モー充実のミルク散歩 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
2024.11.18
10月の秋晴れの日、「ブラミルク@横浜」に参加した。歴史資料を調査し、発掘した地域に眠るミルク遺跡を寄り道しながら巡り歩く。乳文化の愛好者が集う「ミルク1万年の会」が催すイベントだ。(写真:根岸の牧場跡から向こうに見える城のような建物は旧競馬場の一等スタンド、筆者撮影)
幕末に西洋式の牧場が開かれた横浜は、近代酪農のスタート地点。ここで搾乳技術を学んだ日本人が酪農の最初期の担い手になった。
ミルク遺跡といっても、牧場などの痕跡が残っているわけではない。都市部でのブラミルクは21世紀の街並みから在りし日の面影を探り、当時の風景を脳内でイメージするのが醍醐味(だいごみ)だ。
幕末に外国人居留地で暮らした欧米人は、食生活必需品の乳製品が日本にないことに苦労した。チーズとバターは輸入できるが、ミルクは現地調達しなければ飲めない。彼らは自国から乳牛を持ち込み、牧場を開設した。
1カ所目は、サーカス団を率いて来日したアメリカ人の曲芸師リズレーが1866(慶応2)年に開業した日本初の牛乳屋跡。雌牛6頭を店のかたわらで飼い、搾りたてのミルクを1瓶25セントで販売した。中華街の南に位置する朱雀門のすぐ脇、有料駐車場がある場所だ。
朱雀門から元町方向に前田橋を渡ると旧山手居留地に入る。攘夷(じょうい)派のテロが吹き荒れた幕末、外国人を守るためここには関所が設けられ、侍が警護に当たったそうだ。
明治時代になると、日本人も牛乳業を手がけるようになった。横浜で写真館を開いて商業写真家の開祖となった下岡蓮杖(れんじょう)が1年ほど牧場も経営し、牛乳を販売した。この時牧夫(ぼくふ)だった中澤源蔵が独立し、1872(明治5)年に開業した中澤牧場は山手の外国人邸宅に牛乳、バターを配達して成功し、人材を育成して組合のリーダーになった。タカナシ乳業創業者の父は、ここで酪農を学んだという。
山手西洋館が集まるエリアにほど近い中澤牧場跡地には現在、高級マンション「山手ハウス」が立っている。日当たりのよい傾斜地で、いかにも牧場向きの地形だった。中澤家が1909(明治42)年に建てた洋館は「山手資料館」に生まれ変わり、無料で見学できる。横浜に唯一残る明治期の木造西洋建築である。
山手から30分ほど歩くと、丘の上に在日米海軍根岸住宅地区がある。ここから根岸森林公園にかけての一帯は、戦前まで30軒近くの牧場が点在する一大酪農地帯だった。根岸には日本初の洋式競馬場跡もあり、いまも緑が多くのんびりした雰囲気。牛が放牧されていた様子がしのばれる。
根岸から関内まではバスに乗り、馬車道商店街で1869(明治2)年、元幕臣・町田房蔵が日本で最初にアイスクリームを製造販売した場所や牛馬用水飲み場の遺構、日本初のミルクホール跡地などを見て終了。約2万歩、充実のミルク散歩だった。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年11月4日号掲載)
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