「デビルクイーン」
8月10日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
リオデジャネイロの裏社会は、ピンクのバスローブを着た【悪魔/女王】が牛耳っている。
デビルクイーンと呼ばれるその人は、ヴィヴィッドな色のアイシャドウを塗ったまぶたから鋭く光る視線でリオデジャネイロの裏社会を支配している。売春宿の奥の部屋から、部下のギャングたちに恐怖を、自分の王国の “ドールズ” にキャンディをバラまき、愛用のジャックナイフで脚をシェーブし、裏切り者を切り裂く。ある日ハンサムなお気に入りが警察に追われていることを知ると、右腕であるカチトゥに、キャバレーシンガーのイザのヒモ、世間知らずのべレコをスケープゴートとして警察に差し出すよう指示する。しかし、クイーンの恐怖政治も安泰ではなく、事態は思わぬ方向に動きはじめ……。
監督・脚本:アントニオ・カルロス・ダ・フォントウラ
出演:ミルトン・ゴンサルヴェス、オデッチ・ララ、ステパン・ネルセシアン、ネルソン・シャヴィエル ほか
配給・宣伝:ALFAZBET
デビルクイーン
劇場情報
賛否両論巻き起こったパリオリンピックの開会式では、ドラァグクイーンがしっかり爪痕を残していた。 正直、当事者である僕が見てもお腹いっぱい状態だったけれど、かつて2000年に開催されたシドニーオリンピックの閉会式で、マルディグラという地元の祭りや、以前紹介したオーストラリア発の「プリシラ」という映画を大義名分にして、ドラァグクイーンたちを大挙出演させていた頃のことを思うと、隔世の感を持った。
ふとそんなことを考えていたら、なんと今から50年前に公開されたブラジル発のドラァグクイーン映画が日本で初公開されるとのこと。そのタイトルは「デビルクイーン」。
戦隊モノに登場する女性ヴィランにいそうなタイトルだけど、今作は、麻薬組織のボスでドラァグクイーンという攻めすぎたキャラクターを指す。で、観賞。
当時のブラジルは軍事独裁政権下。そんな中でよくこういう映画を作ることができたなと感心。しかも実は1930年代“マダム・サタン”と呼ばれたジョアン・フランシスコ・ドス・サントスという実在したドラァグクイーンギャングをインスパイアして作られたそうで、まさに事実は小説よりも奇なり。さらにブラジルの“濃さ”を改めて実感。
とはいえ、70年代に入って「真夜中のパーティー」「ピンク・フラミンゴ」「ベニスに死す」など、それまでの間接的に描かれたものが多かったLGBTQ映画がストレートに描きだした時代でもあったので、ブラジルでもそういう作品が密かに見られ、企画が上がったのかもしれない。
ストーリーは、ある日、デビルクイーンの可愛がっていた“推し”部下が学生たちに勝手に大麻を売っていることが発覚。「この子、私の推しだし!かわいそうだから誰か身代わりにして警察に差し出すようしなさい!」と、右腕のカチトウに命令したことから、事態は思わぬ方向へ向かっていくというもの。
デビルクイーンの裏社会でのハードな発言や行動の冷徹さと、ゲイたちへの優しいの発言・行動の極端すぎるツンデレぶりの使い分けがとりあえず面白い。そして後半につれて、部下たちによるデビルクイーンへの下克上抗争が繰り広げられていく展開がなかなかにハード。
彼らの裏切りを知り、自分の地位を不安視するデビルクイーンに対して、リッチで優しいゲイ友として付き合っているゲイたちは、「私たちにできることはなんでも言って!」と言い、その抗争に参戦していく姿は、映画「極道の妻たち」で岩下志麻演じる姐御を慕うヤクザの妻たちとダブったりする。
今作に登場するドラァグクイーンは、どちらかと言えば“女装子”に近い。もちろんショウをやっていた人もいたかもしれないけれど、デビルクイーンが開くパーティーに集まっていた面々を見る限り、そちらだった。まぁ軍事独裁政権下時としては精一杯の女装だったのかもだけど。
そういえば2016年に公開された1960年代の軍事独裁政権下のブラジルにあった劇場でドラァグクイーンとして密かに活躍していた姿を描いたドキュメンタリー映画「ディヴァイン・ディーバ」でも「異性の服を着てるだけで逮捕される時代だった」と言ってたくらいだからしょうがないかもしれない。
そんな50年を経て見る今作は、荒っぽい作りだけど全編においてキャンプな空気が漂うも「シティ・オブ・ゴッド」でも描かれた60年代の70年代のギャングたちの姿や貧困の闇も描かれていてなかなかに見逃せない作品になっている。
仲谷暢之
大阪生まれ。吉本興業から発行していた「マンスリーよしもと」の編集・ライティングを経て、ライター、編集者、イベント作家として関西を中心に活動。