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「菌体りん酸肥料」とは? 未利用資源に詳しい朝日アグリアに聞く

山口 亮子

ライター:

「菌体りん酸肥料」とは? 未利用資源に詳しい朝日アグリアに聞く

汚泥を原料とする肥料を流通させやすくするため、国が作った新しい肥料の規格「菌体りん酸肥料」。その第一号を原料に採用した肥料メーカー・朝日アグリア株式会社(東京都豊島区)に、メリットや課題、今後への期待を聞く。

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下水汚泥には三大要素の一つ・リン酸が豊富

汚泥は、事業で生じた泥状の物質の総称だ。
下水を処理する過程で発生するのが下水汚泥で、年間235万トン(2022年度、国土交通省調べ)も発生する。そもそも下水汚泥は、下水に含まれる有機物を分解した微生物の塊、つまり「菌体」である。肥料の三大要素の一つであるリン酸が豊富に含まれ、その含有量は12万トン近くになると見積もられている。だが現実には、肥料などとして使われる下水汚泥は全体の14%の32万トン(同)にとどまる。

汚泥を肥料にする後押しをしようと、農林水産省は2023年10月、「菌体りん酸肥料」という新たな公定規格を作った。

この規格の新設により「肥料から『汚泥』という冠が外れることによって、販売面で有利に働くという思いがあります」。新たな規格にこう期待を表明するのは、朝日アグリア開発部長の小林新(こばやし・あらた)さん。

これまでに存在した下水汚泥を原料とする公定規格は、「汚泥肥料」を筆頭に「汚泥」の名がつくものばかりだった。イメージの良くない言葉を冠することがアダになり、利用が進みにくかった。新たに「菌体りん酸肥料」が加わり、これを原料に肥料を作る場合、汚泥の表記が消えることになる。

本社

朝日アグリア本社

混合できないという汚泥肥料の欠点

下水汚泥を原料とする肥料や堆肥(たいひ)の多くは、製造する行政や業者によって住民や農家に無償で配られるか、ごくごく安い価格で販売されている。商品というよりは、下水処理事業で出た、放っておけば産業廃棄物になる副産物を、住民に使ってもらっているという扱いだ。

基本的に既存の肥料の商流には乗らないため、さばける量に限界がある。下水処理をする行政側も、農家が使ってくれるか分からないという理由で製造に尻込みしがちだった。
加えて、汚泥肥料は他の肥料と混合して販売することはできず、使い勝手が悪かった。小林さんは言う。
「菌体りん酸肥料ができるまで、汚泥を使った肥料は成分の量が保証されておらず、我々のようなメーカーが積極的に原料として使うことはできませんでした。菌体りん酸肥料は有効成分が保証できることにより、肥料の原料として使用する機会の増加につながります」

菌体りん酸肥料の第一号を原料に

朝日アグリアの強みは、高い粒状加工技術にある。要するに肥料を「丸める技術」(小林さん)である。肥料は、粉状よりも粒状の方が機械を使ってまきやすい。同社ではこの技術を生かして化成肥料や、化学肥料に堆肥を加えた「混合堆肥複合肥料」「指定混合肥料」などを製造してきた。

肥料

粒状加工技術を生かした朝日アグリアの肥料

同社には、堆肥を原料として使用した「レオグリーン特号」があるが、今回の規格新設を踏まえて、新たに菌体りん酸肥料を原料とする「新レオグリーン特号」を開発した。
2023年11月に菌体りん酸肥料の第一号として登録された公益社団法人石巻市水産加工排水処理公社(宮城県石巻市)の菌体りん酸肥料を原料に使用している。

この菌体りん酸肥料は、石巻の水産加工団地からの排水処理に由来し、窒素とリン酸を含む。年間600~700トン程度の
発生が見込まれている。肥料の原料として一般的な有機質肥料と成分が似ており、代替としても使える。

日本では一般的に有機質肥料は海外に依存しており、価格や供給面で不安定になることがある。その点で、この規格を用いた肥料登録が進むことにより、有機質肥料の供給がより安定化すると見込まれる。

菌体りん酸肥料

菌体りん酸肥料。左から石巻市水産加工排水処理公社の「菌体りん酸肥料1号」と後述する埼玉県の「荒川クマムシくん1号」

東京、埼玉の下水由来の資源を肥料化へ

石巻の「菌体りん酸肥料1号」に続き、原料として活用を見込まれるのが、埼玉県が登録した菌体りん酸肥料だ。
埼玉県では下水汚泥の90%を焼却して焼却灰にしたうえでセメントや軽量骨材(※)の原料に、10%を固形燃料にしている。肥料としての利用は、残念ながらゼロだった。

後述するように下水汚泥を肥料にする機運が高まり、県も検討を始めた。水分を搾った脱水汚泥を堆肥にすることも考えたものの、需要が少なく、県の下水処理場には膨大な汚泥を貯蔵して堆肥にできるだけの空間もない。そこで、焼却灰をそのまま肥料にすることにした。リン酸が24.3%(埼玉県調べ)と高濃度に含まれることから、「荒川クマムシくん1号」として菌体りん酸肥料に登録した。
この選択は、メーカーからみても妥当なものだと小林さんは指摘する。

「現状の下水汚泥資源の肥料化ではコンポスト(堆肥)としての流通が一般的ですが、これは物流面を含めて地域循環が基本となります。その点では下水汚泥燃焼灰は水分が低位であり、広域での調達や原料化がしやすく、大手の肥料メーカーでも使いやすい」

