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不思議な展開をみせる、オリジナル小説、ほんのり奇妙な短編・ショートショートや、中編小説を書いています。

不思議な展開をみせる、オリジナル小説、 ほんのり奇妙な短編・ショートショートや、 中編小説を書いています。 ◆小説一覧リスト https://riemiblog.blog.fc2.com/blog-entry-2.html コメント、メッセージなど、 一言でもいいので、ご感想をお待ちしています。

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2017/10/28

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  • さわやか病院

    ――その病院から出てきた者は、皆さわやかになる―― 最近鬱ぎみのしー君は、その宣伝に惹かれて、さわやか病院に行くことにした。 精神科の先生が、いい腕なのだろうか。 しー君は病院内に足を入れた。 その瞬間、この世とは思えないほどの、異臭がした。 なんだか照明も薄暗く、壁のあちこちに、血の痕のような飛び散りが見える。「本当にこんなところで、さわやかになれるのだろうか……」 しー君は戸惑いながら、とにかく...

  • moth

    子は、小さな頃から母に聞いていた。 私たちは、光の方向へ進んで生きているの。 光がなくては生きられないのよ。 子は最近、強烈な光を見つけ、何度もそこへ向かおうと考えていた。 でもね……と母。 強すぎる光は、その分刺激的よ。 でも、命を落としてもしまうのよ。 あなたの父は、光に長く当たりすぎたのね。 最後にはビリビリになって、体を溶かしてしまったのよ。 子は疑問に思う。 ぼくらは、光を夢見ることを...

  • UFO研究家

    UFO研究家の博士は、頑固な性格で有名だった。 人々の誰もが「ありもしない」と、UFOや宇宙人の存在を否定しても、博士だけは「存在する!」と言い張っていた。 博士は若い頃から、UFOが空から降りてきて、宇宙人が自分と握手する光景を、何度も夢に見ていた。 宇宙人が悪者であるわけがないと、博士は思っていた。 宇宙人は友好を築く為、いつの日か必ず地球にやってきてくれる、と信じて疑わなかった。 博士は...

  • 記憶を追って…

    飲食店の片すみに、いつも一人のお爺さんが座っていた。 店の店長は、もうその光景にはすっかり慣れていたので、毎日お爺さんに、料理を多めに出していた。常連客へのサービスだ。 店長は、手が暇になると、お爺さんのそばへ行き、他愛もない会話を楽しむ。 毎日そうしているうちに、お爺さんは、自分の身の上話を語り始めた。 それによると、こうだ。 お爺さんは絵描きだった。 手にスケッチブックを持って、外を散歩す...

  • ランナー

    私は走ることが好きだ。 走り続けることで、生きていることを実感できる。 とりわけ、雨の日が好きだ。 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。 だから私は、雨の日でも走る。 ある日、私は、友達と賭けをした。 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーを...

  • 小説一覧リスト

    ~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...

  • 小説一覧リスト

    ~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...

  • 脱獄

    目が覚めると、いつの間にか新人がやってきていた。「やぁ、おはよう。初めまして」「初めまして。ところで……ここはどこだい?」「ここは監獄だよ。入れられた者は、二度と外には出られない」「そんなぁ……」「ほら、あそこに机と椅子が見えるだろう? 看守がいてね、そいつが夜になると、決まってそこに座るんだ。そして僕らを、オリごしに眺める。何か、晩ご飯を持参してくるよ」「僕たちのご飯はいつだい?」「何のん気なこ...

  • ドッキリ大作戦!

    お笑いピン芸人の鈴木は、最近、悩んでいた。 自分のギャグがヒットしなくなったのだ。 しかも、新人の芸人がどんどん出てくる。 若手に客を持っていかれ、TV出演もほとんどなくなってしまった。 最近では、山田とかいう二十歳そこそこのピン芸人が、ブームらしい。 お笑いのくせにルックスもよく、女子のファンも多い。 下積み時代も浅く、芸歴十年の鈴木にとっては、とんでもない強敵となった。 バラエティ番組のプ...

  • 平凡

    俺は退屈していた。 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレ...

  • スランプの怪物

    あるところにSF作家がいた。 彼はスランプに陥っていた。 そんな中、突然彼の前に、大きな怪物が現れた。「な、なんだお前は!!」「俺はあんたの産物さ」 と怪物は言った。「あんたが困った時に、あんたの脳みそを通して出てくる仕組みになっている。言ってみりゃ、俺を喋らせているのは、あんたの考えによるってもんだよ」「そんな、まさか、信じられない……」 作家は困って、近くの人に呼びかけた。「誰か、この怪物が...

  • 人生の散髪屋

    ――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる―― 最近、彼氏に振られたデコちゃんは、外見から変わりたいと思い、その散髪屋へ入った。 古ぼけた建物はこじんまりとして、店内の鏡も錆びついていた。 何か怪しいな、とは思うものの、デコちゃんは店の主人に、自分のなりたい髪型を口で伝えた。 主人は50歳くらいのおじさんで、頭が寂しい。 デコちゃんの髪の毛をしばらく見つめて、「本当にいいんだね?」と確認...

  • かくれんぼ

    私たちは、かくれんぼをして遊んだ。 体の小さな者は、すぐに見つかった。 そして、大きな者に食べられたりもした。 体の大きな者は、あまり隠れられる場所がない。 私もそのうちの一人だった。 周りを見回してみても、私より大きな木は生えていない。 私が一歩前へ進むと、大きな地響きが起きる。 おそらく私は、地球上始まって以来、この世で最も大きな存在であろう。 そう、私は恐竜。 私は大変よく目立った。 遠...

  • ヒーローの敵

    宇宙から、変な敵が降ってくるようになって、早一年。 でも大丈夫。 地球には強い味方、「イズミくん」というヒーローがいたのです! 今日も人々は、宇宙からやってくる、謎の宇宙人に襲われていました。 宇宙人は、そこらへんに生えている木を投げ飛ばし、ビルを破壊し、手あたりしだいに食器を投げたりするのです。 とても危ないので、見ていられません。 人々はいっせいに口をそろえて、「助けてー! イズミくーん!...

  • 教えてくれ

    ある日私は、通り行く人たちが、私のことをじっと見ていることに気づいた。 それはまるで、何か得体の知れないものでも見るかのように、恐ろしそうに、脅えていた。 ふと視線が合うと、すぐに目をそらすのだ。 子供たちは私を指差して驚き、笑い出す子もいた。 私は何だか不気味に思った。 私の顔に何かついているのだろうか、そう思い、不意に取り出した鏡を見てみたが、いつもと変わらない姿がそこにはあった。 どこへ...

