雑談 2023/01/22(今日は心にゆとりを持てない人は読まない方がいい)
注意したぞ。
なんというか、昔の差別用語よりフランクに使われている点では、それほど問題視するほどのことではないと思うんですけど、これってやっぱり心の貧困、毎日を生きることが精一杯の人が如何に増えたかと実感させられる話だと思うんです。僕もその一人ですけど、そこは育ちとか、生まれた時代とかのおかげで、ストッパーはあるかなと思ってたりします。こういう時に真の品性が問われるなと。世間で氷河期世代とバカにされた20年ですけど、そういうところは周りに感謝しつつ。
あと、食に関する根っこがひどく貧乏なので、片親パン各種を買うかどうかで迷って、結局買わずに1日1食にするとか、そういう考え方は良くないと思いつつ、これはこれで楽しいかなと最近思ったりします。僕が独身でそういう生活をしても問題ないあたり、ましてコンビニ弁当もちょっと高いかなと感じるこの頃、そうなっちゃうかなと。(にしても、コンビニ弁当が600円を超えている現状、エンゲル係数を過去とほぼ同等にして生きる場合、必ずぶち当たる問題ではあると思う)
でも、貧困であるのは、武器にも弱点にもなるんですよね。どう使えばいいかは誰も分からない。だから仕方なく自分で答えを出すわけです。とはいえ、活かし方を知ってても厳しいよね。無論、貧困でないことのほうがはるかに強い基盤となりますしね。
もはや物価高とかそういう問題じゃなくて、1億2千万総貧困となっている日本ですけど、とにかく貧困であることを隠すことに終始します。
マスコミは貧困をこういったように結びつけ、さもブームであるとニュースにします。
いやいや、いくらなんでも風呂なし物件でいいのは、それなりに所得がある人、かつ近くに風呂屋なり健康ランドなりがないとダメです。これを聞いて思い出したのは、昔所属してた会社の社長が風呂に入りたくないとか言う話で、毎日スポーツジムで汗を流して、そこの風呂に入って、残業している俺氏の神経を逆撫でされたものです。まあ、それはそれとして、僕も20年近く前に、もう亡くなってしまったけど、恩人がこんな暮らし方してたなあって思い出しました。やっぱりある程度所得がないとこういう生活は難しいらしくて、風呂もそうだし、ランドリーも使う。風呂は回数券があるけど、ランドリーも1回2~300円はかかるし、初台から徒歩圏内といえど、築50年で家賃5万だったかな。熱はないにしろ、電気代まで考えると8万以上は軽く超えてたんじゃないかと思います。あと鋼のメンタル。
僕は何度も勧められたんですけど、当時は所沢で45平米の新築マンションに住んでいて、かつ自作PCだのiMacだのがそこら中においてあって、LANパーティー(死語)とかやってた時代。まして、温泉とかに行くのもやっぱり抵抗があるほうだし、自己完結型の生活の基盤が十分にあったので、絶対に出来ないと思いました。
まあ、貧乏と言っても、今でも山手線の内側に住んでるし、それを維持する苦労はずっとしてるけど、それはそれで利便性を最大限享受できてるからしょうがないよねって思っちゃうんです。まあ、交通の便だけで、実際にはスーパーもコンビニもある程度距離はありますけど、徒歩10分に山手線が2駅、15分で3駅もある立地を考えれば不満はほぼないんですよね。(駒込、田端、西日暮里)まあ、それを維持するってことは、1日1食もやむなしなんですよ。でも、この生活でも羨ましくなる方はいますよね。
記事を読めば田端駅から徒歩18分、これは尾久駅のが近いなと思いつつ、あえてそういう生活を選んでるだけで、世の中ではちょっと羨ましくなるぐらい貧困が深刻なんですよね。
何に重心を置くか、これが徹底しないと、日本で生きるのは本当に辛い。金銭的な貧しさに、教養的な貧しさ、片親パンなんてスラングワードが出てくるのは、やはり我々日本人の国民性を強く表しているなと本来は深く反省するべきで、それを省みることも出来ない今の貧しさ。公的貧困を押して生きてることが、如何に日本を貶めているのか、もっと問題意識を持っていいと思うんですよね。薄っぺらい貧乏自慢をニュースで流すような国になるなよ。そういう発想が貧困で、貧しい教養だといえる。
さて、言いたいことがあるとすればもう一つ。もう僕は本音を言えば、実家へ帰りたい。でも引っ越し費用はない。だから仕方なく現状を続けていくしかないというのが妥当ではあります。でも、みんな僕の生活を羨ましく思うでしょうね。うーん、どうしたものか。
おしまい
by aru32to | 2023-01-22 23:52 | 雑談 | Trackback | Comments(0)