【コラム】「アドベンチャーツーリズム・アカデミー」が目指す地域リーダーの姿~世界に選ばれるデスティネーションを牽引するリーダー育成を目指して~
一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協議会 業務執行理事 山下真輝
(一社)日本アドベンチャーツーリズム協議会(JATO)が日本航空㈱と㈱JTBの協力により創設した「アドベンチャーツーリズム・アカデミー(以下ATA)」は、持続可能な観光地域づくりを推進するリーダー人材の育成を目指しています。このアカデミーは、高付加価値な体験の提供や地域との関係構築、環境保護など、多面的なスキルを持つアドベンチャーツーリズム(以下AT)推進人材の育成を通じて、日本の観光地の国際競争力向上を図ることを目指しています。
1.拡大する世界のアドベンチャーツーリズム市場
AT市場は世界的に急速な成長を遂げており、その規模と影響力は年々拡大しています。Adventure Travel Trade Association (ATTA)の試算によると、市場規模は2012年の2,630億ドルから2017年には6,830億ドル(約75.1兆円)へと拡大し、平均成長率21%という驚異的な伸びを示しています。さらに、2023年には約1兆3,357億ドル(147兆円)にまで拡大すると予測されており、その成長は今後も継続すると見込まれています。
この市場拡大の背景には、旅行者の嗜好の変化があります。従来の観光地巡りから、より体験型で自然や文化に触れる旅行スタイルへのシフトが進んでいます。特に、欧米やアジアの富裕層を中心に、ATへの関心が高まっています。ATの特徴として、長期滞在と高い消費額が挙げられます。一般的な旅行と比較して、ATの参加者は滞在期間が長く、アウトドアギアや装備にこだわる傾向があります。これにより、地域経済への貢献度が高いことが注目されています。
また、ATは地域経済への還元率が高いことも特徴です。一般的な旅行商品と比べて、リケージ(Leakage)と呼ばれる地域外への資金流出が少なく、地域経済の活性化に寄与します。世界各国がATの推進に力を入れる中、昨今日本においても注目を集めてきました。ATTAとジョージワシントン大学国際観光研究所による「アドベンチャーツーリズム開発指標2020」では、日本はアジアで唯一トップ20にランクインし、18位を獲得しています。しかし、世界上位のアイスランドやスイス、ニュージーランドと比較すると、まだ発展の余地があります。
日本国内でのAT市場も、世界的なAT市場に牽引されて拡大が期待されていますが、この成長を実現するためには、国際基準のガイド育成や、地域の自然・文化資源を活かした高付加価値なコンテンツ開発が求められます。世界的なAT市場の拡大は、持続可能な観光開発や地域経済の活性化に大きな可能性をもたらしています。日本においても、この成長産業を活かした観光戦略の構築が急務となっています。
2.地域観光の本質的課題解決にむけたアドベンチャーツーリズムの取り組み
ATの取り組みは、地方の観光振興の本質を考える上で重要な視点を提供しています。ATは単なる観光形態ではなく、地域の自然や文化を活かした持続可能な観光開発のモデルとなる可能性を秘めています。
ATの特徴として、地域の自然や文化資源を深く体験することが挙げられます。例えば、阿寒湖温泉では、豊かな自然環境やアイヌ文化を活かしたATコンテンツの開発が進められています。このような取り組みは、地域の独自性を活かした観光振興につながります。また、ATは地域経済への貢献度が高いことも特徴です。一般的な観光と比較して、ATの参加者は滞在期間が長く、消費額も高い傾向にあります。さらに、地域経済への貢献度が高いため、地域経済の活性化に寄与します。
ATの推進には、地域全体での連携が不可欠です。環境省、DMCやDMO、アクティビティガイド、宿泊施設、レストランなど、様々な関係者が一体となって取り組む必要があります。この過程で、地域の観光資源の再評価や、新たな価値の創造が行われることになります。
ATは、オーバーツーリズムの問題にも一つの解決策を提示しています。人気の高いデスティネーションへの需要の偏りを軽減するため、需要をシフトさせ、より幅広い地域に観光客を呼び込むことが可能です。これは、地方の観光振興にとって重要な視点となります。さらに、ATは持続可能性を重視しています。自然環境の保護や地域文化の尊重、地域社会への貢献など、持続可能な観光開発の原則に沿った取り組みが求められるため、長期的な視点での地方の観光振興につながります。
ATの推進には、高度な知識とスキルを持つガイドの育成が不可欠です。例えば、北海道では「北海道アドベンチャートラベルガイド認定等制度」を開始し、世界に通用するツアーガイドの育成に着手しています。このような人材育成の取り組みは、地域の観光産業全体の質の向上に繋がります。