  • 天国と地獄の狭間で

    ここは天国と地獄の狭間。 死んだ人間が天国へ行くか地獄へ行くか、生前の行いの善し悪しで、審判人に判断されるのだ。 どうやら俺は死んだらしい。 56歳という若さで死ぬなんて、俺にはまだやり残した仕事があるというのに、病気には勝てなかったか。 俺はある大きな企業の社長で、信用も厚かった。 しかしその分、多大な責任と負担がそこにはあった。 俺は皆のために、そして家族のために、必死で働いた。 無理をしす...

  • ダイブ

    おれは大きく息を吸い込み、潜った。 これはおれ自身の戦いだ。 もうこれ以上潜れないところまで、潜った。 こんなに潜ったのは初めてだ。 息が苦しい。 肺が圧迫され、頭に血の気が回ってくる。 く、くるしい……。 しかしやらねばならんのだ。 おれは負けない。 負けないぞ! このままの状態を維持することに、全神経を集中させた。 何秒耐えれるか、数を数える。 おお! 新記録だ!! ついにやった。 おれはや...

  • なぞの声

    新人の宇宙警察官は、一台の宇宙船に乗って、宇宙をパトロール中だった。 彼はまだ新人なので、早く手柄を取りたいと常々思っていた。 近々昇級試験があると聞いていたが、いつのことになるか、まだ未定だった。 だから日頃から手を抜かずに、訓練しておかなければならない。 今日も自ら宇宙船に乗り込んで、危険な異物などないか、パトロールに精を出していたのだ。 宇宙には、地球から出たさまざまなゴミが漂っている。...

  • 3人の宇宙人

    高度な文明の発達した星から、3人の宇宙人が地球に来た。 地球人は友好をはかるため、手厚くもてなすことにした。 まず、長旅で疲れていると思ったので、マッサージを受けさせた。 すると宇宙人はこう言った。「なんてことだ、凶暴な地球人め。こんなに体をつねられて、憤慨だ!」 今まで高度な星にいて、重力も軽いせいか、体が凝ることもなかったのだ。 次に、仕方がないのでお灸士に来てもらい、お灸で和んでもらおう...

  • シャツ

    シャツは、「自分はどうしてこんな人に着られているんだろう」と、納得がいきませんでした。 シャツは、ショーウィンドーのマネキンに着られているのが、一番でした。 華やいだ人通りから、たくさんの視線を集めていたのですから。 今、シャツは試着室にいます。 おばさんに着られて、鏡と向き合わされているのです。 ちょっと太いおばさんは、シャツのボタンを引きちぎりそうです。 シャツは、ショーウィンドーに早く帰...

  • 輪廻転生

    いつも同じ夢を見る。 女の子が話しかける。「あなたの寿命の一年を、私にくれると約束したら、好きなものをあなたにあげるわ」「あげるさ」 と、その男は言う。 どうせ夢の中の話だ。 現実には関係のないこと……。 翌日、男は好きなものを手に入れる。 そしてまた夢を見る。「今度は何くれる?」 男は女の子に、寿命を一年分ずつ渡しながら、欲しいものを手にする。 そのうち、夢の中の女の子が成長し、大きくなる。「...

  • 不思議な絵

    美術部のあいちゃんは、ある日先生から、有名な画家の絵を見せられた。「この人はきみたちと同い年の青年だ。なのに、こんなにリアルな絵を描いている。参考にしなさい」 その画家の名前は、こうくんといった。 特に、人物画がうまかった。 今、個展を開いていて、世界中を回っているらしい。 もうすぐ日本にも来日する予定だった。 あいちゃんも会いに行こうと決めた。 ある日、TVの取材で、こうくんの新作が発表され...

  • わたる君の日記帳

    ある日の放課後、わたる君は横断歩道の向こうから、一人のおじさんが歩いてきて、話しかけられた。「やぁ、やっと会えたな」「おじさんだれ?」 わたる君はおじさんの顔を見た。 どこか自分と似たような目をしている。「親戚の人?」「とりあえず止まって話さないか?」「えっ、横断歩道だよ。信号が赤に変わっちゃうよ」 わたる君が足を進めようとするが、おじさんはわたる君の腕を、がっしり掴んで放さなかった。「助けて...

  • 回る円盤

    その時、少年はまだ言葉も知らぬ赤ちゃんだった。 母と、ベビーカーに乗せられて、連れ出された散歩の途中で、少年はあるものに目が釘付けとなった。 ベビーカーから見上げたその先に、くるくると回る円盤があった。 なぜ円盤があるのか、なぜくるくると回っているのか、しかし少年は0歳だったので、母親に尋ねようとしても、ただ「あー!」としか言えないのであった。 円盤は回る。 ただくるくると、その場で回り続ける...

  • 月のライン 1-1

    フェリーに乗って30分、本土から16キロと、さほど離れていないその島は、観光地として人気があった。 島、といっても南の楽園ではなくて、船が上陸する港には、たしょう砂浜がある程度で、島を支える地面には、そのほとんどに硬い石畳が敷き詰められていた。 上に建つのは、中世の面影を残した建物。 太い木枠が入り交じり、みな同じような朱色の屋根に、白い壁。 花を飾った出窓に揺れる、レースのカーテン。 ドアには飾...

  • ソレイユの森 1 シュー教授

    大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。 同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、「シュー教授」と呼ぶことにしていた。 歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。 しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。 生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。 親身になり過ぎたのかもしれない……。 あとになって、シュー教授...

  • 稲妻トリップ 1 さっき……

    高架下の水面(みなも)に、街灯の明かりが落ちて揺れていた。 淡いオレンジ色の光と、薄暗い夜の青さが入り混じる。 俯いた顔に冷たい風が吹きつける。 ほんのりと、潮の香りを運んでくる。 車のライトが背中で輝き、速いスピードで過ぎ去った。 毎日見ている。 足を止めて、橋の上から。 そこは、道路を仕切る白線の中。 深夜になると、交通も少ない。 誰にも入ってきてほしくないの。 ただ一人で、私は海を眺める...

  • アパルトマンで見る夢は 1 椅子

    白髪頭の監督は、お辞儀をするように下を向き、その顔を両手で隠した。 体が前へ傾いたことで、彼の座っていたパイプ椅子が、キィ……と小さな音を立てた。 静まり返った広い部屋に、その音だけが通って聞こえた。 数秒後に、ピタピタ、と、裸足の足音が近寄ってきた。 自分のすぐ正面で止まるのを、監督は闇の中で感じ取った。 両手をそっと顔から下ろして、目を開くと、白くて細い足が二本、きれいに揃っているのが見えた...

