ひとの子も元気は嬉し園もみじ横浜美しが丘子は宝かつて自分も「子」であった子をサポートする社会お子一人ひとりが元気に育ってほしい小さな園のもみじが映える園もみじ
日々の生活、旅先での出逢い・思いを俳句、写真、文にした徒然日記です
学びの足跡:高校までは全て東京都足立区内、大学で初めて地方生活(仙台)を経験 実社会で大阪、横浜、取手、ニューヨークを転々、今、終の棲家か?江東区
ひとの子も元気は嬉し園もみじ横浜美しが丘子は宝かつて自分も「子」であった子をサポートする社会お子一人ひとりが元気に育ってほしい小さな園のもみじが映える園もみじ
秋夕焼富士ビル越しに東京の江東区の自宅より東京という無機質な大都会で、遠くに富士山を日々の生活で見れるということは、本当にありがたいと思っています。秋の澄み渡る夕焼け空に、富士山と東京タワー、そしてビル群の織りなすシルエットは浮世絵のようです。秋夕焼
一見で冬季限定稀酒出され八海山しぼりたて原酒「越後で候」甥と12月の昼に忘年会を兼ねて久しぶりに一杯酌み交わしたいと思い、お店をインターネットで探していましたら、一店ヒット。早速一人でお昼に下見に行きましたら、そこの女将と話が弾み、今届けられたばかりの稀酒(きしゅ)があると、奥からぴったりと新聞紙に包まれた一升瓶を持ってこられました。常連のお客さんに頼まれているお酒とのこと。私は一見(いちげん)だし、今口切ったら常連の方々に申し訳ないと言ったのですが、新聞紙をびりびりッと破いてくれました。八海山は最も好きなお酒の一つですが、八海山のしぼりたての原酒なるものは飲んだことがありません。非常に美味で、恐縮しながら2杯いただき、3杯目は常連のお客さんに申し訳ないと思い、他のお酒を頼みました。冬季限定稀酒
明澄さあふるる銀杏黄葉かな南砂町駅前公園明るく澄んだこの時期の銀杏の黄葉(こうよう)具合に、心が洗われる感じがします。この日は深川不動堂参道にあるうなぎ屋「大和田」さんで友人と昼食の約束があり、お会いする前に護摩炊きに参列するつもりでいました。このような気持ちもあってか、この銀杏黄葉(もみじ)を見ていましたら、護摩太鼓の大音がこの木の下から天に向け響きぬけていくような感を覚えました。銀杏黄葉
晩秋の宵白雲と家路かな仙台堀川公園沿いの歩道11月18日の18時頃の宵の風景です。人気のない歩道沿いの紅葉並木と道の真ん中に佇立するメタセコイアが、街灯の明かりに薄ぼんやりと幽玄に浮かび上がっています。空には白い雲が点々とゆっくり流れています。ものわびし気な帰り道を一人白雲と歩いていました。晩秋の宵
もみじ径落ち葉一面タペストリー横浜市青葉区美しが丘もみじの径には落ち葉が一面に広がり、タペストリーのようです。たまたま老夫婦とお孫さんらしきお子さんが、ペットの犬を連れて、落ち葉を踏みしめながら楽しげに歩いていました。もみじ・落ち葉のタペストリー
もみじ径おほふ落ち葉の風に立ち横浜市青葉区美しが丘風が吹くとそれまで地に伏していた落ち葉がカサカサっと音を立てて一列に整列するように見えます。ひと止みしてまた吹きます。またカサカサ・・・。美しいもみじを背景にした動画のようです。落ち葉の整列
孤高の美紅葉一枝カナメモチ横浜市青葉区美しが丘緑葉豊かなカナメモチの生垣で、なぜか紅葉一枝(こうよういっし)、一枝の葉だけが鮮やかに紅葉していました。孤高の美、を感じました。紅葉一枝カナメモチ
美しが丘小径もみじのおしゃれかな横浜市青葉区この辺りの小径は緑豊かで起伏に富み、四季折々洗練された美しい風景を見せてくれます。もみじのおしゃれ
都会にも自然の恵み初もみじ仙台堀川公園ある意味、味気ない無機的な都会の日常生活に潤いを与えてくれる四季折々の小さな自然。イオンへの買い物途中の秋の一コマ。堀にも映る移ろい途上の初もみじ。ふと自転車を停め、眺めると実に美しい!都会の初もみじ
秋天や飛騨の古代史国分寺国分寺は、聖武天皇の命により全国約60の国に建立されましたが、ここ飛騨の国にも建てられていたということは知りませんでした。飛騨国分寺は天平18年(746)頃に行基菩薩が創建されたと伝えられ、爾来1250年以上この方、飛騨の国と人々を見守り続けてきました。この地方随一の古刹で、当初の塔は七重で、その後焼失と再建を繰り返し、現在の飛騨地方唯一の三重塔(県重文)は、文政4年(1821)に飛騨の匠三代目水間相模によって再建されました。歴史の重みを感じながら、秋雲の蒼天に聳える三重塔をしばし眺めていました。飛騨国分寺
風情ます陣屋の一隅初もみじ高山陣屋高山陣屋は江戸幕府直轄領となった飛騨国の代官(後に郡代)所で、明治以降も昭和44年(1949年)までこの地方の行政事務所として使われていました。その後県事務所は移転し、平成8年(1996年)江戸時代の姿が復元されました。時代劇が好きですので、江戸時代の雰囲気をゆっくり味わいながら敷地内を回りました。樹木は少なく、地味な色彩の風景の中に一か所だけ、初もみじが彩りを添えていました。陣屋の初もみじ
外国人も秋の日本酒品定め飛騨高山・舩坂酒造店前にて季節と関係する日本酒といえば春ごろに出る「新酒」しか知りませんでしたが、江戸時代からの老舗・舩坂酒造店で、春に出荷せずにひと夏かけて蔵内で貯蔵・熟成させてから秋に出荷する日本酒もあることを知りました。「秋の日本酒」と言われるもので、代表格は江戸時代に始まった製造法で作られる「ひやおろし」とのことです。ところで、渡辺京二著「逝きし世の面影」では、明治維新間もない頃に来日した外国人が残した、江戸時代の面影が色濃く残る日本人の生活ぶりや農村・町の風景の見聞録が紹介されています。以前にこの本を読んでいた所為(せい)か、江戸時代の風情が残されている飛騨高山の町並みを興味津々に見ながら歩く外国の方々を見て、タイムスリップする気分を味わいました。秋の日本酒
