ある編集者の気になるノート 2011-04-25T09:32:19+09:00 aru-henshusha ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。 Excite Blog ニーチェみたいに、愛せますか?(ヒトリゴト70) http://aruhenshu.exblog.jp/16236727/ 2011-04-24T23:44:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2011-04-24T23:45:04+09:00 aru-henshusha 不定期なヒトリゴト。 それくらい恋愛が下手だ。ばかりか、それにまつわる悩みをしょっちゅう抱えていたりする。

先日、『超訳 ニーチェの言葉』という本を読んでいて、
こんな一節にぶつかった。
愛するとは、自分とはまったく正反対に生きている者を、その状態のままに喜ぶことだ。自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のままに喜ぶことだ。
愛を使って二人のちがいを埋めたり、どちらかを引っ込めさせるのではなく、両者のちがいのままに喜ぶのが愛することなのだ。
超訳 ニーチェの言葉ディスカヴァー・トゥエンティワン

言われてしまった、と思った。
おっしゃる通り、でもね、とも思った。
僕はなかなか、ニーチェみたいに愛することができない。


たとえば、好きな人ができたとする。
最初はいいところばかり、目に入る。
しかし、一緒にいる時間が増えたり、そのままつき合うようになると、
相手の嫌なところ(ニーチェ流に言えば、正反対な生き方や逆の感性)が目につく。

多くの場合、僕は相手の嫌なところを変えてほしいと思うし、
でも変わらなくて、喧嘩になることも多かった。

また、僕がつきあう人も、ある意味、僕に似ていた。
僕が相手を変えたいと思ったように、彼女は僕を変えたいと思い、
やっぱりうまくいかなくて、ダメになった。


恋愛ベタな僕は、街を歩くカップルを見るたび、不思議に思うことがある。

彼や彼女は、もともと自分に合った相手と付き合ったのか、
それともニーチェの言うような愛し方をしているのか、
それとも単に我慢をしているのか…

きっと、人それぞれなのだろう。


人と人にちがいがあるのは当たり前で、
そのちがいに目をつぶることで、世の中は成り立っている。
けれど、僕は好きな人といるとき、目をつぶれなくなる。
それは、そのちがいを(相手から)埋められるという甘えなんだろう。

相手に甘えることで、本当に甘えられる相手を失っていく。
書けば書くほど、僕は恋愛に向いていない。


ニーチェみたいに、愛せますか?

といま訊ねられたら、僕は口ごもるだろう。
ニーチェの愛の優しさの前に、深く恥じ入りながら。]]>
そして、家族が動きだす。(ごくごく私的な『砂上のファンファーレ』論) http://aruhenshu.exblog.jp/16172537/ 2011-04-10T22:40:37+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2011-04-10T22:41:10+09:00 aru-henshusha 本・出版
家族とは、そこにあるだけでは、家族として「機能する」とは限らない。
そのことに気づかされたのは、数年前、母が倒れたときだった。


その日、僕が勤めていた小さな編プロに、勤務先で母が倒れたという連絡があった。

母が入院した病院を訪ねると、脳梗塞だと伝えられた。
最悪、マヒや言語に障害が残ると言われ、母一人、子一人で育った僕は、途方に暮れた。

しかし、正確に言うと、母にとって「家族」は僕だけではなかった。
母の弟、僕にとっての叔父も、病院に駆けつけていた。


叔父に会うのは、久しぶりだった。

幼いころ、僕は、母が働いている関係で、
叔父と祖母が住む家に預けられ、一日の大半を過ごしていた。

祖母は僕をかわいがってくれたが、叔父はそうではなかった。
今で言うと、ニートのような暮らしをしていた叔父は、
虫の居所が悪いと、僕をすぐ怒った。手が出たこともある。

叔父にとって、僕は虫が好かない存在だったように、僕にとって、叔父は憎悪の対象だった。
怒鳴られるたび、暴力をふるわれるたび、いつかこいつを殴り返してやろうと思った。