  • 扉の中のトリニティ

    時計は、静かで凍りついたような空間に、大きく、振動を響かせていた。 午後一時。 窓のない部屋は、壁の時計と、白い電灯に照らされた三人の、小さな呼吸の音だけを、密やかに閉じ込めていた。 三人はそれぞれ、赤、白、黒のシンプルなワンピースに身を包み、狭い部屋の中央に置かれた、木でできた丸い机に、向き合って座っていた。 アイドルのような整った顔立ちに、セミロングの黒髪。三人は似たような白い顔に、何の表...

  • 雨の降る街 1 昨夜

    少年は、眠れない夜に考え事をするのは、よくないことだと分かっていた。 考えは、ただ暗い部屋に漂うばかりで、欲しいと願った正解を、与えてくれることはない。 それでも、布団から這い出て、何か別のことをして気を紛らわせる余力も、もう残ってはいなかった。 カーテンの切れ間から、車のライトが、部屋の壁をなぞって消える。また一台……。 白々とした陽の光が、その切れ間から、強さを増してやってくる。 明日が不意...

  • 雨の降る街【全文掲載ver.】

    ◆雨の降る街 現代ドラマ(全7話) 泣きたくなったら、ここへおいで。 その街は、毎日雨が降る街だった。 少年は、ある一つの仕事について知る。 それは街の人々にとって、必要なシステム。 たぶんきっと、あなたにも……。 ▽目次(クリックで展開) 1 昨夜 2 配管 3 蛙堂 4 社長 5 睡蓮 6 雲海 7 翌日 1 昨夜 少年は、眠れない夜に考え事をするのは、よくないことだと分かっていた。 考えは...

  • アパルトマンで見る夢は【全文掲載ver.】

    ◆アパルトマンで見る夢は 現代ドラマ(全15話) 諦めることは簡単だ。それでも前を向く。 もう一度、夢の続きを見たいから……。 仕事に行き詰まりを感じた女優、舞花。 逃げるように来た引っ越し先で、 どこか不思議な絵描きと出会う。 ▽目次(クリックで展開) 1 椅子 2 スーツケース 3 ベッド 4 リンゴ 5 ギター 6 カーテン 7 階段 8 エクレア 9 手紙 10 グラス 11 傘 12 鏡 13...

  • 稲妻トリップ【全文掲載ver.】

    ◆稲妻トリップ ファンタジー(全15話) 明日もちゃんと生きていく。 心の中に、抱え込んだ思い。 そして過ぎてゆく、昨日、今日、明日。 三人の視点で綴る、 生きる世界と、その時間。 ▽目次(クリックで展開) 1 さっき…… 2 アオムラ 3 りゅうの 4 AKIYOSHI 5 溶ける時計 6 今日のこと 7 十年前 8 特別な人 9 スパーク 10 ビー玉 11 世界 12 白い光 13 音 14 明日 15 ...

  • ソレイユの森【全文掲載ver.】

    ◆ソレイユの森 SF(全15話) 「守っています。命令は、絶対です」 数奇な運命をたどる命と、一人のロボット。 時の流れの中で、大きな展開をみせる、 この世界。 ▽目次(クリックで展開) 1 シュー教授 2 温室栽培 3 訪問販売 4 マネキン 5 日光浴 6 目覚め 7 約束 8 命令 9 傍観者 10 蜘蛛の巣 11 カナユワテ 12 送受信 13 0 14 光の中 15 森 1 シュー教授 ...

  • 月のライン【全文掲載Ver.】

    ◆月のライン 現代ドラマ(全34話) ノエル(クリスマス)の夜に、 煌めく町と、光る花。 美しい町並みに交差する、人々の想い。 月に何度も沈む島で起きる、一つの事件。 ▽目次(クリックで展開) 1章 1-1 1-2 1-3 1-4 2章 2-1 2-2 2-3 2-4 3章 3-1 3-2 3-3 3-4 4章 4-1 4-2 4-3 4-4 5章 5-1 5-2 5-3 ...

  • 雨の降る街 7 翌日

    ハンドルの前の席に、レンは黙って掛けていた。自分のそばまで、サクが歩いてくるのを待つ。足音が止まると、口を開いた。「新しい道を、見つけられたんだな。早く行ったほうがいい。見失わないうちに」「僕の父は、教師だったんだ。いつも威圧的で、そんな父が、大嫌いだった」 サクは口から言葉が、溢れ出るように語り始めた。それを、レンは決して遮らず、また穏やかな表情も崩さなかった。「進路のことで口論になった。僕...

  • 雨の降る街 6 雲海

    サクは夜勤交代のため、レンの待つ工場へと向かっていた。 あの台風が通過したあとも、雨は飽きることなく降り続けていた。夜道にできた水溜りも、乾くひまもないようだった。 冷えた風が流れる通りを、サクは一人進んでゆく。 道の端には、ぽつりぽつりと、表情の見えない人影がある。みな何も言わずに、静かに雨に打たれている。サクはそばを過ぎる時、さっと下を向いて、視線を外したまま歩いた。 しかし角を曲がった時...

  • 雨の降る街 5 睡蓮

    この街に来て何日経ったか、もうサクには分からなくなっていた。 食事も、取ったり取らなかったりと不規則だったし、夜勤もあったりで、寝る時間も定まってはいなかった。 相変わらず、ハンドルがどんな役割を担っているのか、理解できてはいなかったけれど、それでも、任務を与えられているという責任感が、心の穴を埋めていることは確かだった。 夢は、見た。 自分の父親が、死ぬ間際に言ったこと……許さない、許さない、...

  • 雨の降る街 4 社長

    病室の寝台で眠る父の姿は、作り物の人形のように思えた。 人形は二度と立ち上がることはない、魂の抜け殻だった。 だが夢の中では、何度でも立ち上がり、サクの目をきつく睨んで、こう叫ぶのだ。「許さんぞ、このバカ者め!」 サクは砂嵐のような音に、目を覚ました。 雨。 絶え間なく続くその音の向こうから、「ねえ!」という、高い声が飛んできた。 ソファから起き上がると、サクは目をこすりながら、声のほうへ進ん...

