都市と自然が融合するまち・岩手県矢巾町
北東北の中核都市・岩手県盛岡市に隣接する矢巾町(やはばちょう)は、矢巾温泉郷や平安最後の城柵で国指定史跡・徳丹城跡などの名所旧跡を有する人口約2万6,000人のまちです。
地方では珍しく人口増加が進む矢巾町はベッドタウンとしての開発が進んでいます。その背景には町内に岩手医科大学及び岩手医科大学附属病院があるほか、工業団地や流通センターを抱え、盛岡市から続く郊外の商業集積地であることがあげられます。
都市化が進む矢巾町ですが、町内には昔ながらののどかな田園風景が広がり、南昌山自然公園など豊かな自然を望めるのが魅力です。山々からの豊富な雪解け水と北上川流域の肥沃な大地という好条件は、高品質な米や野菜を育んでいます。
その矢巾町で夏秋キュウリと水稲を栽培しているのが細川雄也さん、英恵さんです。夫婦で農業を営むようになったきっかけは、“家族の時間”でした。
家族で過ごす時間を大切にしたい。たどり着いたのが農業でした
【作付け品目】
キュウリ25a(ハウス10a、露地15a)、水稲500a(内、作業受託面積400a)
【就農形態】
新規参入
【技術習得先】
先進農家など
【農地】
借地約90a
【活用した資金・事業】
・就農準備資金・経営開始資金(農業次世代人材投資資金)
・岩手県農業公社担い手育成特定資産事業
・やはば農業担い手応援事業補助金
細川夫妻が新規就農をしたのは2017年6月のこと。以前は会社員だった雄也さんですが、生涯を通じてやりたい仕事について考えたことが、就農のきっかけと話します。
「会社員時代はとにかく忙しく、時間に追われてばかりでした。当時まだ幼かった長女の子育ては妻に任せっぱなし。家族と過ごす時間もままならない状況でした。そんなとき妻が病に倒れ、入院することに。病床で“このままでいいのかな”と、妻が発した一言が、人生を見直すきっかけになりました」(雄也さん)
「自分自身が病気になったことで、これからの人生について考えるようになりました。夫婦で一緒に仕事がしたい、一緒にできる仕事ってなんだろうと思い巡るなか、両親が営んできた“農業”にたどり着きました」(英恵さん)
英恵さんの両親は兼業農家として長年、水稲栽培を手がけていました。農業が身近にあったとはいえ、夫妻にとっては未知の世界。すべてが初めての挑戦でした。不安もあるなか、一歩を踏み出すことができたのは、周囲のサポートがあったおかげと雄也さんは言葉を続けます。
「幸い、妻の両親をはじめ、周囲にはベテラン農家の方がたくさんいたので、農地の確保や作付け品目、各種補助事業の手続きなどを相談することができました。いきなり会社を辞めて専業で就農するのは収入面で不安があったため、まずは兼業というかたちで矢巾町が推奨するズッキーニの栽培に着手しました」
年間を通した収入確保とコスト削減が安定経営のカギ
ズッキーニを10アールの畑でスタートした細川夫妻の農業人生。しかし、会社勤めをしながらの営農に限界を感じ、翌年には専業で農業に従事することを決意。周囲のすすめもあり、ズッキーニから夏秋キュウリへと徐々にシフトしていきました。
「就農3年目まではキュウリをメインに、ズッキーニ、そら豆、ネギ、キャベツなどを作付していたのですが、周囲の農家からの水稲の作業受託面積が増えたことでキュウリ以外の作物をやめました。現在は、キュウリ25アール、水稲500アールを耕作しています」(雄也さん)
細川夫妻が複数の品目を作付してきた理由は、年間を通した収入の確保のためです。キュウリは4月の定植から11月下旬まで収穫が続き、10月は米の収穫、冬場はキュウリのハウスを活用した春菊栽培をすると共に、除雪作業のアルバイトで収入を得ています。
「米の収穫時期はキュウリと重なることがあるので、繁忙期はパートさんを雇うこともありますが、基本的には夫婦2人での営農です。夫婦で協力し、子育てと農作業のバランスを考えながら適期管理をすることを常に心がけています」(英恵さん)
中学生と4歳のお子さんがいる細川さん。英恵さんは子育てをしながら主に収穫したキュウリを箱詰めする出荷調製作業や生育状況の観察を担当。雄也さんは、ほ場づくりや病害虫の防除作業、収穫などの管理作業のほか、中古で購入した機械やハウスの修繕、改善を自分で行い、コストを抑えることで安定経営を実現しています。
異業種との交流が販路拡大へ
新規就農するにあたって、栽培に関する知識や技術は先進農家から指導を受けた雄也さんですが、経営に関しては自ら販路を開拓しています。そのカギとなるのが異業種との交流です。
「業種を問わず経営者の話を聞くようにしました。やはり、成功している企業はPDCAサイクル(※)がしっかりしているんですよね。話を聞くと農業経営に活かせることがたくさんあることに気がつきました。名刺交換をして名前と顔を知ってもらううちに直接声をかけてもらう機会が増え、キュウリはJAに出荷するほか、飲食店などと直接取り引きをしています」