でも、病院で再会したとき、今がそのときではないことは、すぐわかった。


叔父と僕は、それから、交代で母を見舞い、
手分けして、転院や退院、リハビリの手続きをし、母の容体を見守った。

その後、母は驚異的な回復を見せ、
いまでは(以前とまったく同じとは言わないが)、歩くことも、しゃべれることもできる。

当時(も今もだけど)、別々のところで暮らしていた、
僕と、母と、叔父は、あの日を境に「機能」し始めた。

ただただ母が元気になることだけを願って、
僕と叔父は、そして母自身が自分のできることをやり、支えあった。

彼女が倒れるまで、そんなふうに、
お互いやさしくできる日がくるとは思わなかった。


前置きがずいぶん長くなったようだ。

注目の若手作家、早見和真の最新作、『砂上のファンファーレ』は、
ひと言でいえば「家族が機能する」までを追った物語だ。

本書に出てくる家族は、最初はまったく機能していない。
すでに壊れかけていると言ってもいい。

原因不明の物忘れに悩む母、
事業がうまくいかず借金を重ねる父、
真面目だが家族とは一定の距離をとる長男、
家族になじめず浮いている次男…

彼らは、たしかに家族だけど、お互いがバラバラの方向を向き、
知らんぷりをして、ただそこにいるだけだ。

そんな家族が、あることをきっかけに「機能」しだす。
しかも、驚異的なスピードで。


一つのきっかけから急速に家族が「動きだす」この物語は、
読む人によっては荒唐無稽という印象を受けるかもしれない。

しかし、母の病によって「機能」した家族を持つ僕としては、
家族には、もともとそういう力があるのだと言いたい。

くしくも今回の震災によって、自分たちの家族の「機能」を、再認識した人もいると思う。
家族が痛みを生み出すこともあれば、家族が痛みから守り、癒すこともあるのだ。


家族を、家族の「機能」を信じられない人は、ぜひこの物語に触れてほしい。
自分の家族のことを思い浮かべながら、一気に読めるはずだ。

そして、その日からきっと、あなたの家族も動きだす。

多忙のため、引きつづきコメント欄等、
スルー&お眼汚し状態になることをお許しください]]>
「地震のあとで」、考えたこと(ヒトリゴト69) http://aruhenshu.exblog.jp/16043676/ 2011-03-12T10:45:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2011-03-12T10:45:39+09:00 aru-henshusha 不定期なヒトリゴト。 ある編集者です。生きています。


東京で地震にあっただけで大げさな、と思われそうですが、
昨日オフィスで、最初の大きな地震に遭遇したとき、
正直、死ぬかと思いました。

ビルの構造(しかも、それは安全性を考えた構造なのでしょうが)のせいか、
縦揺れがひどく、エレベーターは止まり、あちこちでゲラや本が散乱し、
社内も社外も騒然としているし、そのあとも、たえまなく余震が続く。

間違いなく、僕が生きていた中で体験した、一番大きな地震。
その地震のさなか、そして「地震のあとで」、考えたことがいくつかあります。


一番最初に考えたことは、身も蓋もないですが、
「この会社で死にたくない」ということでした。

この会社で死ぬ、というか、多分、
この会社の一員のまま死ぬということにたいして、
僕は納得はできないな、と思いました。

それは、自分の真意に気づかされたというより、
前々からの思いの再確認と言ったほうが正しいのですが、
僕の死に場所はここでない、と改めて感じました。


同時に、これはまだまとまっていない考えのメモにしか過ぎませんが、
自分はもしかすると、「編集者として死にたくない」とも、
あの場で思っていたかもしれません。

編集という仕事は、相変わらず好きですし、
毎日バカみたいに働いています。

でも、その生活が本当に自分が望んでいることなのか、
建物が揺れるとともに、心もグラッときました。
その「震源地」については、しばらく考え続ける予感がします。


また、「地震のあとで」、色々な人の安否を確認しようと連絡を取りました。
そして、これも身も蓋もないことですが、
いま、自分が大切に思う人が誰なのか、ハッキリしました。

むろん、それはこちらのone-wayな思いの発露でしかないのですが、
割と優柔不断な僕にとっては、いい経験でした。

あと、普段はウザいくらいに感じてた親からのメール、
昨日だけは嬉しかった。本当、生きているだけで何より。


いい機会ですから、「地震のまえに」考えていたことも、
あわせて書いておきましょう。

このブログ自体は全然更新していないのですが、
いまはツイッターやらフェイスブックやら、
あるいは●●社の××としては、たまにブログを更新しています。
(僕の実名を知っている方は、よかったら検索してみてください)

