本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
新たに始めたナスの栽培に失敗し、大量の規格外品を出してしまった僕は「6次産業化」に目を付け、ナスのジャムを作って直売所で販売してみたのだが全然売れずに大失敗。そんな時、地元の商工会の紹介で地元で評判の飲食店にナスを卸すことになった。店主は僕のナスを使ったメニューをご当地グルメとして売り出したいと言い、僕も乗り気だったのだが……
ふたを開けてみると、飲食店側が望んでいたのは、あくまで規格外の安いナス。提示された取引価格は、経費を考えると、取り引きしない方がマシな金額だったため、断ることに。その後も商工会や市役所からは「地域貢献」を名目に「安価・無償で提供してほしい」という話ばかりが舞い込み、僕は地域の商工業者と連携する難しさを痛感したのであった。
市主催の夏祭りに出店することに
「土地は借りられるようになったけど、売上を立てるのはそんなに甘くないな……」
お盆前のある日、そんなことを考えながら、僕はせっかく育てた野菜を畑にすき込もうと、トラクターの準備をしていた。
その年の僕は栽培技術の未熟さゆえか、試験的に露地栽培を始めた夏野菜はどれもうまくいかず、ナス以外も大量の規格外品を出し続けていた。それをどうにか売り上げにつなげようとしたもののうまくいかず、改めて農業の厳しさを痛感していたのだった。
そんな時、
「平松さん、お久しぶりです! 調子はどうですか?」
と明るい声が聞こえた。振り返ると市役所の農業振興課の職員、池田さんが車を降りてくる様子が見えた。
池田さんは窓口でいつも気持ちの良い対応をしてくれる若手職員で、たまに畑を通りかかるときも必ず声を掛けてくれる。そんな池田さん相手だったので、
「ああ、池田さん。見ての通り、規格外がたくさん出て大変なんですよ」
と思わず僕は愚痴をこぼしてしまった。今年は売り上げが上がっていない事なども正直に話した。すると池田さんは思いがけない提案をしてくれた。
「それなら地元のお祭りに出店してみませんか?」
この地域の商店街では、毎年8月下旬に市が主催する夏祭りが開催されている。農業振興課では専用の区画を設け、いくつかのブースで地元の農家が地域特産の農産物や加工品を販売していると池田さんは説明した。
「平松さんにも農産物を出してもらえるなら、こちらは大歓迎ですよ! 新規就農の方に販売の機会を増やしていただきたいですし。規格外のものも売れますよ」
「えっ、そうなんですか?」
祭り当日はかなりの人出が見込まれる。願ってもないチャンスだと感じた。
「じゃあ、ぜひ出店させてください!」
と僕が返事をすると、池田さんはにっこりと笑って
「分かりました。祭りの担当者に話を通して、枠を確保しておきますね!」
と言ってくれた。
しかし翌日、僕はうっかり肝心なことを確認し忘れたことに気づいた。出店料のことである。売り上げより出店料の方が高いなんて事があれば、出店する意味がない。池田さんも枠を確保してくれると言っていたけれど、口約束に過ぎないことも気になった。そこで確認がてら農業振興課に連絡を入れると、祭りの担当者だという人が電話口に出た。
「平松さんですね。池田から聞いていますよ。出店してもらえるそうで、ありがとうございます」
どうやら池田さんはちゃんと話を通してくれていたらしい。そこで僕は引っ掛かっていた出店料について聞いてみた。
「ところで、出店料などは掛かるんでしょうか?」
「いやいや出店料は無料ですよ。売り上げに掛かる手数料などもありませんから。あとで当日のスケジュールや注意事項などの詳細をお送りしますので、それを読んで準備をお願いしますね」
「分かりました。当日はよろしくお願いします」
無料と聞き、僕は安心して月末に控えたお祭りの準備を進めることにした。
祭り当日、隣人は「安売り大魔王」?
