ボローニャに暮らす

七つの教会郡という名を持つsanto stefano 教会辺りには色んな思い出が詰まっている。どれもこれも冬が絡んだ思い出で、この時期になると自然と足がそちらに向かう。思い出となったその当時の私はボローニャの良さを見出すことが出来ないでじれったく、また苦悩の毎日であったから、それらの出来事がどんなことを意味していたのかすら気が付かなかった。過ぎてみて解ることもあるものだ。しかしこんなに年月が過ぎてから解るようになるとは誰が想像したであろう。via de' pepoli は教会の前に広がる広場とvia castiglione を結ぶ道だ。古い建物が目白押しのこの界隈には、古い建物を愛する人たちが好んで暮らしている。もう随分前の冬のことだ。その頃頻繁に交流していたイタリア人女性フランカの誕生日を彼女の友人宅で祝うからと私と相棒を招いてくれた。その友人宅というのがvia de' pepoli にあったのだった。住所を聞いただけでは何処だか見当も付かなかったボローニャに関して知識ゼロの私であったから、家の前にたどり着いた時になってやっと驚いた。ああ、ここか。ここが家なのか。友人宅は１８００年代高の古い建物の最上階にあった。イタリア式に言う４階だったのではないだろうか。エレベーターなどある筈もなく、古い階段をひたすら上った記憶がある。フランカのその友人の名前は覚えていない。何しろ建物と同じくらい古い木の扉を開けた途端溢れんばかりの若者が次々と名前を言って挨拶してくれたものだから、どの名前も言われた傍から忘れてしまったのだ。若いといっても皆仕事を持った人たちばかりで、溌剌と生き生きとしているだけでなく地に足をつけて生活している感があって好感を持ったものだ。家の主は２０代後半の女性だった。この家をどうしても手に入れたいと思っていたらしい。ボローニャの塔から歩いて１分の、七つの教会郡から直ぐそこの、この道に面した古い建物に家を持つのが夢だったのだと言う。勿論、そんな場所だから若い彼女には高過ぎるくらい高い家であったそうだけど。表面が歪んだ、しかしよく磨かれた古い大理石の床、天井には古い梁がところどころに施されていて小さな窓が一部屋にひとつ。壁は現代の建物とは比較にならぬほど厚みがあって、隣の家の声など聞こえる筈もない。今も彼女はあそこに住んでいるのだろうか、そう、この道を歩く度に思う。フランカにしても誰にしても、そんな風に私を誘っては沢山の人に接する機会を与えてくれた。少しでも楽しくボローニャに暮らせるようにとの彼女流の思いやりだったのだ。そういうことに気が付いた時にはフランカはこの街から居なくなっていて、相変わらず何をするにも気づくにも遅い自分にうんざりするのであった。