完全オリジナルの怪談のブログとなります。 怪談と名を打ってますが、不思議な話なども掲載しております。 なお、当ブログの掲載内容には著作権が発生しますので、無断での転載・引用・複製は禁止とさせていただきます。
怪談 ~冬山~ 俺は友人の佐々木と二人で冬山登山をしていた。山の中腹にある山小屋で一泊し、翌日に頂上を目指す予定だったが、翌日は午後から天候が崩れると予報が出ていたため、佐々木と相談し朝早くから登頂することにした。翌日、まだ夜明け前の薄暗い中を出発し、昼前には頂上に辿り着くことができた。しかし、その頃には予報よりも早く天候は悪化し始めていた。白い雪が渦を巻き、空は鉛色に染まっていた。下山を開始して間もなく、天候は急激に悪化の一途を辿った。猛烈な吹雪が視界を奪い、風は容赦なく身体を叩きつける。足元は雪に覆われ、踏み出す一歩ごとに不安が募った。次第に前に進むことが困難になり、遭難の二文字が頭をよぎ…
怪談 ~音~ 大学入学と同時に引っ越したマンション。築年数はそこそこだが、駅からのアクセスも良く、家賃も手頃だった。しかし、引っ越して数日後から、奇妙な出来事が起こり始めた。夜中、草木も眠る丑三つ時の2時過ぎになると、必ず「コツ、コツ、コツ……」という、何かを堅いものに叩きつけるような音が聞こえてくるのだ。その音は、毎晩決まって5分間だけ続き、その後、嘘のように静寂が訪れる。最初は、上の階の住人が夜中に何か作業でもしているのかと思った。しかし、マンションの管理会社に相談し、他の住人に確認してもらったところ、そのような音を立てている人はいないという。音が聞こえるたびに、音源を突き止めようと試みた…
怪談 ~月光~ 男は一人山奥にいた。今日は満月のはずだが、生憎空は厚い雲で覆われ一筋の月の光も見られない。足場の悪い中、男は必死にスコップを使い穴を掘り続けた。やがてポツポツと雨が降り始めたと思ったら、あっという間に大雨となった。ずぶ濡れになりながらも、やっと穴を掘り終えると、近くに止めてあった車のトランクを開いた。中には若い女性の遺体が体を丸めるように収まっている。トランクから女性の遺体を穴の中に移し土の上に寝かせると、さきほど穴を掘った時に出た土を、穴の中の女性を覆うように戻していく。全ての土を穴に戻し終えた男は、スコップを放り出すと力尽きたように倒れ込んだ。荒く息を吐き出しながら、他とは…
怪談 ~時をかける~ 幼い頃、陸生の母はある日突然姿を消した。誰にも理由は分からず、警察にも捜索願を出したが、母が見つかることはなかった。 時は流れ、陸生は40代となっていた。ある日、ふらりと入った喫茶店で店員を見て驚愕した。その女性は失踪した母に瓜二つだったのだ。「母さん…」思わず呟いた陸生の声に、女性が顔を上げた。「陸生なの…」女性は、陸生の名前を呼んだ。間違いなく陸生の母だった。詳しく話を聞くと、母はタイムスリップによって未来の世界へと来ていた。母の中では陸生の前から姿を消してから、まだ2年ほどしか経っていないと言った。そのため、今では陸生の方が母親よりも年上になっていた。普通ならとても…
怪談 ~無限~ 真夏の暑い公園、蝉の鳴き声だけが異様に響き渡る。ベンチに座る男、健太の額には脂汗が滲んでいた。その目の前には、異様な二人の姿があった。一見親子のようにも見えるその二人は髪の長い女と少年。しかし、その女は真夏だというのに黒いコートを纏い、顔色は青白く、生気を感じさせない。少年の瞳は虚ろで、まるで人形のようだった。そのあまりにも異質な雰囲気に、健太は言いようのない不安を感じていた。女は健太を見据え、冷たい声で語り始めた。「あなたが今進んでいる道は、血塗られた不幸な未来へと繋がる道。あなたにとっても、彼女にとっても。」「はっ、なんだいきなり。どういうことだ。」健太は、女の言葉に戸惑い…
怪談 ~彼~ 私は、この山奥の村でたった一人の生徒として、小学校に通っていた。四年生になった時から、私は一人だった。寂しい?最初はそう思っていた。でも、すぐに慣れた。だって、私には『彼』がいたから。『彼』は、私にしか見えない友達。いつも一緒に遊んでくれた。授業中も、休み時間も、放課後も。他の人には見えないけれど、私には確かに『彼』がいた。でも、周囲の人たちはいつも一人の私のことを気にかけていた。とくに先生はいつも心配そうな顔で私を見ていた。「有里ちゃん、学校で一人で遊ぶのもいいけど、たまには外に出て遊んだら」と。でも、私には『彼』がいれば十分だった。卒業の日が近づき、小学校が閉鎖されることが決…
怪談 ~事故物件~ 街中にある古びた一軒の不動産屋。その異様な雰囲気に惹きつけられ若い男は入口のガラスの扉を開けた。店の中にいたのは奥の事務机に座っている痩せこけた店長だけだった。「いらっしゃいませ」嗄れた声が、人気のない店内に響く。若い男は席に座ると単刀直入に告げた。「事故物件を借りたいんです」店長の目は、ギョロリと大きく見開かれた。「お断りだね。事故物件なんかに積極的に住みたがるようなのに関わると碌なことにならない。帰ってくれ」そう言い残し、店長は奥の部屋へと消えてしまった。若い男は店を出て、人気のない裏道を歩いていた。そんな若い男の背後から私は声をかけた。若い男が振り返り私を見た。「事故…
