シリーズ第10回は国連広報センターの根本かおる(ねもと かおる)所長による、南スーダンレポートをお届けします。現在国連PKOミッションは世界で16ヵ所展開されており、3番目の規模の国連南スーダンミッション(UNMISS)は唯一、文民を保護区で直接保護しています。5月に開催される世界人道サミットの主要な論点の「全てが凝縮しているマイクロコスモス」と根本所長が語る南スーダンの現場。臨場感あふれるレポートをお読みください。
第10回 国連広報センター所長 根本かおる(ねもと かおる)
~南スーダンの人道危機の最前線で、世界人道サミットを考える~
文民保護区の様々な課題について説明を聞く著者(中央)。左から2人目は、UNMISSベンティウ事務所の平原弘子所長。 ©UNMISS Patrick Orchard
東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院より国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末までUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP(国連世界食糧計画)広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。著書に『日本と出会った難民たち-生き抜くチカラ、支えるチカラ』(英治出版)他。
監視塔からの眼下に広がる光景に一瞬目を疑った。援助団体のロゴマークが入ったビニールシートがどこまでも続いていた。ここは南スーダンの北部ユニティー地方のベンティウ近郊にある、国連南スーダンミッションの文民保護区(Protection of Civilians site、略してPoC site)。筆者が入った2016年3月半ばの時点で、およそ12万人が避難していた。
ベンティウの文民保護区に12万人が暮らす。雨季に備えて、大きな溝が掘られている。
©UNIC Tokyo Kaoru Nemoto
逃げ場を失った人々の命を救うための緊急手段として、国連PKOミッションが始まって以来初めて敷地のゲートを開放してから2年あまり。人員・予算の規模で世界で3番目に大きい国連のPKOミッションである国連南スーダンミッションは、文民の保護がマンデートの4本柱の一つだが、特筆すべきはミッション全体でおよそ20万人の文民を各地の文民保護区で直接保護していることだ。今でも文民保護区を管轄する国連PKOは南スーダンが唯一であり、あらゆることが前例のない模索になる。ベンティウの文民保護区は南スーダンで最大、つまり世界最大の文民保護区だ。
国連警察のフランシス・イルバアレ文民保護区調整官(左)©UNMISS Hiroko Hirahara
「緊急避難がここまで長期化して、保護区がここまで巨大化した今、一番の課題は他にすることのない若者による窃盗や強盗などの犯罪です。保護区内に24時間体制の監視塔を増やしたり、我々のパトロール体制や保護区の出入り口の荷物検査を強化しています」とガーナ出身の国連警察のフランシス・イルバアレ文民保護区調整官が説明する。
南スーダンは2013年12月、2011年の独立から2年あまりで紛争に逆戻りし、それが今も北部と北東部ではまだら模様の状態で続く。地域によっては小康状態が続き、最近まだわずかではあるが、文民保護区から故郷に帰還したケースも出てきた。当初人々は切迫した危険から着の身着のままの状態で国連の敷地に逃げ込んできたが、あくまでもここは駆け込み寺だ。人々の帰還に向けた下地づくりが、現在国連南スーダンミッションにとっての喫緊の課題の一つとなっている。それには、安全の確保、水衛生・食糧・医療といった当座を支える人道援助、人々の生計を支える支援、法の支配、インフラ整備(フランスとベルギーをあわせた面積の国で、舗装された道路が200キロしかない)などをシームレスに行う中長期的な計画が、国連PKOと人道・開発援助機関とが一体となった連携をベースに、南スーダン政府のリーダーシップで実施されなければならない。そのためには、2015年8月に署名された「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」の遵守と、暫定政府の樹立、そして草の根の和解が不可欠だ。
配給される食糧援助が人々の命をつなぐ © UNMISS Zenebe Teklewold
「ベンティウの文民保護区に最近新たにやって来た人たちは、その理由に身の危険よりもむしろ深刻な食糧不足をあげています」
こう語るのは、国連南スーダンミッションのベンティウ事務所の平原弘子所長だ。モンゴル軍やガーナ軍などの制服組を含め、総勢2,000人以上を統括し、人道援助機関とも連携する。PKOミッションは南スーダンが4つ目というベテランで、ユニティー地方での国連の顔だ。焦土戦術に加え、安全が確保されないために農作業ができず、収穫がなく、食べる物がない。食糧を緊急支援しようにも不安定な情勢やアクセスの悪さから届けることができない。安全の問題と密接に結びついた複合的な食糧不足だ。
ベンティウ事務所の平原弘子所長(右)。JICAがかつて整備したベンティウの町の浄水