ある時期から、匿名よりは実名で発信するほうがメリットが大きいと考え、
そうしてきました。
実際、「ある編集者」じゃない僕を知る人も業界ではけっこう増え、
仕事にもいい影響が出ています。

ですから、このブログは(生身の自分と最終的にひもづけるかは迷いますが)、
どこかで完全に更新をストップしようと思っていました。


けれど、「地震のあとで」、やはり考えが変わりました。

僕がいま、本当に書き残しておきたいことは、
ツイッターでもフェイスブックでも、ましてや社名を背負ったブログでもなく、
やはり「ここ」に投稿すべきじゃないかと思いました。

「ある編集者」の正体を知っている方からすれば、
それは中身がバレバレの「マスクマン」の悪あがきなのかもしれません。
でも、いまの僕には、その「マスク」が大事なんです。

ここに書いただけで、魔法のように色々なしがらみが消えてしまうわけでもないですし、
生身の僕と結び付けて「××、あんなこと書いてたよな」と噂されたりもあるでしょう。

だけど、僕はやっぱり「ある編集者」としてキーボードをたたくとき、
ちょっとだけ強く、ちょっとだけ素直になれる気がして。

「ある編集者」のマスクをつけて書きたいことが、
きっとこれからも、節目節目であるように思います。

そんなことを「地震のあとで」考えて
久しぶりにヒトリゴトを言ってみました。


「自分の家」なのに、ちょっとあけすぎたようですね。
ともかく、ただいま。

しばらくすると、またどこかに遊びに行ってしまうかもしれないけど。
でも、ただいま。


*色々書きましたが、このブログのケアにかけられる時間が一番少ないので、
コメント欄とかスルー&お眼汚し状態になることをお許しください]]>
「ある編集者」及び「ある編集者の気になるノート」について(09/6/24更新) http://aruhenshu.exblog.jp/2379666/ 2009-12-31T23:59:00+09:00 2009-06-24T02:28:52+09:00 2005-07-28T10:48:24+09:00 aru-henshusha 未分類 現在、某出版社に勤務中。おもにビジネス書と呼ばれるジャンルの本を作っています。
性別:男、年齢:秘密。ブログの存在は、基本的に親しい人のみ教えています。

◆当ブログの更新と献本について
日々の仕事に加え、将来のキャリア作りのために動き出していることがあり、更新に使える時間が著しく減っています。
更新についての姿勢はこの記事に書いたとおりです(「いい加減」ですみません)。

とはいえ、たまりつつある献本については、常に心にとめております。お許しを。

◆当ブログへのコメント等の注意事項、管理人へのメールについて
当ブログへのコメント・TB、管理人へのメールについて

◆最近のニュースなど
『書評王の島』vol.2の、匿名編集者座談会「書評メッタ斬り!」に参加しました。
(こういう面白い企画へのお声がけは大歓迎です。仕事に支障のない範囲で参加させていただきます)]]>
話題の「勝間和代十夜」に便乗して、「こんな勝間和代はイヤだ」を作ってみた。 http://aruhenshu.exblog.jp/11981870/ 2009-07-21T01:25:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-07-21T01:25:10+09:00 aru-henshusha ユーモア・ネタ
勝間和代十夜

なるものの存在を教えてもらいました。
これ、ビジネス書編集者だったら、爆笑必至ではないかと思います。

で、便乗して「こんな勝間和代はイヤだ」を作ってみました。

*最初に言っておきますが、あくまでネタとして作ってみたものです。
 仮にご本人が見ても「バカねぇ」と笑い飛ばせる内容になってればよいのですが…

勝間さんにもビジネス書にも興味がない人だと「ちんぷんかんぷん」の内容でしょうが、
これを機に(?)、少しでも興味を持っていただければ幸いです。

●こんな勝間和代はイヤだ●

じつはヤフー派だ

じつは断るのが苦手

じつはお金を銀行に預けている

じつは自転車に補助輪がついている

じつは干場さんが夜になると勝間さんに変身している

Paboに対抗してChabo!メンバーでCDを出そうとしている

手帳を作ってはみたが、自分は「ほぼ日」でもいいかなと思っている

「本田さん、もう『レバレッジ』書名に使わないの? じゃあ、ちょうだい」

本当はマルコム・グラッドウェルより、マルコム・マクラーレンを尊敬している


う~ん、自分で書いてて何ですが、これ本当に面白いか、自信がないです…]]>
「ブスでもモテる3つの条件」は本当か? http://aruhenshu.exblog.jp/11981791/ 2009-07-21T01:08:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-07-21T01:08:16+09:00 aru-henshusha 恋愛・男女
美人じゃないのに何故かモテる女の特徴(恋のから騒ぎ)「目が離れてる・色白・リアクションが大きい」