怪談 ~悔恨~ カウンター席しかないバーで、オカルト好きの常連客3人がアポカリプティックサウンドの真偽について議論していたが、議論が尽きたのか、次第に口数が少なくなってきた。そんな時、常連客の一人、40代くらいの身なりの良いスーツ姿で、皆から「先生」と呼ばれる男が、店の女性マスターに「今日は元気がないようですが、大丈夫ですか」と訊いた。するとマスターは、今までの人生での後悔が唐突に思い出されて苦しくなり、昨夜はあまり眠れなかったという。今の私は幸せだと思っているはずなのに、なぜなんだろうと途方に暮れたように呟いた。「それは誰にでもあることです。『後悔先に立たず』とも言いますし、あまり気にしない…
怪談 ~応報~ 周囲を見渡すと、無数の同じ顔がひしめき合い、蠢いている。奴らは皆、無表情で目的も分からず、ただひたすらに歩き続けている。その異様な光景に俺は言いようのない嫌悪感を覚えた。「俺は違う。お前らとは違うんだ!」心の奥底から叫びが込み上げるが、声にならない。俺はこの異質な群れに紛れ込んだ異物。奴らとは違う存在であることを、必死に主張したかった。 目の前に男が座っている。その顔は、無機質なほどに整っており、感情が読み取れない。男の瞳は、底なしの闇のように深く、俺をじっと見つめている。「なぜ、こんなことをしたんだ」男の声は静かで冷たい。まるで氷の刃が肌を滑るようなぞっとする感覚を受ける。「…
怪談 ~鏡像~ 夜中、保晴は突然の悪寒に襲われ、目を覚ました。普段は一度眠ると朝まで起きることなどないのに、今夜は異様な気配がまとわりつき、眠気は完全に消え失せていた。喉の渇きを覚え、保晴は重い体を引きずって台所へと向かった。冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出しコップに注ぎ込む。水を飲む音だけが、静まり返った部屋に不気味に響き渡る。「なにかが変だ」漠然とした不安が心の中で膨らんでいく。寝室に戻る前に保晴はトイレに立ち寄った。そして何気なく鏡を見た瞬間に背筋が凍り付いた。鏡に自分の姿が映っていない。代わりに背後の壁だけが虚ろに広がっている。「まさか…」保晴が恐怖に震えながら鏡に手を伸ばし…
怪談 ~シミ~ 大和の働く会社は、築40年を超える古い雑居ビルの中にあった。 時代に取り残されたようなその建物は、昼なお薄暗く、淀んだ空気が漂っている。 会社の中もまた、外観に違わず陰鬱な雰囲気を纏っていた。大和は、そんな会社の中でも特に嫌悪感を抱く場所があった。 それは、薄汚れた蛍光灯が寂しく光る男子トイレだ。 個室が一つと小便器が二つだけの狭い空間は、清掃会社の努力も虚しく、常に湿気と尿の匂いが入り混じった不快な空気に満ちていた。大和がトイレを嫌う理由は、入ってすぐ左手にある古びた洗面台に設置された鏡にあった。 曇った鏡には、やつれた自分の姿と、背後のコンクリート壁が映り込む。 問題は、そ…
怪談 ~予定外~ どこだかわからない、深い霧に包まれた場所。足元はぬかるみ、冷たい空気が肌を刺す。若い男は、自分がなぜここにいるのか、全く理解できなかった。最後に覚えているのは、橋の上から川の流れを見下ろしていた時の目も眩むような景色だけだ。「勝手に死なれたら困るな」低い、それでいてよく響く声が、霧の中から現れた黒いコートの男によって放たれた。男の顔は影になって見えないが、その声には有無を言わせぬ威圧感があった。「別に死にたくて死んだんじゃない」若い男は、苛立ちを隠せずに答えた。そこでハッとした顔になった。橋から川に落ちて死んだことを思い出した。「だって川に身投げしただろう」「違う、橋から川の…
怪談 ~なんで~ 最近、4歳になった娘がいろんなことに興味を持つようになった。「あれ、なに?」「なんで?」が口癖のように出てくる。そんな子供の成長を母親は微笑ましく思っていた。 ある日、娘と二人で電車に乗った時、後続の急行の通過を待つため駅に止まる電車内で、窓から外を眺めていた娘が母親に訊いた。「なんであの人はあそこにいるの」そう言って指をさした先は反対側ホームの下あたりの線路上だった。母親は困惑の表情を浮かべて言った。「えっと...誰もいないけど...」先ほどと同じ所を指さして再び娘は言った。「えー、いるよ、おんなのひと。でもへんなの、そのおんなのひと、あしがないの」それを聞いて思わず母親は…
怪談 ~願い~ 陽の傾きかけたグラウンドに、広夢のバットが乾いた音を響かせた。土埃を上げながら白球が弧を描き、フェンスを越えていく。それを見つめる広夢の瞳は、ダイヤモンドよりも輝いていた。 シングルマザーの貴子にとって、小学四年生の息子広夢はかけがえのない宝物だった。しかし仕事に追われる日々のなかで、広夢と向き合う時間は決して十分とは言えなかった。広夢が少年野球チームに入ってからというもの、貴子は息子の成長を遠くから見守るばかり。そんなある日、貴子は偶然、野球チームの監督から声をかけられた。「広夢くん、最近めきめきと上達していますよ」驚いた貴子が理由を尋ねると、広夢は誰かと特訓をしているらしい…
怪談 ~トレッキング~ トレッキングが趣味の美雪は、その日も週末の休みを利用して、お気に入りの山へ向かった。いつもは仲間と一緒だが、今回は初めて一人で来ていた。紅葉が終わり、冬の足音が聞こえ始めた山は、昼なお薄暗く、冷たい空気が肌を刺す。午前10時、美雪は登山道に入った。午後1時には山頂に着く予定だった。山頂までの道則は至って順調だった。しかし下山を始めた頃から、美雪は背後からの視線を感じ始めた。誰かが常に一定の間隔で自分を見ている、そう感じた。周囲を見回しても、木々が視界を遮り誰の姿も見つけられない。気のせいだと思おうとしたが、その視線は次第に強まっていくように感じられた。嫌悪感と焦燥感に駆…