施設を、ユニセフが改修している。©UNMISS Zenebe Teklewold
「元々暮らしていた場所により近いところで、食糧や水などの緊急人道支援を行い、人々の生活を支える援助を実施するという方向に何とか持っていきたい。地域の人々に安心してもらい、かつ援助関係者の安全を確保するためにはPKOの制服組の活動が不可欠です。そうすれば文民保護区に避難している人たちも、少しずつ元いた場所に戻ってもいいかなという気持ちになってくれるでしょう」
文民保護区への家路を急ぐ人々に寄り添う形でパトロールする ©UNMISS Patrick Orchard
夕方近くになると、周辺の原野をつっきって文民保護区に戻ってくる人の流れが激しくなる。ほとんどが薪の束を頭の上にのせた女性たちだ。その流れを警護する形で、ガーナ軍とモンゴル軍がパトロールする。「以前は幹線道路に沿ったパトロールしか行っていませんでしたが、人々はどうしても近道してわき道を通る。薪集めの行き帰りで襲われる女性たちが後を絶たないので道を人々の往来が激しくなる時間帯にパトロールするようにしました」と、国連平和維持軍でユニティー地方を管轄する北セクターのインド出身のアダルシャ・ヴェルマ副司令官が人々に笑みを返しながら説明してくれた。以前はここまでの人の流れはなかったという。
UNMISS北セクターのアダルシャ・ベルマ副司令官 ©UNMISS Patrick Orchard
南スーダンの15歳から24歳までの女性の半数以上がジェンダーに基づく暴力を経験し、ユニティー地方については、2015年4月から6ヶ月の間に1300を超えるレイプ被害が国連などに報告されている。2016年3月11日に公表された国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の調査報告書も、女性を狙った多くの性的暴力とレイプが深刻化していると指摘している。
こうした中、パトロールが安心感を与えている。兵隊たちに微笑む人、駆け寄って握手を求める子どもたち、平原所長にすがってきて感謝の言葉を伝えようとする老女。ここでは人々が国連に信頼を寄せていることがひしひしと伝わってくる。
文民保護区で避難生活を送る女性たち ©UNMISS Patrick Orchard
安心感が必要なのは人道援助関係者も同じだ。PKO部隊が文民保護区周辺の町にForward Operating Base (オペレーション用の前線基地) を2015年秋に設けて以降、国連WFPが文民保護区外のベンティウの町に避難している人々への食糧配給を拡大し、今では2万人を支援している。ユニセフがJICAの支援で90年代にできた浄水施設の修復を行い、2016年2月から国際移住機関(IOM)が地域のお母さんが安心して子どもを産むことのできる、ベーシックな産科病棟を運営するようになった。
ベンティウの井戸で水を汲む女性達 ©UNMAS Andrew Steele
そのすぐ横で、国連WFPとユニセフが協働して子どもと妊婦と子どもを産んだばかりのお母さんへの栄養プログラムを行っている。順調に進めば、4月にも複数の人道援助機関が文民保護区外での活動の拠点とするHumanitarian Hub(人道ハブ)が開設されることになっている。
ベンティウの町では、人道援助機関の活動拠点となるHumanitarian Hub (人道ハブ)
の改修が進んでいた ©UNMISS Zenebe Teklewold
前線基地に常駐するモンゴル軍が人道援助団体の活動現場の周辺を車でパトロールし、安全と安心に貢献している。小康状態の中で、緊張感を伴う活動だ。国連南スーダンミッションのマンデートの柱の一つである「人道支援実施の環境作り」のまさに最前線。地域住民の安全にもつながる。ただ、これはあくまでも「点」の戦いだ。浸透させるには停戦合意の履行と暫定政府の樹立、そして南スーダンの人々のオーナーシップが欠かせない。
文民保護区に暮らす20万人を含め、南スーダンの国内避難民の数は170万人。それに保護を求めて国境を越え、周辺国で難民として暮らす人が70万人近くいる。あわせると人口の2割が家を追われた計算になる。そして人口の半分にあたる600万人あまりが緊急支援を必要としている。こうした国際機関の緊急人道援助の財源は、日本を含む各国政府からの拠出によって支えられている。支援現場の多くで日の丸のステッカーが貼られているのを見た。
文民保護区内の給水塔は日本の支援でつくられた
©UNMISS Zenebe Teklewold
人道アクセスが極めて悪い南スーダンでは物資の輸送コストが高くつく。アクセスの悪さから、輸送機からのエアドロップで届けられないところもある。そのため、2016年に国連などが南スーダンでの人道援助活動全体に必要な財政支援は13億ドルと巨額だが、支援国などから集まった資金は4月半ば時点でまだ全体の2割にも満たない。首都ジュバの国連WFPの倉庫では、エアドロップ用に配給物資の詰め替え作業が急ピッチで行われていた。
ジュバの国連WFPの倉庫では、エアドロップ仕様に物資の袋づめが
行われていた ©UNIC Tokyo Kaoru Nemoto
国連の見通しでは、前年同期に比べて2倍近くの280万人、人口の4人に一人が食糧援助を緊急に必要とし、特にユニティー地方でおよそ4万人が餓死寸前の危機的な食糧不足にある。