  • 雨の降る街 3 蛙堂

    昼間でも薄暗い、霧のもやに包まれた街。 水溜りの上を歩きながら、僕ら以外に誰もいない、とサクは思った。 通りに、歩く足音は他になく、雨と、時折過ぎてゆく風だけが、耳に大きく聞こえていた。 時が止まったようなこの街に、誰も住んでいないんじゃないだろうか。 レンの背中を追いかけて、道の角を曲がった途端、サクは突然、足を止めた。 人がいた。 黒いロングスカートの女性だった。傘もささずに立っていた。白...

  • 雨の降る街 2 配管

    湿ったスニーカーの長さをメジャーで測ると、同じサイズの長靴を、男は少年に手渡しながら言った。「この街は、毎日雨が降る街だ。泣きたいやつしか住もうとしない。涙は、雨でカモフラージュできる。分かるか、サクちゃん。いつ泣いてもいいんだぜ」 少年は先ほど言われた通り、黙っていようと決めていた。それに、誰かとお喋りをしたいという気持ちもなかった。心がフタをして、閉じきっているような感覚。涙も、零れること...

  • 月のライン 8-2

    ホテルの大きな窓ガラスを、キトは掃除していた。 日差しが肌に暖かい。 マリは捕まってしまったけど、キトには今、ナヤがいる。 毎日、午後には、畑の手入れをかねたデートだ。 キトはいつも以上に丁寧に、窓を磨いた。 そこから表を眺めると、ホテル入口へ続く、短い階段を、ゆっくりと上ってくる男を見つけた。 キトは急いでロビーへ向かった。 大きなドアが開き、男が入ってくる。 相変わらずの、黒いスーツに銀縁...

  • 月のライン 8-1

    『親愛なる兄さんへ。 兄さんの言った通り、ノエルの翌日に、たくさんの警官たちが本土から来て、自宅にいた町長を、そちらへ連れてゆきました。 町のみんなは、どういうことか分からない、という顔をしていましたが、警官たちと一緒にやってきた、ひとりの人が、税金を横領した形跡がある、と言って、その場で町長を取り押さえました。 そう言ったひとりの人こそ、キトの友達のラジだそうです。 おかげでこちらでは今、次の...

  • 月のライン 7-5

    校舎の裏に回ると、町長は高鳴る胸を押えながら、辺りの様子をうかがった。 小さな畑のある場所に、いくつもの白い光が浮かんでいる。 月のライン。 夜に光る、花びらのライン。 町長は静かに歩み寄ると、花々の間で横たわる人影に、目が行った。 左手に、今、摘んだばかりの花を。右手は人差し指を立て、空を指している。 影はその指で何度も、何度も、何かを切るような仕草を見せる。 町長はその病状に、思い当たるこ...

  • 月のライン 7-4

    メルは町なかを駆けていた。 楽しげな笑い声の間をすり抜けて、来た道を戻って行った。 ロイに、手紙を渡してくるので、あのベンチで待つよう言ったが、おそらく待ってはいないだろう。 あのあとすぐに、小学校のほうへ行く、と言って聞かなかった。 畑を壊すつもりだろう。この町のために、ロイは証拠を消そうとしているのだ。 メルは役場前の広場に着いた。 上下に動きながら、回り続けるメリーゴーランド。移動式遊園...

  • 月のライン 7-3

    すぐ目の前に駆けつけた、メルの問いかけるような視線を受けて、ロイは小さな声で答えた。「メルがなぜここにいるのか、俺には分からないが、今ここでメールボーイに会えたことは、俺にとって好都合だ。聞きたいことがあるんだろう? そこに座ってくれ」 メルはロイと一緒に、近くのベンチに腰掛けた。 街灯の明かりが、2人の上から降り注ぐ。「リカも心配してるんだ。お前のことが好きだからだよ」 メルがロイに訴えた。...

  • 月のライン 7-2

    町役場の広場の中央に、小さな回転木馬が設置されていた。 馬の数は5台しかない。サーカスのゾウのように、体中に派手な模様をペイントしていた。 メルは自分のかたわらで、満足げにそれを見つめる、父の横顔を見た。 メリーゴーランドの張り出た屋根に、ピカピカと点滅するライトが光る。 父の顔を明々と照らす。 よくこの短期間のうちに仕上げたものだ、とメルは思った。 たぶん、父の手柄じゃない。技術職人が頑張っ...

  • 月のライン 7-1

    歌うように揺らめいて、何層にも重なって聞こえる、アコーディオンの不思議な音色。 路上で演奏するお爺さんの近くで、リカはワゴンを出していた。 町の看板や、家々の軒下に光る、イルミネーションに負けないくらい、リカのワゴンは華やかだ。 この広場ににぎやかに光る、虹色ストライプのネオン。 後ろの教会の奥からは、賛美歌が聞こえる。 幼い聖歌隊の子供たちが、この日のためにと練習していたのを、リカは知ってい...

  • 月のライン 6-5

    次の日、フラワーショップ・ナヤの前に、たくさんのスーツの男がやってきた。 観光客が、彼らを横目に過ぎてゆく。 しかし誰の目にも、その騒ぎの真相は分からなかった。 ただひとり、店の前の噴水近くから、そちらを見ていた少年以外は。 少年はただ黙って、不審な男たちの行動を遠目に見ていた。 店の写真を撮ってゆく者、花を押収する者、みな静かだったが、迅速に、それぞれの仕事をこなしている様子が見えた。 少年...

  • 月のライン 6-4

    ナヤがキトにこの手紙を見せることを、ラジは悟っていたのだろう。 キトなら、ナヤを支えてくれる、と分かっていて、セドにこんな手紙を書かせたのかもしれなかった。 そのため、マリのことを記していない。 ナヤがキトに打ち明けられるように、セドに、マリのことを言わなかったのだ。「ナヤ、大丈夫」 キトは手紙をナヤに返しながら、しっかりとした声で言った。「このことについてはラジに任せて。町長は、ラジが調べに...

  • 月のライン 6-3

    『ナヤへ。 家の者が心配しているだろうから、と、警察は僕にこの手紙を書くよう、促した。 携帯電話は調査として没収された。 ナヤ、僕は今、警察署の牢にいるが、心配しなくてもいい。 みな、大人の対応をしてくれている。乱暴な目にはあっていないよ。 あの日、僕は花を届けるために、本土に行ったが、受取人が、いつも待つ場所にいなかった。 どういうことだろうと思っていると、島から僕をつけてきたという、ラジとい...

