本学教員と国とのコラボで生まれた
青山通りの美しい街路景観
2024. 07. 18
ひとりの教員の思いが、国を動かした
本学の青山キャンパスに通う学生や教職員が毎日歩いている青山通りが、ここ数年で急速に美しく生まれ変わっていることをご存じですか? かつての青山通りはアスファルトの歩道、違法な置き看板や駐輪・駐バイク、植込みに捨てられたゴミ・タバコや空き缶などが目立つ道路でした。こうした状況を何とかしたいと動き始めたのが、青山キャンパスの近隣で生まれ育った井口典夫教授でした。その思いを住民に伝え、協力が得られるように国に働き掛け、自治体にも協力を要請し、世界にも誇れる美しい景観街路作りの一大プロジェクトへと進化させたのでした。20年にも及ぶ歩み、そして現在、今後の青山通りや渋谷・青山一帯の未来について、井口教授と国土交通省東京国道事務所の本田所長のお二人に伺いました。
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井口 典夫
青山学院大学経営学部教授、社学連携研究センター所長を経て、総合文化政策学部教授、青学TV編集室長。1956年東京生まれ。80年東京大学卒業後、国土交通省(旧運輸省・建設省)入省。94年から青山学院大学。著書に『青山文化研究』(宣伝会議、2011年)、『ポスト2020の都市づくり』(学芸出版、2017年)、訳書にフロリダ著『クリエイティブ・クラスの世紀』(ダイヤモンド社、2007年)、『クリエイティブ都市論』(同社、2009年)、『新クリエイティブ資本論』(同社、2014年)など。国土交通省交通政策審議会委員、港区都市計画マスタープラン検討委員会委員長ほか政府・自治体の各種委員会委員等を歴任。東京の都心にて、数多くの都市再生プロジェクトを手掛ける。専門は創造都市論、クリエイティブ経済論。日本文化政策学会理事、文化経済学会理事。アートマネジメント学会理事など。
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本田 卓
東京大学大学院社会基盤工学専攻修了。2003年4月国土交通省入省。国土交通省道路局企画課課長補佐、九州地方整備局長崎河川国道事務所長、九州地方整備局企画部企画調整官、国土交通省道路局企画課評価室企画専門官などを経て、2024年4月より現職。
*以下敬称略 / 肩書き等は2024年5月現在
思いつきが予算数十億円のプロジェクトになった
■ 1本の歩道橋からすべては始まった
――井口先生が美しい「青山通り」にご尽力されるきっかけは?
井口 今の学生たちは知らないでしょうが、2005年頃まで渋谷駅から青山キャンパスに来るには歩道橋を渡らなくてはなりませんでした。陸の孤島のような状態だったのです。またその頃は、正門を出て左直線方向には歩道橋が1本あるだけでした。遠回りとなる歩道橋では不便なので、便利に渡れる横断歩道があれば、定期試験に遅れそうな本学学生や入学試験の受験生なども安全かつ速やかに通行できると思っていました。また当時、国連大学裏手の自宅から自転車通勤していた私も、正門にたどりつくまでは大きく迂回せざるを得ず不便を感じていました。車椅子を利用する方も同じ状況だったと思います。そのようなことから、本学の教員としてだけでなく、この地に生まれ育った者として「何とかしたい」との思いが募っていたのです。
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――まずは、どのようなアクションを起こしたのでしょう。
井口 大学教員になる前は国土交通省に勤めていました。その関係で同省のいくつかの学識委員を兼務しており、大臣や次官、道路局長などに相談する多くの機会がありました。その結果、歩道橋1本を撤去、代わりとなる横断歩道2本を敷設してもらい、青山キャンパスへのアクセスがスムーズになりました。それが、私が青山通りに関与した最初の出来事です。
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本田 私は、東京国道事務所長に就任し、井口先生が約20年にわたり携わってこられた青山通りを美しくするための活動について伺い、頭が下がる思いがしました。実際に歩いてみても、特に青山学院周辺の景観は素晴らしいですね。
――歩道橋の撤去には、東京国道事務所のご尽力があったのですよね。
本田 はい。歩道橋の利用状況や周辺の横断施設の確認、交通管理者など関係機関との協議が必要ですし、当然地元の総意として地元の同意が必要であり、井口先生が皆さんの声をまとめるため奔走されたと聞いております。
井口 シンプルに言ってしまえば、私の動力源は生まれ育ったふるさとに対する思いです。地元の一員として行動し続けてきたことが、結果的に良かったと感じます。
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■ 「美しい国づくり政策大綱」「景観法」と青山通りの景観整備
――1本の歩道橋撤去が、その後どのように青山通り(2.3km区間)の街路景観の一新に発展していったのでしょうか?