切り落としなれど飛騨牛食の秋丸明飛騨高山店高山に行ったら昼は牛肉と決めていました。このお店は飛騨牛を専門とする精肉店直営なので、美味しい飛騨牛を手頃な値段で食べさせてくれるのでは、と期待して精肉店に隣接するこのお店に入りました。昼の開店を待つお客さんのおよそ3分の2はスマホを手にした外国の方々。評判は良いようです。平日限定のランチを選び、お肉当が足りなかったら追加するつもりでした。出てきた切り落とし肉の霜降り部分はマグロのトロを食べているような味わいと食感。味に大満足し、食の細くなった私には残念ながらこれで量的に足りてしまいました。わずかな時空間でのひと時でしたが、飛騨高山での「食の秋」にしばし浸ることができました。飛騨牛と食の秋
何うつる木の実の雨滴レンズには下呂温泉合掌村木の実の雨滴レンズ
鈴なりの木の実に光る雨滴点々下呂温泉合掌村木の実
雨露に孤高十月桜かな下呂温泉合掌村遠くから一本だけ白い花がまばらに咲いている孤立した木が目にとまりました。4月の桜と異なり、この雨露を湛(たた)える十月桜にはとりわけ「孤高」という言葉がふさわしいと感じました。十月桜
爽やかや円空仏にやっと会え下呂温泉合掌村円空館円空さんの荒削りで慈悲深い仏像はテレビでしか見ていず、いつか本物に見(まみ)えたいと願っていました。何気なく入ったこの村ですが、円空仏がありました。感動しました。円空仏は全て透明のケースに入っていますが、写真撮影可!ただ、円空仏本体の映像に透明ケースへの照明の光などが写ってしまいます。いろいろと撮る角度を変え、やっと9割9分方本体に照明の光が入らない状態で撮れました。本体以外の映像を黒色で塗りつぶしたのがこの写真であります。円空仏は10体くらい展示されていましたが、この像が一番気に入りました。仏像の前で般若心経を黙して唱えました。外は秋雨でしたが、心は爽やかでした。円空仏
初もみじ風も色づく露天の湯下呂温泉初もみじ
秋雨や江戸の農村暮らしぶり下呂温泉合掌村江戸時代といってもわずか200年くらい前の話です。当時の方々の生活は今の私たちのと比べると、非常に苦労が多かったと思いますが、このようなジオラマを見ていますとなぜか心が安らぎます。江戸の農村暮らしぶり
雨露の衣装麗し紫露草下呂温泉合掌村ムラサキツユクサ
秋雨に屋根の苔映ゆ合掌造下呂温泉合掌村この建物は天保4年(1833年)から13年の歳月をかけて建てられた旧大戸家の住宅(国指定重要文化財)です。白川村(白川郷)の御母衣(みほろ)ダム建設でダム湖(御母衣湖)の湖底に沈む運命となり、昭和38年3月に合掌村に移築されたとのことです。古民家それぞれの歴史を振り返ると、感慨深いものがあります。屋根の苔
秋雨や江戸合掌の村風景下呂温泉合掌村この合掌村は規模は小さいのですが、主に江戸時代の歴史に関する自分の情報・知識を思い出しながら散策しますと、その時代の風景や雰囲気を自分なりに味わえる気分になります。秋雨の合掌村風景
ねこごたつ懐かし使い方忘れ下呂温泉合掌村幼い頃、このような炬燵を使ったような使わないような、布団をかけたようなかけないような・・・。はっきりと思い出せませんが、家に間違いなくあったような気がしますが・・・。幼き頃の漠とした記憶を引き出しながら昔の展示品を眺め歩いていました。ねこごたつ
薄闇の雨に石蕗の葉花凛と下呂温泉合掌村道の端の薄闇に、肉厚の大きな葉と黄色の花が小雨に一層際立って凛とたたずんでいます。温かく背筋を延ばされる感じがしました。石蕗の葉と花
山駕籠の秋の飛騨路は辛からむ下呂温泉合掌村テレビで鬼平犯科帳、剣客商売などの時代劇をよく観ますが、昔に使われていた現物を見ながら、在りし日の生活に思いを馳せるのも楽しいものです。時代劇では大店のお嬢さんやお年寄りが山越えに駕籠に乗っている場面がありますが、この乗り心地の悪そうな山駕籠の実物を見て、昔の人々のご苦労が偲ばれました。山駕籠
雨露に色香一層百日草下呂温泉合掌村ただ見とれていました・・・百日草
雨露に気品一層藤袴下呂温泉合掌村秋雨の中、村内をそぞろ歩きしていましたら、小道の脇に咲く花に気づきました。藤袴(フジバカマ)との初めての出逢いです。ナデシコのような可憐な咲き様と気品ある藤色のこの花にしばし見とれてしまいました。雨露にお花は一層美しさを増します。藤袴
いにしへの純朴土のひな人形下呂温泉合掌村説明書によれば、「この地方のひなまつりの主役は、今のような豪華な飾りとは違い、昭和40年頃までは土人形でした。・・・この地方は、高山や犬山、三河地方の人形が多く、そのころの地方文化の交流を知ることができます。」これらの人形は全て下呂市民から寄せられたものとのことです。個性豊かで、子を思う親の純朴さを感じます。土のひな人形
秋の旅情増すローカル線ガタゴトンJR高山本線・特急ひだ11号列車の音は、昔は「ガタン、ゴトン」、この特急ひだ11号は「ガタゴトン」、新幹線は「ゴーーー」。この音の違いは、一本のレールの長さと列車のスピードの違いのようです。通常のレールの長さは25m、新幹線は1500m。いずれにしても、「ガタゴトン」と横揺れに身を任せながら車窓の景色の移ろいを眺め、時折、シャッターを押しています。秋の旅情
大揺れの列車で秋の昼弁当JR特急ひだ11号名古屋→下呂東京ー名古屋は新幹線で、揺れはそれほど気になりません。名古屋での乗り継ぎ時間が30分ほどありましたので、高島屋のデパ地下でお弁当を購入。在来線の特急が発進し早速お弁当を食べ始めましたが、揺れが大きいので難渋しました。でも、これが列車旅だよな~と楽しくなりました。列車での昼弁当
日常が後ろへ秋の列車旅JR特急ひだ11号名古屋→下呂旅で列車に乗りますと、住んでいる東京を離れるに従い、座席に座っているだけなのですが、日常から遠ざかっていくような一種の解放感に浸ります。日常と秋の旅
任期終え心機一転秋の飛騨JR特急ひだ11号名古屋→下呂先週、高校同窓会の役員任期を先輩・同期・後輩のお蔭で無事終えることができ、で、もう一期することになり、旅に出ました。秋の飛騨
