戦禍を受けたガザの人々に人道支援を届けることは命がけです。不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は、国連地雷対策サービス(UNMAS)が不発弾等のリスクを確認し、危険なルートを避けて人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。
そして、日本は、今回のガザ紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。UNMASパレスチナ事務所の中山朋子プログラム・オフィサーが報告します。
※この文章は、筆者個人の経験、見解であり、UNMASおよび国連の見解を代表するものではありません。
突然の大規模紛争
10月7日、スペインで参加していた研修を終えた翌朝、インターネットに接続した瞬間、ガザを実効支配する武装組織、ハマスがイスラエルを攻撃したとの第一報を目にしました。最初に目にした映像は、ハマスのロケット弾によるとされる建物などへのダメージや火災の様子や、ガザとイスラエルの境界線に張り巡らされた軍事フェンスの一部が破壊された様子で、直感的に、これはとんでもないことが始まった、今回の紛争はこれまでのような数日から一週間のものではなく、数か月から年単位のものになる、と思いました。私を含め、多くのガザ関係者は、ハマスがしばらく小規模な攻撃もしていなかったことから、近く何かしらの動きがあってもおかしくない、という感覚を持っていたと思います。しかしそれはこれまで定期的に発生していた程度の規模のものだと考えていました。第一報に接した時の衝撃は、言葉では表せないほどでした。
イスラエル側には、アイアン・ドームと呼ばれる高性能のミサイル迎撃システムと、ガザとの境界全体に張り巡らされたフェンスと監視塔があります。これまでのガザ側からの攻撃は、あくまでガザ領域内からのロケット弾等による攻撃で、そのほとんどがアイアン・ドームによって撃ち落とされており、これらの防衛システムを突破することはありませんでした。
ところが、この時の初期報道は既に、これまで行われたことのない規模の攻撃が行われていることを示していました。ハマスが周到に準備をしていたことと、今後のイスラエル側からの報復と、長期間にわたる激しい戦闘が予想されました。
ガザに残る同僚は安全が確認されましたが、国際職員とは違いガザから退避することが非常に難しいであろう現地職員や、多くの罪のないガザ市民にとっては非常に厳しい状況が待ち受けていることは明らかで、何もできないことに心が痛みました。
また、イスラエル側の被害、特に私たちがガザから出入りする際に通過していた何重もの塀やブロックが設置されたエレズの検問所や、よく立ち寄っていたガザに最も近いイスラエルの町が攻撃を受ける様子を目にし、人の良いイスラエル人の検問所職員や町の人々の安否を思い心が痛みました。
私は、UNMASニューヨーク本部、ナイジェリア事務所を経て2022年からパレスチナ事務所で勤務しています。
ガザでは、これまでに何回か規模の大きな紛争がありましたが、私が着任して以降は、ほとんどの場合ロケット弾やミサイルの応酬を中心とするもので、一週間前後で停戦となっていました。週に何回か爆撃の音が聞こえるのは日常で、ガザからの出入りに検問所で長ければ数時間を費やしたり、イスラエルの空港では別レーンで荷物を細かく調べられたりする不便もありましたが、スーパーには十分な品ぞろえがあり、治安も比較的よく、私がそれまで赴任したナイジェリア北東部のボコ・ハラム活動地域や南スーダンに比べ、生活しやすい場所でした。
仕事面では、度重なる紛争でガザに残された爆発物のリスクから市民や人道支援従事者を守るための安全教育や爆発物の調査、除去のプロジェクトを管理する仕事をしていました。当時から、パレスチナ、特にガザでは、食糧、医療、教育などを国連や他の援助機関の支援に頼る人口の割合が高く、多くの問題がありました。不発弾などの爆発物も、人々の生命や安全を脅かすだけでなく、人道支援や、復興、産業の発展を妨げる、重大な問題でした。
