注目集まる「スマートカラー」システム タスマニア州の酪農現場リポート NNAオーストラリア
2024.11.22
オーストラリアの酪農業界で、衛星利用測位システム(GPS)や各種センサーを組み込んだ首輪を牛に装着し、牛の誘導や健康状態の遠隔モニターを可能にする「スマートカラー(Smart collar)」システムに注目が集まっている。酪農家の労力削減や牛の病気の早期発見ができることから生産性の大幅な向上が期待される一方で、家畜福祉への影響を危惧する声もある。オーストラリアの酪農家はどのように考えているのか、タスマニア州で実際に導入している酪農家を視察した。(写真上:すべての牛に「スマートカラー」が装着されている)
オーストラリア南東部の離島、タスマニア州北部のデボンポート(Devonport)空港から車で約1時間。目指すサウス・リアナ(South Riana)地区に到着する。訪問先は同地で酪農業を営むブロディー・ヒル(Brodie Hill)氏が家族で営む農場だ。
ヒル氏は、両親から農場経営を引き継いだ2代目の酪農家で、業界団体デーリー・オーストラリア(DA)の下部団体デーリー・タスマニアで酪農家を代表する役員でもある。
■取材農場の状況
ヒル氏の農場の面積は250ヘクタールで、乳牛550頭を飼育する。DAの最新リポートによると、タスマニア州の登録酪農家数は351軒。州の乳牛頭数は合計17万5000頭であることから同州の酪農家1軒当たりの平均飼育頭数は498頭となり、ヒル氏は平均よりもやや多い牛を飼育していることになる。農場は、ヒル氏を含め4人で運営されている。
オーストラリアの乳牛の飼育形態は、一般的に年間を通した放牧を行う。ヒル氏の農場にも牛舎はなく、主な飼料供給元は永年牧草地だ。ヒル氏は「オーストラリア産乳製品の品質は、牧草の高い品質が支えている」と強調した。
分娩時期は、牧草の生育に合わせ、南半球の春季となる9月後半から10月ころに集中するように管理されている。分娩牛だけで牛群を構成し、分離して放牧するという。訪問の際も子牛が多数生まれており、状態の良い個体100-150頭を手元に残し、残りは売却してキャッシュフローに加えている。
同氏の農場の年間生乳生産量は、固形乳換算で27万5000キログラム。生産した全量をチョコレートメーカーのキャドバリー(Cadbury)・オーストラリアに納入する。キャドバリーは世界3位の食品・飲料会社のモンデリーズ(Mondelēz)・インターナショナルの傘下企業だ。
また、オーストラリアの酪農シーズン(年度)は、7月に始まり翌年6月に終了する。乳業企業は毎年6月最初の営業日までに、生産者乳価(Farmgate milk price)の翌シーズンの見通しを発表し、同月中に酪農家と供給契約を締結し、シーズン(年度)内は、原則として乳業企業側の理由で乳価が引き下げられることはない。
ヒル氏はキャドバリーとの契約における生産者乳価について、「今シーズンは、過去最高を更新したその前の2年間に比べて下落したが、それでも(高水準を維持しており)問題ない」と述べた。
DAによると、タスマニア州の2022/23年度の平均生産者乳価は固形乳1キログラム当たり9.46豪ドル(約950円)で、21/22年度の7.52豪ドルから急上昇している。
■スマートカラーとは
ヒル氏が導入している「スマートカラー」のシステムは、2016年にニュージーランドで設立されたスタートアップ企業「ホルター(Halter Limited)」の製品だ。ベンチャーキャピタルのアグファンダーのまとめによると、同社に対する23年度の投資額は5300万米ドル(約79億2200万円)に上り、農場管理・センサー・IT分野のアグリテックとしては世界で最も投資を受けた企業とされる。
「スマートカラー」のシステムは、「牛の首輪」「酪農家が用いるアプリ」「通信タワー」の3点で構成される。
首輪は牛1頭ずつの位置情報や体温などを検知、追跡する。首輪に搭載したGPSが、牛が侵入禁止エリアへ入ることを防ぐ機能や、酪農家の意図した場所に牛を誘導する機能を受け持つ。
酪農家は首輪が収集した牛の行動や状況に関する情報を、アプリを通じて確認し、牛や牧草を管理・制御する。
また、農場に首輪と通信するタワーを設置することで、携帯電波の届かないエリアでも導入は可能だ。ヒル氏の農場には、周囲に8本のタワーを置いている。
(通信タワー。太陽光発電パネルを備え、電源設備は不要)
■「バーチャル・フェンス」の構築
「スマートカラー」システムの1つ目の機能は、人の手を介さずに牛が侵入禁止エリアに入ることを防ぐ「バーチャル・フェンス(仮想柵)」を構築することだ。
ヒル氏の農場は東京ドーム約53個分の広さだが、広大な農地全域で常に牛を放牧している訳ではない。農地は牛に開放して自由に牧草を食べさせる区域と、牛に侵入させない閉鎖区域に分けられている。閉鎖区域を設定する目的は、牧草を集中的に生育させるためだ。牧草の生育状態に応じて開放区域と閉鎖区域をローテーションすることで、牛が食べる牧草の品質を恒常的に高く維持することができるという。
「バーチャル・フェンス」は放牧地の外側に牛が出て行かないよう囲いを作るというよりも、むしろ牧草の生育状況に応じて、放牧地内の区域を頻繁に変更するために用いられる。このことによって、牛に質の高い牧草を豊富に摂取させることで生乳の品質を上げ、生産性を向上させることが可能となる。これは、近年、オセアニアや欧州の放牧酪農で主流となっている集約(短期輪換)放牧方式において、牧区の緻密な管理のための労働力を大幅に低減できる。
実際の機能は、「スマートカラー」を装着した牛が閉鎖区域に入った場合、モニターしているGPSが感知し、首輪が振動し音が流れる。牛が後退して開放区域に戻れば振動と音は止まる。だが牛が再び閉鎖区域に入った場合には、首輪から軽い電気が流れ、牛に警告するという仕組みだ。
牛への信号が2段階になっているのは家畜福祉上の配慮だという。通電が牛に与える刺激の強度について、ヒル氏は「電気の『ショック(Shock)』や『刺激(Stimulation)』というものではなく、『振動(Pulse・パルス)』という程度だ」と指摘。また、「農場で一般的に使われている物理的な電気柵よりも牛に与える痛みは弱く、このシステムが家畜福祉を悪化させることはない」と述べた。
同氏は「バーチャル・フェンスを細かく設定することで、牧草の管理をより緻密にかつ簡便に行うことが可能になった」と述べた。
また広い放牧地で、水場へのルートを設定することも容易だという。(続く)
(オセアニア農業専門誌ウェルス(Wealth) 11月22日号掲載)
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