移ろひの今緑から黄葉(もみじ)へと南砂町駅前公園色が変わらんとしている銀杏の葉を見て、木の中での常ならぬ生命活動を思いました。黄葉へと
トレニアの淑女と見つめ合ふやうな木場公園にてトレニアの淑女
トレニアと話してるようそんな気が木場公園にてトレニアは熱帯地域原産で春から秋の長い間花を咲かせてくれるとのことです。じっと見つめていると、話しかけられているような、「でっ?」とこちらからも訊いているような・・・奇麗なカワユイお花さんです。トレニア
秋寒に温もりアメジストセージかな木場公園にてアメジスト色のビロードのような部分は萼(ガク)で、萼から突き出している白い部分が花とのことです。肌寒いこの時期にふさわしい、高貴な色合いの温もりを感じさせてくれる衣装のようです。アメジストセージ
目にさやか黄菊群島公園に木場公園にてこのような菊の花の植え方は初めて見ました。まさに、「秋来ぬ」です。古今和歌集の藤原敏行の:秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬるが浮かんできました。ここでは目にはっきりと秋が見えます。黄菊群島
セセリチョウ黄花に映えるおめめかな木場公園にてこのまっ黄色の花はマリーゴールドと思います。この虫は翅の色から一見蛾の様ですが、翅を垂直に閉じているのはちょうちょと教わったような・・・。インターネットで調べましたらチャバネセセリチョウのようです。おめめがとても魅力的で、ふとおうまさんのおめめを連想しました。セセリチョウ
百日草にワカバグモとは縁起良し木場公園にてこの日は同じ公園で千日紅と百日草に初めて出逢いました。いずれも開花期の長い花です。七十代の私には元気で美しい長寿の象徴のような気がしてこの出逢いに嬉しくなります。更に、この百日草にたまたま澄んだ緑色の小さな蜘蛛さんがいました。この蜘蛛さんとも初めての出逢いです。インターネットで調べますと、「緑色のワカバグモは縁起が良いとされています。緑の蜘蛛はスピリチュアル的に平穏がじきに訪れる証しだそうです」とのこと。今、この写真を見て、改めて、「ラッキー!」と思いました。百日草にワカバグモ
美しく齢重ねむ千日紅木場公園にて可憐で優雅なたたずまいのこの花に初めてお目にかかりました。開花期が百日紅より長いのでこの名前が付けられた由。できれば、この花にあやかって齢を重ねられたら・・・千日紅
薄雲の月に想ひのほのぼのと2024年10月17日スーパームーンと定義づけられる満月は、2024年で2月9日、3月10日、4月8日、9月18日、10月17日、11月15日に見える月で、この中でも10月17日(木)のものは2024年で地球に最接近して最も大きく見える「スーパームーン」とのことです。この日はちょうど薄雲のヴェールがかかり、静けさと優しさとを湛えたお月さんでした。先月にこの世を去られた大学時代の友人のことや、これまでの人生の様々な場面、また、今、竹内整一著の「やまと言葉の人間学」を読んでいるせいか、遠く万葉時代の人々のことにも想いが馳せました。薄雲のスーパームーン
遅れ来し秋やしみじみありがたく仙台堀川公園より今年の秋は、その訪れが遅かったせいもあり、いつもよりは短いのではないかと思ってしまいます。一日一日の秋をしみじみとありがたく味わっています。遅れ来し秋
秋の日や燦燦なるも目に優し仙台堀川公園半月前までの日差しにはサングラスが必要でしたが、今はかけなくとも大丈夫と気付き、「秋」を感じました。秋の日差し
この空気雲や待ちにし秋の朝今朝、爽やかな空気に触れ、白き墨で「サッ」と刷いたような薄き白雲を見て、「これぞ待ちに待った秋の朝ッ」、と思いました。これまで、秋かな、と思ったら翌日猛暑の繰り返しがありましたので、江東区のここ一か月の天気予報を見ましたら、30度を超える日はありませんでした。本日、ようやく衣服の夏物と秋物を入れ替えることにしました。待ちにし秋の朝
花から花へ蛾の秋の夕餉かな近所のミニストップガーデン秋の夕方はしみじみとした気分になります。時期的に少なくなりかけているランタナの花がありましたので何気なく見ていましたら、この蛾が花から花へと忙(せわ)しなく飛び回っていました。シャッタースピードを上げるためにフラッシュをたいて撮りましたが、唯一、この写真だけかろうじて蛾の姿を判別できます。インターネットで検索しますと、スズメガかホウジャクのいずれかと思われます。蛾の秋の夕餉
夕闇の芙蓉ほのぼの雨上がり近所の通り道にて家にいる時の運動は水泳がメインで、散策から遠ざかっています。この日は近所の眼医者さんからの帰り道で、この花に初めて気付きました。自然に触れるには散歩もしないと、と改めて思った次第です。夕闇の芙蓉
マンション自治会飾るハローウィン楽しわがマンションでは自治会の役員の方が季節の折々に相応しい飾り付けをしてくれます。マンションのハローウィン
愛妻弁当浮かび戴く娘(こ)のお弁当孫がお世話になっているトレーナーの整体を受けるために、8月から月に一度、娘の家に通っているのですが、「お昼ご飯は食べてからそちらに行く」と伝えましたら、「家族のお弁当を作っているからお父さんのも作っておくよ」とのこと。家に着いてテーブルに用意されていたのがこのお弁当。現役時代のわが奥さんのお弁当を思い出しながら戴きました。娘のお弁当
秋天に聳ゆ灯台歴史負ひ塩屋埼灯台この灯台は約100年の歴史を背負いながら今も海上交通の安全を守っています。写真左のレンズはこの灯台の麓にある資料館に展示されているもので、「青森平館灯台で使用していた水銀槽回転装置とレンズ」とのことです。これと同じ仕様の装置とレンズがここでも活躍していたことと思います。これまでも灯台はいくつか見てきましたが、この灯台は確かに美しい・・・秋天に聳ゆる灯台
