あるお寺へ儀式のお手伝いに行った。
儀式中に雅楽を演奏する役だ。
勤めるのは龍笛である。
儀式が始まる一時間前に到着する。
控え室には他のお坊さんたちがすでに集まっていた。
お茶をいただき一息つく。
続いて、儀式の流れの説明をうける。
笙、篳篥の先輩と曲の確認をする。
やがて儀式開始三十分前となった。
(出来れば音を出しておきたい)
もちろん自分の勤める寺で笛には息を入れてきた。
しかし、直前にも鳴らしておきたい。
お堂ではお説教師さんが法話をなさっている。
高音を出すと聞法中の方々に迷惑がかかる。
低い音のみ鳴らす。
「そろそろお堂に入ろうか」
十分前、篳篥の先輩から指示が出た。
おもむろに脇からお堂の席に座る。
「ご法要の支度が整ったようです」
お説教師さんが締めくくる。
ご参詣者がお手洗から戻られれば儀式の開始となる。
「願諸賢聖 同入道場 ……」
まもなく裏堂の鐘が叩かれた。
はじまりの合図だ。
笙の音が響く。
雅楽では最初に「音取り」を吹く。
音程合せの曲である。
笙、篳篥、笛の順に時間差で音を出す。
次はメイン曲だ。
メイン曲は笛からスタートする。
手が震えながらも笛を構える。
(よし)
思い切って息を吹き込む。
(なんで……)
音が出ない。
もう一度、力を入れて息を吹き込む。
(うゎー)
鳴らない。
ご参詣者や周りのお坊さんからの視線を感じる。
(なにをしているんだ)
そんな声がきこえてきそうである。
冷や汗がとまらない。
(どうしよう~)
全身が熱くなってきた。
(えっ……。夢か……)
そのとき目が覚めた。
もう気分は最悪だ。
(よかった~)
一方で安堵の気持ちも大きかった。
それにしても心臓に悪い夢である。
数日後、地方のお寺さんへお手伝いに行った。
笛の役である。
(そうえば……)
よりによって、開始直前に悪夢がよみがえってきた。
今は、現実だ。
ご供養なのだから素晴らしい演奏をするべきである。
しかし、多くを望む余裕はない。
とにかく夢のようなことだけは避けなければならない。
「無事に終えられたね」
終了後、先輩からの言葉に安堵した。
もう失敗する夢は勘弁してほしい。
もちろん現実での失敗はもっとごめんである。
一言放談に記されています。
『又云く、「聖法師は功徳に損ずるなり。功徳をつむよりは、悪をとどむべきなり」』
〈また言われたこと。「法師は、よいことをしようとして、よく道心を疵(きず)つけるものだ。良いことをするよりも、悪いことをしないに限る」〉
【ちくま学芸文庫 一言放談 小西甚一先生校注P34】
ありがとうございました。