  • 月のライン 6-2

    フラワーショップ・ナヤのドアを開けると、ドアに取り付けてあるベルが、涼やかな音を響かせた。 一歩中へ入って、窓から外を眺めると、雨はまるで滝のように店全体を打ち付けていた。「ごめんなさい、お客様。今日は店はお休みなんです」 奥の間から、ナヤのか細い声が聞こえた。「ナヤ」 キトはたたんだ傘を、ドアの横に立てかけながら、話しかけた。「僕だよ」「キトね」 店舗に出てきたナヤは、やわらかい微笑みをキト...

  • 月のライン 6-1

    傘を持ってホテルのロビーへ向かうと、キトは足を止めた。 ロビーから続くフロントで、ずぶ濡れの男がチェックインをしているところだった。 濡れた手で宿帳に名前をサインする。 キトはすぐ横に近づき、ポケットから取り出したハンカチを差し伸べた。 宿帳を盗み見ると、細い筆圧で『ロイ』と書かれている。 ハンカチで水滴を拭うロイの顔を、もちろんキトは知っていた。 けれど、どこか以前とは違う。なんとなくだが、...

  • 月のライン 5-4

    ロイは雨音で目を覚ました。 どしゃ降りの雨を受けながら、ゆっくりと起き上がる。 狭い路地の石畳に、大粒の水が跳ねている。 ロイはその場で咳き込んだ。 腕時計を見ると、2本の針はちょうど12を指していた。 昼の12時なのだろうか。胃の辺りがものを欲しがるような、しかし何かを吐いてしまいたいような、気持ちの悪い感じがした。 コートの前ボタンを止める。 目がくらむ……。 ロイは壁に両手をついた。 月のライ...

  • 月のライン 5-3

    宇宙空間にキリトリ線が現れた。 ミシンで縫ったような点線だ。周りをぐるりと取り囲む。 無重力の波を泳いで、ゴールテープのように切る。 点線の向こう側へ落ちてゆく。 頭のほうから、落下する。 向こう側が広がって、宇宙の闇が裏返しになる。 そうして体はゲートを抜けた。 明るい光が上空から差す。 失速した体は、足もとから地面に降りる。 そのまま根が生えて花になる。 パステルカラーの花々が、自分の周り...

  • 月のライン 5-2

    上陸して、人の間を縫うように歩いた。 初めて来る観光客なら、迷子になりそうな裏通り。 細い路地が迷路のように連なる場所。 ノラ猫1匹歩かない暗い小径で、ロイは立ち止まった。 ここからだと、空も狭い。 遠くに街灯があるくらいで、手の平を広げてみても、形はあやふやだ。 ロイは地べたにしゃがみ込んだ。 両足をまっすぐと放り出す。 冷えた石畳が体温を奪う。 ロイはコートの前ボタンを開けた。 内ポケット...

  • 月のライン 5-1

    夜12時ごろに起こしてくれ、とゴンドラの船夫には言っていたので、眠いながらも、ロイは目を覚ますことができた。 浜から少し沖に漕いだ場所。 そこからは、本土と島の両方が見える。 ロイはそれまで寝そべっていた、赤いビロードの長椅子から、上半身を起こした。 揺れるゴンドラの中で、2つの町を見比べる。 本土は強い、都会の明かり。 ビルや電波塔の白々とした光が、夜なのに昼間のように放たれている。 それに比...

  • 月のライン 4-4

    「あれ、珍しいですね。昨日もいらしてたのに、連日いらっしゃるなんて」 町役場の夜間職員は、昨日と同じ時刻に訪れた、マリに向かって声をかけた。「ええ。ちょっと相談し忘れたことがあって。難しくて、電話じゃ言えないのよ」 控えめに、マリは笑った。もうおばあさんだしね、と付け加えて。「そうですか、ちょうど町長もまだ役場に残っておりますし、また応接間のほうでお待ちください」 職員に促がされ、マリは昨日と同...

  • 月のライン 4-3

    虹色の、斜めにストライプが入った派手なワゴンで、リカはその日、営業していた。 肌寒いけれど、雲の少ない青空に、ワゴンからつけた風船が揺れている。 丸いの、星型の、種類はさまざまだったけど、どれも同じメッセージが印刷されている。『Happy Noel!』 リカはニットの帽子をかぶり直した。 ノエル当日も、この場所で販売することになっている。 この帽子じゃ寒いかな……。 ちらり、と後ろの教会を見た。 ミサを終...

  • 月のライン 4-2

    ロイは昼前にフェリーに乗って島へ上陸した。 海沿いのフラワーショップ・ナヤを通り過ぎ、目的地へ足早に向かう。 冷たい潮風がコートの裾を翻した。 リボンの装飾が浮き彫りにされた看板の、小さなお店。 ショーウィンドーに飾られた華やかなツリーに見向きもせず、ロイは入口ドアを開けた。「いらっしゃーい」 陽気な出迎えの声がした。 店の店長がひとり、レジの前に立っている。 男なのに女物のエプロンを巻いて、...

  • 月のライン 4-1

    その日のナヤは朝早くから、リース作りの仕事に追われていた。 花屋に続く少し奥まった部屋の一角で、椅子に座り、小さなテーブルの上で手を動かす。 花屋は辛い水仕事だ。 水を張った足もとのバケツに、たくさんの切り花がひたっている。 そこから必要な本数を取り、テーブルの上で、細い茎を編んでゆく。 丸く、丁寧に、形よく。 ノエルの近づくこの時期に、毎年行うリース作りだ。 人々はこれをドアに飾ったり、窓に...

  • 月のライン 3-4

    セドは受話器を耳から離し、電話を切った。 他ならぬ町長の頼みだ。やらないわけにはいかないだろう。 それに、その報酬が嬉しい。 どんなお得意様か知らないけれど、町長に大金を振り込む。 それを自分の店で売った花だと、うそぶくだけで、分け前をくれる。 本土への運び屋になるのは、ちょっと面倒だったけど。 いつもの場所で待っている、取引人に渡すついでに、本土の市場に出た花々を、自分の店で売る用に仕入れる...

  • 月のライン 3-3

    夜中のひっそりとしたラウンジで、子供を泣かせているところを見られたら、変に誤解されてしまうだろうな、とラジは思った。 幸い、2人以外には誰もいない。それでも、明々と灯るランプの光が、キトの頬を光らせた。 いつマリが帰ってくるか分からないので、ラジは要点だけを実直に語った。 マリの尾行をし、着いたのは畑。幻想花の栽培地。 ラジは声を知られているので、町を歩いていたバックパッカーを買った。 マリに...