国連WFPの援助物資のエアドロップ ©UN Photo. Isaac Billy
このようなエアドロップもただ空から落とすだけではない。落下地点とそのアクセス道に地雷や不発弾などがないかという確認も必要で、事前確認を国連南スーダンミッションの必要不可欠な部門として活動する国連地雷除去サービス(UNMAS)が行う。UNMASの活動は人道アクセスを支えているのだ。
UNMASは日本政府からの支援を受けて、ベンティウの学校で子どもたち
を対象に危険回避教育を行っている。2枚共©UNMISS Zenebe Teklewold
また、国連南スーダンミッションに参加する日本の自衛隊の工兵部隊が作業に入る前に地雷や不発弾などの危険がないか確認するということをUNMASが行い、自衛隊が整備した道路などはさらに市民の保護につながる活動を支え、人道アクセスの改善につながる。
道路整備に使用するマラムを搬入するダンプトラック ©陸上自衛隊 中央即応集団
南スーダン担当のエレン・ロイ事務総長特別代表は、「日本の自衛隊の方々には、乾季には酷暑、雨季には豪雨という工兵作業にとって大変厳しい環境の中で任務にあたっていただいています。彼らのフィールドエンジニアリングでの技術と専門性はプロジェクトの成功に不可欠です。日本隊の貢献は感銘深く、国連南スーダンミッションの職員の間のきずなにつながると同時に、国連PKOと南スーダンの人々とのきずなを一層強固なものにしています」と語り、自衛隊の仕事の質の高さをこのように評価する。
世界エイズデーのイベントにて。エレン・ロイ事務総長特別代表と自衛隊員。©UNMISS
日本の紀谷昌彦南スーダン大使は、東京の本省では平和構築、国連PKOや国連外交を担当し、防衛省にも出向してPKOや民軍協力に携わった経験を持つ。自衛隊が活動する国連南スーダンミッションのみならず、日本政府が財政支援している国連の人道援助機関などの活動現場を積極的に視察し、国連との連携をアセットに南スーダンの平和構築に役立つために知恵を絞る。「南スーダンの平和構築に向けて,日本が自らの強みを生かして貢献していく上で,国連PKOや国連諸機関との連携は不可欠です。日本は国連と連携することで,平和への貢献を一層強化できることを実感しています」と紀谷大使は説明する。
地雷除去作業を体験する紀谷大使(右から二人目)©UNMAS
自衛隊施設隊が首都ジュバでの国連PKOの活動を支えているのみならず,道路整備を通じて人道支援の効果的実施の一翼を担う点に言及しつつ、こう熱っぽく語る。「日本は国連と連携することで,保健,教育,地雷対策,難民支援,インフラ,人材育成など,日本が重視する分野で諸機関の専門性を活かしながら,国内各地で支援を展開することができます。南スーダンの国連諸機関には邦人職員もたくさんいます。また,UNITAR(国連訓練調査研究所)広島事務所と連携して,日本は南スーダンの行政官やNGO職員が,日本の戦後復興の経験から学んで生かすための研修を行っています」
日本隊との交流の場で談笑するロイ特別代表(右端)と紀谷大使(左端)
©UNIC Tokyo Kaoru Nemoto
ベンティウの文民保護区でIOMが運営する産婦人科病棟で、前日に生まれたばかりの女の子の赤ちゃんとお母さんに出会った。これが初産というまだあどけなさが残るお母さんは、子どもを「贈り物」を意味するミュイと名付けた。大変な避難生活の中で初めて子どもを産むというのはさぞかし不安だったでしょうと声を掛けたが、お母さんは「全ては神の思召し。そう思うと何も怖くなかった」と、穏やかな表情で答えた。この国の女性の芯の強さを見た。脇ですやすやと眠るミュイちゃんに優しい眼差しを向けるお母さん。家族が住み慣れた土地に戻り、ミュイちゃんが文民保護区外の生活を体験できるようになるのはいつになるだろうか。
「贈り物」という名の赤ちゃんはこれからどんな環境で育っていくのだろう
©UNMISS Zenebe Teklewold
私が2009年春にケニアのカクマ難民キャンプを視察した際、キャンプは南スーダン出身の難民たちが長年の隣国での避難生活に終止符を打って故郷に帰ろうという熱気に包まれていた。期待に目を輝かせた人々がなけなしの家財道具をまとめ、彼らが乗ったバスを見送った。その時のことを思うと、今の南スーダンの人々が置かれた状況を見るのは辛い。負のスパイラルに終止符を打ち、将来につなげるためにも、中長期的な視野を持った緊急人道援助が欠かせない。
文民保護区の子どもたち。彼らの未来が少しでも明るいものになることを祈らずに
はいられなかった ©UNMISS Patrick Orchard
南スーダンは5月に開催される世界人道サミットの5つの主要な論点(1. 紛争を予防・解決するためのグローバルなリーダーシップ 2. 人道規範を護持する 3. 誰も置き去りにしない 4. 人々の暮らしを変える ― 届ける支援から、人道ニーズ解消に向けた取り組みへ 5. 人道への投資)全てが凝縮しているマイクロコスモスだということを、改めて感じさせられた。世界人道サミットが人道危機の中で生きる人びとに直結して成果をもたらす会議にならなければ、ということを再認識させられる南スーダン訪問となった。