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出口戦略は農家カフェ! 農業にビジネスチャンスを見いだした元野球選手のセカンドキャリア

湯川真理子

ライター:

出口戦略は農家カフェ! 農業にビジネスチャンスを見いだした元野球選手のセカンドキャリア

神戸市西区の農村地域にあるカフェレストラン「C-farm cafe(シーファームカフェ)」。畑に囲まれた場所にポツンとあるのにもかかわらず、2022年11月のオープンから1年間で訪れたお客さんは延べ1万人を超えた。このカフェのオーナーは、元プロ野球選手のクリスこと稲垣将幸(いながき・まさゆき)さんだ。小学生の頃から20年間野球一筋だったクリスさんがビジネスチャンスを見いだしたのが農業だった。販路としての農家カフェ開店を皮切りに、その農業ビジネスと人の輪を広げつつあるクリスさんを取材した。

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プロ野球独立リーグから農家に!

クリスさんが育ったのは、神戸市垂水(たるみ)区。クリスというのはメキシコ名の略称である。
「父は日本人ですが、母がメキシコ人なんです。みんなクリスと呼んでるんで、クリスで通してます」
小学2年生から中高・大学と野球を続けたクリスさんは、2016年に独立リーグのプロ野球チーム、香川オリーブガイナーズに入団する。2017年には本塁打王を獲得し、後期にはMVPとベストナイン賞を受賞した。このときのポジションはファースト、4番バッターだった。2019年に愛媛マンダリンパイレーツに移籍したが、その年のシーズン契約期間終了をもって野球人生にピリオドを打った。

香川オリーブガイナーズ時代のクリスさん

ただ、野球をやめてすぐに農家を目指したわけではない。実は選手時代から起業したいという思いがあったからだ。父親に引退の報告をするときにその考えも伝えたところ、意外な反応があったという。
「『人に雇われるのではなく、自分でやりたいことをやればいい』と言われたのがけっこう衝撃でした。父はサラリーマンだったので」(クリスさん)

引退してしばらく、クリスさんは自分でビジネスをするには何がいいか模索した。アスリートの経験を生かしたジムのトレーナー、工事現場のほか、接客を学ぼうとバーテンダー、害虫駆除もやったそうだ。多種多様な職業を経験したが、これといってクリスさんに響いてくるものがなかった。そんなときに脳裏に浮かんだのが楽しかった香川での農業体験だった。

「香川で治療に通っていた整骨院の先生が兼業農家で、米作りをしてて、人手が足りない農繁期に手伝いに行ったら、それがめちゃくちゃ楽しかったんです。僕は体力があるんで、30キロくらいある米袋も楽に運んだらみんなにチヤホヤされて、来年もよろしくって。農作業のあとに親戚が集まって一緒にご飯を食べる雰囲気もよかったです」とクリスさん。
当時の身長は188センチ、体重は110キロ。鍛え上げられたアスリートの体は農作業に抜群の力を発揮した。このときの体験がずっと心に残っていたことがきっかけで、農家を目指すことに。それからは、ひたすら農業に関することをインターネットで検索したそうだ。

「マイナビ農業も見ました。農業は人手不足で若い人がいないという状況などを知って。体力のある元アスリートなら農業に貢献できるし、逆にビジネスチャンスだと思ったんです」(クリスさん)

農産物の出口戦略は農家カフェ!

いろいろと情報収集をした結果、新規就農者が販路の確保でつまずきやすいと考えたクリスさんは、生産した農産物を自分で料理して提供する農家カフェを目標に据えた。

そこから神戸の三宮(さんのみや)で開催されていた農村移住の相談会に行った。そのときの担当者が、バーテンダー時代に知り合った大皿一寿(おおさら・かずとし)さんだった。大皿さんは神戸市西区で有機農法での野菜作りをしている「ナチュラリズムファーム」を営んでおり、農村定住促進コーディネーターでもあった。
「相談会で大皿さんに農家カフェをしたいといったら、最初は『無理、無理』と言われました。ただ、後日、もう一度話をしようとメールをもらって、大皿さんのところに伺ったんです。そのときに『農家カフェをしたいならまず、農業を学びなさい。うちに研修生として来ないか』と声をかけてもらい、そこで有機農業の研修をすることになりました」(クリスさん)

2020年11月からナチュラリズムファームの研修生として農家への第一歩をスタートさせたクリスさんは、野菜の播種(はしゅ)から栽培計画をはじめ、各種機械の操縦などあらゆることを体験した。さらに、ここで研修したことで、農家は野菜を作るだけではだめだということを再確認する。

ナチュラリズムファームでは、CSA(地域支援型農業)を実践している。会員となった顧客に野菜代金を前払いしてもらい、育った野菜を定期的に神戸市各地にあるピックアップステーションまで取りに来てもらう仕組みを作っていた。

「大皿さんのところでは、生産者と消費者を結ぶ強い信頼関係のもとで販売をしていました。ピックアップステーションに購入者が野菜を受け取りに来てくれたら、新鮮な野菜を買ってもらえますし、配達する労力が省けます。農家になったらいつかやりたいと考えていました」とクリスさん。

また、大皿さんから「農家カフェをするなら経営についても学んだ方がいい」というアドバイスを受け、研修と並行して2021年9月から2022年3月までの期間、「神戸農村スタートアッププログラム」を受講した。これは神戸市の農村地域(北区・西区)での起業や事業づくりに特化した、創業支援プログラムである。