荒々し岬周りの秋の白波塩屋埼灯台よりこの荒々しい白波を見て、これでは人は近づ行けないな、と思いました。外海の恐ろしい力を感じました。荒々しき秋の白波
浜の形に秋の白波自然力塩屋埼灯台より灯台最上階の外回りの廊下から、秋天下、強い風に恐怖を感じながらも眺めた景色は素晴らしいものでした。遥かなる水平線をバックに浜の形に沿って押し寄せる白波は美そのものです。澄みわたる青空の下で大海を動かしてこの美を創り出し、荒天となればこの海の表情を一変させる自然力を前に、「謙虚」という言葉が浮かび、手を合わせました。秋の白波
秋天やこの地に灯台明治より塩屋埼にて以下、wikipediaより;「塩屋埼灯台は、立地と、白亜の美しい外観から『日本の灯台50選』に選ばれている。一帯は潮の流れが激しく暗礁も多い海上交通の難所で、江戸時代から狼煙台(のろしだい)がつくられていた。1899年(明治32年)に煉瓦石造で建てられて初点灯。1993年(平成5年)に無人化されるまで、」灯台守が荒天時の海の安全を守り続けてこられた。この日は地平線がくっきりと見渡せる秋晴れでしたが、灯台内の103段の螺旋階段を上り終えて外に出てみると、恐怖を感じるほどの風の強さ。初点灯から約100年、ここに居住されて荒天時の海の安全を守ってこられた方々のご苦労を強風に吹かれながら思いました。「映画『喜びも悲しみも幾歳月』は当時の塩屋埼灯台長夫人・田中きよの手記『海を守...塩屋埼灯台
蜘蛛雲に乗りて来(き)にけり塩屋埼(しほやざき)茨木県の塩屋埼灯台への坂道の途中に大きな蜘蛛の巣があることに気付きました。デジカメの望遠モードで見ると中央に色彩が派手ハデの大きな蜘蛛がいました。毒蜘蛛かと一瞬怯(ひる)みましたが、動きませんのでドアップも含め何枚も撮りました。ドアップですと結構怖い表情です。帰宅してインターネットで調べましたら、「ジョロウグモ(女郎蜘蛛)」のようです。「毒を持ってはいますが、・・・巣にかかった昆虫を麻痺させるための毒で、微量な毒しか持っていないので、人が噛まれても影響はなく、また、噛む力も弱く、捕まえたとしても噛むことはほとんどありません。」とのことですが、やはり怖いです。ジョロウグモ(女郎蜘蛛)
秋雲や遊ぶ動物魚かな高層では魚たちが回遊し、低層では動物たちがじゃれ合っているような・・・遊ぶ秋雲
白雲の巨大守護神秋の夕荒川土手よりこの巨大白雲からの連想は;神社の阿吽の狛犬、竜顔、更には古代エジプトの守護神・・・白雲の守護神
皮一気むきし大梨みづみづしまっことジューシーでした!この大梨、一人では食べきれませ~ん(^-^)ジューシーな大梨
大梨を皮一枚でむきにけりこの大きな梨の名は、わが娘と同じ「かおり」です。ずっしりと重く、剥きながら淡い水蜜がたっぷりだな、と思いました。皮が一、二度切れそうになりましたが、無事一枚むき!梨の皮むき
秋天や筑波嶺目指しティーショットJGMやさと石岡GC筑波嶺
秋晴れややんちゃボールがフェアウェイにJGMやさと石岡GCゴルフボールは、人によっては素直な子であったり、暴れん坊であったり・・・私には残念ながらいまだ「やんちゃ坊主」です。これからが、いまだ未熟なアプローチ・・・でも、お天気は満点、良き一日でした。やんちゃなゴルフボール
秋天のゴルフ白雲船団とJGMやさと石岡GC背後に聳える山は筑波山です。私はこの白雲を「秋の夏雲」と称しています。頭上に低く大きな塊となって浮かぶ多数の白雲はいろいろな形に見え、いつしか親しみを感じながらゴルフを楽しんでいました。白雲と秋天ゴルフ
九月末やっと秋天ゴルフかなJGMやさと石岡GCこの日は、今年は9月末になって初めての秋らしい一日でした。1週間前の真名カントリー倶楽部でのプレイは猛残暑の中でしたので、「これが秋だよな~!」と友人と語りながら今年初の爽やかゴルフを満喫しました。秋天ゴルフ
やうやくに秋きたるらし五浦沖五浦観光ホテルより東京を出る前にインターネットで五浦の気温を調べましたら、最高が20度とのこと。念のため長袖のカーデガンを持っていきましたが大正解。五浦の地で今年初めて、「秋」を実感しました。やうやく秋
明治の大家偲ばる秋の五浦かな五浦観光ホテルより明治31年(1898年)に日本美術院を設立した岡倉天心は、明治39年(1906年)にその絵画部門を茨木県北茨木市大津町五浦(いずら)に移転します。天心の弟子で、のちに近代日本画の大家となる横山大観・菱田春草・下村観山・木村武山らも同地に転居し、研究と制作に専念し、日本画の新しい境地を開きました。天心は、「ミレーなどの風景画家が集まり、『画家たちの村』と称されるフランスの」バルビゾンに倣い、五浦の地を「東洋のバルビゾン」と呼んでいたとのことです。写真の右端にある小さなお堂のような建物は「五浦六角堂」で、天心が自宅敷地内に思索の場所として自ら設計したものです。このホテルの部屋から打ち寄せる波の音を聴きながら六角堂を眺めていますと、日本画大家たちの血気盛んな若き頃の...五浦の秋
雲の峰縁取る秋の夕日かな荒川土手より雲の峰は夏の季語ですが、このような雲を暦の上の秋に見る異常さを感じつつ、秋の日の入りが創る静謐な光景の美しさにしばし見惚れていました。雲の峰のシルエット
マンションに迫る不気味な秋の夏雲このような光景は昨年の秋以前にもあったのかも知れませんが、私には初めて見るものでした。厚く巨大な白雲がマンションに迫る様子は少し不気味でした。マンションに迫る白雲
連想がわくワク楽し秋の夏雲荒川土手にてこの猛残暑はいつまで続くのか、とふと心配も・・・秋の夏雲と連想
白雲を光(ひかり)縁取り秋の日の入る荒川土手より自然に関する知識が今よりも少ない、例えば、平安時代の人がこのような空の光景を見れば、西方浄土を思い浮かべ、頭を垂れ手を合わされていたのかもしれないと思いました。神々しくも静かなひと時でした。秋の日の入り