井口 小泉純一郎内閣においては「美しい国づくり政策大綱」を取りまとめ、「景観法」の制定を目指すこととしていました。当時、私は国土交通省「日本の道と街並みを考える会」の学識委員を務めていた関係で、法律の制定に合わせたモデル地区を求める動きがあることを知り、僭越ながら青山通りの景観整備プロジェクトを提案してみました。当時の石原伸晃大臣にも相談したところ好感触を得て、都内の主要国道を管轄する東京国道事務所内に「青山通りと街並みの景観を考える会(後の「青山通り景観設計会議」)」が設置されました。青山通りが都内有数のモデル地区として整備検討の対象となったのです。
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景観整備対象区間は青山一丁目交差点から宮益坂上交差点までの約2.3km
出典:「地理院地図(電子国土Web)」https://maps.gsi.go.jp/
――東京国道事務所内の会議では、どのようなことが決まったのでしょうか。
本田 主に景観整備の方向性や街路のデザイン、事業スキームなどです。「日本そして世界に誇れる美しい道路景観」を目指し、「青山通り景観設計会議」で、歩道は御影石、街路樹はケヤキ、街路灯・横断防止柵など青山らしい普遍性のある斬新なデザインとすることなどを決めていきました。
井口 その後、景観設計会議で紹介された資料をもとに事業スキームについても検討が進んだのですよね。
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――青山学院の職員や井口先生が、毎日のように青山キャンパス前にある道路の清掃や雑草取りをしていますが、こうしたことも事業スキームの一環なのですか。
井口 はい。青山通り沿いで働いていたり、生活したりしている人々が青山通りの景観維持活動に日々尽力することにより、ハード面での環境整備がグレードアップするわけです。この事業スキームが考案され、適用されたのは、青山通りが美しい国づくり政策大綱や景観法のモデル地区、言い換えると“特別な地区”であるからです。現在の課題は、特別な地区を盛り立ててきた地元の努力をいかに継続させていくかにあります。その中心的な役割を果たすのが、NPO法人「渋谷・青山景観整備機構(SALF:Shibuya Aoyama Landscape Formation Organization、以下SALF)」です。
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■ SALF主導の「青山通り街並み協定書」とスタイリッシュなデザイン
――SALF設立の経緯を教えてください。
井口 青山通りの景観を整備する拠り所の一つとなったのが景観法ですが、この法律を構成する要件は4つあります。「景観行政団体」「景観計画」「景観重要公共施設」、そして「景観整備機構」です。国に前向きになってもらうためには、当時の景観行政団体、すなわち東京都が景観計画を策定して青山通りを景観重要公共施設(景観重要道路)に指定するほか、景観整備機構としての公益法人やNPO法人を設立させることが前提でした。そこで2005年にSALFを設立しました。2008年には渋谷区から港区の沿道2.3km区間の全町会・商店会の合意で「青山通り街並み協定書」を締結すると、それに呼応して東京都は青山通りを景観法に基づく景観重要道路に、またSALFを景観法に基づく景観整備機構に指定して準備が整いました。この段階で、国も青山通りの景観整備工事の実施を約束してくれました。
本田 参考までに「青山通り景観設計会議」で決定した景観整備の進め方をお示しします。港区と渋谷区には別途、数十年にわたる道路の景観維持活動を取り組む協定書を結んでいます。井口先生が理事長を務めるSALFには国と沿道地域を結ぶ役割を果たしていただいています。
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井口 ちなみに青山通り景観設計会議では、SALFからスタイリッシュな全体デザインのほか、それに合わせた街路灯や横断防止柵を提案させていただき、それが実現しました。一部意匠登録も認められましたので、許可なく他の場所でこのデザインを使うことはできない仕組みになっています。
