施設園芸のスペシャリスト育成を目的とした研修施設
施設園芸は、天候に左右されにくいハウス内で作物を栽培するため、栽培環境をコントロールすることで安定的な収益を得やすいとされる。しかし施設園芸で儲けるのは、容易ではない。それを実現するには、多様な知識と十分な経験が求められる。それらを身に付けた人材、つまり施設園芸のスペシャリストを育成することを目的としているのが「誠和アカデミー」である。全寮制で、研修生は1~2年かけて徹底して施設園芸について学ぶ。
誠和アカデミーを運営するのは、施設園芸の資材メーカーの株式会社誠和だ。同社は2016年に「トマトパークアカデミー」を設立した。これはトマトの施設栽培のスペシャリストを育てる学校として立ち上げたのだが、これを2023年8月に「誠和アカデミー」へと名称変更。トマトに限らず、幅広く施設園芸に関する知識が学べる場所になった。ここで学ぶのは親元で就農予定の後継者や、新規就農を目指す農業初心者、あるいは新規事業として施設園芸を始めようとしている企業の社員などだ。
誠和で教育事業を担当する田中祥章(たなか・よしのり)さんはアカデミーの意義について次のように話す。
「農業人口が減っている今、次代を担う後継者は非常に重要だと考えています。誠和アカデミーの運営は、日本の施設園芸を持続可能にするための事業という位置づけです。ここを巣立った研修生が将来、日本各地で施設園芸のリーダーになり地域を盛り上げてくれたら……と願っているのです」
同社は栃木県の自社施設を「試験・研究」と「視察・見学」そしてアカデミーをはじめとした「教育・研修」の場として運営している。同施設では2022年にトマトの目標収量としていた10アール当たり70トンを達成。そこで「トマトで実現した高収量を他の作物に展開する」という新たな目標を設定し、2023年に施設の名称を「トマトパーク栃木第一農場」から「アグリステーション誠和」へと変更した。それにともない同施設内にあったトマトパークアカデミーも、施設園芸の学校として更に進化。対象品目にはキュウリ・パプリカ・ナス・イチゴも加わった。
全寮制で研修に集中できる環境
研修期間は1~2年間。研修生は寮生活をするのだが、寮は家具や家電が備え付けられた個室(風呂・トイレ付き)なので、プライバシーは保たれている。学食もあり、研修のある月曜から土曜は3食を提供している。
年間費用は学費・寮費などを含めて132万円(税込み)だが、就農準備資金(150万円/年)を活用できれば本人負担は実質ゼロになる。就農準備資金とは、次世代を担う農業者となることを志す者に対し、就農前の研修を後押しする資金(2年以内)を交付する国の支援制度から支給されるもの。なお誠和アカデミーは就農準備資金の対象研修施設の中でも研修後の就農地域が限定されない「全国型教育機関」で、アカデミーを窓口として就農準備資金の申請が可能だ。
講義・実習・OJTの3本柱で学ぶ
これが誠和アカデミーの時間割(スケジュール)。月曜日から土曜日まで、講義(座学)・実習・OJT(実地訓練)で埋まっている。火曜日と金曜日の午後は講義で、木曜日の午後にはOJT。その他は実習で、かなり実習が多い印象だ。
講義では、大学教員や設備メーカーの技術者を講師として招聘(しょうへい)。研修生には植物生理や病害虫管理、設備や機械といった栽培に関すること以外にも、法律や経営、GAP(農業生産工程管理)や販売など、農業経営に踏み込んで学んでもらうという。「栽培が上手なだけでは、優れた経営者になれるとは限りませんからね」と田中さんは言う。
さらに実習の割合が多いことについて田中さんは、「実習は施設園芸のスペシャリストになるには欠かせません」と強調した。データ活用や先進的な機器の操作などの知識に目が行きがちだが、施設園芸で成功するには植物を見る目と判断する力が欠かせないからだ。
「季節を通じて数多くの作物に触れることで、それらを獲得できるのです。相当の時間を掛けて作業する意義もあります」(田中さん)
実習では、栽培管理・生育状況把握・作業工数予測や労務管理について学ぶ。定植から栽培を終えるまでの期間しっかりと実習を行い、すべての作業を身に付けることで「この面積ならば、これくらいの人員と時間が必要」という判断ができるようになる。すると、自身が経営者や現場責任者になったときに「適切な作業計画を立てて人員を手配する」という実務がスムーズに行えるようになるというわけだ。
OJTでは、実際の栽培を教材としてPDCA(計画・行動・評価・改善)の訓練を行い、施設栽培を実践的に学ぶ。具体的には、植物を観察して、ハウス内環境データの測定と分析を行い、経験豊富なアグリステーション誠和の社員たちと議論しながら栽培管理・生育方針を検討して、実践する。このOJTで、データを活用して高収量を実現する栽培を一人で実践できる知識と技術を身に付ける。