怪談 ~イヤホン~ 車窓から流れていく景色を見るでもなく眺めていた。いつもと変わらぬ風景。清太郎は通勤時、いつもスマホで音楽を聴いている。ワイヤレスイヤホンが耳にぴったりと収まり、外界の音を遮断する。自宅から最寄りの駅まではバス、そこから電車に乗り換えて会社へ。入社して数ヶ月、そんな日常が続いていた。ある日、いつものようにバスに揺られていると、イヤホンから微かな雑音が聞こえることに気づいた。最初は気のせいかと思ったが、その雑音は次第に大きくなる。ザッ、ザッ、ザッ……。耳障りな音が音楽に混じり、不快感を覚える。いつからだろうか、バスに乗っている時だけ、この雑音が聞こえる。電車の中では一度もなかっ…
怪談 ~廃墟巡り〜 大学生の智治は、大学の友人グループ、男3人、女3人の計6人で廃墟巡りをするのが趣味だった。彼らはスリルと好奇心を求めて、各地の廃墟を訪れていた。ある日、智治たちはいつものように廃墟巡りを計画した。目的地は、彼らが住む街から車で2時間ほどの距離にある山奥の廃村だった。そこはかつて数十軒の家が立ち並ぶ村だったが、過疎化が進み、今では誰も住んでいない。村全体が廃墟と化しており、その異様な雰囲気が彼らを惹きつけた。昼過ぎに車で出発したが、道に迷ったり、途中で休憩を挟んだりしているうちに、予定よりも大幅に時間が過ぎてしまった。廃村に到着したときには、すでに日は傾き始めていた。廃墟の中…
怪談 ~袋〜 隆一は10年前に父親を病気で亡くし、今は自宅である一軒家で母親と二人で住んでいる。だが母親は健康診断で癌が見つかり、今はその治療のため入院しているため、家には隆一だけしかいなかった。ある日、仕事を終えた隆一は最寄りの駅から自宅へと向かって歩いていた。時刻は19時を少しだけ過ぎたあたりで、周囲は夜の帳が下りつつあった。自宅は片側一車線のそれほど広くはない道路沿いにあった。その道は大通りへの抜け道となるため交通量も多く、自宅前の歩道と車道の間には鉄製の白いガードレールが設置されていた。自宅が近づいてきたときに、自宅前のガードレールに、何かがぶら下がっているのことに気がついた。その日の…
怪談 ~救急車〜 救急車の揺れと共に、男は意識を取り戻した。頭は鉛のように重く、全身は痺れたように動かない。耳に入ってくるのは、救急隊員の逼迫した声とけたたましいサイレンの音。「鹿島さん!鹿島さん!」救急隊員が必死に呼びかけている。しかし、男は返事をすることはおろか体を動かすことすらできなかった。まるで魂だけが抜け殻に閉じ込められているような感覚。(一体、何が起こっているんだ)男は混乱しながらも、必死に状況を把握しようとした。「鹿島さん、わかりますか」救急隊員が呼びかけている名前が、自分の名前ではないことに気づいた時、男は愕然とした。(鹿島?俺の名前は鹿島じゃない。まさか....)その時、脳裏…
怪談 ~ペットボトル〜 ある一人のサラリーマンの男が、初めて訪れる場所へと足早に向かっていた。空は曇天、昼間にも関わらず周囲は薄暗く、いつ天候が崩れてもおかしくない。目的地のビルがある場所はそう遠くないはずだが、いつまで経っても辿り着かない。どうやら道に迷ってしまったようだ。スマホで調べようにもバッテリーが切れているのか電源が入らない。朝にテレビで見た星座占いで運勢が最悪だったことを思い出して、今日はどうやらツイていないようだと男は一人ぼやいた。男はやむを得ず、自分の勘を頼りに歩き出した。しばらく歩いていくと、小さな公園が見えてくる。男は公園に入ると近くのベンチに腰を下ろし、一息つくことにした…
怪談 ~後悔~ その家に静寂が訪れることはなかった。昼夜を問わず息子の耳に響く女の泣き声。姿は見えない、ただ確かにそこにいる気配と泣き声だけが息子の小さな体を悲しみに震え上がらせた。「またママが会いに来てくれている…」その声は、確かに記憶に残る母親のものだった。しかし母親は数年前に家を出ていった、嫁姑の軋轢に耐えかねて。そしてそのまま両親は離婚。親権は父親が持ち、息子は父親と祖父母と暮らしていた。「ママは、僕のことが嫌いなのかな…」息子は今までそう思っていた。だからこそママは僕を置いて出て行ったんだと。でもママは僕のことを見捨てたわけではなかった。幽霊となってまで僕に会いに来てくれる。「ママ……
怪談 ~眼鏡 美咲は長い間この日が来るのをずっと待ち望んでいた。やっと私も幸せになれる。美咲は純白のウェディングドレスに身を包み、幸せいっぱいの笑顔でバージンロードを歩いた。祭壇の前には、新郎の健太郎が待っている。健太郎は優しく微笑み、美咲の手を取った。式は順調に進み、指輪交換の時が来た。健太郎は美咲の左手薬指に指輪をはめようとしたが、なぜか指輪が入らない。焦った健太郎は無理やり指輪を押し込もうとした。「あっ」その時、美咲の眼鏡がずり落ちた。美咲は眼鏡をかけ直し、健太郎の顔を見た。すると先ほどまで優しく微笑んでいた健太郎の顔が歪んでいる。目は充血し口は大きく裂け、まるで化け物のようだ。美咲は恐…
怪談 ~空き家~ 今から30年ほど前の話。 キャンプ場に向かって走る車の中、助手席で地図を見ていた山本が、次の交差点を左に曲がった方がキャンプ場への近道だという。その近道は鬱蒼とした森の中へと続いているように見える。車を運転している藤田が不安げな顔をした。「ほんとうに近道か。前にお前の案内で行った道行き止まりだったことあったよな」だが山本は自信満々といった口ぶりで返した。「今回は大丈夫。ほら、地図ではちゃんとキャンプ場まで繋がっているから」たしかに今走っている幹線道路に沿って行くと森をグルっと大きく迂回するルートになるためかなりの遠回りになってしまう。今乗っている車はツードアで後部座席はかなり…
