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「異人たち」
2024年4月19日(金)より劇場公開
夜になると人の気配が遠のく、ロンドンのタワーマンションに一人暮らす脚本家アダムは、偶然同じマンションの謎めいた住人、ハリーの訪問で、ありふれた日常に変化が訪れる。
ハリーとの関係が深まるにつれて、アダムは遠い子供の頃の世界に引き戻され、30年前に死別した両親が、そのままの姿で目の前に現れる。
想像もしなかった再会に固く閉ざしていた心が解きほぐされていくのを感じるのだったが、その先には思いもしない世界が広がっていた…
監督/アンドリュー・ヘイ
出演/アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレタ・フォイ
異人たち公式サイト
劇場情報
昨年亡くなった脚本家・山田太一さんの長編小説「異人たちとの夏」を、「ウィークエンド」「荒野にて」のアンドリュー・ヘイ監督が映画化。
12歳の時に両親を交通事故で亡くした脚本家アダム。以後、孤独と隣り合わせで生きてきた彼は、ロンドンのタワーマンションに住んでいる。そんなある日、両親との思い出をテーマにした脚本のために、かつて住んでいた郊外の実家を訪れると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で暮らしていた。
当たり前のようにアダムを迎え入れる両親。それ以来、アダムは足しげく実家に通っては、二人と時を過ごし、心が解きほぐされていく。その一方で、彼は同じマンションの住人であるハリーと恋に落ちていく・・・。
日本では大林宣彦監督が1988年に映画化。彼が監督した「ねらわれた学園」「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」を中学、高校の、いわゆる多感な時期に見て、その映像マジックにしびれ、すっかりハマった監督だった。だから新作が公開されれば義務のように見に行った。とはいえ、個人的に微妙に感じた作品も少なくはなかった(年齢のせいもあったと思うが)。大林版「異人たちとの夏」も公開時に見たけれど、僕らにとっては「オレたちひょうきん族」などでのコメディアンとしての片岡鶴太郎が主人公の父親を演じていることの印象が強く、変なフィルターがかかって、大林監督の映画を見たという事実だけが記憶に残るだけだった。
「異人たち」を見た後、公開時以来だった大林監督版を再見した。彼のこれまでの作品に共通する“ノスタルジー”または“あの頃の憧憬”が重要なテーマになっていて、主人公が生まれ、幼少期に育ったのが浅草というのも“ノスタルジー”を感じさせ、最初に父を見かけるのが浅草演芸ホールの中でというのもいかにも“あの頃の憧憬”だった。そんな中にケイという(「異人たち」ではハリー)謎の女性の存在が、この映画に“艶”を与え、グッとステージを上げていた。ちなみに個人的に公開当時あった片岡鶴太郎への違和感は、時間を経て払拭できていた。
一方、アンドリュー・ヘイ監督版は、展開は「異人たちとの夏」と概ね一緒だけど、主人公アダムと、謎の青年ハリーがゲイであるということが大きく違っている。監督自身がゲイであるゆえの脚色に、正直違和感を持つ人もいるだろう。とはいえ、今作はメインキャラクターをゲイにしたことによって、非常にパーソナルな物語となっていた。
大林監督版にあった親と子の、思い出の上書きといった“ノスタルジー”な関係とはまた違う、親と子の様々な空白を埋めるために、これまでの自身が経験してきた人生の痛みとどう折り合うかが焦点になっており、親に対してのカムアウトの物語でもあった。さらにハリーと出会ったことにより、孤独からの解放と渇望の物語にもなっていた。それだけにラストへ続く展開に涙する。
アダムを演じるアンドリュー・スコットは自らもゲイを公言している俳優。それだけに俳優としてだけでなく、自身のこれまでの人生とも重ね合わせ、アダムというキャラクターに説得力を与えている。特に、母親にゲイと告白する場面、父親に学校で孤立していたことを吐露する場面は、胸がかきむしられるほど。
そして父親を演じたジェイミー・ベルはかつて「リトル・ダンサー」でデビュー。この作品は、1984年、イギリスの炭鉱町で暮らす少年が、当時、女性のものとされてきたバレエに魅せられ、バレエダンサーを目指すという物語。今でこそ男性のバレエダンサーは増えてきているが、当時としては、ましてや80年代の保守的な田舎町では男がバレエを習うなんてわかれば自身だけでなく、一族郎党つまはじきにされるような時代。そんなかでの苦悩を演じているだけあって、今作で彼が父親役を演じていることにとても感慨深く思える。
ある場面では溝口健二監督の「雨月物語」を想起させる部分もあり、怪談物語の要素をうまく溶け込ませているなぁと思った。
ちなみに大林監督がノスタルジーが大きな要素とかいたが、アンドリュー・ヘイ監督版にも実はしっかりある。作中流れる、ペット・ショップ・ボーイズや、ファイン・ヤング・カニバルズ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、ブラーといった80年代、90年代のミュージシャンの曲にあの頃の情景が刻まれている。
仲谷暢之
大阪生まれ。吉本興業から発行していた「マンスリーよしもと」の編集・ライティングを経て、ライター、編集者、イベント作家として関西を中心に活動。