しかし、今回の紛争による影響は、これまでの規模をはるかに超えるものです。食糧、医療、教育などとともに、爆発物の問題も、今後長期間に渡り深刻な問題となることが予想されます。
混乱を極める中でのガザ支援
UNMASは国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のコンパウンド内に事務所を借りていましたが、そのUNRWAのコンパウンドも多くの部分が破壊され、UNRWAの学校、国際機関、NGOなどの事務所なども破壊されたり、損害を受け、戦闘によりこれまでにない規模の人道的支援が必要とされる中、UNMASを含む国連等支援機関の活動は大きく制限されました。
国連や援助機関には、ある程度の水、食糧、燃料、医薬品などのストックがありますが、今回のように、誰も予測できなかった事態に対して、十分な体制は全く整っていませんでした。それはUNMASも同じで、人員や予算、機材など、通常時の必要性を超えてこの未曾有の事態に対応する体制は整っていませんでした。
また、まず職員の安全確認、国際スタッフの退避、現地スタッフのガザ南部への避難等安全確保が優先された事や、通信状況が不安定であったことで、状況の把握や、今後の見通しが経たない中、数週間は手探りの状態が続きました。
そのような中でも、UNMASの現地職員や、紛争発生時にガザにいた国際職員は、ラジオやSNS、携帯電話のメッセージを通して推定120万人に安全メッセージを届けたり、在庫のポスターやリーフレットを避難所に掲示、配布したり、爆撃の影響を受けた国連等人道支援機関の施設の安全確認を行ったり、紛争直後からできる限りの活動をしました。
11月から12月に掛けて、エジプト側からの国際スタッフの出入りが可能になり、国連全体として、現地にある人材と物資でとりあえずできることをするという段階から、緊急対応の体制が少しづつ整っていきました。UNMASも、戦闘開始時に休暇中だった爆発物処理の専門家がガザに戻り、新たに爆発物処理専門家を増員し、ガザ市民や、人道支援に従事する人々の安全を守る活動を強化しました。
一方、私個人はマネジメントの専門家であり、ガザに戻ることで安全確保、水、食糧など、ただでさえ不足するリソースをひっ迫することや、仕事内容的に通信の安定している場所にいることが現地にいることよりも重要であるため、アンマンに勤務地を変更しました。
この時期の私の業務は、これから必要となる活動の資金を確保するためのコンセプトノート、プロポーザル作成、ドナーとの交渉が最優先でした。これらは非常に短い期限が設定されていることも多いうえに、プログラム管理部門ではたった一人、通信状況など紛争の影響を受けずに作業できる環境にいた私は、プログラム管理部門の仕事のほとんどを行うことになり、週末も深夜まで作業する日々が続きました。しかし、現地職員も自身も厳しい状況になる中できる限りの仕事をしてくれたほか、ニューヨーク本部からの協力もあり、何とかこの時期を乗り切ることができました。
ガザに残る同僚たち
多くのガザ市民同様、UNMASのパレスチナ人職員も、ほとんどが退避できず、ガザにとどまっています。多くは家や財産の大部分を失い、南部に避難しています。彼ら自身が非常に厳しい状況にある中、他のガザ市民を爆発物のリスクから守るために働いています。
爆発物の専門的な知識が必要な作業は国際スタッフが行っており、私を含めガザの外にいる国際職員がプロジェクト管理、ロジ、広報等を行っていますが、ガザの現地職員も、爆発物処理専門家のアシスタント業務、市民や国連、国際機関職員に対する危険回避教育、プロジェクト管理の補佐、ロジ、アドミン業務等など、多くの業務を担っており、彼らの貢献なしにはUNMASの活動は維持できません。
その一人が、爆発物危険回避教育を担当する、アマニ・アブ・カルーブさんです。アマニさんも、自宅を追われ、ガザ南部に避難しています。アマニさんは現在、国連で避難民の支援を担当する職員に対して、避難民に爆発物の危険と身を守るための行動を周知してもらうための研修を行ったり、ポスターやリーフレット等の作成と配布、市民に対する直接の爆発物回避教育を行う準備をしています。アマニさんは、「私たちは毎日恐怖に怯え、毎日家族の食糧や生活必需品を確保するのに苦労しています。しかし、市民の命を守るため、危険回避教育を続けます。」と話してくれました。