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■ 青山通りは渋谷・青山都市再生のコア
――青山通りの街路景観となると、道路のみの整備だけでは済まないような気がします。
井口 おっしゃる通り、沿道の建物、さらには街区の奥深くまで街並みをコントロールしなくては、都市全体の再生は完成しません。実は私のゼミナール(ゼミ)では30年以上にわたって渋谷・青山エリアの路地裏まで実態を調べ、さまざまな施策を講じてきました。例えば原宿のキャットストリートでは車の侵入を遮断し、そこに木製テラスを設けて音楽会を開催したことがありました。国の助成金を使っての社会実験です。結果として1950年代から都市計画図にあった車道としての線引きを廃し、人のための遊歩道として新たな位置付けを獲得することができました。同じような発想で、SALFが主体となって外苑前交差点の歩道上にあった駐輪場を撤去し、そこに花壇と広場を設ける試みも行っています。もともと違法駐輪の台数を一気に減らす目的をもったインセンティブ・プロジェクトだったのですが、こちらは残念ながら台数を減らすには至っていませんので、近々見直しが求められそうです。景観の改善に向けた活動は試行錯誤を繰り返しながら地道に粘り強く続けていく必要があります。沿道市民の一人ひとりが美しい景観を自ら実現していく、という自覚を絶えず忘れないよう促していければと思っています。
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本田 青山通りに関しては、沿道の市民・学校・企業が自ら道路清掃・雑草取り・違法駐輪撤去の指導・置き看板撤去の指導を行うことが大前提です。今後は住民の高齢化なども踏まえつつ、どのように景観整備のスキームを現実的に機能させ、この美しい景観を守っていくかを、地元の方々のご意見を伺いながら探っていきたいと考えています。
井口 都市の再生にはハード面だけではなく、ソフト面での施策も重要です。一例を挙げると、沿道のビルのファサードや看板、街路灯のフラッグ、バス停・タクシー乗り場の広告などですね。こうしたソフト面の対応に関しては、企業や事業者が東京国道事務所に許可を求めてきた際に、SALFが青山通り街並み協定書に基づいて助言を行っており、現状はうまくコントロールできているように思います。
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■ 大規模開発の中でどう「青山通り」を守り創っていくかが課題
――近年、渋谷駅周辺を中心に大規模開発が目白押し状態です。青山通りの宮益坂、金王坂一帯も、すさまじい勢いで変容しています。
井口 少なくとも青山通りの道路用地や街路景観に影響のある大規模開発プロジェクトについては、「青山通り景観設計会議」できちんと検討することが必要です。先日もデベロッパーの方から将来図を見せてもらいましたが、歩道の動線やデザイン、歩道橋の付け替え、緑地の計画など、地元主体の景観整備の方向性とはかなり異なる計画図を描いていました。SALFが管理する青山通りの緑地数カ所の撤去まで含まれており、驚きました。そこは2019年に「緑化大賞」を受賞した場所です。地元での景観や緑化を守る活動とそのルールをデベロッパーに周知させるため、東京国道事務所にもご協力をお願いしているところです。
本田 これまでの「青山通り景観設計会議」の経緯や議論を踏まえて、適切に対応してまいります。
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井口 ありがとうございます。私たちも当初の思いと原点に立ち帰り、美しい街並みを守っていきます。旧こどもの城、旧青山病院の跡地を含む国連大学一帯2haの将来をどうするかなど、今後も、青山通り沿道では大規模開発が続きます。これまでご協力いただいた国土交通省には思いをご理解いただいていますが、青山学院を含めて地域での議論を活発に行い、関連各所に積極的に働きかけていきたいと考えています。
総合文化政策学部のアクティブラーニングと社会連携
井口教授は青山通りの景観整備などの社会連携を学生の教育(アクティブラーニング)にどのように展開していったのか、そして井口教授が考える渋谷・青山の未来についてもお話を伺いました。
