ちょっと前の話しになるが、日本経済新聞で、
という記事を読んだ。この中で話はアメリカでのDAIWAサポートの藤田京弥の活躍から始まり、海外市場への進出の失敗や成功などへと展開していた。ここで書かれているように海外での日本製品の人気が高いようで、たまにだが中国の顧客からの依頼で竿やリールを購入することがある。その購入額にスゲェなぁと驚いたり、釣り具のメンバーズポイントが大きく増えてホクホクしたりと貴重な経験をさせていただいている。
さて、この記事で気になったのは、2000年頃から釣り人口は減少していたが、2021年の新型コロナウィルス渦により増加に転じたということだった。
自分の周りを見ていると、ここ数年でヘラ鮒釣りの人口は増えたとは思えない。釣り場は堅調(?)に寂びており、業界は縮小の一途をたどっていると思っている。
そこに持って来て、やはり日経で
という記事が出た。記事によると、ダイソーでは釣り具の売り上げがコロナ禍で大きく伸び、セリアでも釣り具の取り扱いが増えたそうだ。このような動きに対して、グローブライドの鈴木社長は
「ライバルでもあるが、新たに始める人のハードルを下げる効果があり、釣り産業を広げるという意味では歓迎している」
と述べている。どうやら、増えた釣り人は安価な道具を手に釣りに出かけているということらしい。
そういえば、ヘラ釣りは道具に金が掛かる上に、安い道具で楽しむことに気が引けるところがある、と他の釣りをする人に言われたことがある。このことが的を得ているならば、コロナ禍で増えた釣り人はお手軽にできる他の釣りに流れているのだろう。
ずいぶんと昔の話になる。
小学生のとき、初めてヘラ鮒を釣ってからは、夢中になって見次公園に通うようになっていった。最初は渓流竿にバルク材の安いウキだった。半年くらいすると竿枕と石突きが金属でできた竹の竿掛けを購入した。近所で見つけた板に3、4寸程度の釘を打ち付けてから、竿掛けを固定できるように釘を曲げた。板に竿掛けを設置してから、折り畳みの小さいパイプ椅子を乗せ、その竿掛けに渓流竿を乗せると一端のへら師になったようだった。その後、数年ほどかけて振り出しのグラス製のへら竿、金属の伸縮自在な竿掛けと金属の弓形万力を購入した。その後、近所で拾ってきた木材で万力の弓や竿枕を作ったり、紋竹を買ってきて竿掛けを使ったりしたが、自分の道具が恥ずかしいとは思わなかった。なぜなら、渓流竿で釣っていたり、道具も自分と持っているようなもので釣っている大人も少なくなったから。当時の見次公園は初心者や子供にとって周りのヘラ師の眼を気にしないで自由に遊べる雰囲気があったと思う。
(懐かしい。石突きもある竿掛け。万力と合わせて使っていた。数年前まで物置きにあった)
また、昔ならば、釣り堀に行けば常設の竿掛け、玉網、ボールがあるし、何より鯉の池も隣接したところが多かったので専用の道具でなくても恥ずかしくはなかった。逆にオリジナリティあふれる道具で周りより釣れたときの喜びはより一層大きなものであった。
自分の経験から、安かろうが、自作だろうが、その気になればヘラ鮒釣りが楽しめる。それは間違いない。ただ、昨今は違うかなと思っている。
ちょっと昔の話になる。就職して埼玉に移り住み、10年ほど遠ざかっていたヘラ釣りを再開するようになった。専ら近所の公園の池で、お手製の竿掛け、万力を使って釣っていたのだが、周りで釣っている子供も、大人も、老人もみなカッコいい道具を使っていることに気付いた。何か気恥ずかしくなって、しばらくすると周りと同じような道具を揃え、公園から野池、そして円良田湖や神流湖など広大な釣り場へと行くようになった。それと同時に、道具も評価が高いものを集めるようになり、ずぶずぶとヘラ鮒釣りにはまっていった。道具が気持ちを豊かにすることは否定できないし、そのためにお金が出ていくこともあるだろう。
今後、100均製品が充実することで釣りへの障壁が下がり、釣り業界全体の勢いを取り戻せたとしても、ヘラ鮒釣りが昔の勢いを取り戻すのは難しいと思ってしまう。この悲しい読みは外れて欲しいものだ…
う~ん、動画編集でストレスがたまっていたので気分転換にとツラツラ書き始めたのだが、逆にストレスになってしまった。全くもって厄介な性格だこと。
それでは、また
(行く度に迫力が増している廃ホテル(?)。こういう方面で才能が無いことを感謝している)