  • 月のライン 3-2

    町役場の一番奥、ふだん観光客も通らない、細い通路を使って、町長はやってきた。 応接間だった。 アンティークな革張りの椅子に座り、すでにマリが待っていた。 手前の机に、膨らみのあるスカーフが乗せられている。「町長、聞いてください」 マリの低い声がいつもと違う。 町長は入ってきたドアの取っ手を引き寄せた。 腕時計を見る。深夜1時過ぎ。 夜勤をしている職員たちには、週に一度のこの時間、昔なじみと話に...

  • 月のライン 3-1

    モンフルールの広いロビーで、キトはひとり待っていた。 深夜12時で誰もいない。 古めかしい柱時計の音だけが、耳に、心に響いてる。 最終チェックインの時刻も締め切られ、もう観光客は入ってこられない。 泊まりの客は寝ているだろう。昼間歩いた町を、夢に見ながら。 キトはどうしても眠れなかった。 分厚いガウンの前を合わせて、壁際の長いソファに座ったり、立ったり、位置をかえて座ったり……を繰り返していた。 ...

  • 月のライン 2-4

    本土に帰ってきたメルは、すぐさまその足で郵便局へ向かった。 上司の局長は、メルの今回の失敗を、言葉で叱責しなかった。 40過ぎで、メルの2倍ほど年上の女性だったが、涼やかな顔でメルを見るとこう言った。「始末書、書いて」 あとは言われるままにメルは従った。 午後からの仕事は取り上げられ、自宅に帰された。 表には感情を出さなかったが、局長はかなり怒っていたに違いない。 メルが帰り間際に、冷たい態度で...

  • 月のライン 2-3

    ノエル(降誕祭)が近づく季節になると、圧倒的にガラス製品が増える。 陳列棚にもこれでもか、というくらい、積み重ねた色とりどりのオーナメント。 お互い触れるとカチャカチャ鳴って、割れやしないかとヒヤヒヤしてしまう。 でも、店舗が狭いので、個別に飾る場所もないのだ。 本当は2階のほうにも並べたいけど、2階は住居で、1階よりもさらに狭いし……。 リカは、紙の箱から取り出した、50センチほどのツリーを眺めた...

  • 月のライン 2-2

    ルームサービスのクロワッサンとミルクを胃に収めたあと、メルはチェックアウトした。 ロビーの柱時計は7時を刻んでいる。 9時入港だから、しばらくまだ時間があるな。 よく磨き上げられた、つややかな木の入口ドアを開くと、すぐ外に、掃除をしている2人組を見た。 短く伸びたホテルへ続く階段の、白い手すりを雑巾がけしている、背の高い男。 柄の長いモップで、石畳の水を拭き取っていた、細身の少年。 2人はメルを通...

  • 月のライン 2-1

    広い噴水のへりに、男がひとり座っていた。 もう何時間もここにこうして待っている。 黒いスーツに銀縁眼鏡。 眼鏡はダテで、視力はいい。 見えないものまで見えるほうだ、と、自分では思っている。 前を通り過ぎてゆく、街灯に照らされた観光客の表情を、見て見ぬふりして座っていた。 時々、足を組み直し、そ知らぬ顔で。 ピチャン、ピチャン、と水の跳ねる音がする。 後ろの噴水からじゃない。男のひざ下まで、アク...

  • 月のライン 1-4

    用意周到に長靴を持ち合わせているわけもない。 ただ、買えそうな店がどこにあるか分かっていたので、メルは急いでそちらに向かった。 はずむたびに鞄が揺れたが、今は考えないことにした。 とにかく、濡らさないのが優先だ。 ミリのカフェを通り過ぎるとき、彼女が太った旦那と一緒に、オープンテラスの椅子や机を片付けて、店の中に押し込んでいる光景を見た。 これからやってくる大潮のためだ。 旦那は試食し過ぎたの...

  • 月のライン 1-3

    いつもなら郵便局で昼を食べ、午前中に整理した宛先ごとの手紙を持って、島へ渡る。 そして配達し終えると、役場のポストを開け、空になった鞄に新しい手紙を詰めて、局に戻る。 大体それが、4時過ぎだ。 だが今、港に向かいつつ、役場の高い位置に取り付けられた時計を見ると、1時間遅れ。 たぶん、ミリのパン屋に寄ったのがいけなかったか。 メルは胃の辺りをさすりながら思い返した。 ミリという名のおばあさんの開い...

  • 月のライン 1-2

    メルは肩から斜めに吊り下げた革製の鞄に、ポストの中身を収集していた。 町役場の側の大きなポストだ。 青い海に浮かぶ、朱色の屋根の連なるこの島の、美しい景観を写したカードが多かった。 ちょうどその時、役場の扉を押し開けて、町長が現れた。 メルには気づかず、役場の前の花壇に向かい、花の手入れをし始めた。 しおれた花びらを摘み取って、手の中で握りしめる。「こんにちは」 メルがそっと声をかけると、「や...

  • 天使

    あるところに、ひとりのおじいさんがいました。 おじいさんは、どこにでもいる普通のおじいさんです。 そのおじいさんは、そこに住んでいたのではありません。 ただ、そこにいただけでした。 どこにでもいるそのおじいさんに、白羽の矢が立ったのは、単なる偶然でした。 天の国で天使を務めているビーちゃんは、「次の天国人を決めなさい」と、大天使様に言われ、地上に降りて、そのおじいさんに狙いをつけたのでした。 ...

  • 尾探しヘビー

    大きなヘビが現れた。 地面の中から現れた。 はじめ、体長2メートル程だったが、動物園のオリの中で、徐々に伸びだした。 すぐ、オリはいっぱいになり、ヘビは別の場所に移されることとなった。 郵送トラックに詰まれたケージ内で、ヘビは頭に麻袋を被せられ、自分がどこへゆくのか分からないまま、静かな眠りについていた。 寝る子はよく育った。 運転手がケージを見た時、ケージははち切れんばかりに歪み、ヘビの皮膚...

  • 予言者

    その国は昔から、幾度の争いにも勝利し、長らく繁栄を保ってきた。 国王の裏には、偉大な力を持つとされる予言者が一人いて、どうすれば他の国に負けず、大国を維持できるか、国王に指示しているという。 国王は自分では何もせず、すべてはその予言者の指示にかかっている。 そうと知った他国の軍が、予言者をさらってしまおうと考えた。 しかし、考えただけで、その意思は予言者の脳裏に行き届いてしまう。 これにより、...