目が離れていることで男は安心し、色白は七難を隠し、男の話に「すごーい!その話すごく興味ある~!」といちいちリアクション大きく反応することで男は自尊心を満たす。この三拍子が揃っている女はいくらデブでブスでもモテる。逆に全て外している女は絶対にモテないし、一つでも欠けているとただの面白い子で終わる。これ、動画を見ると「そんなことないよ」という意見もありましたが、個人的にはけっこう「ある」んじゃないかと思います。

とくに、自分が年をとればとるほど、「リアクション大」の女性はありがたいなぁと感じるようになりましたね。
(話の主旨が変ってしまったような気がしますが…)

逆に、「目が離れていない・色黒・無口」な女性は、ドMの人にはモテるような気がしますが…]]>
目上の人に「がんばれ」と言いたいとき、何て言う? http://aruhenshu.exblog.jp/11981720/ 2009-07-21T00:55:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-07-21T00:55:27+09:00 aru-henshusha 名言・言葉 いただいた本がたまっているのに他の本を紹介するのは、ホント気が引けるんですが…

『日本人の知らない日本語』

こちらの本(コミックエッセイ)に、思わずへえと唸るような、日本語の豆知識が書いてありました。

目上の方に「頑張ってください」と伝えたい場合、

「お疲れの出ませんように」

と言うのが正しいのだとか(これ、編集者としては、常識なんですかね…)。

僕も「がんばれ」は目下の人に使う言葉だとはわかっていたのですが、それに代わる言葉を知らないため、著者の方とお話しするときなど、どう言うべきか長年迷っていたんですよね~
(さっさと調べろよ、という話ですが)

これ以外にも、

・スキー板の数え方
・「さしつかえなければ」と「おそれいりますが」の違い
・「です」「ます」言葉を広めた人たち

など「日本人の知らない日本語」がたっぷりの一冊です。
日本語学校に通う外国人学生たちのお国柄や個性がユーモラスに描き分けられていて、ベストセラーになるのもむべなるかな。

って、他社の本をほめている場合じゃありませんね。がんばれ、自分(&弊社)。]]>
「完璧」を目指して挫折するよりも、「いい加減」でいいから続けたい。(ヒトリゴト68) http://aruhenshu.exblog.jp/11812024/ 2009-06-24T02:07:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-06-24T02:07:49+09:00 aru-henshusha 不定期なヒトリゴト。
ブログの更新が滞ると、知り合いからこう言われることが多い。
また、先日は似たようなコメントが、このブログに書き込まれていた。

言われたほうとしては、少々フクザツだ。

このブログの更新を楽しみにしている人がいて嬉しい、という思い。
更新できないくらい忙しいということを察してほしい、という思い。
そもそもブログの更新は義務じゃないんだがなぁ、という思い。

それらが同じくらい入り混じっていて、
正直言えば、更新できない日が続けば続くほど、
最後の開き直りの思いが強くなる。


たしかに、昔の僕は「完璧」と言えるほど、このブログをケアしていたように思う。

1日最低でも1記事はアップしたし、コメントがあればすぐに返した。
スパムコメントやトラックバックはその都度消して、
常に自分の目が行き届いている状態だった。


けれど、身も蓋もないことを言えば、昔の僕はそれだけ暇だったということだ。

このブログを作ったのは、僕が今の会社に転職してきてすぐのころである。

当時の僕と今の僕では、仕事量はまったく違うし、求められているパフォーマンスも違う。
ましてや、目先の仕事以外にも時間をとられることは多々あるし、
ブログの優先順位は相対的に下がっている。