「卒業後は新規就農したり、親の施設を引き継いだり、また企業に所属してハウスの運営責任者として働くなど、それぞれの道で活躍してくれています」(田中さん)
卒業生たちの声
誠和アカデミーで学んだ研修生たちは、卒業後、どのような道を歩んでいるのだろうか。前身のトマトパークアカデミーの卒業生も含む3人の声を聞いてみよう。
親元を離れて独立就農を目指すために入学
長崎県出身の橋本佳季(はしもと・よしき)さんは、露地栽培をしている親元で就農した後、天候に左右されない施設栽培で安定した農業を実践したいと、誠和アカデミーに入学した。1年間の研修で、四季に合わせた環境制御方法、トマトの生育状況に応じた栽培管理技術などを学べたという。「アカデミーでは1週間で10アールのハウス管理を1人で行うため、作業スピードの向上、管理工数の把握、管理作業の優先順位を学んだほか、労務管理面でも得られるものがありました」
橋本さんは現在、徳島県にある誠和のグループ会社が運営するトマト栽培施設「トマトパーク徳島」で、1ヘクタール以上もある圃場(ほじょう)の運営業務を担っている。「アカデミーで環境制御の基礎となる考え方を学べたため、栃木と徳島という地域による気候の違いにも対応できています。また、管理作業全体を考える習慣が身に付き、大規模農場での作業の割り振りや人員の配置などの労務管理も、適切にやれていると思います」
今は目標であった独立就農に向けて準備を進めているという橋本さん。アカデミーで最先端の設備・機器に触れていたことで、自分の農場に適した機器の選択、仕様設計ができたと話す。2025年8月に自身の施設が稼働する予定だそうだ。「今後もアカデミーで得た知識と経験を活用していきたいです」と意気込みを見せた。
実家の施設を引き継ぐ準備のために入学
「会社を辞めて親元で就農した後、栽培や経営の知識が不足していることに気づき、勉強したいと思い入学した」と話すのは、千葉県出身の石田涼裕(いしだ・りょうすけ)さん。
「トマトの栽培技術と知識はもちろんですが、週間・年間での栽培計画や、作業内容に応じた人員調整の大切さを学びました」と研修を振り返る。
現在は自身のハウスで光合成効率を向上させるためにビニールハウスを洗浄して採光性を高めたり、栽植密度を1平方メートルあたり2.0本から2.8本へと変更するなど、今ある設備から最大の収量を得るため、さまざまな挑戦をしているという。
「また、栽培計画を見ながら忙しくなる時期を考えて人員の調整を行い、作業に遅れがでないように管理しています。これもアカデミーで学んだことが生きている部分です」と話す石田さんからは、学びを十分に生かしている様子がうかがえた。
会社の新規事業=農業参入のために入学
福島県出身の佐藤憲一(さとう・けんいち)さんは、勤務先の株式会社シーズが新規事業として農業に参入することになったため入学した。
「入学前に『トマトパーク』を見学した際、施設園芸の最先端技術を目の当たりにして、この環境下で研修を受けたいと思い入学を決意しました。ただ、私は会社員であり、家庭の事情も踏まえると1年コースでも長いと思っていましたが、誠和の配慮により3カ月の研修を設定してもらえたため入学できました」と佐藤さんは入学の経緯を話す。
座学や実地研修を通じて、佐藤さんは3カ月という短期間でも相当な知識を得られたという。実習では、定植から収穫までの期間を経験できたため、トマト栽培の流れも学べた。さらに、研修終了後も一年を通して月に2、3回ほど、現場でのOJTという形で知識や技術を追加で学ぶ機会を設けてもらうことで、確実に技術を身に付けることができた。
「現在は所属企業の施設で3度目の定植に入りました。アカデミーで学んだ栽培技術が適用できるうえ、誠和の統合環境制御システムを導入したことで、定植から収穫、販売までをスムーズに行うことができています」(佐藤さん)
施設園芸のスペシャリストを育成して日本の施設園芸を盛り上げる
「就職支援も行っているんですよ」と田中さんは語る。
「当社は資材メーカーですから、全国の施設園芸生産者様とつながりがあります。また、『アグリステーション誠和』には昨年約1500人もの見学者がいらっしゃいました。そうした方々から『アカデミーの卒業生を紹介してほしい!』とのご要望をいただくのです。農業に参入したい企業の方からも、責任者になれる人材を紹介してほしい、という要望が寄せられています。そうしたご縁から、就農するケースもあるのです。独立して新規就農する卒業生については、農地探しや事業計画の相談から補助金制度申請の補助、機器の手配からメンテナンスに至るまで、トータルでサポートしています」
「誠和アカデミー」は確かに施設園芸のスペシャリストである施設園芸経営者や農場責任者を輩出しており、その卒業生は全国各地で活躍していた。
誠和アカデミー https://www.seiwa-ltd.jp/education/academy/