――井口先生が社会連携を学生の学びに生かすようになった動機について、教えてください。
井口 本田所長とのお話の中でも触れたように、そもそも私はふるさとのために必要なことをしなければという個人的動機から、青山通りの景観整備に関わってきました。こうした社会貢献活動は、古くは(今の国連大学の地に計画されていた)ゴミ焼却場への反対運動や、表参道ヒルズ・原宿警察署計画の地元合意形成、さらには場末的な暗い雰囲気にあった渋谷川遊歩道(通称キャットストリート)の改善提案から始まっています。渋谷川遊歩道は、渋谷川の上にフタをして歩道として利用されていましたが、いずれ車道として表参道と交差する計画となっていたのです。そこを人が集まる活気ある空間にしたいと思い、近隣の浜野安宏氏(東急ハンズやQフロントビルの企画プロデュース担当)と一緒に先端的なショップを誘致した結果、現在のような若者に人気の商業ストリートになりました。私がキャットストリートに関わり始めた頃、ゼミの学生たちが「先生、面白そうなので私たちにも手伝わせてください」と現場までついてきて、実際に一緒にリサーチに取り組んでくれました。個人的動機で手掛けていた社会貢献活動に学生の方から関心を寄せてくれ、やがて私の教育の一環となるまでに発展することになったのです。そうしたアクティブラーニング(ラボ実習)をベースに設立されたのが総合文化政策学部です。当時のNHK副会長・永井多恵子氏の助言から、学生寮跡地に計画中だった「青山学院アスタジオ」(近隣に住む文化人仲間、眞木準氏・浅葉克己氏の協力で命名)にNHKのスタジオを誘致し、学生がラボ実習で企画・制作した番組が全国で放送されるシーンが日常のものとなったのです。
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学生を交えたこうした取り組みは、文部科学省の2005年「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」、さらに2008年「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」の採択につながっています。本学には渋谷・青山地区に関心を持つ学生が多く、自分たちが好きな街でフィールドワークを行えることに喜びを感じているようでした。先にご紹介させていただいた外苑前交差点の歩道上にあった駐輪場の撤去に関しても、学生たちが現場の定点観測やインタビューを行い、違法駐輪の実態を調査しました。学生たちはその結果をゼミ論文としてまとめるなど、地域での学びを十分生かし、アクセンチュアなどコンサルティング会社に就職していきました。
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――井口先生は岡本太郎の大壁画『明日の神話』の渋谷駅への招致活動にも尽力されていますね。
井口 これも岡本太郎のパートナーであった岡本敏子さんとの個人的なお付き合いから来るものです。太郎と敏子の思いを次代へつなぐため、そしてハチ公で有名になった若者の街、渋谷を、今度は芸術文化の大人の街としても認知してもらうため、ふさわしい魅力的なモニュメントになると確信しました。『明日の神話』の招致をきっかけに「渋谷芸術祭」を企画し、多くの若手芸術家を輩出しています。街の景観や魅力を維持していくためには、こうした若い世代の協力が欠かせません。本学の学生はもちろん、卒業生の皆さんも、ぜひ渋谷・青山の未来に関心を持ち、この街の魅力を積極的に発信してほしいと思っています。そのためには青山学院の地域貢献と社会連携に向けた取り組みや実践的教育をさらに進化・深化させていく必要があるでしょう。これからの渋谷・青山のクリエイティブなまちづくり、創造都市への担い手として本学が果たすべき役割はたくさんあります。私自身は今後もSALFの理事長として、また立ち上げた渋谷東地区まちづくり協議会の顧問として、あるいは町会の役員として、大規模開発が続く渋谷・青山の未来を守り創る活動に従事していくでしょう。そして生まれ育ったふるさとや青山学院への誇りも、変わらずに持ち続けるでしょう。
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