昔のようなマメさでこのブログを運営するというのは、
残念ながら今の状態では考えにくい。


それでも、ときおり思い出したように更新するのは、
たとえ「いい加減」でも、続けたほうがいいように思えるからだ。

昔みたいにジャンジャン更新できるわけではないけれど、
それでも楽しみにしてくれる人が少数でもいるのなら、続けよう。

何より、ここは、自分が本当に言いたいことを、
誰に気兼ねすることなく書ける場所なのだから、続けよう。

そう思って、このブログは残してあるし、その存在は常に頭の片隅においている。


もちろん、完璧を目指して、長く続けられるなら、それにこしたことはない。
(自分だって、できることならそうしたい)

しかし、完璧を求めるがあまり、結局それが負担になって、
だったらいっそやめてしまえ、となるのは望むところではない。

「いい加減」なことは重々自覚している。
でも、いい加減でも「続けて」いる。

続けるからこそ、「書ける」のだし「読める」のだ。

僕にとってはブログを完璧にケアすることよりも、そちらのほうが重要である。


ある編集者は、みなさんが思うより、いい加減な人間である。
けれど、それくらいのほうが、今の僕には、いい加減なのだ。]]>
テレビ欄だけで本になるなんて……。元「テレビっ子」も必読の『ザ・テレビ欄』 http://aruhenshu.exblog.jp/11811840/ 2009-06-24T01:19:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-06-24T01:19:27+09:00 aru-henshusha 本・出版 しかし、そんな僕でも、この本はオモロ懐かしく読める気がします。_c0016141_171262.jpg_c0016141_181524.jpg 『ザ・テレビ欄 1975~1990』/『ザ・テレビ欄 2 1991~2005』

出版社のページで、内容の一部が立ち読みできるのですが、

ザ・テレビ欄 1975~1990/ザ・テレビ欄 II 1991〜2005(ともにTOブックス)

92年のテレビ欄に、はなきんデータランドの文字を見つけ、懐かしさを覚えました。

新入社員と昔見てたテレビの話で盛り上がれない人(って、俺か)にオススメです。

そもそも、テレビ欄だけを使って本を作るという発想が「やられた」って感じですよね。
(ちなみに使用しているテレビ欄は報知と、スポニチのものだとか。あと改編期のもののみ掲載の模様)]]>
会社ぐるみで婚活対策!? 君は「社内結婚神社」を知っているか? http://aruhenshu.exblog.jp/11811665/ 2009-06-24T00:46:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-06-24T00:46:43+09:00 aru-henshusha 恋愛・男女
以前からちょくちょくメディアで取り上げられていたようですが、
焼き肉のたれなどで有名な日本食研には、

社内結婚神社

なるものがあるのだとか。

社内結婚を推奨?日本食研びっくり見学2
(ゲイリーマンのカミングアウト的思考)

上の記事の写真を見ると昨年すでに430組の社内結婚が成就しており、
今年あたり、450組くらい行っているかもしれません。

ただ、これってどれくらい社長(会社)の「強制力」が働くんでしょうかねぇ。
両想いの場合は問題ないでしょうが、片方だけすごく好きなんてケースは、トラブルのもとという気もするのですが…]]>
「どう書くか」よりも先に、「何を書くか」を考えよう。(ヒトリゴト67) http://aruhenshu.exblog.jp/11511281/ 2009-05-11T00:46:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-05-11T00:46:51+09:00 aru-henshusha 不定期なヒトリゴト。

いま僕が仕事をしている著者は、ほとんどが企業の経営者で、自分で書くのは稀だ。

文章を書くのが苦手だとか、その時間がもったいないとかの理由で、
取材をもとにプロのライターが構成・執筆をして、一冊の本を作ることが多い。
(場合によっては、その仕事のすべて、あるいは一部を編集者が引き受けることもある)

そういう制作スタイルだから、当然、ライターの力量が本の出来に影響する。

この事実は、ビジネス書の著者の間ではだいぶ浸透しているようで、
冒頭のようなお願いをしてくるケースが目立ってきた。


もちろん、こちらとしても、腕が立つライターに、
取材や執筆をお願いしたいのは一緒である。

同じ一冊の本を作るなら、下手なライターより、
優秀なライターに書いてもらうほうがいいに決まっている。

けれど、仮にそういうライターと仕事をしたからといって、
その本が必ず売れるとは限らない。

なぜなら、本のコンテンツは、けっきょく著者以上のものにはならないからだ。


ライター(あるいは編集者)は、
まとまりに欠ける著者の話を、わかりやすく整理することはできる。
よくあるノウハウに独自のネーミングを与え、新しさを演出することもできる。
読みやすい文章を書くことで、読者のストレスを軽減することだってできるだろう。