秋の夕日に巨大白雲神々し荒川土手より中秋の西方に見えた巨大な白雲と夕日の一瞬の組み合わせ、神秘的でした。秋の巨大白雲と夕日
名月や気温気になる式部の頃のヴェランダから今日は中秋の名月と奥さんに言われてヴェランダに出ましたら、それは見事なお月さんでした。お月さんはこの1000年間も地球を見られていたわけで、十二単の宮廷生活を描かれている紫式部さんご存命の西暦1000年前後の気温はどのようなものだったのかな、とふと思いました。今室温は30.3度です。中秋の名月
孫よりの敬老プレゼン心新たに2024年9月16日この日、孫からプレゼントをいただき、改めて「敬老の日」の意義を考えました。「国民の祝日に関する法律」を読み、子と孫に敬愛され、感謝され、そして長寿をお祝いされるにふさわしい老人にならなければ、と心新たにしました。鬼瓦は奥さんのインテリアです。敬老の日
分刻み千変万化秋の夏雲荒川土手にて秋の夏雲千変万化
飛行機追ふ動物らしき秋の夏雲荒川土手にて千変万化の夏雲を眺めているのは楽しいものです。この瞬間の雲の形は何に見えるでしょうか?この飛行機の航空会社は?秋の夏雲と飛行機
驕るなと秋の夏雲言ふやうな荒川土手にて地球環境破壊との関係で、この異常気象、とりわけ先進諸国の消費生活ぶりに警鐘を鳴らしているような・・・秋の夏雲と警鐘
美にして脅秋の夏雲延々と荒川土手にて秋に見る巨大な夏雲の延々と続く様は、美しくもあり自然の力の巨大さに圧迫されもします。この秋の猛暑、産業革命以降の人類による地球環境破壊の報いを突き付けられている思いがします。今の室内温度計は32.2度・・・秋の夏雲と地球
ド迫力猛暑の秋の夏の雲ヴェランダより秋の夏雲のど真ん中を点のような飛行機が飛んでいます。ド迫力の秋の夏雲
街おほふ九月半ばの夏の雲ヴェランダより暦の上ではとっくの秋ですが、雲は夏雲。朝夕は僅かな涼しさの中に秋の訪れを感じますが、深夜も30度前後、猛暑日は依然続いています。地球の温暖化、熱帯化から、今や国連のアントニオ・グテーレス事務総長が表現された「地球沸騰化」が現実のものとして感じられる今日この頃です。自分ができる温暖化、沸騰化対策は・・・秋の夏雲
物干しに祭衣装の風に舞ひ祭の夜が明け、晴天の清々しい朝です祭の翌朝
日傘一人ゆく参道や九月入り深川不動尊平日のお昼ということもあり、カンカン照りの参道前は人もまばらで、両側のお店の日影もありません。前を行くご婦人の九月の日傘が印象的でした。九月の日傘
九月でも低き白雲熱帯化江東木場公園建物に覆いかぶさるような巨大な白雲。私の季節感では、秋雲は空高く薄く展開、夏雲は地上に近く巨大で威圧的。さて、九月のこの雲は・・・。前日は空高く薄き白雲が広がっていました、プールへの途上でカメラがなく残念な思い。地球天候の異常化を感じます・・・九月の低き白雲
水掛けに雨盛り上がる神輿かな東砂天祖神社例大祭水を掛けられ、雨にも濡れ続けていますと、さすが寒気も感じますが、神輿を担ぐと体は温まります。日常生活では味わえない一種の爽快感があります。この歳でこのようなことを体験できる健康に感謝です。雨の水かけ祭
消防団天へ放水神輿へと東砂天祖神社例大祭消防団も日ごろの訓練の成果の発揮どころでもあります。水かけ祭と消防団
水をかけ掛けられ高揚大神輿東砂天祖神社例大祭昨日は、朝8時から夕の5時半まで水掛祭に行ってきました。迷走台風の直撃もなく、曇り、晴れ、大雨、雷雨、稲妻、雷鳴とお天気模様のオンパレードでしたが、所詮水を掛けられますので、大雨の中でも気にせず担ぎ、歩いていました。雨の中、水を掛けられますと担ぎ手は一層高揚します。人間の奥深くに押し込まれている現代人の野生本能が頭をもたげるのかもしれません。昨日の歩数は21586。一夜明けても、身体は大丈夫そうですが、明日か、明後日に故障が出てくるかもしれません。水かけ祭
マイマイと目が合ひ歳をたづねけり那須塩原源三窟源三窟は、1180年代中頃、源義経の腹心である源有綱が頼朝に追われ隠れていた鍾乳洞です。宿から徒歩5分ほどの所にありますので、孫と歴史勉強ということで訪れました。その入口への坂道でこのカタツムリ(マイマイ)さんと出逢いました。私がカタツムリを見るのは何十年かぶりで、カタツムリの目をはっきり見たのは今回が初めてです。直ぐにアンモナイトなどの巻貝の化石を連想しました。巻貝の祖先は3億年くらい前に地球に存在していたそうです。このカタツムリを見ていましたら、古代生物が目の前に生きているように思えました。人の祖先はというと、最古の化石骨は2001年に中央アフリカのチャドで発見され、推定700万~600万年前のものといわれています。138億年前に宇宙が誕生して星々が生成さ...カタツムリ
夏大根汁(つゆ)で十割そばペロリそば匠ふくろう関谷店メニューの「季節限定高遠(たかとう)そばはいかがですか」に惹かれて注文。夏大根のしぼり汁(じる)を薬味としていただく板そばで、見た瞬間、「量が多いかな」と思いましたが、夏大根汁(じる)の辛みがピリッと効き、ペロリと戴きました。夏大根板そば
完全装備の釣り人独り朝の秋那須塩原箒川宿の前にある川堤を散歩していましたら、出逢った光景です。川を見渡しましたが、居るのは私とこの方だけでした。私は釣りはズブ素人で、このように頭の上から足元まで装備されている姿は初めて見ました。この時期は何が釣れるのでしょうか・・・釣り人独り
せせらぎや虫の音静か雨の露天湯那須塩原温泉都会の喧騒から解放されて、旅に出ていると感じるひと時です。旅と喧騒
残暑雲吊橋支ふ綱二十八本那須塩原もみじ大吊り橋残暑の雲のエナジーには圧倒されますが、大自然の中に人のつくる建造物を見るたびに、人間も大したもんだ、と思います。塩原ダム湖に架かるこの橋は全長320メートルで、縦横に張られたワイヤーロープが作り出す美しい図形が印象的でした。吊り橋の美
旅で遇ふ花の名うれし雌待宵草那須塩原温泉朝の散歩の道の端に咲いていました。女の人が旅先で宵越し私を待っていてくれたようで、と勝手な解釈。カワユイ小花です。メマチヨイグサ
