元気だった80歳母が、
3月に胃がんの手術をすることになった。
なんだか足元がグラグラするほど
私は母を心の支えにしていたことに気づいた。
小学生の頃から、姑の介護と店の仕事で忙しい母の
手を煩わせないように、買い物も、病院も、習い事もすべて一人で通うほどだったから
私は母に頼らずに生きているんだと思っていた。
簡単な手術のはずが胃を全摘出。
奈良から静岡に思うようにいけないことがもどかしかった。
退院前のお片付けに実家に帰った時、
知らないおじいさんから店に電話がかかってきた。
「最近電話にも出ないし、店はやっていないみたいだし
わしも体があんまり良くなくて、どうしてるかね」
そのおじいさんは、店の常連さんでモーさんという人だった。
約5ヶ月たって母の体重は40キロを切ったが、
だいぶ体力が戻り今まで通りの母になった。
店を開け、店番も一人でしている。
といっても売上も来店者もそれほど多くない。
店の売上の半分以上が、モーさんで持っていたらしい。
今までよく電話をしてきてくれたのに
連絡が取れないとのこと。もしかしたら入院しているのかもしれない。
「私がモーさんの家に行ってこようか?」というと
母みずから、行くといいはる。
この5ヶ月間、あまり外にも出ず、食べるものも食べていない老婆が
この炎天下に長旅するなんて。
しかもモーさんは隣の県に住んでいるというのだ。
もう少し涼しくなってからと説得したが、
モーさんが先に亡くなってしまうかのも心配。
夫が母を「ダークホース」と呼んでいたのを思い出した。
しばらく会話が途切れたが、母が口火を切った。
「そういえば、マスターも最近来なくって」
マスターは16年前、父が病気の時も毎日見舞いに来てくれ
亡くなってからも、ほぼ毎日母の様子を見に来てくれた
スナック「どんたく」のマスターだ。
もう30年くらい前からの常連で私もよく話した人だ。
(後編へつづく)