しかし、それらはあくまで「調理」の方法に過ぎない。
本の「材料」を用意するのは、著者の役目だ。


ビジネス書であれば、著者がビジネスにかかわる分野で、
どんなことを行ない、どう考えてきたかが材料である。

それが何の変哲もない材料だとしたら、
調理法の工夫だけで、絶品の料理(本)を作るのは難しい。

「どう書くか」以前に「何を書くか」。
書ける(書いてもらう)だけの材料が、自分にあるかどうか。

それを吟味もしない内から、
「有名シェフ」の予約のことだけで頭がいっぱいな著者が多いようである。


こんなことを書いたのは、別に最近の著者に文句を言いたいからではない。

こういう「当たり前のこと」を忘れていた自分を戒める意味で、
いまパソコンに向かっている。


一部の人には言っていたことだけど、
この半年間、「書く」ことを学ぶ学校に通っていた。
(その目的については、長くなるので別の機会に譲る)

正直、通う前は、自分の「文章力」には自信を持っていた。

その学校の生徒には、僕のような現役の編集者やライターはほとんどいない。

出版社でも編集部以外の部署の人間、あるいは文章執筆とは無縁な会社に勤める人、
学生やフリーターなど、明らかに「書く」ことには不慣れな人が多いように見えた。

嫌な言い方だけど、自分の文章は学校の中では「うまい部類」に位置するはずだと思っていた。


けれど、授業が始まってから驚いた。

学校では、講師が決めたテーマをもとに文章を書いたり、取材をする課題が出る。

後日、生徒が提出した課題をもとに授業が進められるのだが、
自分よりもうまい文章を書く人はざらにいた。

いや、もっと言ってしまえば、僕が普段書いているような文章は、
たとえ趣味でも、書くことにある程度時間を費やしてきた人なら、
誰でも書けるのだということを思い知らされた。

僕が誇ってきた「調理」の腕前は、しょせんその程度だったのだ。

書くことへの自信を失うというより、
書くということを甘く見ていた自分に、嫌気が差した。


「どう書くか」を競っても、他の生徒と大差はない。
ならば、「何を書くか」、じっくり考えるしかない。

思えば、それは講師として来ていた業界の大先輩の方々が、
口を酸っぱくして言っていたことと同じである。

それを意識することで、卒業時には入学したときよりも、
少しはましな文章が書けるようになったと思う。


誤解してほしくないのだけど、
「どう書くか」ということも、もちろん大事だ。

しかし、それはあくまで、「何を書くか」のあとに、
あるいは同時に考える問題ではなかろうか。


自分が調理するにしても、人に調理させるにしても、
まずは最高の材料を探し集めることだ。]]>
簡単だけど難しい、「編集」の扉を開く合言葉。 http://aruhenshu.exblog.jp/10964054/ 2009-02-24T23:37:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-02-24T23:38:30+09:00 aru-henshusha 本・出版 本当はたまった献本を先に紹介しなければいけないのですが、どうかあと一冊、この本についてだけは書かせてください。

最近読んだ中で、まぎれもなく一番読んでよかった本です。

『街場の教育論』

「教育」というテーマの本でありながら、仕事にも人生にも効く「学び」を得たように思います。
中でも、これから紹介するのは、僕の生業である「編集」に通じる話です。

(「学び」の基本は)自分が何を知らないのか、何ができないのかを適切に言語化する。その答えを知っていそうな人、その答えにたどりつける道筋を教えてくれそうな人を探り当てる。そして、その人が「答えを教えてもいいような気にさせる」こと。
それだけです。
(中略)
道を進んでいたら、前方に扉があった。そこを通らないと先に進めない。でも、施錠してある。とんとんとノックをしたら、扉の向こうから「合言葉は?」と訊かれた。さて、どうするか。
「学び」とは何かということを学んできた人にとっては、答えは簡単です。
「知りません。教えてください」です。扉はそれで開きます。(120ページ)
この「学び」を「編集」に変えても、僕は成立すると思います。