美にして脅エナジーあふる残暑雲五色沼から那須塩原へ美にして脅
猛残暑の雨雲の待つ進む先五色沼から那須塩原へ猛残暑のエネルギー満々の白雲は美にして脅ですが、その先の雨雲らしきは「ヤバイ」と感じました。案の定、フルワイパーで視界がやっと維持できる土砂降り。幸い、宿に着く頃は止んでいました。この日の深夜、五色沼からの帰路に通った宿より南に位置する鹿沼には線状降水帯発生で避難指示が出ました。これまた幸いにして洪水は発生せず、宿から那須塩原までの帰路は今日時点で通行止め無しです。猛残暑の雨雲
先人に孫と学ぶや秋の旅会津若松鶴ヶ城幼少時代を海外で過ごした孫が、たまに旅にお付き合いしてくれる時には、できるだけ史跡を訪れるようにしています。ごく最近、改めて「学ぶ」とは、太古より先人が人間を含む自然とのやり取りの中で得て蓄積されてきた知識・技術を先ず模倣し、次に消化して自分の世界を広げていくことかな、と思いました。謙虚に学ぶ姿勢をいつまで保てるか・・・秋の旅
夏秋の雲の併存常ならぬかな那須塩原から会津若松へ夏秋の併存
猛残暑町にいつの間毒キノコ木場公園少なくとも半月前にはなかったような気がします。名前はオオシロカラカサタケのようです。公園などの身近なところに出現するので、バーベキューで興に乗った人が食べて危険な状況に陥った例もあるそうです。猛暑、猛残暑という異常気候の所為(せい)でもあるのでしょうか?町中の毒キノコ
涼しげな高層雲や猛残暑エネルギー溢れる夏雲と高層に広がる白き薄雲が混在する今日この頃。高層雲に今の猛残暑がやがては去るという自然の営みを感じます。涼しげな高層雲
チャリ置き場で気づくタダ乗りカマキリさんチャリに乗る螳螂に吾誰何され夜、南砂町駅から仙台堀川公園内の自転車道を通って帰宅。マンション内の駐輪場に愛チャリを止めましたら、前の荷籠にちょこんと止まっているカマキリさんに気付きました。カマキリと出逢うのはおそらく何十年かぶりです。愛用デジカメを持参していませんでしたので苦手なスマホで何枚も撮りました。家で画像を拡大すると、結構かわゆく撮れていました。吾(われ)、誰何(すいか)螳螂
猛暑神輿担ぎ手陰で大休止次の大祭は4年後です。4年後はもっと暑くなるでしょうから8月に神輿を担ぐのは無理、9月か10月に遅らせた方が良い、と貴重な片陰談義・・・猛暑でのお神輿担ぎ
八年ぶり子ら神輿差すマンション内4年前のマンション内お神輿渡御はコロナ禍で中止となり、今回は8年振りです。始めは人まばらでしたが、徐々に子供たちが興味ありげに集まり担ぎはじめ、最後は神輿を差すほどに興奮、楽しんでいました。マンション住民の大人の方々も喜ばれていました。神輿の会の方々に感謝です。マンション内神輿渡御
白雲と張り合ひ担ぐ神輿かなこの日の白雲は逞しくも美しい。担ぎ手は白雲から元気をいただきつつ、炎天猛暑の中、必死に、でも、楽しまれています。猛暑白雲と担ぎ手
炎天下白雲神輿神々し妙法稲荷神社猛暑のエネルギーがあふるるばかりの白雲と地上に鎮座されているお神輿、自然と人為のこの組み合わせにはジーンとくるものがありました。白雲と御神輿
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ひとの子も元気は嬉し園もみじ横浜美しが丘子は宝かつて自分も「子」であった子をサポートする社会お子一人ひとりが元気に育ってほしい小さな園のもみじが映える園もみじ
秋夕焼富士ビル越しに東京の江東区の自宅より東京という無機質な大都会で、遠くに富士山を日々の生活で見れるということは、本当にありがたいと思っています。秋の澄み渡る夕焼け空に、富士山と東京タワー、そしてビル群の織りなすシルエットは浮世絵のようです。秋夕焼
一見で冬季限定稀酒出され八海山しぼりたて原酒「越後で候」甥と12月の昼に忘年会を兼ねて久しぶりに一杯酌み交わしたいと思い、お店をインターネットで探していましたら、一店ヒット。早速一人でお昼に下見に行きましたら、そこの女将と話が弾み、今届けられたばかりの稀酒(きしゅ)があると、奥からぴったりと新聞紙に包まれた一升瓶を持ってこられました。常連のお客さんに頼まれているお酒とのこと。私は一見(いちげん)だし、今口切ったら常連の方々に申し訳ないと言ったのですが、新聞紙をびりびりッと破いてくれました。八海山は最も好きなお酒の一つですが、八海山のしぼりたての原酒なるものは飲んだことがありません。非常に美味で、恐縮しながら2杯いただき、3杯目は常連のお客さんに申し訳ないと思い、他のお酒を頼みました。冬季限定稀酒
明澄さあふるる銀杏黄葉かな南砂町駅前公園明るく澄んだこの時期の銀杏の黄葉(こうよう)具合に、心が洗われる感じがします。この日は深川不動堂参道にあるうなぎ屋「大和田」さんで友人と昼食の約束があり、お会いする前に護摩炊きに参列するつもりでいました。このような気持ちもあってか、この銀杏黄葉(もみじ)を見ていましたら、護摩太鼓の大音がこの木の下から天に向け響きぬけていくような感を覚えました。銀杏黄葉
晩秋の宵白雲と家路かな仙台堀川公園沿いの歩道11月18日の18時頃の宵の風景です。人気のない歩道沿いの紅葉並木と道の真ん中に佇立するメタセコイアが、街灯の明かりに薄ぼんやりと幽玄に浮かび上がっています。空には白い雲が点々とゆっくり流れています。ものわびし気な帰り道を一人白雲と歩いていました。晩秋の宵
もみじ径落ち葉一面タペストリー横浜市青葉区美しが丘もみじの径には落ち葉が一面に広がり、タペストリーのようです。たまたま老夫婦とお孫さんらしきお子さんが、ペットの犬を連れて、落ち葉を踏みしめながら楽しげに歩いていました。もみじ・落ち葉のタペストリー