怪談 ~満員電車~ 朝の通勤電車は、社会の縮図と言われる。人々は皆、疲れた顔で座席に身を委ね、あるいは吊り革に力無く掴まっている。私もその一人だった。毎日同じ時間に家を出て、同じ電車に乗り、同じ駅で降りる。そんな日々が永遠に続くかのように思えた。しかし、その日は違った。電車に乗った瞬間から車内は何か異様な雰囲気に包まれた。乗客たちの顔はいつもより険しく、そして互いに警戒し合っているようだった。私はすべての人が剥き出しの悪意に晒されているような、そんな不安感を覚えた。世界は悪意に満ちている。それは誰もが知っていることだが、この電車の中では、それがより鮮明に感じられた。人々は皆、自分のことしか考え…
怪談 ~洞窟~ 梅雨の候、しとしとと雨が降りしきる中、私は友人の田中と二人で山奥へと繰り出した。目的は川釣り。都会の喧騒を離れ、静寂な渓流で時を過ごす。そんな穏やかな時間を過ごすはずだった。山道は次第に険しくなり、木々の間から差し込む光も薄れていく。そんな時に突然に空が暗転し、轟く雷鳴とともに激しい雨が降り始めた。衝撃とともに辺りを激しい閃光が包む。私たちは慌てて近くにあった洞窟へと逃げ込んだ。洞窟の中は薄暗く、湿った土の香りが鼻をつく。 思っていたよりも洞窟は深く広がっていた。二人は何かに誘われるようにスマホのライトを頼りに奥へと進んでいく。そして洞窟の一番奥にあたると思われる場所に着くとそ…
怪談 ~消える女~ 自宅の最寄駅近くにある居酒屋でバイトを始めることにした大学生の智生。そのバイト初日の帰り道でのことだった。バイトが終わって店を出たのは23時、智生は自宅に向けて一人歩き始めた。自宅までは徒歩で15分ほどの距離だ。自宅近くには片側2車線の大きな道路がある。昼間はわりと交通量の多い道路だが、夜になると交通量は減って車の通行はほとんどない。自宅に帰るためにはその道路を渡る必要があった。智生が横断歩道まで来るとちょうど歩行者側の信号が赤に変わったために立ち止まった。バイト初日で緊張もあり疲れていた智生は、車の通りがまったくない道を何を見るでもなくただ眺めていた。すると100mほど離…
怪談 ~負の遺産~ 昔から、血の味がするような感覚が突如として襲ってくる。そして口の中に生肉を噛み砕いたような吐き気を催すような味がしばらく残り続ける。成長するにつれ、徐々にその異様な味がすることはなくなっていった。私は安堵感の中で充実した生活を過ごすことができるようになった。やがて社会人になり日常に追われるうちに、あの異様な味は記憶の彼方に追いやられた。まるで悪夢が消え去ったかのように。しかし、それは束の間の平穏だったのかもしれない。結婚し子供が生まれ成長し、言葉を覚え始めた頃、ある日突然に我が子は「口の中が変な味がする」と訴え始めた。私は子供の頃に、自分だけが抱えていた奇妙な感覚が、我が子…
怪談 ~恐怖への誘い~ 雨音が激しく窓を叩きつける夜、家を抜け出した少年は自宅の近くに建つ今は誰も住んでいない古い洋館へと足を踏み入れた。傘は役に立たずに全身がずぶ濡れとなってしまっていた。体から滴る雨水で床を濡らしながら、持ってきた懐中電灯で暗い室内を照らす。少年は洋館の奥深くにあるという、地下へ続く赤い階段を探し求めていた。その階段の先は、少年の祖父に教えてもらった絶対に行ってはならないとても恐ろしい場所だった。だが今の少年にはそこに行くことにしか希望がなかった。 薄暗い廊下の奥で、少年はようやく赤い階段を発見した。階段の赤は懐中電灯の光の中でまるで血の色のように鮮やかで、少年の心を激しく…
怪談 ~助けを求める者~ 都内のデザイン事務所で働く佐々木は、通勤の不便さを解消するために一月程前に現在住んでいる賃貸マンションへと引っ越してきた。佐々木が入居したのは12階建ての4階、角部屋の406号室だった。入居後しばらくは何の問題もなく生活していたが、ある日の夜中、突然に目覚めた佐々木は自身の寝るベッドの傍に誰かが立っていることに気づく。そっと目だけを動かして見てみると、それは見たこともない老いた男性だった。「幽霊...?」佐々木は体を起こそうとするが、体はまったく動かない。これが金縛りというものだろうか。不思議と冷静に状況を確認している自分に佐々木は驚きつつも、その老人の幽霊の様子を伺…
怪談 ~ゴミ屋敷~ 小学4年生の大夢の家の近所には地元では有名なゴミ屋敷があった。そのゴミ屋敷には誰も身寄りがいない老婆が一人で住んでいた。教師や親からは危ないからゴミ屋敷には近づいてはいけないと言われていたが、老婆は子供達には優しくお菓子やジュースをくれたりするので、大夢は友達と一緒に度々老婆の家に隠れて行ったりしていた。ある日、大夢と友達の康太と篤の三人は老婆の家でいつものようにお菓子を貰って食べていた。すると、家の奥から女性の啜り泣くような声が聞こえてくるのに気づいた。老婆は一人暮らしのはずなのにおかしいと三人は思っていると、好奇心旺盛の康太が老婆にこの泣き声は誰かと聞いた。すると老婆は…
