シリーズ「今日、そして明日のいのちを救うために ― 世界人道サミット5月開催」(2) - 国連広報センター ブログ

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国連のさまざまな活動を紹介します。 

シリーズ「今日、そして明日のいのちを救うために ― 世界人道サミット5月開催」(2)

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シリーズ第2回は、WFP 国連世界食糧計画国連WFP)南・東ダルフール地方事務所プログラム統括の日比幸徳さんです。2015年7月に、緊急支援活動フェーズから復興・開発型の支援へ移行したばかりのスーダンで、被災地での個々の脆弱性に着目し、人道ニーズの複雑化に対応しようと奮闘されています。常に危険と隣り合わせの現場で、より効率的・効果的に人道支援を行うために、デジタル技術を活用した、21世紀型の食糧支援や避難民の登録管理システムについて寄稿していただきました。

 

第2回 WFP国連世界食糧計画国連WFP)南・東ダルフール地方事務所プログラム統括 日比幸徳さん

      ~飢餓のない世界を目指して-今の支援、明日のあり方~ 

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                 日比 幸徳(ひび ゆきのり) 

     WFP国連世界食糧計画国連WFP)南・東ダルフール地方事務所プログラム統括

2000年、大学院生の時に岐阜大学国連WFP事務局次長の講演を偶然聴講したことをきっかけに、国連WFPに新卒採用で就職。 2001年7月、国連WFPカンボジア事務所に赴任、緊急支援活動を担当。その後は、東ティモール、独立前の南スーダン、そして現赴任地であるニヤラに異動しながら、イランでの地震被災者緊急支援(2003年12月)、モルディブでの津波被災者緊急支援(2004年12月)、ミャンマーでのサイクロン被災者緊急支援(2008年04月)に携わる。東日本大震災時の支援活動にも参加した。写真は学校給食を調理する女性たちと。左から2人目が筆者。©WFP

 

私は2001年、カンボジア赴任でWFP 国連世界食糧計画国連WFP)の仕事を始め、数か国での勤務を経て、2010年からは、独立前後の南スーダンおよびスーダンダルフール地方で、紛争の被災者を中心とした食糧支援に従事しています。14年間の国連WFP生活を振り返ると、イランでの地震(2003)やミャンマーでのサイクロン(2008)といった自然災害の被災者支援に携わってきた期間が長く、紛争地域での人道支援に携わるようになったのはここ数年です。未だ苦労をしながら全力で取り組んでいる最中です。

 

ダルフールでは2003年に異民族間での紛争が始まり、これまでに40万人が命を奪われ、200万人以上が家を追われたと推定されています。食糧事情の調査をしていると、「昨日までは安全に暮らしていたのに、突然、激しい衝突が起き、着の身着のまま逃げてきた」と食糧支援を求める女性や子ども達に一日何十人も接します。感情が動かされすぐに助けを差し伸べたくなるのが正直な気持ちですが、短絡的な食糧支援は、彼らの自助努力を阻害するリスクもあります。国連WFPの職員として、「各国・民間・個人からいただいた貴重な支援を、最も助けを必要としている人に届ける」という使命を胸に、調査の結果に基づく決断をしています。ただ私の担当地域だけで支援対象者は90万人を越え、時間の制約のあるなかで根拠に基づく慎重な判断をすることは容易ではありません。

 

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         南ダルフールのGereida避難民キャンプに逃れてきた避難民の人々。

       作業に参加する対価として国連WFPの支援食糧を受給 WFP/Mohamed Fojar

 

活動を行う最大の困難は、治安です。2015年になってやや落ち着きを取り戻してきているものの、2013年以降、ダルフールの治安は急速に悪化しました。2013年7月 には、私の住むニヤラの町でも銃撃戦が勃発し、近所のNGOがロケット弾に被弾。私も同僚とともに、国連WFPの宿舎から国連平和維持活動(PKO)を行う部隊に救出されるという経験をしました。銃声を聞きながら防弾チョッキを着て同僚と宿舎内の避難室で6時間以上救援を待ったことは今でも忘れることができません。安全のため今もPKO部隊のキャンプで暮らしていますが、その時の経験から非常持ち出し袋を常にそばにおいて生活をしています。事務所とキャンプ間の移動、国内避難民キャンプへの視察、町外への陸路での移動は国連平和維持軍ないしは政府警察の護衛が必要です。また、定期的な安全管理訓練に加えて、地方出張の際には国連WFPの安全担当職員から現地の治安状況についての説明を受けることが義務となっています。自分、同僚、連携機関のスタッフ、そして支援を受ける人々の安全が一番の優先事項であることは理解しながら、速やかに調査を行うことの難しさとその結果生じてしまいがちな援助の遅れを歯がゆく思うことも多いです。

 

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 銃声の聞こえる中、防弾チョッキを着て同僚と避難室でPKOの救援を待った時の一枚 WFP/Peter Otto