「締め切りギリギリだったんですが、迷いはなかったです。プログラムに参加しながら、農家カフェの開業準備も進めていました。ここで出会ったメンバーの人脈が、農家カフェを開くときにいろいろ助けになりました。カフェの家具を作ってくれたのもこのときのメンバーです」(クリスさん)

農業研修を終えたことで農地の権利取得が可能になったクリスさんは、農家カフェ用の空き倉庫とカフェ周辺の遊休農地30アールを確保した。ただ、空き倉庫のある場所は、市街化調整区域と呼ばれるエリアのため、店舗などの出店が法律で制限されており、改築であっても農家カフェをするには、申請をして許可を得なければならない。さらに申請をスムーズに進めるためには地元自治会などの承諾も必要だった。そこでクリスさんは熱意を持って自治会役員の前で何度もカフェの計画を説明し、承諾を得た。

さらに、開店には資金もかなりかかったとクリスさんは語る。
「全部で1000万円くらいかかりました。600万円ほど借りて、さらにクラウドファンディングで100万円余りが調達でき、あとは自己資金で賄いました。カフェの改装費は、内装工事やテーブル製作なども地域の方やカフェのスタッフに助けられたんで、200万円くらいです」

仲間の協力もあり、着々とカフェの準備を進め、研修を終えた日の翌日、2022年11月1日に有機野菜をふんだんに使った料理を提供するカフェレストラン「C-farm cafe」をオープンした。
一方で、農家としてのスタートはもう少し緩やかだったようだ。
「農家カフェのオープンを優先してやったので、農作業が満足にできず、認定新規就農者になるための手続きは1年間遅らせました」(クリスさん)

カフェレストラン「C-farm cafe」外観

オープン以来、1年間で訪れたお客さんは延べ1万人を超えた

C-farm cafeのメニューは、驚くほど充実している。季節の食材を使用したプレートランチに季節野菜のあいがけスパイスカレー、自家製スコーン、マフィン、パフェ、フルーツたっぷりのかき氷など、見た目も味もワクワクできるメニューだ。最初からこんな充実したメニューが提供できていることに少々驚いたので、クリスさんにそのカラクリを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「僕のインスタグラムを見た女性から『スタッフとして入りたい』と連絡をもらったんです。面接で経歴を聞いたら、ずっと都心のカフェで料理とかお菓子作りとかをされてたんで、すぐ採用しました。カフェメニューのほとんどを考案してくれて、僕は見た目とかの意見を言ったくらいです。しかも実家が農家なんだそうで野菜の知識もあるんです。もうすぐ彼女には、初の社員になってもらう予定です」
現在カフェスタッフは11人で、店舗には常時3人から4人出勤している。カフェメニューのデザインをしてくれているのもイラストを描いてくれているのもカフェのスタッフだ。
使用している野菜は、すべて有機栽培のもの。自分で育てた野菜も含め、ほぼ神戸産である。中にはクリスさんと同じ時期に神戸市で新規就農したという農家のものもある。販路に困っていると聞き、全量買いをしているそうだ。

季節の食材を使用したプレートランチ

販路はまだまだある! 農地を増やし、空いている畑をどんどん借りたい

クリスさんは開店以来、カフェに時間をかけてきた分、農作業が思いっきりできなかったそう。今は農作業に重きを置くようになり、2023年に認定新規就農者にもなった。カフェには週末だけ出勤するようにしている。現在の農地は38アール、まだまだ農地ももっと広げていきたいと考えている。
「ひとつの畑で同じものだけを栽培するのは単純作業になるので、しんどくなると思うんです。僕は、畝ごとに番号を付けて多品目の野菜を栽培しています」とクリスさん。
ひとつの畝にジャガイモ、隣の畝にサツマイモ、その隣の畝はタマネギという風にしていくそうだ。農作業を手伝ってくれるメンバーも2人加わった。

有機栽培の野菜

農産物は、カフェで使用するほか、近くのスーパーに出荷したり飲食店や個人に販売したりしている。農業する人を増やしたいという思いがあるので、農業体験の受け入れも実施している。また、月に一度は子ども食堂をカフェで実施しているそうだ。
2024年9月からは姫路市の神姫(しんき)バス株式会社と協力し、既存路線のバスに野菜を積み込む“貨客混載”で西区から三宮へ野菜を運ぶ「KOBEベジバス」という事業をスタートさせる。
「大皿さんのところで研修していたときから、畑でとれたばかりの新鮮な野菜を都心の方に買ってもらいたいと思っていました。これからは、もっと生産を増やしていくつもりなので、畑が空いていればどんどん借りたいです。今はすべて露地栽培ですが、ハウスも借りられそうな見込みがでてきました」(クリスさん)

神戸農村スタートアッププログラムで同期だった倉内敏章(くらうち・としあき)さんが2022年にスタートさせた都市型菜園事業「そらばたけ」とも連携し、街のビルの屋上に設置しているプランター式菜園のサポート農家もしている。
「もうすぐ、カフェにヤギが3頭来ます。雑草も食べてもらえるし、お客さんにも喜んでもらえるかなって思っています」とクリスさん。
まだまだやりたいことはたくさんある。農業を通じて出会った人とのつながりの輪をどんどん広げているクリスさん。その農業ビジネスも今後、ますます広がっていきそうだ。

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