  • 新世界

    人間は多くの争いにまみれ、絶滅品種になりました。 そこで、新世界を築いていたロボットたちにより、最後の一人を保護することになったのです。 彼は人類最後の貴重な一人で、名前も「ヒト」とされました。 その頃、ロボットたちにはすでに人工知能・AIが埋め込まれており、新世界と呼ばれるこの地球を、自らの意思で管理し、新たな発展へと成り立たせていたのです。 人間以上の知恵を持っていましたから、ロボットたち...

  • ダイエット

    彼女は人には言えないが、体重が80キロあった。 何度も痩せようとダイエットを試みたが、その度にリバウンド。少し痩せると、油断して食べてしまうのがいけなかった。 ある朝、新聞に挟まれていた広告チラシを目にして、彼女は、もうこれしかない、と決意した。 チラシを持って訪れたのは、ある合宿所。 ここで専門のインストラクターに、特別な運動方法からカロリー計算まで、一日中、監視されながら過ごす企画に参加した...

  • 星の丘

    ジョンはいつもの、なだらかな道を歩いて、小高い丘へやってきました。 今は夜。 悲しくなると、ジョンはここに来るのです。 そして、空を見上げました。 真っ暗な広い夜空に、画びょうで穴を開けたような、小さな光がありました。あっちにも、こっちにもです。 いつの日かお父さんが、あれは遠い場所にあって、決して触れない、星というものだよ、と教えてくれたことを、ジョンは思い出しました。「星」 とジョンは呼ん...

  • わんころがし

    えいちゃんは、ペットのわんくんを、ヒモでつないでお散歩に出ました。 わんくんはよく「わんわん」鳴いてばかりいて、なかなか前へ歩きません。 立ち止まっては「わん」、人が通っては「わん」でした。 えいちゃんは早くお家に帰りたかったので、わんくんのヒモを引っ張りました。 するとわんくんは、ちっちゃかったのでコロコロ転がってきたのです。 それを見た人々は、えいちゃんのことを「わんころがし」のえいちゃん...

  • 宝箱

    その宝箱は、地中深くから見つかった。 恐竜の骨を発掘している人が、発見したのだった。 かなり大昔のものと思われた。 しかし、どこにも傷はなく、真四角で、開け口もない箱だった。 何の物質でできているのか分からない。ただ木ではなく、鉄でもなく、プラスチックでもなかった。 でも振ってみると、中でコロコロ、音が鳴り、何かの入れ物だと検討されて、それは宝箱と呼ばれるようになった。 まず、X線レントゲンを...

  • 神様は人間を創りました。 人間をたくさん創るにあたって、一人ずつを区別できるようにと、顔をそれぞれ変えました。 しかし、これも長いことやっていると、レパートリーがなくなりました。 一人につき二人の両親がいるのですから、彼らを合わせた顔にするとよいことに気づきました。二番目に産まれた子は、さらに一部分を変えればいいわけです。 そしてしばらく、神様は創作が楽になりました。 しかし、ついにネタがつき...

  • コード

    ある日私は、自分の背中からコードが出ていることに気づいた。 背中を鏡で見てみると、テープや接着剤で引っ付いている様子はなく、じかに生えているといった感じだ。毛のように。 私はコードの先にあるべきものを探した。すなわちプラグだ。コードがあるなら、あるはずだ。 しかしコードはただ垂れて、地面に伸びているだけで、その先は見えなかった。 コードは延々と、どこまでも伸びていた。 私は記憶を辿ったが、思い...

  • ひよこ触れ合いデー

    「ねぇ、お母さん」「なぁに、ぴよちゃん」「またあのおじさんが来て、わたしを連れてゆくのよ」「そうね。でもぴよちゃんだけじゃないでしょ、みんなもでしょ?」「うん、そう。たくさんのぴよを、大きなサクに入れて、それからたくさんの子供たちが来て、追いかけるの」「それはぴよちゃんたちがカワイイからよ」「でもとっても怖いよう。お母さん、今日はサクの側にいて、ぴよちゃんたちを見ててね」「わかった、わかった。あ...

  • 避難用シェルター

    お金持ちのゴールドさんは、いざという時のために、避難用シェルターを購入しておこうと思いました。 どんな災害が起こっても、命を守れる、性能のよいものです。 そこで、シェルターや地下室など開発している会社へ直々に向かいました。 若い営業マンがスーツを着て、商品の展示室へ案内してくれました。 そこには数々の長方形のハコが置いてありました。 研究員らしき白衣の男がゴールドさんに近づいて、ハコについて教...

  • 最短記録

    「お集まりの皆様、こんにちは。今回は、全世界の各代表者が、お互い競い合うシステムで賞金を勝ち取る、というルールでございます」 司会者のような男が、一本のマイクを持って告げた。 彼を囲むように、世界中から集まった、さまざまな人種の者たちが、輪になって座っていた。「まずは、日本からお越しのタロウさん」 と司会者が言って、タロウと呼ばれた男にマイクを渡した。 タロウは椅子から立ち上がり、マイクで話し始...

  • 医者のしたこと

    宇宙飛行士たちはスペースシャトルに、この世で最も優秀な医師を、ともに連れてゆくことにした。 どんな病気も治せるという、知識の深い医者だ。 そこで、候補の中から選び抜かれた一人の医師がいた。 若いし体も丈夫な男だった。 この男はまず、宇宙の環境に耐えぬく訓練を受けた。 そしてそれ以外にも、通信の手段や、さまざまなシャトル内の対応方法を学んだ。 宇宙飛行士たちは、彼となら、と安心して宇宙へ飛び立つ...

  • 地底探索団

    「わー!」「うわーいたい」「重い、足踏んでるよ!」「あ、ごめん」「いったい何が起こったんだ? 突然真っ暗になるなんて」「どうやら、地面が落っこちたらしい」「そんなぁ。ここはオレたちの敷地内だぞ」「そうだけど、もしかしたら他のグループも、この陣地に攻め込んできているかもしれないっていうことだ」「こんな立派な落とし穴作って!」「オレたちより腕は上だ。油断するな」「よし、こんなところにいてもしょうがな...

  • ダイヤモンドマン

    大富豪の自己満足で、全身ダイヤでできた人形が作られました。 身長1メートルほどです。 ダイヤモンドマンと呼ばれ、大富豪は常に持ち歩きました。 ダイヤモンドマンは精妙に作られていて、心を持ち合わせていましたので、自分を大切にしてくれる大富豪のことを大好きになりました。 ある時、ダイヤモンドマンが自分があまりにも輝いていて眩しいので、大富豪の側でご主人の顔を見つめておりますと、大富豪はそれに気づい...