怪談 ~ハシモトの記憶~ 高校三年生の隆志のクラスは朝から騒然としていた。その理由は、先日修学旅行で行った沖縄で撮影したクラスの集合写真にあった。生徒たちが前後数列に並んで撮ったその写真、後列の真ん中あたりに立っている男子生徒二人の間に人の顔のように見える黒い影が写っていた。それを見つけたクラスメイト達はこれは心霊写真だと騒いでいたのだ。だが隆志には写真を最初に見たときから、その黒い影のような顔に見覚えがあった。それは隆志が高校一年生のときに亡くなったクラスメイトのハシモトの顔のだった。仲の良い友人の佑良に隆志はそのことを伝えるが、佑良はハシモトという生徒なんて知らないと隆志に答えた。ならばと…
怪談 ~自殺の名所~ カウンター席しかないバーでオカルトが好きな常連客の3人がアブダクションの真偽について話をしていたが、議論が尽きたのか、みな次第に口数が少なくなってきた。そんな時、常連客の一人、40代くらいで身なりの良いスーツ姿、皆から”先生”と呼ばれる男が、先日出張で行った先で興味深い話を聞いたんですよ、と話を始めた。 「話は昭和初期のころ、西日本のZ県には自殺の名所として有名な崖がありました。その崖は県南部にあるA山を少しだけ登ったところに張り出すように存在していました。近くの村落から歩いて1時間ほどで行ける場所だったみたいです。周辺の村落にはその崖に纏わる言い伝えありました。その言い…
怪談 ~フリマ~ 今から20年以上も前のこと、当時真紀が住んでいた地域には都内でも有数の大きな公園があり、そこでは週末になるとフリーマーケットが開催されていた。フリーマーケットには常に多数の出店があり、掘り出し物目当てに集まる客も多く、いつもなかなかの賑わいを見せていた。真紀も古着などを売るために、友人里香と一緒に度々出店していた。その日も出店していた真紀と里香は、お昼過ぎになると順番に昼食を取ることにして、真紀が先に昼食を食べに行くことになった。真紀は公園近くのファーストフードのお店でお昼を済ませると、お腹を空かせているであろう里香と交代するために足早に自分の店がある場所に向かって歩いていた…
怪談 ~写真~ 女子高生の美桜にはクラスメイトに紬という友人がいた。紬は口数も少なく大人しい性格のため、クラスの中ではあまり目立たない存在だった。ある日、休憩時間に紬が立ち上がった際にポケットから床に生徒手帳を落とした。ちょうど後ろにいた美桜は生徒手帳を拾ろうが、その際に開いた生徒手帳の中身を偶然に見てしまう。生徒手帳には普通顔写真が貼られているが、紬の生徒手帳の顔写真を見たときに美桜は違和感を覚える。美桜や他の生徒の顔写真には、写真を撮った際に背後にあった薄いグレー色の壁が背景に写っている。だが紬の顔写真の背景の色は白だった。それに妙に画像も荒く思えた。顔写真は同じ時に同じ場所で撮っているは…
怪談 ~喫煙所~ 都内にある大手食品会社の社員である田中。地方にある支店でトラブルがあり、その対応のため直属の上司である部長と共にその支店へと出張してきていた。支店は駅前に広がるオフィス街の一角にある雑居ビル内にあり、周囲を同じような雑居ビルに囲まれていた。雑居ビルは6階建てで、その5階に支店がある。支店に到着するなり、今回のトラブルで迷惑をかけた関係各所への謝罪のため、日中はずっと部長と外回りとなった。夕方支店に戻ってからは本社とテレビ会議にて今後の対策と方針について話し合っていた。気がつけばすでに時刻は22時近くになっている。みな夕食を食べていなかったこともあり、ここで一旦休憩することとな…
怪談 ~残り香~ 大学生の和司は自宅から歩いてすぐにあるコンビニでバイトをしている。今は大学が夏休み中のため、時給の高い夜間のシフトに入っていた。その日もバイトに向かうため、21時過ぎにマンション12階にある自宅を出た。夜だというのにひどい暑さで、熱せられたじっとりとした空気が体にまとわりつく。エレベーターに乗り込み一階のボタンを押す。エレベーターは軽い振動と共に下に向かって動き出したが、すぐに停まった。エレベーター内のフロア表示は『10』を示している。扉が開くとそこには俯き加減の女性が立っていた。今まで見たことがない女性だった。年齢は40前後くらいだろうか、白のブラウスに黒いズボンというラフ…
怪談 ~友人~ 裕太は生まれつき心臓に持病があり、幼いころは度々発作を起こしては入退院を繰り返すような生活を送っていた。それは小学生になっても変わらず、発作を起こす度に学校を休んでいた。裕太はそのせいもあり引っ込み思案な性格で学校でなかなか友達ができなかった。小学5年生になった時に心臓の手術を受けたことで奇跡的に回復した裕太は、それ以来学校を休むことはなく、他の子と同じように生活できるようになっていった。そんな裕太にやっとできた友人が拓真だった。拓真は裕太とは真逆のタイプで、性格は明るく頭も良く活動的だったため、いつもクラスの中心にいるような人気者だった。 そんな二人が、同じクラスで隣同士の席…
怪談 ~躓き~ カウンター席しかないバーでオカルトが好きな常連客の3人がキリストの聖痕現象の真偽について話をしていたが、議論が尽きたのか、みな次第に口数が少なくなってきた。そんな時、常連の中で1番若い、皆から”坊ちゃん”と呼ばれる男が、「そう言えばこんなことがあったんだけど。」と、先日自身が経験した不思議な出来事を話始めた。 その日、坊ちゃんは友人との待ち合わせに遅れそうだったため、駅に向かって急いで歩いていた。その途中、駅近くの商業ビルの横にある広い歩道を足早に進んでいた坊ちゃんは、突然道の真ん中で何かに躓いた。ちょうどスマホを操作しながら歩いていたために完全にバランスを崩し踏ん張る事ができ…
