シリーズ第7回は、今年1月末まで、国連開発計画(UNDP)対外関係・アドボカシー局で勤務された二瓶直樹(にへい なおき)さんの話をお伝えします。UNDPは世界中で起こる自然災害や紛争といった緊急性の高い危機対応などに対処するため、政府やその他の国連機関と協力し、難民のための人道支援などを施しています。実際にマケドニア旧ユーゴスラビア共和国(以下マケドニア)を訪問し、難民の通過ルートとなる地方自治体への支援の重要さを実感した二瓶さん。長期化する人道危機に対しては、人道機関と開発機関が連携して支援を行うことが重要課題であり、世界人道サミットは世界と国連機関がそれに対してどのように取り組むのかを考える大きなきっかけになると語っています。
第7回 元国連開発計画(UNDP)対外関係・アドボカシー局、
現国際協力機構(JICA) 二瓶直樹(にへい なおき)さん
~人道機関と開発機関が連携する時~
2003年、JICA入構。以降、政府開発援助(ODA)業務に従事。2009-2012年、中央アジアのウズベキスタンにて、市場経済移行期の社会・経済開発を目的とした民間セクター及び法整備支援、運輸・電力インフラ支援に従事。直近はJICAからUNDPへ出向し、ニューヨーク本部にて日本政府拠出の日・UNDPパートナーシップ基金の管理などを担当。2016年2月よりJICA本部東・中央アジア部中央アジア・コーカサス課にて勤務。早稲田大学大学院社会科学研究科修士卒。
シリア難民の欧州への大量流入
2012年8月から3年半勤務したUNDPニューヨーク本部対外関係・アドボカシー局ジャパンユニットでは、日本政府がUNDPと連携して実施する世界各地のプロジェクト管理を中心に業務しました。年々、世界中で起こる自然災害や紛争といった緊急性の高い危機対応などに対処するため、日本政府からの資金拠出を受けて実施するプロジェクトの形成に関与しました。その時々の世界情勢を受けて各地のUNDP現地事務所との強い連携のもとプロジェクトの形成を経験しましたが、離任前の2015年夏以降から2016年にかけて携わった業務の1つがシリア難民に対する支援、UNDPと国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と日本政府の連携プロジェクトの形成です。昨年12月、ジュネーブのUNHCR本部を訪問して関係者との協議に参加しました。
メディアの報道等でもご存じの通り、2015年、特に9月以降は、中東から欧州への難民・移民の大移動が世界に大きな衝撃を与えました。シリア国内の不安定な情勢から端を発した人の移動は、これまではシリア周辺国であるヨルダン、レバノン、イラク、そしてトルコに留まることがそれまでは通例でした。しかし、トルコ国内でシリア難民は既に230万人を超すと言われる中、難民はシリア周辺国に留まるのではなく、より安全で、社会保障が充実する国を目指しました。その結果、欧州に向けて人の大移動が起きました。
この大移動は、主にトルコや地中海を経由し、ギリシャからバルカン半島(セルビア、マケドニア、クロアチア)を通過してシェンゲン協定国のドイツやスウェーデンをはじめとする難民への社会保障制度が整う北欧諸国に向いていました。更に、この人の大移動は、シリア難民だけではなく、不安定な情勢が続くアフガニスタン、イラクなどに加えて、政情不安、貧困、抑圧等の理由からアフリカやアジアの様々な国からも入ってきた人が多くいます。
トルコで生活をするシリア難民の子どもたち(2015年4月撮影、Credit: Ariel Rubin/UNDP)
欧州バルカン半島を通過する難民
2015年12月に欧州南東部に位置するバルカン半島に出張し、実際に難民が通過するセルビアとクロアチア国境のシド(Sid)国境通過点の現場視察をしました。シド鉄道駅近隣には、UNHCRや国際移住機関(IOM)が支援する難民テントが多く張られていました。また、他国からセルビア国内を通過してシドに到着した難民の行政手続きを支援する受付所がセルビア政府により設置されており、難民が休息するテント、仮設トイレ、水供給・衛生施設などを人道援助機関やNGOsが支援していました。
UNHCRより2016年2月26日現在の地図
セルビア内のクロアチア国境シドの難民受付センターに到着する難民たち(2015年12月、筆者撮影)
また、欧州バルカン半島の南ギリシャと国境を接するマケドニアの南部に位置するゲフゲリアという街でも難民通過地点の現場を視察しました。2015年9月以降、ピーク時は1日約1万1000人がゲフゲリアを通過し(ゲフゲリアの人口は約1万5000人)、同年12月時点では毎日約4000人の新しい難民が通過していくと関係者は指摘していました。人の移動においては、セルビアとクロアチアのシド国境と同様に、難民を管理・保護するための支援が人道援助機関により行われます。シド、ゲフゲリア共に難民の大量流入により、自治体の対応能力が限界に達し、国際社会の支援を必要としています。
