下記Nicikさん記事のコメント欄からですが、peaceへの応援支持をいただきました。
ありがとうございます。
また、面白い映像「(テレ東Biz) なぜ戦争は起こるのか?」の紹介もされていました。
peaceは倍速で視聴しました。関心のある方は見られたらいいでしょう。
あなたがいくら頑張ってもPeaceさんには勝てないと思いました。 先の者が後になる時代です。
さてあなたがトランプをわからないのはこんな考えからでしょう。(テレ東Biz) なぜ戦争は起こるのか?
https://youtu.be/kyf30bYMXXo?si=cWmfV0OLNxkLqBLc
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さて今回のリブログですが、
Nicikさんは原理講論「(6) 終末に起こる霊的現象」(P.220~)を引用していましたが、
すでに過去のNicikさんは記事「まずは、「真理」を見極める時ですね。」のpeaceの過去記事(リブログ)にて同じ原理講論の引用を載せていました。小タイトル「三番目。オモニが、アボジの多くの内容を否定?!」を以下に再掲載します。
>オモニが、アボジ(文鮮明ムン ソンミョン 真のお父様:以下 アボジ)の多くの内容を否定してしまっているところにその第一原因があるかもしれない(※Nickさん記事から)
夫婦間、男女間でも
意見の相違というものは、「日常茶飯事」です。
何をいまさらでしょう(賞)。
『原理講論』P.221~, 前編, 第五章 復活論, 第二節 復活摂理,
(二) 地上人に対する復活摂理 , (6) 終末に起こる霊的現象
----->(要約引用)
終末に入って、このように、「主」という啓示を受ける程度に、信仰が篤実な聖徒たちは、イエスの当時に、主の道をまっすぐにするための使命をもってきた洗礼ヨハネと、同一の立場に立つようになる(ヨハネ一・23)。…(略)…
霊通者が、「あなたは主である」という啓示を受けたとき、このような原理的な事情を知らずに、自分が再臨主だと思って行動すれば、彼は必ず、偽キリストの立場に立つようになる。…(略)…
復帰摂理のみ旨に侍っている人たちは、各々摂理の部分的な使命を担当して、神と縦的な関係だけを結んでいるので、他の霊通者との横的な関係が分からなくなるのである。したがって、各自が侍っている天のみ旨が、各々異なるもののように考えられ、互いに衝突を起こすようになる。…(略)…
また、篤実な信仰者たちが、アダムとエバの堕落直前の心霊基準まで成長して霊通すれば、アダムとエバが克服できずに堕落したのと同じ試練によって、堕落しやすい立場に陥るようになる。…(略)…
では、霊通者のこのような混乱を、いかにすれば防ぐことができるだろうか。…(略)…、歴史の終末期に至れば、彼らは各自の使命がみな復帰摂理の同一の目的のために、神から分担させられていたことを共に悟って、お互いに横的な関係を結び、一つに結合して、復帰摂理の全体的な目的を完成させる新しい真理のみ言(※「真の父母」)を賜るようになる。そのときすべての霊通者は、自分のものだけが神のみ旨であるとの主張を捨て、より高次元的で、全体的な真理のみ言の前に出て、自分自身の摂理的な使命と位置を正しく悟ることにより、そこで初めて、横的な衝突から起こった過去のすべての混乱を克服することができるし、またそれと同時に、各自が歩いてきた信仰路程に対する有終の美を結ぶこともできるのである。-----<
創世記からは、アダムだけでなくエバも神様と一問一答(創世記3.13)をしていました。
終末期、多くの霊通者が雨後の筍のように現れるということでしたが、
アボジはもちろんのこと、その「一人」でしたが、
オモニも同様だったということを認識することも、必要です。
それが【「真の父」+「真の母=「真の父母」」】の位置に出た
1960年の「聖婚式(子羊の婚宴)」だということになります。
原理講論にも書かれたものです。
ほか、アボジとオモニの意見の相違点を並べた項目も上記に対してNickさんが、
この原理講論記載(「真の父母」)に間違いがある、
アボジにオモニが従わなければならない、というのであれば、
納得のいく論拠を挙げての反論をお願いします。
もしも、
反論もなければこれに同意されたものとします。
(※ 余談ですが、これも霊界の存在を証明するかのように上記引用を書いている最中、原理講論「(6) 終末に起こる霊的現象」を訓読するママさんの声が聞こえてきました。)
peaceからは記事タイトルに
『オモニも「霊通者」です!!』
を挙げては、原理講論で記載の「霊通者のこのような混乱」は「そのときすべての霊通者は、自分のものだけが神のみ旨であるとの主張を捨て、より高次元的で、全体的な真理のみ言の前に出て、自分自身の摂理的な使命と位置を正しく悟ることにより、そこで初めて、横的な衝突から起こった過去のすべての混乱を克服することができるし、またそれと同時に、各自が歩いてきた信仰路程に対する有終の美を結ぶこともできるのである。」でもって、【「真の父」+「真の母」=「真の父母」」】間に相違がみられたとしても何ら問題がない、とNickさんへの反論をしていました。
加えては、原理講論をたとえ百回訓読されたとしても、
この「原理講論」の”主人”が誰であるか?!
を悟ることがなければ、全く無意味なものです。これまでも非原理集団の方々にも、以下を訴えていましたが、
- 「独生女考(26)-- 「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」は『原理講論』と矛盾しない 」(2017.12.02)
- 「再々掲載「原理講論の主人はお母様」」(2019.09.17)
その8月末には「『原理本体論』について」(ファミリー 2009.1月号参照)で語られたものだった。「七死復活八段完成」(H4が発表されたものだ)の七番目のヘリコプター事故は、まさに、父母様が共に越えられたゴルゴダの丘であった。そのイエス様の十字架を共に生きて越えられた中、初めてお父様が明かされたのが「原理講論の主人はお母様だ」ではなかっただろうか?!
……(略)…
このようにお父様が「原理講論の主人はお母様だ」と明かされておられるのに、その主人をいつまで否定されるのか。
また当ブログ記事「文鮮明総裁の元祖「独生女神学」(1)--『原理講論』の主人はお母様」(2024-10-04)でもってもNickさん宛には伝えていました。
これもまた、お父様み言です。隠蔽されることなく、記事で公開しては快く受け入れられることを願います。
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