怪談 ~監獄~ 手を離すと、後ろで鉄が重く軋む音がして今まさに通り抜けてきたばかりの扉が閉る。扉が閉まりきるときに金属がぶつかる甲高い嫌な音が鳴り響く。もう幾度となく聞いている音だが、その瞬間にはいまだに体がピクっと反応してしまう。扉の方を振り返ると、扉の上部にある覗き窓からこちらを見る看守の顔が見える。その看守の顔はまったくの無表情で、いつ見てもゾッとする。いつもなるべく見ないようにはしているが、毎日会わざるをえないため、どうしてもその表情のない顔を見てしまう。不快な気持ちを抑えつつ、私は前に向き直った。目の前には青白い明かりに照らされた通路が長く奥まで伸びている。通路の突き当たりまでは30…
怪談 ~似顔絵~ ※この作品は有料となります。全文をご覧いただくにはご購入をお願いいたします。 女子高生の桜は通っている学校の近隣のショッピングモールに遊びに行くことがあった。桜が好きなアイドルグループのショップがそこにあったためで、同じようにそのアイドルグループのファンであるクラスメイトの友人星奈と月に2~3回くらいの頻度で通っていた。ある日、桜は学校の帰りにショッピングモールに行こうと星奈を誘ったが、星奈はその日は別の予定があるために行けないと断られてしまった。いつもならば一人では行かずに帰宅する桜だったが、その日は一人でそのショッピングモールに行くことにした。実は桜にはアイドルグループの…
怪談 ~タトゥー~ ※この作品は有料となります。全文をご覧いただくにはご購入をお願いいたします。 都内の大学へ通う沙耶は同じ大学の友人の紹介で莉里という女性と知り合った。莉里は沙耶とは別の大学に通っていたが、同い年でしかも同じミュージシャンのファンであることが分かり、ライブに一緒に行くようになり次第に仲良くなっていった。それからは2人だけで買い物や食事に行くことも度々あり、いつのまにか親友とも言える間柄になっていた。ただ沙耶は莉里に対して一つだけどうしても気になることがあった。それはどんなに暑い日でも長袖を着けていることだった。夏で40度近い気温の日でも莉里は必ず手首まである長袖を着ていた。最…
怪談 ~通過~ 「うわぁ!」時間は20時を過ぎていた。場所は高層ビルの5階フロア、人が少なくなったオフィスに山下の叫び声が響き渡る。斜め向かいの席に座っていた山下の上司の田中はその叫び声に驚いて、山下を見た。叫び声と同時に椅子から立ち上がった山下は驚きの表情で田中の席の後方を見ている。やがて自分を見る田中の視線に気づいた山下は田中と目が合うと、われに返った。「すっ、すみません。」山下は田中と他にオフィスに残っている同僚社員に向けて頭を下げて謝罪する。「どうしたんだ。」田中は普段の生真面目な山下からは考えられない突然の行動に困惑していた。「すみません、別になんでもないです。」椅子に座った山下は気…
怪談 ~輪廻~ ※この作品は有料となります。全文をご覧いただくにはご購入をお願いいたします。 由夏は時代の寵児と呼ばれる若きカリスマ社長の晴輝と1年ほど前から交際していた。由夏は高校を卒業後、家庭の事情で進学ができずに、昼間はカフェで夜は居酒屋でとバイトを掛け持ちして家計を助けていた。そんな由夏が働いているカフェを晴輝が客として訪れたのが二人の初めての出会いだった。晴輝は店に来ると積極的に由夏に声をかけた。次第に打ち解けていった二人は店の外でも会うようになる。そして二人の交際が始まった。由夏にとって、高収入で社会的ステータスもある晴輝のような自分とは住む世界が違う男性と出会い、そして今その男性…
怪談 ~案山子~ 住宅街の一画に雑草が生い茂った空き地がある。広さ10坪ほどのこの空き地には所狭しと立ち並ぶ案山子の姿があった。 元々この辺りは、住宅地として整備される20年ほど前までは一面に畑が広がっており、当時はあちらこちらの畑に案山子の姿が見られた。今も住宅街から少しばかり離れれば昔ほどではないが畑は存在するが、最近ではどの畑にも案山子の姿を見ることはなくなっていた。 その案山子が立ち並ぶ空き地の周囲に住む住人たちは、その不気味な景観に嫌悪や恐怖を感じていて、空き地の持ち主に度々苦情を入れて案山子を撤去するように迫っていた。空き地の持ち主は、この空き地の隣に建つ古ぼけた家に住む60代の男…
怪談 ~顔~ カウンター席しかないバーでオカルトが好きな常連客の3人がエリア51の真偽について話をしていたが、議論が尽きたのか、みな次第に口数が少なくなってきた。常連客の一人、40代くらいで身なりの良いスーツ姿、皆から”先生”と呼ばれる男が、バーの女性マスターを見ると真剣な顔つきでカウンター内に置かれている小型のテレビを見ている。どうやらニュースを見ているようだ。客との会話に困らないように時事には詳しくなくてはというのが、ここのマスターの接客業への哲学だと前に聞いたことがある。傍から見ると仕事中にテレビを見るのはどうかと思われるかもしれないが、店にいるのはいつもの常連3人ならば何の問題もない。…
怪談 ~すりガラス~ 小学6年生の修斗は、自宅に帰ると母が浮かない顔をしていることに気づいた。明るい性格の母にしては珍しいことだった。最近皆にとってつらいことがあっただけに心配だった。「どうしたの、なにかあった。」母は言おうか言わないかで悩んでいるように見えたが、少しの間の後に修斗の問いかけに答えた。「さっき一度家に帰ってこなかったよね。」母は自信がない様子で修斗にそう尋ねた。「ううん、今ちょうど帰ってきたばかりだよ。なんで、なんかあったの。」修斗がそう聞くと、実は、、、と母が直前にあったことを話始めた。 修斗の自宅は木造の一軒家で、玄関にはすりガラスが入った扉がある。母が玄関の前の廊下を通り…
