小川糸さん「小鳥とリムジン」インタビュー 「人生、笑って終われたら勝ち」|好書好日
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小川糸さん「小鳥とリムジン」インタビュー 「人生、笑って終われたら勝ち」

小川糸さん=篠田英美撮影

ケアすることはケアされること

――今作は、主人公の小鳥が、自身の父を名乗るコジマさんを介護するところから物語が始まります。介護にまつわるリアルな描写もありながら、悲劇的ではなく淡々と描かれているのが印象的でした。

 介護を特別なことではなく、当たり前のこと、誰もが通過する身近なこととしてとらえているからかもしれません。私自身、数年前に母を見送りました。

 以前、ホスピスが舞台の『ライオンのおやつ』を書いた時、「死」についてじっくり考えたのですが、肉体が死んでも、それで全てが終わるとは思えなくて、次の段階がきっとあるはずだと感じたんです。死の先にあるものってなんだろう、という問いが、今作の物語の発端になりました。

 

――小鳥がコジマさんのハンドマッサージをし、「私がコジマさんをいたわったつもりになっていたけれど、真相は逆で、コジマさんが私をこの香りを使って慰めてくれていたのだ」と気づくシーンも。ケアする側、される側の関係をどう感じていますか。

 ケアをすることはケアをされることだと思っていますし、逆に、ケアをされることはケアをすることだと思っています。一方的にどちらかが面倒を見るということではなく、何かしらのやり取りがあるというか。私自身、友人にハンドマッサージをすることがありますが、そのとき、単純に自分も癒されているんです。お互いに手を取り合って、そこから二人で何かを生み出していくということが、ケアにはある気がします。

――小鳥はマッサージをする際、精油を使い、コジマさんの病が進んで食べることも難しくなっても、香りであれば届けられると気づき、希望を感じます。

 香りっていろんなパワーを秘めた奥深いものだと感じています。香りを嗅ぐというのは、呼吸がある限り、死ぬギリギリまで続けられること。その点では食よりも人生に寄り添うものだと思います。

 ふだんは空気のように当たり前に受け入れているんですが、いざ香りを失くすと世界がのっぺらぼうに、無機質になる。好きな人の匂いにときめいたりするような、じつは人と人のつながりにも深く関係していると思います。

 今、私は山暮らしをしていますが、森の植物を蒸留して自分でハーバルウォーターを作ることもあるんですよ。香りのパワーに敏感になったのは、山暮らしの影響も大きいです。

再生のイメージトレーニング

――小鳥は幼いころから、性依存症である母の行為を目撃し、母の恋人に襲われかけるなど、性に関して絶望しています。これまでにない「性」というテーマに取り組んだのはなぜですか。

 最近、『ライオンのおやつ』や『食堂かたつむり』を小中学生の時に読んでくれた方たちが、大きくなってサイン会に来てくれるんです。大学生とか、社会人になりたての、生きているだけで光を放っているような若者たち。そういう人たちが傷つくことがあってはならない、という思いがすごくあります。

――小鳥は弁当屋の店主・リムジンと出会い、彼との対話から愛のある性とはなにか学び直していきます。もっと小さなころから性についてきちんと教えるべきだ、と話し合うシーンもありましたね。

 「性」というものは、「死」と同じく世の中から見えないように黒い幕で覆われている。でもそのせいで、子どもたちが人知れず傷ついたり、被害に遭ったときに自分を責めてしまったり、問題がより大きくなっています。そんなことはこの私たちの世代で終わらせないといけない。
 それから、子どものうちから「あなたが大事」「自分を大事にしていい」ということを刷り込みのように伝えていく必要があると思います。それが家族から得られない場合もある。でも小鳥のように、家を飛び出して、外の様々な人たちから学び直していくことはできると思います。

――小川さんはこれまでも様々な傷からの再生を書いてきましたが、今回の傷はいっそう深刻です。小説家が現実の問題に対してできることはどんなことだと思いますか。

 私、物語を読むということは、イメージトレーニングをするようなことだと思うんですね。人生で転んで傷ついたとき、下を向いたまま絶望するか、それとも再び顔をあげて希望を探して立ち上がるかというのは、持って生まれた性格もあるけれど、後天的にも養っていける。そのイメージトレーニングに物語が使えるんじゃないかと思っています。自分が転んでしまったとき、でもあの物語の主人公は立ち上がったな、とか、ああいう選択肢もあったな、とか、そういう発想のきっかけになればいいな。

 人生には様々な傷つきが訪れますが、傷を負って泣いて終わりではなく、立ち直って幸せになる道はどんな傷からでもあると信じています。今作の小鳥はもちろん、物語を書くときはいつも、主人公の人生がハッピーエンドになってほしいと思いながら書いています。

 

自分で自分を治癒する力

――さまざまな形で「食」の力を描いてきた小川さん。今作で新たに見つけた「食」の力はなんでしょう。

 今回、お弁当屋さんが舞台なので、いろんなお弁当が出てきます。お弁当って、何でもないおにぎりだったり、卵焼きとかでも、好きな人と景色のいいところで食べれば、すごく美味しく感じられたりしますよね。日常の中には、そういうものすごくかけがえのないものが潜んでいて、それを私たちがどう受け取るかが大切なんだと感じました。

 それから、お弁当には誰かから誰かに贈るギフトという面も。箱に入っていて、作る方はどんなふうに喜んでくれるかなと想像しながら作るし、作ってもらうほうは、今日はどんなお弁当なんだろうってワクワクしながら蓋をあける。書きながら、お弁当っていいな、とあらためて思いました。

――リムジンは自然治癒力を取り戻したくて、時々山に籠ります。これは、山暮らしの小川さんご自身の実感でしょうか。

 都会暮らしは多かれ少なかれ、人工物に囲まれ、人工の光に照らされ、自然の一部であったはずの人間が自然から切り離された存在になってしまう、と感じます。でも、自分のなかに残っている自然治癒力を、もう一度養い、増幅させることはできると思う。今は生き抜くことが本当に大変な時代。自分で自分をケアする力がとても重要だと感じています。

――山暮らしで自然治癒力を養うヒントはつかめましたか。

 すごく大きな悲しみとか苦しみがあったとき、それを解決してくれるのは大自然しかないという実感があります。大自然に身を置く、自然から学ぶ、自然と同調する……。もっと人は自然を頼りにしたらいいと思う。

――この物語を読者にどんなふうに受け取ってほしいですか。

 人生どんなに辛いことがあっても、最後に笑ってうれし涙を流して終われたら、それでもう勝ちだと思います。死ぬときに、自分の人生は幸せだった、生まれてよかったと思えたら、それだけでそれまでの人生のすべてが明るく照らされる。この『小鳥とリムジン』で、そんなイメージトレーニングをしていただけたらうれしいです。