 

ここで大きな支えとなっているのは、仲間の存在です。ニヤラで人道援助に携わっているスタッフは所属機関の違いを越えて仲間であり、会えば仕事や家族のことを話し合います。貴重な時間であり、それによってダルフールでの厳しい生活を助けてもらってきました。しかしながら、移動の自由がなく、また政府や支援対象者代表に対してほぼ毎日、説明や交渉をするような生活は、ストレスが溜まるものです。利用できる医療施設が限られていることもあり、自分自身の体調管理よりも仕事を優先しがちになります。2015年10月、直前までニヤラ当局との交渉にあたっていた国連人道問題調整事務所(OCHA)の仲間を病気で亡くしたことは、突然の辛い知らせでした。2010年にニヤラに赴任した彼は国連NGO・政府との調整を務めてきた専門家であり、素晴らしいバランス感覚の持ち主でした。彼自身が参加を切望していたいわゆる「no-go area」(治安を理由に政府がそこへの移動を許していない地域)への調査団派遣の準備も最終段階に入っており、国連NGOのチームが彼の遺志を継ぐ思いで難しい交渉を続けています。

 

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     同僚たちとの共同作業。支援活動にはチームワークが不可欠WFP/Adam Suliman Adam

 

2016年5月に開催される「世界人道サミット」では、危機が長期化する中で地域社会の強靭性を高めることが一つのテーマとなっていますが、ここスーダンでも、2015年7月、国連WFPは10年以上にわたる緊急支援活動を終え、復興・開発型の支援へ移行しました。その移行準備に関わることができたことは、貴重な経験となっています。私が担当している11のキャンプでも、国内避難民の命を助ける人道支援へ軸足を置きつつも、国内避難民をひとまとめに扱うのではなく、より個別の家族の脆弱性に着目し、今後の危機を乗り越えていくための強靭性を高める支援に移行しつつあります。これまでは事業での連携関係が限られていた国連開発計画(UNDP)や国際移住機関(IOM)とも、国内避難民の若者の生業支援活動などでの共同支援事業を作成中です。他機関との連携には、カンボジアで開発支援に携わった経験と、2011年の東日本大震災後に、様々なNGOの活動をサポートするジャパン・プラットフォームという支援機関に出向し、岩手県遠野市被災者主導による復興事業に関わった経験が活かされているように思います。

 

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        生徒に朝食を配給しているEl Serief避難民キャンプの学校にて ©WFP

 

ダルフール勤務のもう一つの貴重な経験は、事業効率化のための新しい技術革新を現場で体験できていることです。例えば、以前は避難民が偽名を使い多重登録し、支援を不正に多重受給するケースがあったのですが、最近は、登録に指紋認証を用いるようになり、不正受給を削減し、支援対象者の正確な人数を把握できるようになりました。

 

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        新たにキャンプに到着した避難民の指紋登録 WFP/Yukinori Hibi

 

また、新たな物流・サプライチェーン管理システムの導入により、国連WFPが扱う支援食糧の動きや状況をオンラインでリアルタイムで把握できるようになりました。さらに、現在1万8千人余りの国内避難民が暮らすキャンプでは、避難民に対し、一種のデビットカードを配布する「デジタル食糧支援」の導入が進んでいます。国連WFPがカードに電子マネーを毎月送金し、避難民が食品店でこのカードを提示すると、日本の小売店のレジでも見かけるようなPOS端末を用いて決済が行われます。このシステムの導入で、どのような食糧を購入したか、計画通り支援をフルに受け取れたかなど、これまでは把握するのが難しかった情報を把握、蓄積できるようになると期待されています。また、タブレットを利用してのデータ入力も進んでおり、より正確により早く情報を登録できるようになってきました。事業効率化のため技術革新に取り組む国連WFPの意気込みは、ニヤラにおいてもひしひしを感じることができます。新しく学ぶことが多く、私も他の同僚とともに新しい技術活用のための訓練に参加しています。事業効率化によって、必要とされる支援を、必要としている人々に、彼らの声を反映した形で届けられるよう努力を続けていきたいと思います。

 

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   デジタル食糧支援の導入が進む南ダルフールのDereige避難民キャンプにて WFP/Mujahid Tahir

 

私は単身赴任中で、家族は広島で暮らしているのですが、先日、娘の通っている幼稚園の子どもたちと保護者の方々に国連WFPの活動の話を聞いていただく機会がありました。「知らなかったことがたくさんあり、知ることができてよかった。」「一人一人ができることを考えなければならないと思いました。」といった感想をいただき、また日本以外の国やそこで暮らす人々に興味を持ち始めた子どもたちもいるようです。国連WFPの現場で働く一職員としてこれからも情報を発信していくつもりです。

 

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      日本からの支援で配布される食糧袋には、日本の国旗が WFP/Khalid Elhag

 

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