本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
農村はまるで“異世界”。都会とは全く違うゲームをプレイしているようなものだ。それでも最近は徐々にレベルアップし、周囲の農家と良好な関係を築くスキルを習得した僕は、少しずつ農地と収穫量を増やしていった。
とはいえ、まだ「すべてが順調」というにはほど遠い状況である。先日も規格外のダイコンを無人販売したのだが……
できるだけ手間を省いて稼げる良い方法だと思ったものの、案の定というべきか、すぐさま盗難が発生。しかも、近所の人の話から、中学生くらいの子供が盗みを働いていることが分かり、ひとまず無人販売を断念することを決めたのだった。
こうしてせっかく始めた無人販売がうまくいかず、意気消沈する僕のところに、また新たなトラブルが降りかかることになった。
大量の雑草の処分に困っていると……
就農した当初こそ農地の確保に手こずったものの、最近では「この土地もなんとか借りてもらえないですか?」という相談が舞い込むようになった。
それでも相談を受ける土地の多くは、いわゆる耕作放棄地である。数年前から耕作されておらず、畑にはびっしり雑草が生えている。なかには雑木が伸びているケースもあり、相当手を入れないと使えない土地がほとんどだった。
「なんだよ! この草の量は!」
思わず大きな独り言が出てしまうくらい、大量のセイタカアワダチソウに手を焼いていると、この地域の農家のラスボス・徳川さんが畑にやってきた。
「これが新しく借りた畑か。こりゃあ大変だな」
つい先日、徳川さんと顔を合わせた際、新しく耕作放棄地を借りたことを伝えていたのだが、まさかここまでひどい状況だとは想像していなかった様子だ。
「そうなんですよ、僕の背よりも高い草ばかりで……」
草刈り機で刈った草が大量に山積みされている状況を見かねた徳川さんは、
「燃やしてしまえばあっという間に片付くぞ。肥やしにもなるからやってみなよ!」
と、僕に野焼きをするようにアドバイスをくれた。
「燃やすんですか? 確かにその方が早いですね」
山積みにした草を見ると、適度に枯れてよく燃えそうだ。そのまま置いておいても処分に困るし、野焼きはアリかもしれない。ただ、本当に野焼きをして大丈夫なのだろうか? 自宅に帰った僕は、野焼きについて調べてみることにした。
野焼きはNGだが、農家は例外でOK?
徳川さんに話を聞いた後、ネットで調べてみたところ、やはり草木灰はいい肥料になるらしい。僕の畑の近くでも、野焼きをしているところを見るし、僕が畑を借りた地主さんのなかにも、普段から残さを燃やして処分していると話している人がいた。ただ、僕の記憶では「野焼きは禁止されている」というニュースを見た気がするのだが……。
「ご近所さんとトラブルになってもいけないし、法律がどうなっているのかも調べてみる必要があるな」
そこで、野焼きの取り扱いについて詳しく調べてみた。するとやはり、野焼き自体は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」で禁止されているようだ。ただ、この法律を施行するための細則等を定めた施行令の「焼却禁止の例外となる廃棄物の焼却」という項目を見ると、「農業、林業又は漁業を営むためにやむを得ないものとして行われる廃棄物の焼却」と書かれている。
つまり、法律的には「農焼きは基本NGだけど、農作業に関わるものは例外的にOK」というわけだ。
「なるほど。徳川さんが『農家は野焼きをしてもいいんだ』と言っていたけど、確かに法律の条文を見る限り、問題はなさそうだな」
何かとトラブルが発生することが多いので、最近は疑心暗鬼になっていたのだが、今回の徳川さんのアドバイスは間違っていないらしい。
こうして僕は、入念な下調べをしたうえで、例の耕作放棄地で野焼きを実行することにした。
まさかの消防車が来る事態に!