ATは、地域の自然や文化を「まるごと体験する」ことを重視しています。これは、その地域ならではの魅力を最大限に引き出し、旅行者に深い満足感を提供することに繋がります。同時に、地域住民にとっても自らの地域の価値を再認識する機会となります。
以上のように、ATの取り組みは、地方の観光振興の本質的な課題に向き合うことにつながります。自然と文化の保護と利用の好循環、地域経済への貢献、持続可能性の追求、人材育成など、ATの推進を通じて地方の観光振興の在り方を根本から考え直す機会となるのです。これらの取り組みを通じて、日本の各地域が世界に選ばれる持続可能な観光地として発展していくことが期待されます。
【画像出所】北海道観光機構
3.自然と文化が融合した高付加価値体験としてのアドベンチャーツーリズム
ATは、「自然と文化が融合した高付加価値な体験」を提供する旅行形態であることから、全国各地において地域への周遊促進施策としても注目を集めています。ATの定義は、「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3要素のうち2つ以上で構成される旅行を指すとされています。この融合により、単なる自然体験や文化体験を超えた、より深い没入感と高い満足度をもたらす体験が可能となります。ATの特徴として、以下の点が挙げられます。
(1)質の高いストーリー提供:
ATでは、特に「質の高いストーリーの提供」が重視されています。例えば、自然解説や歴史解説を通じて、参加者の知的好奇心に基づくフロー状態を引き出すことができます。
(2) 個別ニーズへの対応:
参加者の個別ニーズに応じたカスタマイズが重要です。家族連れの場合、子供と大人それぞれのスキルレベルに合わせたアクティビティを組み合わせるなど、きめ細かな配慮が必要となります。
(3)適切な難易度設定:
参加者の能力評価と適切な難易度設定が重要です。段階的なチャレンジの提供や時間管理を通じて、参加者のフロー状態を維持し、より深い没入感を実現します。
(4)地域資源の活用:
ATでは、地域独自の自然やありのままの文化を体験することが重視されます。これにより、その地域ならではの魅力を体感し、旅行者自身の自己変革・成長といった内面的な変化を実現することを目的としています。
(5)持続可能性への配慮:
ATを通じて、地域の自然・社会環境のサステナビリティ、地域住民の雇用・所得向上に貢献できるかという視点が重視されます。これにより、観光と地域発展の好循環を生み出すことが期待されます。
(6)高付加価値化:
ATは、移動自体を目的化する体験の提供や周辺コンテンツへのアクセシビリティ向上などを通じて、交通サービスの高付加価値化にも貢献します。例えば、お酒や料理等の特産品や観光案内動画などの車内コンテンツで移動に付加価値を付けたり、予約・決済の一元化やモード連携などのシームレスな移動による送客機能を通じて旅程に付加価値を付けることで、旅の体験価値を高めて地域全体の消費額を拡大させることが可能となります。
ATは、これらの特徴を通じて、従来の観光形態とは異なる高付加価値な体験を提供し、旅行者の満足度向上と地域経済の活性化を同時に実現する可能性を秘めています。自然と文化の融合により、その地域ならではの魅力を最大限に引き出し、持続可能な観光開発のモデルとなることが期待されています。
【画像出所】JTB総合研究所
4.自然・文化資源の保護と利用の好循環につなげる人材育成の必要性
ATの推進において、自然と文化の保護と利用の好循環を生み出すことのできる人材の育成が急務となっています。このような人材には、以下のような能力や知識が求められます。
(1)自然環境と文化資源の深い理解:
ATを推進する人材には、地域の自然環境や文化資源に関する専門的な知識が不可欠です。環境省の国立公園満喫プロジェクトでは、国立公園の優れた自然環境や地域社会・文化の保護を前提に、国立公園ならではの価値やストーリーを伝えることの重要性が強調されています。
(2)持続可能な観光の理解と実践:
ATの取り組みを通じて、地域の自然・社会環境のサステナビリティ、地域住民の雇用・所得向上に貢献できるかという視点が重要です。持続可能な観光の原則を理解し、実践できる能力が求められます。
(3)高付加価値なコンテンツ開発能力:
地域の自然や文化資源を活用し、旅行者の知的好奇心を満たす高付加価値なコンテンツを開発する能力が必要です。環境省のガイドラインでは、コンテンツの高付加価値化による単価の向上や顧客満足度の向上が重視されています。
(4)地域コミュニティとの協働能力:
ATの成功には、地域コミュニティとの強い連携が不可欠です。地域住民や事業者との信頼関係を構築し、協働してプロジェクトを進める能力が求められます。
