SDGsを伝える仕事(1)― 「誰一人取り残さない」社会への旅路(国連広報センター 根本かおる所長) - 国連広報センター ブログ

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SDGsを伝える仕事(1)― 「誰一人取り残さない」社会への旅路(国連広報センター 根本かおる所長)

この度2021年度の日本PR大賞「パーソン・オブ・ザ・イヤーという賞をいただき、身の引き締まる思いだ。幅広い分野の関係者の方々が、SDGsに真摯に向き合って、熱意をもって取り組んでくださったおかげで、この場をお借りして御礼申し上げたい。授賞理由に「目標年となる 2030 年までの『行動の 10 年』という新たなフェーズに入り、社会の仕組みレベルの変革が急がれる中、根本氏が率いる国連広報センターがSDGsの達成に向けての大きなムーブメントをつくることの期待を込めて」とある。つまり今後への期待に基づく授賞だ。インパクトのある運動のレベルにまで持っていかなければ、と責任の重さを感じている(受賞に際する私のメッセージはこちらのページで3月10日まで公開している)。

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国連本部を訪れる子ども。子どもたちの未来のために、SDGsを推進していきたい  
© UN Photo/Loey Felipe

 

その道のりは厳しいだろうが、アントニオ・グテーレス国連事務総長の信念でもある「ネバー・ギブアップ」の精神で、ブレークスルーの実現へのソーシャル・ムーブメントを起こしていきたい。ゼロ・サム型の思考で社会の亀裂をさらに深めてブレークダウンしてしまうのか、それとも連帯に基づくプラス・サム型の協調でブレークスルーすることができるのか、私たちは今大きな岐路に立たされている。同時に、SDGsの有用性が試されているとも言えるだろう。

 

この機会に、SDGsという小舟に乗って大海原に漕ぎ出した頃に立ち戻って記しておきたい。

 

2016年のSDGsの実施のスタート地点において、不安が無かった訳ではない。SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるまでのプロセスにおいて、日本の市民社会の代表らが国連関係者や日本政府と意見交換しインプットを行う場面に関わる機会はあったものの、2015年9月25日の国連サミットで採択されてから、最初はどう日本で広報対応していけばいいのか考えあぐねた。17分野にわたる目標・169ものターゲットを指して「『きれいごとの羅列』の『理想論』」とする厳しい指摘もあった。

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2030アジェンダとりまとめに至るプロセスでの日本の市民社会との意見交換(2014年)。アミーナ・モハメッド国連事務総長特別顧問(当時・現国連副事務総長)の訪日時に。
筆者も参加 © UNIC Tokyo

 

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SDGs採択前夜、国連本部ビルはプロジェクションマッピングSDGsに染まった 
© UN Photo/Cia Pak

 

国連の広報アウトリーチ活動において、国連としてのグローバルなメッセージをどのようにそれぞれの国や地域の文脈に合わせて浸透させていくかは、多くが現場を司る担当者に任されている。だからこそ、知恵を絞りながら、醍醐味とやりがいを持って発信にあたることができる。野心的な目標を掲げて世界を変革しようという「歴史的な決定」である「2030アジェンダ」には、私たちのやる気に火をつけてくれる特別なメッセージがあった。

 

一つは、2030アジェンダの「誰一人取り残さない」という基本理念だ。

 

「この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。人々の尊厳は基本的なものであるとの認識の下に、目標とターゲットがすべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む。そして我々は、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。」

 

人権に基づく「誰一人取り残さない」という理念は、取り残されがちな人々の存在を最初から考慮したSDGs推進施策を取ることを求めるものだ。過去の途上国の開発理論では、国が豊かになれば、雫がしたたるように、貧しい人々にも豊かさが行き渡ると考えられていたが、現実はそうではないと突きつけられたことが、人権に裏打ちされた包摂性に依拠するSDGsの大原則につながった。

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2015年9月、2030アジェンダを採択した国連総会のSDG Summitで、当時18歳のマララ・ユサフザイ氏ら(中央)193人の若者が、SDGsの実現を政治リーダーに訴えた
© UN Photo/Mark Garten

 

個人的なことだが、私は以前うつを患い、闘病生活を強いられたことがある(詳細は2021年6月のブログ記事を参照)。療養のため赴任先から日本に帰国中に東日本大震災に遭遇したことが、価値観の変化につながった。無理のない自分らしい生き方を模索していた私の背中を押すことになり、その結果、15年間勤務した国連機関を退職した。フリーランスで難民問題などについて「書くこと」を通じて少しずつ社会生活を取り戻していった。言葉を紡ぐことが社会復帰につながったと言っても過言ではない。

 

様々な事情やニーズを抱える人々の存在を最初から認識して仲間に入れようというSDGsの社会包摂の理念は、斜め方向の選択をした自分にとって、心に響くメッセージであり、自分としても大切にしたいと思った。SDGsについて一般の方々を対象に講演しても、一番多くの反響を得たのは、この「誰一人取り残さない」という原則への共感だ。

 

もう一つは、すべての国が取り組む「普遍性」と「統合力」というSDGsの特性だ。「開発」はややもすると、実施責任者としての途上国と実施手段提供者としての先進国という二項対立の構図であり、SDGsの前身のミレニアム開発目標MDGs)もその傾向が強い。しかし、SDGsは先進国・途上国の区別なく、すべての国連加盟国に適用されるのだ。

 

「このアジェンダは前例のない範囲と重要性を持つものである。 このアジェンダは、各国の現実、能力及び発展段階の違いを考慮に入れ、かつ各国の政策 及び優先度を尊重しつつ、すべての国に受け入れられ、すべての国に適用されるものである。これらは、先進国、開発途上国も同様に含む世界全体の普遍的な目標とターゲットである。これらは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面をバランスするものである。」

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2030アジェンダでは、5つのP(People, Prosperity, Planet, Peace, Partnership)が柱になっている © UNIC Tokyo

 

2013年夏から日本で国連を伝える仕事に関わってきて、「国連や国際協力は海外のことが中心で、自分たちや国内課題には関係ない」と人々の心のシャッターが下りてしまうことに厚い壁を感じていたのだが、先進国にも適用されるというSDGsの普遍性がこの壁に風穴を開ける突破口になるのでは、と感じた。さらに、経済・社会・環境の調和と統合は、国連機関ごとに所管分野の「タコつぼ」にとらわれている限り、突破力を発揮し得ないと常々痛感していた立場には、セクショナリズムを打破して結集する上で力強いお墨付きでもある。よし、「誰一人取り残さない」と「普遍性」と「統合力」を格別のソースとして料理していこう ― SDGsの出発点において、そう心に決めたのだった。

 

これを起点とするその後のSDGs発信の「試行錯誤」と「手応え」についても、いずれブログに記していきたい。

 

多くの方々に、SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の文書全体を読むことをお勧めする。この序文と宣言にこそ、どんな世界を目指したいのか、という願いとビジョンが打ち出されているからだ。そこには「私たちの共通の旅路」という言葉が出てくる。コミュニケーションに携わる方々には、是非その伝える力で、この「ジャーニー」に向けて人々のやる気に火をつけていただきたい。