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『インスペクション ここで生きる』
2023年8月4日(金)より全国公開。
『ムーンライト』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』など革新的な作品を世に送り出してきた映画会社A24が贈る最新作。
ゲイであることで母に捨てられ、16歳でホームレスとなった青年は、生きるために海兵隊への入隊を志願する。セクシュアリティ、宗教、人種、全てが検閲”インスペクション”される場所で、彼は”自分自身であること”を諦めなかった。
監督 脚本:エレガンス・ブラットン
出演:ジェレミー・ポープ、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーヨ、マコール・ロンバルディ、アーロン・ドミンゲス、ボキーム・ウッドバイン
インスペクション ここで生きる 公式サイト
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劇場情報
現在公開中の「インスペクション ここで生きる」は、監督自身の半生を描いた物語。
作品中、主人公のフレンチは吐露する。「16歳から自力で生きてきた。今25歳だ。俺の母親?口も聞いてくれない。仲間たちは死んだかムショだ。外の暮らしじゃいつか死ぬ、でも軍服姿で死ねればこんな俺でも英雄になれる。宿なしのカマじゃない・・・」
フレンチは黒人のゲイである。信心深い母親は、そんな彼を受け入れず家を放り出し、捨てた。10年間ホームレス生活を余儀なくされていたフレンチは、自分のアイデンティティを追い求めるために、海兵隊への入隊を決めるのだ。
志願するには出生届が必要ということで会うことすら拒否られている母親を訪ね、海兵隊に入るから出生届を渡してほしいということを告げるが、母の態度はあまりにも素っ気ない。
彼女に対して嘆くことをやめ、心機一転向かった海兵隊の訓練所では初日からフレンチ含め志願兵たちは教官から過酷な“しごき”の洗礼を受ける。スタンリー・キューブリック監督の「フルメタルジャケット」やリチャード・ギア主演の「愛と青春の旅立ち」などでも描かれていた壮絶な軍隊の“しごき”は21世紀に入ってもまだあった(舞台設定は2005年)。
さらにフレンチはひょんなことからゲイであることがバレてしまい、訓練生たちからも差別を受けるようになる。理不尽すぎる毎日にメンタル崩壊ギリギリになりながらも、母親に認められたい、これまでの生活から脱したいという信念で、あらゆる障壁に立ち向かう姿に心打たれる。だけど、そんななかでもある教官とは秘密の関係が生まれたり、同期の中にゲイ友を発見したりと、わずかな灯も描かれる。
そしていよいよ最終訓練では、映画「エゴイスト」でも描かれた、眉を整えることで己の気持ちを鼓舞する様を見せてくれ、さらに迷彩柄のカモフラージュメイクを施すときに、フレンチは自分のアイデンティティをわざと誇示する。この場面は、ゲイの根性の座り方見たり!って感じで清々しさを感じるほど。
結果、無事に海兵隊員に合格したフレンチ、秘密を共有していた教官とのやりとりでは、彼のフレンチに対する言葉が深く、深く胸を打つ・・・。さらに修了式には、“あの”母親が誇らしげに駆けつけ、久々に母と子の再会を果たす。
ドラァグクイーンとして生計を立てるゲイ、アーノルドと彼を取り巻く友人や恋人を描いた「トーチソングトリロジー」という舞台劇を映画化した作品があった。その中でも母親に自分を認めさせたいアーノルドの葛藤の場面があったのだけど、ここではユダヤ人の母親がゲイである息子を受け入れられない、勢いでつい「お前なんか産まなきゃよかった!」と口走ってしまう。
その時に彼は「愛と敬意のない人を求める人は必要はない、それを持たない人に用はない。あなたは母親だ、心から愛している。でも僕を見下すなら出て行って」と返す。その言葉で母親は取り返しのつかないことを言ってしまったことを悔やみながらもゲイであることを受け入れられないという複雑な気持ちで立ち去るのだけど、今作でもフレンチはある言葉を投げかける。それは・・・。
先にも書いたけれどこれは監督自身の半生を描いた映画だ。今作を作るにあたって、幾つもの心の整理が必要だったろうに思う。そして母親との関係も。今はどういう関係を築いているのかわからないけれど・・・。
仲谷暢之
大阪生まれ。吉本興業から発行していた「マンスリーよしもと」の編集・ライティングを経て、ライター、編集者、イベント作家として関西を中心に活動。