  • 最有力候補

    「今回、全世界中で、お米に合うものは何か、という議論が起きました。最も自分が合うと立候補される皆さんは、前へ進み出てください」 裁判官のような、低い声が言いました。 するとすぐあとから「それはわたしだ」とか「いや、おれだ」という勢いのある声が飛び交いました。「まぁ、静粛に」 と裁判官は落ち着いて言います。「まず、一人ずつ、自信がある者から前へどうぞ」「ではわたくしが」 真っ赤な顔のうめぼしでした...

  • おまめのぼうけん

    おまめは大きな木の下で生まれました。 まだ芽が出ないうちに、もっと景色のいいところへ根付くことに決めましたので、転がりながら移動をし始めました。 草むらに入ったところで、水溜りにはまりました。「ああ、もう風が吹くまで出られないぞ」 とおまめはしくしく泣きました。 そよ風じゃおまめの体を転がせません。 もっと強い突風でもない限りは。 さて、おまめは水溜りの中でしばらく泣いて待っておりますと、水溜...

  • ぺんぺんとらっかせい

    「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...

  • アパルトマンで見る夢は 15 メガネ

    らせん階段の壁画の前で、かけるは自分の入れた、Kakeru T.というサインを見ていた。 透き通った、コバルトブルーの絵の前で、一人無言で立ち尽くす。 メガネの奥で、目を閉じた。 麦色のカンカン帽をかぶった頭を、帽子ごと壁に押し当てる。 斜めになった体から、重力でネクタイだけが垂直に下がった。色鮮やかな、ネクタイの裏地が揺れている。「カケルクン」 と、すぐ後ろから声が聞こえた。かけるは、壁に手をついて...

  • アパルトマンで見る夢は 14 プレゼント

    舞花は広い部屋に、そっと足を踏み入れた。 裸足で中央まで進み、立ち止まる。青いスカートの端を両手で摘み、お辞儀をする。「少し痩せたか」 と、監督は言った。舞花は頷く。「自炊をしていたので、体も絞れたみたいです。いい役作りになりました」「では確かめよう」 監督は座っていたパイプ椅子の背に、深くもたれかかった。椅子は、短く唸るような音を上げた。年季の入ったその椅子の音は、舞花の胸に、懐かしさを思わ...

  • アパルトマンで見る夢は 13 窓

    舞花はオフホワイトの、クローゼットの扉を手で閉めた。 中に吊っていた青いワンピースは、すべて、ダンボールの一つに収めることができた。 鏡台の上から、並べていた化粧品の数々を、黄色いスーツケースの中にしまった。ほとんどが、中身を使い切ったあとの、空の瓶になっていたので、来た時とは違い、スーツケースは軽かった。 舞花は、ボタニカル柄の長いスカートを翻しながら、寝室を出た。 キッチンの棚を、一つずつ...

  • アパルトマンで見る夢は 12 鏡

    鳥の声で目が覚めた。 舞花はベッドから起き上がると、窓のカーテンを開け、空を仰いだ。 三日間降り続いていた雨は上がり、雲一つない晴天が広がっている。二羽の鳥が、大空を自由に遊んでいた。 舞花はクローゼットの扉を開けた。何着もの、同じ青いワンピースが、ハンガーにかけられ、整列している。 舞花はその一つに身を包んだ。 鏡の前で、手ぐしで髪をときながら、映った自分に、心の中で呼びかける。 今までどこ...

  • アパルトマンで見る夢は 11 傘

    曇り空。丘の上に、湿気た空気が充満していた。 かけるは木箱に座ったまま、街並みの絵を描いていた。 冷たい風が、坂の下から吹いてくる。上の部分がへこんだ、茶色い中折れハットを、かけるは飛ばされないよう、手で押さえた。 チェック柄のワイシャツが、風を受けて膨らんだ。晴れた日には、そのシャツの鮮やかさが、際立ったことだろう。しかし今は、空と同じように色褪せて見える。 白いシャツを着た男性が、黒い傘を...

  • アパルトマンで見る夢は 10 グラス

    キッチンの台の上に、透明な細いグラスを二つ、並べた。 赤いワインを、同じ量だけ注ぎ込む。「出逢えた記念に、乾杯しよう。二人の愛に、赤い、血潮のようなこのワイン」 言いながら、舞花はグラスを一つ持ち上げると、隣のグラスに軽く打ち付けた。 それから一口、のどに流し込んでから、言った。「いつまでも一緒にいておくれ、キミカ。きみは僕の生きる希望。永遠の夢」 舞花はグラスを台に置き、少し横に移動して、立...

  • アパルトマンで見る夢は 9 手紙

    ステンレス製のドアポストに、一通の手紙が差し込まれているのが、内側から見えた。 いつからあったんだろう……。このところ、舞花は外出していなかった。買い物もまとめ買いをしていたし、手紙が届いていることなんて、まったく気づいていなかった。 今日は、薄くなってきた財布に紙幣を補充するために、郵便局へ行くと決めて、部屋を出ようとしたところだった。 ポストから手紙を取って、部屋へと戻る。封筒は、赤、青、白...

  • アパルトマンで見る夢は 8 エクレア

    窓から外の景色を見ていた。 小鳥が地面を跳ねている。かけるのいない木箱の上を、行ったり来たり。 暖かな日差しが、眠気を誘う。 舞花は、目だけを動かして、壁の時計の数字を読んだ。 午後三時。 九十度に開いた針を見ただけで、急に甘いものが食べたくなった。 頭の中に、クッキー、ドーナツ、アイスクリームなど、次から次へと、お菓子の映像が流れてゆく。 舞花は椅子から立ち上がった。 窓に顔を近づけて、つま...

  • アパルトマンで見る夢は 7 階段

    毎日変わることのない、穏やかな日々。 朝起きて、青いワンピースに着替える。 軽い朝食を取り、歯を磨く。鏡の前で、メイクする。 洗濯機を回し、洗濯物を干す。 それから、台本を開いて、何度も黙読を繰り返す……。 お昼。料理をする。食べて、食器を洗う。歯を磨く。 寝室の窓から、かけるの様子をうかがってみる。お客さんがいなければ、下りて行って、会話を交わす。飽きたり、誰かが来たりしたら、自室へ戻る。 洗...

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