(5)環境保全と観光の両立を図る能力:
自然環境の保護と観光利用の両立を図るため、環境への負荷を最小限に抑えつつ、魅力的な体験を提供する能力が必要です。例えば、国立公園では利用調整地区制度を活用し、必要に応じて立入り人数の制限を行うなどの取り組みがなされています。
(6)国際的な視点とコミュニケーション能力:
グローバルなAT市場に対応するため、国際的な視点と外国語でのコミュニケーション能力が求められます。特に、質の高い英語ガイドの不足が課題として指摘されています。
(7)マーケティングとプロモーション能力:
ATの魅力を効果的に発信し、適切なターゲット層に訴求するマーケティングとプロモーション能力が必要です。JNTOによるアドベンチャートラベルの特設サイトでのコンテンツ拡充などの取り組みが参考になります。
(8)リスク管理能力:
自然環境でのアクティビティには常にリスクが伴うため、安全管理と危機対応の能力が不可欠です。旅行者が地域全体で安全にアクティビティを楽しむためのリスク管理体制づくりが求められます。
これらの能力を備えた人材を育成するため、当協議会で創設したATAのような取り組みが重要だと考えています。ATを通じて自然と文化の保護と利用の好循環を生み出すためには、これらの多様な能力を持つ人材の育成が不可欠です。このような人材が増えることで、日本のATの質が向上し、世界に選ばれる持続可能な観光地としての発展につながることが期待されます。
【画像出所】JTB総合研究所
5.アドベンチャーツーリズム・アカデミーが目指す7つのコアコンピタンシーを持つ地域リーダー像
ATAが目指す7つのコアコンピタンシーを持つ人材は、単なるガイドではなく、地域全体のAT推進を牽引するリーダーとしての役割を果たすことが期待されています。これらのコンピタンシーの詳細と重要性について以下に説明します。
(1)高付加価値な体験・アクティビティのプランニング能力:
地域の独自性を活かしつつ、旅行者の知的好奇心や探究心を満たす体験を提供することを意味します。例えば、道東の鶴雅リゾート「Adventure Base SIRI」では、豊かな自然環境を活かし、多彩なアクティビティや体験プログラムを提供することで、高単価プランの開発に成功しています。ATでは、アクティビティ、自然、文化体験を組み合わせた魅力的な高付加価値体験型旅行商品の創出が求められます。
(2)地域における安全対策・危機管理力向上に向けた地域との関係構築能力:
ATガイドには、リスクを最小限に抑え、参加者、地元のパートナー、地域コミュニティの安全を確保するための能力が必要です。これには、地域全体で安全に旅行者が楽しめる環境づくりが含まれます。
(3)自然環境の保護や地域の発展に向けたサステナビリティ活動の実施能力:
ATガイドは、アクティビティを実施する地域コミュニティや生態系の環境的・社会的・経済的な持続可能性を守る役割を果たします。これは、「保護と利用の好循環」を考える上で重要です。
(4)地域内ガイド事業者の連携体制づくりに向けたリーダーシップ:
ATの推進には、事業者と地域コミュニティとの信頼関係構築が不可欠です。リーダーシップを発揮し、地域内のガイド事業者間の連携を促進することが求められます。
(5)国の機関および地元行政との連携強化に向けた各種施策への対応力:
AT推進に関する観光庁や地方自治体などの施策を理解して活用する能力が必要です。観光庁は、ATをインバウンド誘致や地方での高付加価値コンテンツ作りに適した取り組みとして注目しています。
(6)情報発信、流通促進に向けたメディアや旅行会社とのコミュニケーション能力:
ATの魅力を効果的に発信し、適切なターゲット層に訴求するマーケティングとプロモーション能力が求められます。これには、メディアや旅行会社との良好な関係構築が含まれます。
(7) グローバルなツーリズム動向の理解と地域全体での訪日外国人旅行者への対応能力:
世界のAT市場の動向を理解し、地域全体で訪日外国人旅行者の満足度を向上させるサービス能力が必要です。特に、質の高い英語ガイドの育成が課題となっています。
これらのコンピタンシーを持つ人材は、ATを通じて「地域の自然・文化資源の保護と利用の好循環」を生み出すことが期待されます。ATAのカリキュラムは、約3ヶ月間での13回の講義を通じて、これらの能力を育成することを目指しています。
ATAが育成する人材は、地域において行政、事業者、地域コミュニティ関係者と良好な関係を構築し、持続可能な観光地域づくりをけん引する地域リーダーとしての役割を果たすことが期待されています。このような人材の育成は、日本のAT市場の拡大と質の向上、そして持続可能な観光地域づくりに大きく貢献すると考えています。
アドベンチャーツーリズム・アカデミーに関する詳細はこちらをご参照ください。