棋だったので、その将棋を・・・」
ここまで聞いたら、次に出てくる単語は普通は「逆転」ですよね。実際、逆転した将棋だったんですから。
でもここで若干の間が生まれます。明らかに藤井二冠が言い淀んでいる感じになりました。
私としては「ん?逆転じゃないの?」と思うわけです。え、先生?語彙力?とか考えるんですけど、藤井二冠が逆転という言葉を知らないはずがない。
そして言い淀んだ末に出てきた言葉がこうです。
「(その将棋を)最終的に勝てたことで勢いがついたと思っています」
「逆転」の一言で伝わるところを、あえて「最終的に勝てた」と迂回して表現した。で、あるならばここに藤井二冠のどんな思いが込められているか、考えなくてはいけません(使命感)。
私が考えた末に達した結論はこうです。この回答には「逆転勝ちを威張るな」という藤井二冠の意志が込められている。
将棋の場合、一度形勢が離れてしまうと、優勢な方が最善手を指し続ける限り、逆転することはできません。ここがスポーツの逆転との大きな違いです。スポーツであれば自力で逆転することができますが、将棋の場合、純粋な意味での自力の逆転はありません。
相手が間違えて最善を逃す必要があるのです。つまり他力。
他力で勝ったものを良しとしない、それが藤井聡太という棋士なんだと思います。
おそらく、藤井二冠が言い淀んだとき(2秒くらい)、藤井二冠の脳内でこんなやり取りがあったんじゃないでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・
デビル聡太「ぐへへ、逆転で勝ったんだから逆転て答えようぜー。一言でスパッと言えて気持ちがいいぜー」
藤井聡太「確かにそうなんだけど・・・」
エンジェル聡太「だめよ!逆転勝ちを誇るなんて。今は気分がいいかもしれない。でもそんなことをしたら、もっと大切なものを失ってしまうわ!」
藤井聡太「そうだよね・・・!」
・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
実際、ここまで考えてはないと思うんですが(笑)、少なくとも感覚的にあそこで「逆転」という言葉を使いたくなかったのは確かだと思います。
自力で結果が出たものについては誇ってもいい、でも他力で結果が出たものは誇っちゃいけない。
そういう藤井二冠の人生に対する態度がこの回答に表れている気がするんですよね。
普通に考えれば逆転勝ちも十分すごいので誇ってもいい、なんならあの王位戦第2局の逆転劇は藤井二冠だからできた逆転です。私が藤井二冠なら堂々と「逆転した」と言って全力で誇っていくところなんですけど、藤井二冠はそうしない。
藤井聡太が藤井聡太であるために、あそこで「逆転」という言葉は使えない。
そういうことなんだと私は解釈しました。
自分自身に対する厳しさ。それが眩しすぎて、「やっぱ藤井先生すげーわー。好きだわー」という気持ちを強くした私。
改めて「藤井先生は推せる」と意志を固めたところで、長かった(長すぎた)第3回の記事もお開きということにしたいと思います。
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ここまで読んでいただいた皆さん、お疲れさまでした(笑)。
長文にお付き合いいただきありがとうございました。
万が一、これでもまだ足りない!もっとほしい!という物好きな方がいらっしゃるようでしたら第4回があるかもしれません。それでは、いつかまた会えるその日まで、さようなら。
(まぼろしの第4回へ)
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