焼却灰ではなく堆肥にする場合、処理費がかかる一方で堆肥が高く売れるかというと、それは考えにくい。となると、下水汚泥の肥料化のために水道料金が値上げされかねない。「そうなっては、関係者皆がハッピーではない。そういう面で、焼却灰をそのまま肥料に使うということは、目の付け所として非常にいいです。むしろ、それしかないとも思いますし」(小林さん)

埼玉県の菌体りん酸肥料は現状は年間300トン程度しか確保できない。安全性を担保するため、重金属が基準値を超えていないことを調査する間、一時的に保管しておける量が現状ではこの程度にとどまってしまうという。
一方、同県では年間約1万トンの焼却灰が発生している。「ボリュームがあるため、調達面での不安はなく、製品需要が喚起できれば原料としての利用拡大の余地があります」と小林さんは語る。
※骨材は、コンクリートやモルタルを作るため、セメントや水と混ぜる砂や砕石といった材料

小林さん

小林新さん

現状では下水汚泥資源のなかで最も量を確保することが難しいのが、リンだ。下水汚泥などからリンを回収する「リン回収」は難しく、一処理場から回収できるリンの量は決して多くない。しかし、東京都となると、話が変わってくる。

「下水処理の規模が違いますからね。東京都だけで全国の1割に当たる下水汚泥が出てくるわけですから」(小林さん)

都は江東区の下水処理施設「砂町水再生センター」に専用のプラントを設け、2024年1月からリン回収の実証試験を始めた。年間70トンほどのリンの回収を見込む。朝日アグリアでは、東京都とJA全農と連携しながら、回収されたリンを肥料の原料にすることを検討している。

長期的に原料の国際相場は右肩上がり

なぜいま、汚泥は肥料の原料として注目を浴びているのか。きっかけは、2021年から続く肥料の高騰にある。

2008年にも高騰が起きたが、今回とは違った。小林さんは違いをこう説明する。
「2008年の高騰は、物はあったけれど値段が上がった。今回は肥料の原料がそもそも手に入らなかった」
日本は化学肥料の主たる原料を海外から輸入している。
「世界で人口が増えるわけですから、肥料の価格はアップダウンを繰り返しながら、長い目で見ると右肩上がりで推移する。そういうなか、国内で肥料の資源になり得るのにうまく活用されていなかったり、産業廃棄物として処分されていたりと農業で有効活用されていないものもたくさんあるわけです」

肥料の原料を選ぶとき、重要なのは安価で大量に入手できること。「肥料という原価率が高い産業においては、原材料は比較的安価で値動きが少ないものを選んでいくことになる」からだ。

これまで海外から安い原料を輸入してきたのだが、「世界の人口が増えて肥料の取り合いになったときに、日本がお金を出しても、肥料を買えるか買えないか、わからないような時代が来ることもあり得る」(小林さん)

安価なリン酸肥料が入手困難に

リン酸についてみると、安価な原料ほど入手しにくくなっている。輸出国は、リン鉱石のままではなく、「リン安(リン酸アンモニウム)」や「過リン酸石灰(過石)」などのリン酸を含む肥料の原料に加工し、付加価値を乗せて輸出するようになっている。

世界有数のリン鉱石の採掘国である中国は、これらのリン酸肥料の原料を盛んに製造し、日本に輸出してきた。ところが、中国国内で環境問題への対応のため、国全体で環境対策をすすめた結果、これまで過リン酸石灰を製造してきたような中小の肥料メーカーの淘汰(とうた)が進んだ。

中国はリン酸の含有量が多い「リン酸一安(MAP、リン酸マグネシウムアンモニウム)」や「リン酸二安(DAP、リン酸二アンモニウム)」の製造を増やしており、さらに内需を重視して輸出に制限をかけている。

「埼玉県の『荒川クマムシくん1号』は、リン酸全量で16%を保証しているので、単純に言えば過リン酸石灰に似ているんですよ。世界でリン酸肥料の原料の調達が不安定化することに備えて、今から下水汚泥資源の肥料原料化に取り組む必要がある。このことが、埼玉県との取り組みのスタート地点だったんです」(小林さん)

注目される国内の未利用資源

朝日アグリアは高い粒状加工技術を生かし、国内の未利用資源を肥料原料として生かしてきた。家畜ふんや汚泥は、いずれも畜産や食品加工、下水処理などに伴って生じる副産物で、安価に入手できる。円安の傾向が続き、原料の国際相場が上がるなか、国内の資源を使えば、肥料の低コスト化や安定調達にもつながる。

「現在は、そういった資源を使うことで、肥料の価格の低減につなげられればと思っています。もっと長い目で見ると、肥料の国際相場が今後、より高騰する可能性もあります。そういうときに、価格の変動が少なくて安定供給できる国産の資源を(原料として)積極活用することによって、(肥料を)安定供給できる可能性は十分あるんではないでしょうか」(小林さん)

価格だけ考えれば、円安や相場の高騰が落ち着けば、輸入した原料を使う方が安いケースもあり得る。だが、安定的な調達を考えると、国内で毎年発生する量が決まっている肥料資源も併用する方が望ましいのではないかとの指摘だ。

国産で賄うという方針は国も示している。2023年12月に、2030年までに家畜排せつ物由来の堆肥、下水汚泥資源の肥料としての使用量を倍増し、リンベースの肥料の使用量に占める国内資源の割合を40%まで高めるとの目標を示した。

国の目標

国が掲げる国内資源倍増の計画(出典:農林水産省「肥料をめぐる情勢 令和6年8月」)

朝日アグリアはそれよりも前から国産資源の活用を掲げてきた。
「中長期的な視点を持って、この取り組みを今後も強力に進めていければ」と考えている。

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