(※)PDCAサイクル: Plan→ Do→ Check→ Actの4段階を繰り返して業務を継続的に改善する、業務管理における継続的な改善方法。
アグレッシブな細川さんはキュウリの栽培方法にもこだわりを持っています。矢巾町のキュウリは露地栽培がほとんどですが、作業効率を考え、ハウス栽培を導入。ハウス栽培から露地栽培、露地栽培から再びハウス栽培へと作型をつなぎ、収穫量の増加につなげています。
「基本的な栽培技術は先輩方に教えてもらいましたが、それをどのように経営に活かすかは自分次第。独学ですがいろいろなことを試した結果、収入につながるのが農業の魅力です」
と、話す雄也さんの充実した表情は、農業が夫妻にとって“生涯を通じてやりたい仕事”であることを物語っていました。
法人化の目的は経営者視点を持つこと
現在、水稲は作業受託面積を含め、500アールのほ場を耕作する細川さん。来年以降はさらに300アールほど増える予定とのこと。高齢化や担い手不足を理由に離農せざる得ない農家にとって、真摯に農業に向き合う細川さんの姿勢と明るく前向きな人柄は、農地を任せるにふさわしい存在と言えるでしょう。
「規模拡大に伴い、今後は法人化を検討しています。農業の場合、個人経営だと家計との分離が難しく収支が不透明になりがちです。支出に対していくら収入があり、利益を出せているかをより明確にすることが法人化の目的です。個人でも法人でも、経営者としての感覚を持つことが安定経営につながると思います。これから農業を志す方にはぜひ、このことを忘れないでいただきたいですね」
と、アドバイスを寄せる雄也さん。
「自然相手の農業は毎年条件が異なるため、作業内容も毎年変わります。大変なこともありますが常に新しい挑戦があることはやりがいでもあります。夫婦で一緒にできる仕事を志した私たちにとって農業は天職といえますが、何より家族との時間が増えたことが嬉しいですね。長女を出産したときは子育てにほぼ、関わることのなかった夫ですが、4歳の息子の子育てには積極的に携わってくれています。農閑期の冬は家族で旅行に行くなど、家族で過ごす時間も増えました」
と、話す英恵さんは、どんなに忙しくてもオンとオフの切り替えをすることが長く農業を続ける秘訣とさらに言葉を続けます。
「農業は自分で時間を管理できるため、つい、頑張ってしまいがち。でも、それでは長く続けることが難しくなるかもしれません。効率化を考えると同時に、オフの時間を意識的に作ることを大切にしてくださいね。それが日々のモチベーションにもつながると思います」
お話を伺ったのは冷暖房設備が整ったコンテナハウス。出荷調製作業や休憩場所として、今年中古で購入したとのこと。作業効率を考えた設備投資もまた、雄也さんの経営のこだわりです。
専業農家になってから会話が増え、ケンカすることもなくなりました。それが1番の魅力かな(笑)」
と、笑顔で話す雄也さんと英恵さん。
夫婦二人三脚で切り開いた農業人としての道は、地域農業をけん引する道標になっていくことでしょう。
関係機関が連携し、就農支援を行う矢巾町のサポート体制
細川夫妻が農業を営む矢巾町では、農業経営者になることに強い意欲を持つ方に向け、町独自の支援制度を整えています。
矢巾町内で親(3親等内の親族を含む)から農地を譲り受け、新たに就農する方を対象とした親元就農給付金のほか、農業機械などを購入する際の補助金などがあります。各種手続きや新規就農者の研修先の斡旋なども関係機関と連携しながら行っているので、まずは気軽に相談いただければ幸いです」
と、話すのは矢巾町役場産業観光課・農林振興係の簗田さゆりさんです。矢巾町では新規就農者が孤立することがないよう、営農後も巡回し、相談できる環境を整えるなどさまざまサポートを行っています。
都市化が進む矢巾町は、まちを持続的に発展させつつ、豊かな自然環境や、文化的環境の価値を大切に守り伝えるまちづくりを目指しています。それを実現するために重要な要素のひとつが“農業”です。
あなたの手で矢巾町の未来を切り開いてみませんか?行政と細川さんのような頼れる先輩たちが、あなたの夢をしっかり支えてくれることでしょう。
■お問い合わせ■
盛岡地方農業農村振興協議会(盛岡農業改良普及センター)
〒020-0023 岩手県盛岡市内丸11-1
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FAX:019-629-6739
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