そして迎えたお祭り当日。会場である商店街の一角に設けられたテントに行くと「農業振興課」と書かれた看板が掲げられていた。
祭りの開始時刻は朝9時。少し余裕を見て8時半に農業振興課のコーナーに到着した。野菜の販売コーナーにはテントが10以上あり、それぞれのテント下には2台ずつ長机が置かれていた。僕が指定されたテントの一方の長机には、既に大量の野菜が積み上げられていた。一人で一つのテントを使えると思い込んでいた僕は、ブースの近くにいた職員を捕まえて尋ねた。
「この大量の野菜は?」
「早く来た農家さんが並べたみたいですね」
そうか。このテントで野菜を販売するのは僕だけじゃないのか。こちらも聞かなかったのが悪いのだが、これだけ大量の野菜が並ぶとは予想外だった。
しばらくすると、野菜を並べたと思われる高齢男性がやってきた。その手には、トマトやキュウリなどの野菜がたくさん入った収穫カゴを抱えている。
僕はその野菜の量に戸惑いながらも男性に声をかけた。
「こんにちは。同じブースの平松です。すごい量の野菜ですね」
するとその男性は
「いやぁ、いっぱい広げちゃってすまんねえ。自宅用に作った野菜が大量に余っちゃって。全部持ってきたんだよ!」
と返してきた。
その大量の野菜を見て思わずうつむいてしまった僕は、男性が付け始めた値札を見て、更に暗澹(たん)たる気持ちになった。
「ナス3本100円」「ミニトマト一袋100円」「キュウリ4本100円」……。
どれも近くのスーパーの半値ほどの価格である。お祭り価格なのは分かるが、僕があらかじめ想定していた金額では全く太刀打ちできない異次元の安さだ。しかも並んでいた品目も僕とほぼ同じ、ナスやキュウリといった夏野菜。僕の野菜の方がちょっと見た目は良いけれど、安さのせいでお客さんは全てそちらに流れてしまうのではないか。
突如として隣に現れた、激安野菜を売る高齢男性。きっと悪気はないのだろうが、僕の目には目の前に立ちはだかる魔王のようにも見えてきた。そんな男性を僕は心の中で「安売り大魔王」と名付け、急いで開店準備を進めていった。
そしていよいよ祭りの開始時刻に。すると、「安売り大魔王」の知人と思われる高齢女性たちがどっとブースにやってきては、野菜の値札を物色していく。案の定、安売り大魔王の激安野菜が売れる一方で、僕が持参した野菜は一向に売れる気配がなかった。
山盛りに積まれていた安売り大魔王の野菜はみるみるうちに減り、お昼の時間を迎える頃には既に半分ほどが無くなっていた。それでもまだ、お客さんの勢いは止まる気配がない。大魔王は補充用に持ってきた収穫かごから、追加の野菜を並べ始めていた。
「このままでは午後の部に突入しても、全く売れそうにない……」
焦り始めた僕は、ついに大魔王と対決すべく「値引き販売」を決断するのだった。
極端な値引きで、周囲からは非難の声も
「ナスが5本100円です! いかがですか?」
イベント終了まであと2時間を切り、僕は大量に売れ残っていたナスを5本100円で販売し始めた。超異次元の激安価格である。すると午前中とは打って変わって急に売れ始めた。
「本当に安いわね! 最近野菜が高いから助かるわぁ」
ちょうど夕飯用の食材を買い求める時間帯だったからか、主婦らしき女性たちが奪い合うように僕の激安のナスを手に取っていく。隣の大魔王もびっくりの売れ行きである。売れるのは良いのだが、別の農家からは刺すような視線が送られてくるようになった。今や彼らにとっては僕こそが安売り大魔王である。
こうして結果的にナスを完売した僕。だが、近くのブースからは「あんなに安く売られたら、他のもんは売れねーじゃねーか!」という声が聞こえてきた。あえて僕の耳に届くような大声を出しているのは明らかだった。
その後は張り合うように見切り販売を仕掛けてくる農家もいれば、早々に諦めて終了時間よりも早く撤退を決める農家もいた。まさに「安値合戦」ともいうべき状況が繰り広げられたのである。
来場したお客さんは喜んでくれたし、個人的にも全て廃棄処分になるよりはマシだった。けれど、祭りの準備をする手間や当日の人件費を考慮したら完全な赤字である。しかも、周りの農家からは文句を言われる始末。片付けが終わるまでなんとも居心地の悪い地獄のような時間を過ごすことになった。
レベル19の獲得スキル「直売イベントは目先の利益に振り回されるな!」
そもそも直売イベントに出店してもうけるのは難しい。よほどの知名度やブランド力がある農家であれば別だが、来場する客の大半は「安価な掘り出し物」を求めているケースが多く、価格の安いものへと流れていく。
通常のイベントは、出店料や売上に応じた手数料を支払うことが多く、安値で販売してもうけを出すのは至難の技だ。また、安易な値引きをすれば、他の出店者の野菜なども売れなくなり、周囲から非難されるケースも考えられる。直売所に出品する際も同様だが、いかに適正な価格を見極めるかがとても重要である。
地域のイベントなどに出店する際は、「地域貢献の一環だ」と割り切る姿勢も必要かもしれない。その場の稼ぎのみを追うのではなく、あくまでファンを獲得するため、知名度UPやブランド力向上のために活用するなど、中・長期的な視点で臨むことが大切である。
大量に出る規格外品をどうにかしたいと思い、さまざまな施策を講じてみるも、どれもなかなかうまくいかず、改めて農業の厳しさに直面した僕。そこに追い打ちをかけるように、クリアしたはずの「農地問題」が再燃することになるのだった……。【つづく】