もみじ径おほふ落ち葉の風に立ち横浜市青葉区美しが丘風が吹くとそれまで地に伏していた落ち葉がカサカサっと音を立てて一列に整列するように見えます。ひと止みしてまた吹きます。またカサカサ・・・。美しいもみじを背景にした動画のようです。落ち葉の整列
孤高の美紅葉一枝カナメモチ横浜市青葉区美しが丘緑葉豊かなカナメモチの生垣で、なぜか紅葉一枝(こうよういっし)、一枝の葉だけが鮮やかに紅葉していました。孤高の美、を感じました。紅葉一枝カナメモチ
美しが丘小径もみじのおしゃれかな横浜市青葉区この辺りの小径は緑豊かで起伏に富み、四季折々洗練された美しい風景を見せてくれます。もみじのおしゃれ
都会にも自然の恵み初もみじ仙台堀川公園ある意味、味気ない無機的な都会の日常生活に潤いを与えてくれる四季折々の小さな自然。イオンへの買い物途中の秋の一コマ。堀にも映る移ろい途上の初もみじ。ふと自転車を停め、眺めると実に美しい!都会の初もみじ
秋天や飛騨の古代史国分寺国分寺は、聖武天皇の命により全国約60の国に建立されましたが、ここ飛騨の国にも建てられていたということは知りませんでした。飛騨国分寺は天平18年(746)頃に行基菩薩が創建されたと伝えられ、爾来1250年以上この方、飛騨の国と人々を見守り続けてきました。この地方随一の古刹で、当初の塔は七重で、その後焼失と再建を繰り返し、現在の飛騨地方唯一の三重塔(県重文)は、文政4年(1821)に飛騨の匠三代目水間相模によって再建されました。歴史の重みを感じながら、秋雲の蒼天に聳える三重塔をしばし眺めていました。飛騨国分寺
風情ます陣屋の一隅初もみじ高山陣屋高山陣屋は江戸幕府直轄領となった飛騨国の代官(後に郡代)所で、明治以降も昭和44年(1949年)までこの地方の行政事務所として使われていました。その後県事務所は移転し、平成8年(1996年)江戸時代の姿が復元されました。時代劇が好きですので、江戸時代の雰囲気をゆっくり味わいながら敷地内を回りました。樹木は少なく、地味な色彩の風景の中に一か所だけ、初もみじが彩りを添えていました。陣屋の初もみじ
外国人も秋の日本酒品定め飛騨高山・舩坂酒造店前にて季節と関係する日本酒といえば春ごろに出る「新酒」しか知りませんでしたが、江戸時代からの老舗・舩坂酒造店で、春に出荷せずにひと夏かけて蔵内で貯蔵・熟成させてから秋に出荷する日本酒もあることを知りました。「秋の日本酒」と言われるもので、代表格は江戸時代に始まった製造法で作られる「ひやおろし」とのことです。ところで、渡辺京二著「逝きし世の面影」では、明治維新間もない頃に来日した外国人が残した、江戸時代の面影が色濃く残る日本人の生活ぶりや農村・町の風景の見聞録が紹介されています。以前にこの本を読んでいた所為(せい)か、江戸時代の風情が残されている飛騨高山の町並みを興味津々に見ながら歩く外国の方々を見て、タイムスリップする気分を味わいました。秋の日本酒
切り落としなれど飛騨牛食の秋丸明飛騨高山店高山に行ったら昼は牛肉と決めていました。このお店は飛騨牛を専門とする精肉店直営なので、美味しい飛騨牛を手頃な値段で食べさせてくれるのでは、と期待して精肉店に隣接するこのお店に入りました。昼の開店を待つお客さんのおよそ3分の2はスマホを手にした外国の方々。評判は良いようです。平日限定のランチを選び、お肉当が足りなかったら追加するつもりでした。出てきた切り落とし肉の霜降り部分はマグロのトロを食べているような味わいと食感。味に大満足し、食の細くなった私には残念ながらこれで量的に足りてしまいました。わずかな時空間でのひと時でしたが、飛騨高山での「食の秋」にしばし浸ることができました。飛騨牛と食の秋
何うつる木の実の雨滴レンズには下呂温泉合掌村木の実の雨滴レンズ
鈴なりの木の実に光る雨滴点々下呂温泉合掌村木の実
雨露に孤高十月桜かな下呂温泉合掌村遠くから一本だけ白い花がまばらに咲いている孤立した木が目にとまりました。4月の桜と異なり、この雨露を湛(たた)える十月桜にはとりわけ「孤高」という言葉がふさわしいと感じました。十月桜
爽やかや円空仏にやっと会え下呂温泉合掌村円空館円空さんの荒削りで慈悲深い仏像はテレビでしか見ていず、いつか本物に見(まみ)えたいと願っていました。何気なく入ったこの村ですが、円空仏がありました。感動しました。円空仏は全て透明のケースに入っていますが、写真撮影可!ただ、円空仏本体の映像に透明ケースへの照明の光などが写ってしまいます。いろいろと撮る角度を変え、やっと9割9分方本体に照明の光が入らない状態で撮れました。本体以外の映像を黒色で塗りつぶしたのがこの写真であります。円空仏は10体くらい展示されていましたが、この像が一番気に入りました。仏像の前で般若心経を黙して唱えました。外は秋雨でしたが、心は爽やかでした。円空仏
初もみじ風も色づく露天の湯下呂温泉初もみじ
秋雨や江戸の農村暮らしぶり下呂温泉合掌村江戸時代といってもわずか200年くらい前の話です。当時の方々の生活は今の私たちのと比べると、非常に苦労が多かったと思いますが、このようなジオラマを見ていますとなぜか心が安らぎます。江戸の農村暮らしぶり
背には日を窓閉め新聞これぞ霜月一週間前は暑くて、一旦しまった半袖シャツを引き出したと思ったら、急に冬日。日は部屋の奥にまで差し込みますが、一週間前は部屋が暑く窓は網戸に。今日はやっと冬らしく、閉めたガラス戸越しの暖かい日差しを背に受け、新聞を読みました。2,3日したら、また夏日が???これまで不変と思い込んでいた自然界の季節も、人間の世と同じように、極めて不安定、予測困難になりはじめたような・・・寒がりも半袖時は霜の月これぞ霜月
寒がりも半袖時は霜の月本年(2023)11月7日の東京都心の最高気温は午後0時20分に27.5℃。1923年の11月最高気温記録27.3℃を100年ぶりに更新したとのこと。このような異常な高温冬日は日本で初めてと思っていましたので、100年前にもあったということは意外でした。東京の11月の夏日3日も観測史上初とのことです。霜月の半袖