一方で、紛争が続くガザに、域外から赴任した国際スタッフがいます。主に爆発物専門家で、ガザには高度な訓練を必要とする爆発物専門家が存在しないため、カルロス・メサさんを含む国際スタッフが派遣され、人道支援を行う国連や援助機関の安全を確保しています。カルロスさんは、「不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は命がけで、UNMASが同行し、不発弾等の脅威を確認し、危険なルートを避け、人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。前回、ガザ南部ハン・ユニスの病院に医薬品、水、燃料などを届けた際には、厳しい状況の中で働く医療従事者や女性や子ども、重症患者が私たちを歓声を上げて迎えてくれました。そのような姿を見ると、自分の仕事を誇りに思います。」と話してくれました。
爆発物の深刻な影響とガザの今後
私の現在の仕事は、怒涛のコンセプト・ノートやプロポーザル作成とプログラム管理部門のあらゆる緊急の仕事に対応し、なんとか穴を埋めていた段階から、チームのメンバーも増え、中長期を見据えた仕事に少しずつ移行しています。緊急事態の最中、少ない情報と正確に立てられない見通しに基づいて計画されたプロジェクトは、時間が経てば現状に合った計画とは言えなくなります。目の前の状況だけでなく、中長期的に不発弾などの爆発物は、ただ人々の生命や安全を脅かすだけでなく、水、食糧、医薬品、燃料などの支援物資の安全な運搬や配布を脅かすため、UNMASとしても紛争継続中、紛争終結直後、復興から開発段階と、国連全体の方針や優先順位とも照らせ合わせながら、常に計画や実施優先順位を調整していく必要があります。不発弾などが散乱する中では、支援物資を運搬するルートや、配布場所などで爆発事故を招き、被害を増やしかねないからです。
また、停戦が実現すれば、瓦礫の除去と復興へ向けた努力が始まりますが、爆発物はこれらの作業を行う上でも非常に危険です。現在、ガザでは人口の75%にあたる170万人が避難しています。彼らが地元に戻り、家を再建し、農業や畜産業、商売などを再建するにも、彼らに対して人道支援と復興支援を行い、学校や病院を再建するにも、爆発物の除去は必要不可欠です。
現在、UNMASは、爆発物処理の専門家をガザに派遣し、食料、水、燃料、医薬品等を運搬する車列の安全管理のために同行したり、国連や国際機関等の施設の不発弾等によるリスクの評価、上記活動中に確認された不発弾等の分析と記録や、有刺鉄線や危険標識等によるマーキングを行っています。
さらに、SNSメッセージやラジオを通じた爆発物危険回避メッセージの発信や、国連、国際機関の職員に対する危険回避教育や、避難所での安全メッセージを記載したポスターの掲示、食料などの支援物資へのステッカーの貼付、リーフレットの配布などを行っています。さらに、UNMASが低リスクと判断したルートを使用する車列の保安要員への研修を行い、彼ら自身が車列の安全確保を行う取り組みも進めています。
今後、休戦が実現し、治安が改善すれば、詳細かつ広範囲における調査、探索を行い、不発弾等の除去を行う予定です。ガザにおける人道支援や復興支援は、今後数年、十数年に渡ることが予想されます。不発弾等爆発物による詳細な汚染状況は停戦後、調査が可能になるまではわかりませんが、戦闘の規模から考えて、ガザ全土に多くの爆発物が残されることが予想されます。大規模な探索や除去作業が必要となることが予想されるほか、ガザに設立されるであろう新しい統治機構が自ら人道的地雷対策を行うための能力育成も必要です。停戦が実現した後も、息の長い支援が必要になります。
日本は、今回の紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。 ほかのドナー国からの支援も届き始めています。ただし、休戦の見通しが立たず、状況の見極めが困難な中、多くの支援を集めるのは困難が伴います。
状況は非常に不透明ですが、これからも、ガザおよびパレスチナ全体の爆発物対策に貢献し続けたいと思います。