怪談 ~右手~ 「じゃあ次は誰の番だ。」カウンター席しかないバーで常連客の3人が順番に怖い話や不思議な話を披露していたが、皆が持ちネタが無くなったのか、次に話そうとする人はいなかった。「じゃあ次はマスターで。」そう名指しで指名された女性マスターは困り顔になった。「私、そういう話は苦手なのよね。」「そう言わずに、何でもいいからお願いします。」常連の中で1番若い男がおねだりをするように甘えた声で言った。「そう言われてもね、、、。そうだ、市さんならなんかそういう話があるんじゃない。」話を振られた市さんとは、カウンター席の一番端っこで1人静かに水割りを飲んでいる初老の男性だ。常連の3人以外で今店にいる…
怪談 ~近し存在~ 連日仕事に追われて多忙な日々を送る渡部。その日も新たな客先に挨拶に行くため、朝早くに自宅を出て最寄駅から電車に乗って客先の会社へと向かっていた。目的地の駅は様々な路線が乗り入れているターミナル駅で利用客が多い駅だった。電車を降りると客先の会社が入るビルがある方面の出口を目指して渡部は歩き始めた。駅構内は狭く人でごった返していて真っ直ぐに歩くのもままならない。そんな雑踏をかき分けるように進んでいくが、しばらく歩いたところで、通路の端の方にある柱の下にスーツ姿の男性がうつ伏せで横たわっていることに気づいた。渡部はあの人はどうしたのだろうと気になったが、周囲を歩く人たちは軽く視線…
怪談 ~工事現場~ 悠真は手元にあったスマホを取ってその画面を見る。時間は23時を過ぎていた。朝から一日中外回りをしていたため悠真は仕事を終えたときには疲れきっており、19時ごろに家に帰るとそのままソファーに倒れ込んだ。寝るつもりはなかったが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。晩御飯を食べずに寝たためか強い空腹を感じる。悠真は何か食べられるものがないか冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中は空っぽで水のペッドボトルや調味料しか入っていない。悠真はやっぱり何もないかと1人呟いた。一人暮らしの悠真はあまり自炊をする習慣がないため、そもそも家に食料品がないことは分かっていた。元々ソファーで一休みした後には近…
怪談 ~留守番電話~ 健太は自宅のベッドの上で横になり一人で眠っていた。突然枕元に置かれていたスマホから大きな音が鳴り響く。その音に驚き飛び起きた健太は、焦点の合わない目で壁にかけられた時計を見る。時計の針は2時15分を少しだけ過ぎたところをさしていた。「こんな時間に誰だ。」不機嫌にそう呟きながらスマホを手に取り、画面を見る。スマホの画面には電話番号が表示されているのみで、名前などは表示されていない。スマホの電話帳に未登録の番号みたいだが、健太の記憶の中でも表示されている番号には見覚えがない。電話番号の頭の数字からその電話は携帯電話からではなく固定電話の番号だということだけはわかった。こんな真…
初老の男は深い森の中にいた。男は自分が誰なのかがわからなかった。だが男は自分が何故ここにいるのかは知っていた。 鬱蒼とした森の中を、木漏れ日の微かな光が、こちらに近づいてくる人の姿を浮かび上がらせる。それは若い男だった。若い男は何かに気づいたように初老の男の方を見た。そして驚いた様子を見せるがそれも一瞬のことで、すぐに平然となると頭を軽く下げた。挨拶をしてくれたようだ。若いがなかなか礼儀正しい人のようだ、と初老の男は思った。若い男はあたりを見回すと、「この辺りでいいか。」とつぶやいた。そして一本の大木に近づくと何かを確かめるように木の表面を数回力を入れて叩いた。それで納得したのかうんうんと頭を…
優奈は飲食店で働いているため、仕事が終わり電車で最寄りの駅へ着くころにはだいたい23時を回っている。駅から自宅までは歩いて10分くらいの距離で、住宅街の中の街灯のある道を通るため、それほど身の危険を感じることはなかったが、それでも夜道に人が居たりすると少し緊張をする。その日もいつも通り、仕事が終わり駅から自宅に向けて夜道を歩いていた。道は車道と歩道が白線で区切られているだけの狭い道だった。その日は夜になっても暑く、少しの距離を歩いただけでも体中から汗が噴き出てくる。早く家に帰ろうと急ぎ足で歩いていると、ちょうど街灯と街灯の間で明かりが途切れて薄暗くなっているあたりの道の端に、こちらに背中を見せ…
大学生の悠人は同じ大学の友人陽介と、大学から最寄りの駅に向かって歩いていた。陽介が最近に付き合い始めたオカルト系の彼女の結衣の話で二人は盛り上がっていた。「この前なんかデート中に駅のホームで急に霊が見えるなんて始まっちゃって困ったよ。」「お前、そんなのよく我慢できるな。」「だって結衣の見た目100%俺の好みだし、結衣と一緒に歩いていると、通り過ぎる男たちからの妬みと羨望の眼差しで、優越感がたまらなくてな。」「お前マジで最低だな。」悠人は苦笑した。そのとき突然陽介があっ、と声を上げ立ち止まる。どうしたのかと悠人は陽介に尋ねると、道の向こう側の反対車線に信号に止まっている一台の車を指さす。それは赤…