むろん、編集する本のジャンルによっては、これがあてはまらないこともあるでしょう。
しかし、少なくとも僕が普段作っているビジネス書の場合、まさに「知りません。教えてください」という合言葉を著者に投げかけるところから、仕事が始まります。

こういうと、「編集」というのは簡単な仕事のように思われるかもしれません。

たしかに簡単だけど、同時にとても難しい。
それは、引用した言葉の繰り返しになりますが、

①自分が何を知らないのか、何ができないのかを適切に言語化する
②その答えを知っていそうな人、その答えにたどりつける道筋を教えてくれそうな人を探り当てる
③その人が「答えを教えてもいいような気にさせる」


の3つが、口で言うほど簡単ではないからです。

自分が何を知らないのかを知る(企画立案)、答えを知っていそうな人を探り当てる(著者選定)、その人に答えを教えてもらう(執筆交渉)、この中の1つにでも間違いがあれば、それは本来、自分が求めていた本とは違うものになってしまう。

実際には、本を作ってから(あるいは作る過程で)その間違いに気づくことも少なくありません(少なくとも僕は)。

簡単だけど難しい。それでも「知りません。教えてください」を繰り返していくのが編集の仕事なんだなぁと、今さらながら気づいた次第です。]]>
あなたに恋人がいなくても、「いる」と言うのがいい理由。 http://aruhenshu.exblog.jp/10963563/ 2009-02-24T22:57:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-02-24T22:58:17+09:00 aru-henshusha 本・出版 しばらく本ネタが続きます。
お金がらみの本はもういいよ、という人は、うってかわって、こんな本はいかがでしょう?

『小悪魔セックス』

昨年惜しまれつつ引退した(って、我ながら詳しいな)穂花穣による、「二人で一緒に気持ちよくなりたい」男女のためのセックス本です。

個人的には目からウロコ落ちまくりの名著なのですが、内容が内容なので、今回は比較的、ソフトな部分をご紹介します。

(女の子にオススメの小悪魔テクとして)飲みの席では、彼氏がいなくても、とりあえず「いる」と答えてください。
それでも迫ってくる男の人こそ、「本物」だからです。
男の人に言っておきたいのですが、彼氏の有無で口説くかどうか判断している時点で、本当にその女の子に興味があると言えますか?
(中略)
振られる可能性がある子は避ける――わからないでもないですが、私のように、彼氏はいなくても、「いる」と答える小悪魔タイプはけっこう多いのです。女の子は、そう言ったときの男の人の反応を伺っているのです。
彼氏がいる、と言われて、すぐに諦めてしまう男の人は、自分が傷つきたくない、恥ずかしいことを晒したくない、自己中心的なタイプなのだろうなぁ、と思います。ううう、自己中心的なタイプですか。いや、穂花穣が言うなら、きっとそうなのでしょう……

僕自身、すでに彼氏がいる女の人に粉をかけるというのが、どうも気がすすまないのですが、その何パーセントかは自信のなさの裏返しなのかもしれませんね。

しかし、どうせなら、彼氏が「いる」という女子の攻め方も書いてほしかったなぁ。

次回作はぜひ『小悪魔ラブ』か『小悪魔婚活』を!]]>
あなたならどれを読む? いま話題の「お金本」3冊。 http://aruhenshu.exblog.jp/10963031/ 2009-02-24T22:08:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-02-24T22:10:03+09:00 aru-henshusha 本・出版 こんな時代だからこそ、お金の作り方から増やし方、守り方、使い方まで注目が集まっているということなのでしょう。

僕自身、ここ数日、立て続けに3冊の「お金本」を読んだので、それぞれ簡単な感想をメモしてみます。

_c0016141_2135590.jpg①『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

この本は、あらゆる人に、問答無用で読んでもらいたい一冊。
一言で言うなら「幸せになりたいなら、ちゃんとお金を稼ごう」ということが書かれています。

こう言うと、「幸せはお金では買えない!」なんて反論する人が出そうですね。もちろん、そういう考え方も部分的には正しいと思います。

けれど、サイバラがこの本で突きつけてくるのは、そういうキレイゴトが通用しない、どうしようもない貧しさを身にまとって生まれてきた人たちの話です。

生まれた国が貧しい、街が貧しい、家庭が貧しい……、そんな環境に生まれてしまったがばかりに「負のループ」からなかなか抜けられない人間にとって、「カネを稼ぐ」とはほとんど唯一の脱出の手段であり、「希望」でもあるんだなということが、よくわかります。