冬の夕日に映える川面の動と静小名木川一続きの川の流れにさざ波と鏡が同時存在しているようなそんな冬の夕日の一コマでした時折鰡が飛び跳ねます冬の夕日に映える川面の動と静
霜月の夕日そめにし草木花木場公園ギターレッスンの帰り道、蒼天の下、公園全体が夕日に染められていました。この花は秋花のようです。霜月に秋花・・・ベンチには一人の大人が寝そべり、この方とは無関係のかわいい男の子と女の子が仲良く遊んでしました。霜月の夕日そめにし草木花
霜月に入りて色づくイチョウかな木場公園四季が恵みの日本の気候にも異変の底流が・・・霜月の銀杏黄葉
うつつ世のゆがみ川面に月もかけゆく仙台堀川公園横十間川今の世の心象風景のような気がしました・・・うつし世
天高し飛行機鳥雲昼の月仙台堀川公園秋の空はほんとうに気持ちよく高いですね~天高し
セージと虫共生かたや人の世は仙台堀川公園ウクライナに続きパレスチナ自然界で最高品質の脳組織をもった種の悲劇か謙譲の無き人の悲しい性ウクライナの地に、パレスチナの地に生まれていたかもしれない我が身わが幸運と今の幸せ、そしてかの地の悲しみ・・・セージと虫の共生、人は・・・
心奥の血潮のごときセージかな仙台堀川公園この花に出逢って直ぐに浮かんだ言葉は、岡本太郎さんの「芸術は爆発だ」でした。老いた私もしなければならないと思っていることがありますので、じっと見ていましたら掲句が浮かびました。家での画像検索で、このセージの名はパイナップルセージで、名の由来は、葉を傷つけた時に「パイナップル」を思わせるような香りが広がるからとのこと。明日もう一度見に行き、葉を少し傷つけさせていただき、香りを聴いてきます。パイナップルセージ
蒼天の白雲めざすセージかな仙台堀川公園このセージはアメジストセージです。蒼天の高き秋の薄雲にアメジスト色のセージがすくっとのびてゆく、心がシャキッと広々となる心地がしました。アメジストセージ
見とれけりクジャクソウと人の声南総CCにて初めて見る花でした。名前を耳にすると確かに孔雀が羽根を大きく広げているように見えました。近づいて見るとキク科のようです。ほのぼのとした爽やかな艶のあるひと時でした。クジャクソウ
マンションの手作りハロウィンお出迎へわがマンションの正面玄関このハロウィンディスプレイはマンション自治会の女性陣が飾り付けてくれたとのことです。楽しく、迫力があります。10月に入ったか~、とい季節感もいただきました。右手奥の壁の写真パネルはマンション自治会の写真サークルOldPar会員の作品です。マンション住民の絆を感じます。ハロウィン
片隅にいつのま白き天上の花仙台堀川公園白色の天上の花が公園の片隅に一輪、ひっそりと咲いていました。この花の色、優しい曲線美、心が洗われます。白き天上の花
天上の花やいつの間ここかしこ仙台堀川公園この咲き様、「天上の花」、「天界の花」の名に相応しい・・・赤き天上の花
三四半世紀生きて今知るヤブランかな仙台堀川公園にてこの道はここ何十年、自転車や徒歩で通っているのですが、この涼しげで品の良い色の花、今日初めて咲いているのに気付きました。よく見ると、あちらこちらにたくさん咲いています。三四半世紀という時間が頭をよぎりました。ヤブラン
橋の上涼し夕焼けまだ残暑023年9月27日千住新橋もう九月も末で、暦の上では秋真っ盛りですが、まだ厳しい残暑が続いています。荒川にかかっている千住新橋の上は心地よい涼風が吹いていました。奇麗な夕焼けを見、涼をいただきながら橋の上を歩いていましたが、町中に入ると早速「残暑厳しき折」でありました。残暑の涼
わが姓の寺に出逢へり萩の風黄檗山萬松院金成不動尊萬松院は萬福寺に隣接しているお寺さんです。境内には「宇治十三社寺まいり」の一つで、財運アップのパワースポットと言われている金成不動尊が祀られています。萬福寺からの帰りがけに、たまたま「金成」の文字が飛び込んできました。ご縁を感じました。わが姓のお寺さん
胸に仏(ぶつ)在りと一喝羅怙羅(らごら)さん黄檗山萬福寺この方は羅怙羅尊者と言われる方で、お釈迦さんの実の子でありお弟子さんでもあると言われ、釈迦十大弟子の一人です。この尊者像は江戸時代に中国から渡来した范道生(はんどうせい、1637~1670)の作です。人間には皆、仏が宿っているという教えを伝えるために、自分の胸を両手で大きく切り開いて中にあるお釈迦さんの顔を見せているということですが、このような像を見るのは初めてです。じっと見ていると、そうかな~、と思ってきました。羅怙羅尊者
布袋さんデンとおほらか寺の秋黄檗山萬福寺天王殿萬福寺は1661年に中国僧の隠元さんが開創され、伽藍配置は中国明朝様式で、現在の儀式作法なども、今日の中国寺院で執り行われている仏教儀礼と共通する部分が数多く見られとのことです。2019年の10月に上海の龍華寺に行ったことがありましたので、このお寺に一度は訪れてみたいと思っていました。境内に一歩踏み入れますと、建物の形状、お庭など、上海のお寺の雰囲気だ、と感じました。そして、最初の仏殿でお会いしたのがこの布袋さんでした。日本でこのように大きな布袋さんがデンと祀られているお寺は私にとっては初めてです。龍華寺の時と同じように、お寺の中の布袋さんにははじめ違和感を覚えましたが、じっと見ていますと、心が大(おう)らかになります。上海で、布袋さんは弥勒菩薩の化身とされて...萬福寺の布袋さん
北風のやうやく涼しくなりにけり2023年9月25日今は九月も末で、わが家の北窓から入るこれまでの生ぬるい風がようやく涼しくなりました。それまでの昼間の室温が30度を超えていましたが、10時半現在は26.6度。長袖シャツを羽織りました。26度で涼を感じる、日本の気候の激変を感じます。「北風」は冬の、「涼しく」は秋の季語ですが、今年は北風で秋の訪れを感じました。北風の秋