久しぶりにブログを書くと、本当に「戻ってきた」って気がするよ。(ヒトリゴト37)
2006年 04月 26日
まだまだ狂ったような忙しさに変わりはないけれど、ひとつだけ書いておきたいことがあって、一瞬だけ「ある編集者」に戻ります。
僕はこのブログを1年半近く続けているのだけど、これだけ(って、たかだか4日か)更新を休んだことは、いままで一度もない。
旅行や出張でパソコンにさわれないときもあったけど、それでも1日、2日ぐらいしかブランクはなかったと思う。
だから今回、ブログを休止することで、自分にとって何がいちばん辛いのか、知りたいという気持ちはあった。
休止前は、ブログの更新に伴う「インプット」の時間がなくなるのが辛いんじゃないか、と予想してた。
僕はこれまで、ブログを書くために、毎日けっこうな時間を「インプット」に費やしてきた。
ニュースサイト、情報サイト、同業者のブログ、著名人のブログ、笑えるブログ…
いろんなページを見て得た情報や感想は、ブログの題材以外にも、ときには企画のヒントになり、ときには著者や同業者との格好の話題にもなる。
そういったネタを仕込めないのは、自分としては、かなり辛いはずだと思ってた。
でも、その心配は半分当たっていて、半分は間違いだった。
この数日、たしかにネットからのインプットは皆無に近いけど、ほかのものから吸収したことは少なくない。
通勤電車で読んだ本や、著者への取材で聞いた話、いま編集してる本の原稿、帰宅後寝ぼけ眼で見ているテレビ…
どんなものからでも、それなりの「インプット」は可能だった。
問題なのは、むしろ「アウトプット」のほうである。
この数日間、ブログを書かないことで、僕は「ある編集者」としての時間をもたなかった。
朝起きる。会社に向かう。パソコンをひらく。メールをチェックする。今日の予定を確認する。原稿を読む。取材をする。セミナーに出る。企画のネタ出しをする。テープ起こしをする。オビのコピーを考える。会社のHPの原稿を書く。お金のトラブルを片付ける。久しぶりの重版の知らせに喜ぶ。家路につく。
目覚めてから、夜ベッドにもぐりこむまで、僕はずっと、とある版元の三流編集者だ。
「そんなの当たり前じゃん」って思うでしょう?
だけど、僕にとっては、それが辛い。
僕は、本が好きだ。編集という仕事が好きだ。
けれど、朝から晩まで、一日中、仕事のことを考えてたら疲れるよ。
会社の名前を背負って、一日中、編集者やってたら疲れるよ。
ブログを書いているときだけは、僕はどこの馬の骨ともわからぬ、「ある編集者」でいられる。
好き勝手に記事を書いたり、気楽なコメントのやりとりを楽しんだりして、仕事のことをしばし忘れることができる。
そういう時間をはさまないで、ずっと「名刺の肩書き・名前のままの僕」でいるのは辛い。
生真面目で、仕事熱心で、ときに雄弁で、実力以上の期待をされて。
その僕は、社名とか肩書きのとれた、生身の僕とは違うから。
久しぶりにブログを書くと、本当に、「戻ってきた」という気がする。
僕が「ある編集者」でいる時間は、一日の何分の一もないけれど。
明日からまたしばらく、とある版元の三流編集者でいつづけるけど。
次に戻ってこれる日まで、もう少し待っていただけたら幸いです。