また、「カネ」と「別れ」を軸にした、西原理恵子の自伝としても読めますので、サイバラ・ファンは必読です。


_c0016141_2151275.jpg②『世界一受けたいお金の授業』

書店に並んでまだ1週間程度だと思うのですが、けっこう売れているらしい一冊。本書のベースになった授業が「カンブリア宮殿」でも取り上げられたとかで、話題性も十分です。

この本のウリを一言で言うと、「見えなかったお金(の流れ)を見える化する」となるでしょうか。

実際、こちらのブログにあるような図(ブロックパズル)1つで、家計簿からスタバの決算書、国家財政までがざっくり読み解けるというのですから、かなりの優れものです。

ただし、この図の原型は『戦略会計STRAC 2』という本の中にあるSTRAC表というものだとか。

こういう便利なツールをアップデートして「見える化」したのが、著者の一番の功績かもしれません。


_c0016141_2191845.jpg③『頭のいいお金の使い方』

こちらは、「<投資>という観点から、どんどんお金を使いましょう」というスタンスの本。

といっても、金融商品への投資より、自分への投資・他人への投資についてページが割かれており、僕みたいに株もFXもやらない人間にとって、かえって興味がわく内容でした。

ただ、気をつけたいのは、この本の内容を「使いこなす」には、それなりのリテラシー、頭のよさが必要だということ。

たとえば、「収入の半分は自己投資に充てる」という項目を読んだそばから、高額セミナーにバンバン申し込んだり、アマゾンでビジネス書を大人買いしちゃうような人は、気をつけたほうがいいと思うんですよね。

自分への投資って、お金を使えば即リターンがあるわけじゃなくて、お金を使って得た情報・人とのつながりをどう実生活に生かしてくか(実行するか)で、リターンにつながるもののはず。

そういうわけで、書かれている内容と今の自分をくらべて、合うノウハウだけチョイスして試してみるのが、この本の「頭のよい使い方」ではないかと。


以上、3冊紹介をしましたが、全部読みたいという人は①→②→③の順で、あえて1冊選ぶなら①がオススメです。

もちろん、これ以外にも「お金本」はたくさん出ているので、興味がある方は書店などでチェックしてみてください。

我ながら、めずらしく(?)、ビジネス書業界に貢献した気がします……
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意中の男性のテンションを、上げるかもしれない12の言葉。 http://aruhenshu.exblog.jp/10962155/ 2009-02-24T20:34:00+09:00 2011-04-25T09:32:19+09:00 2009-02-24T20:35:23+09:00 aru-henshusha 恋愛・男女 色々あって、年度末までかなりバタバタしているので、何卒ご容赦を。

と、謝罪もそこそこに、今日一発目のネタは恋愛モノで。

男性のテンションを上げる一言12パターン(オトメスゴレン)

【1】(仕事の話に対して)「頑張ったね。」
【2】(趣味などの話に対して)「素敵なことだと思うよ。」
【3】(トラブル解決や仕事などで)「頼もしかったよ。」
【4】(お願いする時に)「○○君だけが頼りなの!」
【5】(笑顔で)「ありがとう!」
【6】(イベントなど不参加表明されたときに)「えー、参加しないのー?寂しい!」
【7】(ふとした仕草で)「その仕草、好きなんだよね。」
【8】(ふとしたキッカケで)「そーゆーところ、好きだよ。」
【9】(優しくされたときに)「優しいから、モテるでしょー。」
【10】(手を繋ぐ瞬間に)「えぃ!」と気合を入れながら手を繋いでくる。
【11】(体を触りながら)「意外と筋肉質だねー。」
【12】(チョコを渡すときなど)「がんばっちゃった。手造りだよ。」
*リンク先には解説もついています

なお、リンク先では「男性のテンションを上げる」と言い切っていますが、そこまで断言してもいいものかと思い、当ブログでは珍しく、弱気な見出しにしております。

だいたい、【10】みたいな人、見たいことないしなぁ……]]>
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