ソウルの、白いものたちの - 翡翠輝子の招福日記

翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年秋、スペイン巡礼(フランス人の道)。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。おかげさまで重版になりました。

ソウルの、白いものたちの

韓国ソウルを旅してきました。

出発する羽田空港でハン・ガン『すべての、白いものたちの』を購入。

アジア初のブッカー国際賞、そしてノーベル文学賞。「ハン・ガン作品、どれから読んだらいいかわからないなら『すべての、白いものたちの』をお勧めする。詩のように淡く美しく、強く心を揺さぶる名作」という岸本佐知子を信じました。

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羽田から金浦まで2時間足らずのフライトにちょうどいい長さ。

おくるみ、産着、塩、雪、氷、月、米、木蓮など白いものの目録から始まります。

そして、母が初めて産んで、2時間で死んだ赤ん坊。8か月の早産で体はとても小さかったが、目鼻がはっきりした色白の美しい女の子。

田舎の小学校の教員として赴任した父と一緒に人里離れた官舎に住んでいて、産み月までまだ間があったので支度はまったく整っていませんでした。周囲には誰もおらず、村に1台きりの電話は歩いて20分かかるお店。父が帰宅するまではまだ6時間以上ありました。

一人で出産し「しなないでおねがい」と何度もささやきかけ、はじめのうちはぎゅっと閉じていたまぶたがぱっちり開いて、その瞳を見つめてまた「しなないでおねがい」と呼びかけたのも虚しく、赤ん坊は冷たくなってしまいました。

ハン・ガンは母から何度もこの話を聞き、姉の死んだ跡地に自分が生まれてきたと感じながら育ちました。

 

そして舞台は、見知らぬ都市へ。昔の記憶がしきりによみがえります。

1944年10月からの半年間で95%が破壊された都市。ヨーロッパで唯一、ナチに抵抗して蜂起した都市。見せしめのためヒトラーに可能な限りの手段を駆使して破壊せよと命じられたのです。破壊後の映像を観たハン・ガンは、まるで雪景色のようだと感じます。白茶けた雪または氷の上に煤が落ち、まだらに汚れているようだと。実際は、倒壊した建物の白いがれきの上に黒く焼け焦げた跡が果てしなく続いていたのです。

ポーランドワルシャワ。この都市と同じように、一度死んで破壊された後、粘り強く自己を再生させる人生。ハン・ガンは、姉の死を繰り返し聞いて育った身の上にワルシャワの姿を重ねます。

 

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ソウル滞在の3日目、目覚めたら外は白い世界でした。

 

25歳だったハン・ガンの父は、初霜がまだ解けない土曜日の朝に昨日生まれた赤ん坊を埋葬します。母の目は腫れていて、体のあちこちの関節が痛みます。

一瞬、彼女は初めて胸に変化を感じ、体を起こして座り、ぎこちなく乳をしぼる。それは最初のうちは水っぽく、黄色がかっているが、やがて真っ白な乳が流れてくる。

 

圧倒されるような文章が畳みかけてきて、ノーベル賞受賞は当然のことだと思わせる筆力です。ソウルを旅したことで、より深くこの作品を味わえました。