4月24日の「マルチラテラリズム(多国間主義)と平和のための外交の国際デー」に向けて、国連平和活動局(DPO)軍事部 軍事計画官の新井信裕さんが、国際平和協力分野における多国間協調の実際の現場について紹介します。
はじめに
私は、2019年10月から2022年4月までの約2年半にわたり、国連本部平和活動局軍事部軍事計画官(Military Planning Officer, Office of Military Affairs, Department of Peace Operations)として国連平和維持活動(国連PKO)の計画等に関する業務を担ってきました。その活動の振り返りをお届けします。
「軍事計画官」の業務とは
現在12の国連PKOミッションが中東・アフリカ等において展開し紛争後の停戦・和平合意等の履行、国家統治を支援、文民保護、人権監視、人道援助活動への支援を実施しながら国際社会の平和と安定へ寄与しています。私は、国連PKOの一つである西アフリカのマリ共和国に展開する国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)を担任しました。
MINUSMAは、2013年に設立されて約9年を経過しました。紛争後の和平合意の履行支援や国家機能の再建、安定化の支援、また、クーデター後の民政移行支援といったマンデートを有し、現在でも約13,000名に上る軍事要員を擁し、また、年間予算は11億7千万ドルに及ぶ大規模な複合型ミッションであります。
同国では2020年8月以降の数次にわたるクーデター後の民政移行プロセス遅延に係る混乱やテロを含む敵対行為の頻発等による不安定な政治・治安状況が長らく続き、地域機構を含め関係加盟国等の関心や関与は非常に高いものです。さらには、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにみられるような感染症の脅威もミッションの活動に大きな影響を及ぼしております。こうした複雑な環境において、主としてミッションの軍事門によるマンデート遂行のため必要となる部隊運用コンセプト、派遣部隊に係る編成要求及び部隊行動基準について、国連のスタンダートと流動するフィールドの作戦環境・ニーズを調和させながらこれらを策定しました。
また、フィールドが抱える諸課題を解決するための国連本部事務局、国連加盟国、安全保障理事会及び現地ミッション間で日々交わされる意思疎通や協議・交渉に必要な準備・調整業務に従事しました。その活動の場はニューヨークのみならず、現地ミッションへの出張機会も得ることができました。加盟国は、それぞれの国益を踏まえた国連PKOへの貢献を行いますが、それが必ずしもフィールドのニーズと合致していることはありません。こうした中でフィールドのニーズと加盟国の希望をそれぞれ理解し、それらをうまく繋げ国連本部の場で具現化することが求められます。
平和構築におけるダイナミズム
軍事計画官として、前述の業務に携わっていくことにより、国連PKOに関する現状や課題のトレンド、特に、軍事部門に関する重視課題等について、国連の視点でその全体像への理解が深めることができたと感じています 。具体的には、停戦・和平合意履行支援、国家統治支援、文民保護、人権監視、人道援助活動支援といった幅広い多機能マンデート抱えながらも、その実質的な活動成果を得て出口を見通すことは難しく、また、活動予算等のリソースも限られております。更に、パンデミックやホスト国の不安定な政情・治安状況における平和活動要員の安全確保はマンデートの実効性向上に次いで高い優先課題です。また、平和構築は、紛争の発生や再発のリスクを低減し、平和の持続に必要な条件を整備するための幅広い措置であり、その複雑な息の長い平和活動のダイナミズムを体感しております。
ミッション軍事部門においても国連システム全体や地域機構、地域取決めといった非国連パートナーによる国際協調のもとに、マンデート実効に資する活動を相互に補完したり、また、活動に必要とされる訓練練度向上や装備品提供支援といった部隊の能力構築の措置が執られています。
MINUSMAへのフィールド訪問時、不安定な政情・治安状況により遅々として進まない民政移行選挙準備、不十分な文民保護や基本的社会サービスの状況を把握しました。マンデートに基づきこうした活動を支援するミッションにおいてもインフラ整備は引き続き途上にあり活動基盤は満足なものではありません。安定化からより長期的な平和の定着にはまだまだ一定の時間がかかるものと感じました。
訪問を終えニューヨークへ戻る道中、路上市場から笑顔で手を振ってくれた少女達に会い、また、首都バマコの上空に架かる虹を目にしました。将来への希望の象徴であると印象的でした。これを確かなものとするためあらゆる関係パートナーとの密接な連携が必要であり、この促進に資するような国連本部における業務の重責に改めて身が引き締まった瞬間でした。
国際公務員としての挑戦と多様な人的つながり
国連事務局は、すべての国籍を代表する職員で構成されており、多様性の溢れる勤務環境です。軍事部においては、約60か国から派遣された軍事要員が所属するとともに、担当するMINUSMAへの部隊派遣国は約30か国にわたることから、日々の担当業務を通じ各国の軍・軍人と広く人的関係を形成・維持することができました。
価値観の基礎となる出身国の国情や宗教・文化的なバッググランドは当然異なるものの、国連事務局に勤務する一つのチームとして業務を遂行していかなければなりません。このため、国連PKOに関する理念や原則、あるいは国際公務員として共通の価値観に基づき、互いを尊重しながら共通の目標に向かって進んでいくことの重要性を感じています。また、いったん職員として採用されたならば、即戦力として当該業務に携わることが求められます。業務におけるコミュニケーションに関しても、口頭によるものから文書に至るまで、相手の主張を理解し、自らの発信内容をいかに明確に伝えるか語学も含め高いスキルが求められており挑戦の毎日です。
家族とともに乗越えたパンデミック
派遣間に帯同した家族(妻・子供三人)の存在は、任務を遂行する上で大きな役割を果たしてくれました。遠く離れた多様性あふれる異国の環境に身を置く時はもちろん、任期の大半をパンデミックとともに歩んできた中で家族のありがたさを一層強く実感しました。感染予防を第一に、テレワークへの移行、職場や仕事以外できる限り人との接触を避け、様々な活動への参加を見合わせるといったように、これまで想定できなかった行動様式への急速な転換に先の見えない戸惑いや息苦しさを感じる時もありました。業務遂行においても、多国間やパートナーとの協同連携にあたり、人と人の直接的なコミュニケーションは欠くことのできないものであり当初は難しさを感じました。
他方、同時にこれは家庭環境にも変化をもたらし、家族をより身近な存在にさせました。働く場と居住の場が融合するにつれ、家族の健康と暮らしの安全への意識もより高まり、コロナ禍の逆境を克服し、活力ある日常を取り戻すためにどうすべきか、何ができるのかという正解の無いような問いに向きあう中で、あらためて家族の絆の大きさを実感しております。それは、家族にとってもまた同様であったのだろうと思います。
おわりに
国連本部の多様性溢れる現場で様々な実務経験や学び、また、多国籍軍人との人的ネットワークを得ながら国連PKOの質的向上に貢献できたことは貴重な財産となりました。今後も、平和活動の担い手としてチャレンジ精神、必要なキャリアと人脈の更なる構築に努めてまいります。