UNDPは、難民を受け入れるホストコミュニティ、地方自治体による自治体の基礎社会サービス面において支援をしており、私の訪問時は日本政府との新規連携案件の形成に関する協議を行いました。特に、ごみ処理対応や水供給サービスを中心として、一時的な人口増による社会インフラ面の支援を主に担っています。また、難民をホストする自治体で地元住民の理解促進、啓発事業、ボランティアを動員し、難民を受け入れる自治体の対応能力の強化などのニーズが高まっています。
マケドニアのギリシアと国境を接するゲフゲリアの難民通過地点。ギリシアからマケドニアに入国し、マケドニアの北部セルビア国境へ向かう鉄道を待つシリア難民(2015年12月、筆者撮影)
このような協力は、日本の資金拠出により、UNDPが中東のヨルダン、シリア、レバノン、イラク等で流入するシリア難民や国内避難民(IDPs)に対して既に行っているものと類似しています。シリア危機以後は、シリア難民が周辺国へ大量に流出しており、周辺国の地方で多くの難民がキャンプ内外で生活をしています。欧州への難民の動きと異なり、シリア周辺国では、トルコを始めキャンプ外で、難民がホストコミュニティの中で生活する状況が続いています。この状態が長期化し、周辺国の対応、収容能力に限界が出たことが、2015年9月以降の難民の欧州への大流出と関係しているとも考えられます。
人道と開発が連携する機会
紛争や災害後に発生する難民、避難民をUNHCR等の人道援助機関が支援し、紛争状態や災害後の状況が一段落すると、難民、避難民は元の居住地域へ戻りますが、その際に彼らが社会生活を送れるように支援する段階へと移ります。そこで、支援母体が人道・緊急援助機関より、UNDPや開発援助機関へ移行することになります。このような状況下では、継ぎ目のない支援(Seamless Transition)を行うことが、人道・緊急支援から開発援助へ段階移行する際の重要課題となっていました。
現在世界で起こっているシリア難民の動きのような人道危機は、長期化する様相を呈しており、従来の支援アプローチでは十分ではありません。難民の移動が絶えず長期化する事態においては、難民への人道支援と、難民を受け入れるホストコミュニティへの支援が同時並行で、双方を補完し合いながら実施し、効果をあげることが重要課題となります。日本政府もこの課題への対応を重要視しており、人道支援機関のUNHCRと開発援助機関のUNDPが連携し、危機に対して、人道面と開発面から包括的に合同での支援策を計画しています。近年シリアやその周辺国でそれを実践しています。
上述のセルビアでは、UNHCRが全国連機関事務所をまとめる調整連絡会議を定期的に開催し、国連機関同士の連携を取りつつ、現場に必要な支援策を検討、実施しています。私も実際、セルビア滞在中にUNHCRの定例会議で議論に参加しました。国連は危機対応時に必要な資金や具体的な事業を記載した文書を作成し、日本や他の国連加盟国にアピールします。加えて、今回の欧州バルカン半島ケースでは、過去あまり注目が置かれていなかった難民が通過する際に滞留する自治体におけるホストコミュニティの社会サービス面の現場ニーズについて、UNDPがリード機関となり対応することがUNHCRや他の国連機関から認識されて、対外的にも明確になっています。人道機関のUNHCRと開発機関のUNDPがこのように長期化する難民・移民危機の現場でいかに力を合わせて補完し合いながら対応するかの新しいモデルともいえる動きだったと私は見ています。
シリア危機をはじめ、世界各地において、現在そして将来、危機に対する人道と開発の連携がこれまでより一層重要となっています。5月の世界人道サミットは人類が直面する危機に如何に世界と国連機関が取り組むのかを考える大きな契機となります。UNDPをはじめとする開発実施機関が、UNHCRのような人道支援機関とともに、今後も現場の支援活動から得られた教訓をもとに、日本政府や援助実施機関であるJICAと更に連携・協力して、貢献していくことを期待します。
*本記事は2015年12月に筆者がバルカン半島を視察訪問した際のもの。その後も欧州バルカン半島の移民ルートの動きは流動的であり、2016年3月9日現在、マケドニア政府はギリシャ国境からの移民入国を禁止することを発表。これによりバルカン半島からヨーロッパ北部に移動するためのルートは閉ざされ、マケドニアとギリシャの国境地帯には、多くの移民が立ち往生し、新たな決断を迫られている。
国連開発計画(UNDP)について、詳しくは以下をご覧ください。
国連開発計画ホームページ
http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/
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