あれはルアーに切り替える少し前のこと。藤沢在住の編集者(女性)がうち合わせがてら新居に遊びに行ってもいいですかというので「いいよー」と返事をしたところ、金曜の午後にやってきた。直帰する気満々やがなと思いつつ、早く楽して儲かる仕事を持ってきてくれとかそんな話をしていた。そのうち夕方になって大福の散歩を済ませた後で「俺、これからちょっと釣りに行くけど、どうする?」と聞くとやってみたいという。なんでも彼女は生まれてこのかた釣りをしたことがないらしい。
それは人生損しとるね、釣りの楽しさを俺が教えちゃるとかなんとか言いながら二人して防波堤に向かった。投げ方を教え、仕掛けもエサも全部セットしてあげて、いざ一投目。しばらく待って、ゆっくり引くの繰り返しで、ビクビクッとしたら魚かもしれないからね、と教えて自分の竿をセットしていた。そしたら「ビクビク来ました!」というので巻いて巻いてとあげてみたら、ゴンズイがかかっていた。
「人生初の釣りでいきなり毒のある魚釣ってんじゃないよ!」と言いながらヒレが刺さらないようにラジペンで針を外し、もうゴンズイは釣るなよと再トライ。そのとき置いてあった自分の竿がビクビクしていることに気付く。「ほら、俺の竿見てみ、細かくビクビクしてるでしょ。このアタリ方はたぶんキスだね、キスは群れでいることが多いからこのまま放置していたらもう一匹かかるかも」と最近仕入れたばかりの知識をさも昔から知っていたように言うと、編集者は「そうなんですね」と感心していた。
しばらく待ってそろそろいいかとリールを巻くと結構な手応えが。「来てるよ、キスだ!」とぐんぐん巻くと、かかっていたのはでっぷりと太ったゴンズイだった。それを見た編集者は「自分だってゴンズイじゃないですか! 偉そうにキスのアタリだとかなんとか言ってたくせに!」と直球を投げてきた。返す言葉が何も見つからなかった。スゲー恥ずかしかった。しかもその日はそれっきり何も釣れなかった。
でもきっと釣りの楽しさに気付いてくれたと思う。