隆康は某企業の大阪支社に勤めているが、翌月から東京本社への転勤が決まっていた。そのため、隆康は週末の休みを利用して東京へと来ていた。目的は東京での住居を決めること。ただ明日には帰らなければならないため、出来れば今日中にある程度目星を付けておきたかった。そのため、東京に来る前にインターネットで調べて良さそうなところをいくつかピックアップして不動産会社にアポイントを取っていた。午前中に2件、午後に別の不動産会社で3件の内見を予定していた。まずは午前中の1件目のマンションへと行った。部屋の中は賃料のわりに広く綺麗で、一目見て気に入った。築浅で駅からも近いこともあり、そこで即決しようかと思ったが、ただ…
小学5年生の兄の陽大と小学3年生の弟の蒼大の兄弟は、夏休みに母に連れられて母の故郷へと遊びに来ていた。母の故郷は東北の山間にある小さな村だった。近くの大きな街までは車で30分かかるような不便な場所ゆえ若い人は村から1人また1人と出ていってしまっていた。そして数年前には最後の卒業生を送り出した学校も廃校となった。その後も過疎化がさらに進み、村内には空き家の方が目立つような現状だった。だが祖父母は、そんな村でも長く住んだ村を離れる気にはなれないと、今でも村に残っているのだだった。そのような村ではあったが、都会に育ったの陽大と蒼大は自然が豊かな田舎での生活は新鮮であった。 村は四方を山に囲まれた場所…
夜になっても昼間の熱気の余熱のせいか、一向に気温が下がらない。風もなく体に纏わりつく生温い空気に、全身にじっとりと汗がにじみ出てくる。額を濡らした汗で前髪が張り付いるが、梨花はそんなことは気にならない様子で、スマホの画面をじっと見つめていた。その目は真っ赤で瞼も腫れぼったく、目の下には涙の後が幾重にも重なってみえる。「亮二、なんで電話に出てくれないの。出てくれないと私、、、死んじゃうよ。」そう行って梨花は再び涙を流すのだった。 梨花は今、自宅のあるマンションの屋上から飛び降りて自殺をしようとしていた。理由は彼氏にフラれたから、、、それだけだった。しかり梨花にはそれだけでも死ぬ理由には十分に思え…
都内近郊のベッドタウンとして開発されたG町。G町は都内からの交通アクセスが良く便利だと評判となり、駅の周辺に広がっていた森林を造成した宅地には、多くの人たちが移住してきて家を構えた。そのため街は次第に大きく変貌していくことになった。 淳一も数年前にこの地に妻の浩子と二人で引っ越してきた移住組だった。子供のいなかった淳一と浩子はもともと都内の賃貸マンションに住んでいたが、常々都内を離れいつか静かなところで暮らしたいと話をしていた。そんなこともあり、浩子が50歳になったのを機に都内からG町に一軒家を購入して引っ越してきた。淳一たちが越してきた家はそんなに大きな家ではなかったが、二人で住むには十分な…
「鈴木くん、残業か」背後から声を掛けられた鈴木は、睨みつけるように見ていたパソコンの画面から目を離し、声がしたほうを見た。そこには、ぽっこり出た特徴的な腹をした沢田課長が、黒い手提げカバンを手に抱えてて立っていた。「はい。」少し間があってから、鈴木は力なくそう返事をした。「そうか。仕事を頑張るのはいいが、あまり残業が多いと今は上がうるさいからな。それに先月下の階であんなこともあったし。ほんと気を付けてくれよ。」淡々とした口調で話した沢田課長は、言い終わるとうんうんと頷いていた。その様子に、実際はあまり興味はないが、立場上としてとりあえず言いましたという感じがありありと伺える。鈴木は「わかりまし…
弥生は、風邪を拗らせて高熱を出した娘の碧を連れて深夜に救急病院へと来ていた。医者の診断の結果、肺炎になりかかっていることがわかったため、碧はその場で即入院することになった。碧の父親の慎吾は、タイミングが悪く海外へと出張に行っていて明後日までは日本に帰ってこない。弥生は1人で不安だったため、実家に住む母親へと電話をしたが呼び出し音は鳴るも繋がらなかった。深夜という時間を考えればしょうがないと思った。生憎と言っていいのかちょうど良かったというべきかわからないが、大部屋が全部埋まっていたため碧は個室に入ることとなった。そして朝になるまで弥生は病室で、碧の寝るベッドの傍にイスを置いて座り、眠ることはな…
篤が大学を卒業して勤め始めた会社は実家からでも通える場所にあったが、昔から一人暮らしに強い憧れがあった篤は、社会人になったのを期に念願の一人暮らしをすることにした。まだ新卒で給料は少ないため、選んだマンションは1DKで、築45年とかなりの古びたものだった。また貯金もそれほどあるわけではなかったので、中古ショップをあちこちと回っては理想に近い家具なども集めた。初めて持った自分の城にAはとても満足していた。 ただ、そんな揚々とした気分は長続きしなかった。部屋の中で徐々に異変を感じるようになっていた。篤が部屋にいるときに、部屋の中で自分以外の何かの気配を感じることがあった。また、部屋の中で何気なく振…
香織さん(仮名)が15年前に体験した話です。 私は当時に勤めていた食品会社の都内の本社から、某県にある自社工場へと転勤となりました。その工場はその県の中でも、都市部からかなり距離が離れた郊外にあり、交通の便も悪いことから車通勤が必須でした。私は中古車を購入して、転勤と同時に車通勤を始めました。その工場はバイパス通りに面しており、工場の敷地へ入る正面入り口はバイパス沿いにありました。朝の通勤時はバイパスから直接工場の敷地に入れるのですが、帰りにパイパスの反対車線に出るためには、工場の裏門から出て県道を通り、パイパスの高架下にあるトンネルを抜けて反対側へと出る必要がありました。工場へと転勤になった…
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