畑の周りには住宅も建っておらず、強風も吹いていない。これなら近隣に迷惑がかかることもないだろう。
「このまま耕作放棄地になっていたら困るわけだし、野焼きをして一気にキレイになれば、きっとご近所さんからも喜ばれるんじゃないかな?」
そんな風に思いながら、適度に枯れてきた雑草の山に火を付けた僕。すると、勢いよく雑草が燃え始め、思った以上に炎と煙が立ち上った。
「たくさん雑草があるからなのか、結構な火の勢いだな。でも、近くに住宅もないし、このくらいなら大丈夫だろう」
念のため、大きめのバケツに水を入れ、すぐに消火できる状況で火を見守っていた僕。すると、どこからともなくサイレンの音が聞こえてきた。
「あれ? どこかで火事でもあったのかな?」
するとサイレンの音が少しずつ大きくなり、僕の畑の横で止まった。そして、消防車から降りてきた男性が、あきれるような顔で僕に大声で言った。
「勝手に野焼きをやられると困るんですよ! ご近所さんから通報が入ってますよ!」
一番近い住宅でも200mは離れていそうだが、それでもクレームが入るのか。確かに突然畑で炎や煙が立ち上っているのを見たら、慣れていない人は怖いと思うかもしれない。それでも法律的にはOKなはずだ。
「でも、農家は野焼きをしても大丈夫なんですよね?」
そう反論する僕に「またその話か」とでも言わんばかりに消防士の男性が言い返してきた。
「まあそうなんだけど、この地域では事前に届け出を出してもらうのがルールだから。聞いてるでしょ?」
「え? そんな話、聞いてなかったです。すみません……」
徳川さんが肝心の話を伝えてくれていなかったようだ。僕はこの時初めて、野焼きをする時には、書面もしくは口頭で事前に連絡を入れておくのが地域のルールになっていることを知った。
クレーム頻発! 別の方法を考えることに
「いろいろとトラブルはあったけれど、連絡を入れておけば大丈夫だと分かったのは大きかったな」
先日教えてもらった手順で消防署に事前連絡を入れ、再び野焼きをすることにした僕。ただ、しばらくすると散歩途中の男性が話しかけてきた。
「ねえ、野焼きって禁止ですよね? 洗濯物に臭いがつくのでやめてもらえません?」
次の日は、愛犬を散歩させている女性から声を掛けられた。
「家の中にいても臭いんですよ。あんまりひどいなら役所に通報しますよ!」
その後もたびたび苦情を受けることになった僕。徳川さんに相談してみると「そんなもの、ワシらはずっと昔からこのやり方で続けているのに。後から農地に家を建てた者に文句を言われる筋合いはない!」と返される始末。
よく考えてみると徳川さんの畑はとても広く、僕の畑よりも民家との距離が離れている。これなら野焼きをしてもクレームを言う人はいなさそうだ。
その後も徳川さんからは、僕の畑で大量の残さを見つけるたびに「なんで野焼きをやらないんだ?」と言われたが、「ご近所さんからやめて欲しいとお願いされて……」と伝えながら、野焼き以外の方法で雑草を処理することになったのだった。
レベル15の獲得スキル「野焼きは古参農家だけの特殊スキルと心得よ!」
農業にクリーンなイメージを抱いている人もいるかもしれないが、実際には「騒音」や「悪臭」を発生させ、近隣住民とトラブルになることが少なくない。とりわけ農地転用で宅地化が進んだエリアでは、自分が暮らし始める前から農業を営んでいるベテラン農家になかなか文句が言えない分、新規就農者にクレームを伝えてくる人が多い印象だ。
前述の通り、法律上は例外的に認められている農家の野焼きだが、その一方で行政指導を行うことは可能とされるなど、その取り扱いにはあいまいな部分が非常に多い。「法律で認められているから」という理由のみで、近隣住民からのクレームに対処するのは難しく、火に油を注ぐ結果になりかねないので避けるのが賢明だ。他のトラブルと同様、ベテラン農家のやり方をそのまま踏襲するのではなく、「野焼きはあくまで古参農家だけが使える特殊スキル」だと割り切り、近隣住民に寄り添いながら、うまく落としどころを探るバランス感覚が求められるだろう。
大量の雑草をうまく処理する方法を見つけたと思いきや、結果的に消防車が出動する大騒ぎを引き起こしてしまった僕。行政にもいろいろと迷惑をかける事態になったのだが、その後、補助金を巡って行政の担当者にモヤモヤした気持ちを抱くことになろうとは、この時はまだ知る由もなかった……。【つづく】
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