就農のきっかけはブルーベリーとの出会い
江澤さんはもともと東京でサラリーマンとして働いていたが、27歳のとき家を継ぐために地元に戻った。そして、農業の知識はなかったが、JAに就職。指導員として働き始めたという。
ブルーベリーと出会ったのは、36歳のとき。農業について学ぶため、さまざまな作物を勉強していたところ、当時の組合長から声をかけられ、ブルーベリー栽培に取り組むことになった。
指導員としてブルーベリー栽培の知見を深めていたが、10年以上たった頃「片手間ではダメだ。本気でやろう」と50歳のときにJAを退職。奥さんと2人で山を切り開き、ブルーベリー栽培に取り組んだ。折しも東京湾アクアラインが開通し、東京や神奈川から多くの観光客が千葉に来るようになったこともあり、観光農園としてオープンした。
エザワフルーツランドでは1.5ヘクタールの敷地に、ラビットアイ系30種類約2000本のブルーベリーが栽培されており、時間を気にすることなく好きなだけ摘み取って食べることができる。園内には丸太づくりの休憩所や、摘んだブルーベリーでジャム作りを体験できるコーナーなど、来園者を飽きさせない工夫がいっぱいだ。
専門家から学んだ栽培方法で、4ヘクタールが枯れる大失敗
“ど根性栽培”の第一人者である江澤さんだが、最初からブルーベリー栽培に詳しかったわけではない。独自の栽培方法を確立するまでには長い年月がかかり、大きな失敗も経験した。
「ブルーベリーの育て方なんて、最初は誰も知らなかったんです。だから専門家に教わった通り、ピートモスで酸性土壌にしないとだめだとか、水切れを起こしてはいけないとか、とにかく難しく考えていたんです」
江澤さんも専門家から学んだ内容をもとに、指導員として多くの農家にブルーベリー栽培を指導した。農家の中には、かん水施設を作るために井戸を掘った人もいたほどだ。
しかし、2~3年もするとブルーベリーに異変が起き始めた。木が枯れてしまったのだ。
「指導員として7ヘクタールほどの農地を担当していましたが、そのうちの半分以上にあたる4ヘクタールものブルーベリーが枯れてしまったんです。実際に枯れた木を見てみると、どの木も根腐れを起こしていたことがわかりました」
さらに木の状態を分析していくと、意外な原因が判明した。根腐れを引き起こしたのは、肥料過多と水分過多だった。従来の栽培論では、肥料をしっかり施肥すること、そして水切れを起こさないことが大切だとされていた。しかし、枯れてしまったブルーベリーを目にした江澤さんは、この栽培法は日本の気候に合っていないのではと考えた。
アメリカ現地視察で確信!! 日本の気候や土壌に適しているのは、セオリーとは真逆の“ど根性栽培”
セオリー通りに栽培したにもかかわらず大きな失敗となってしまったが、その後、江澤さんはブルーベリー栽培の本場、アメリカ視察の機会を得ることになる。
「栽培の現場を見て、日本で失敗した理由がよくわかりました。日本と比べて、アメリカは乾燥している。雨が降らないんです。だから、かん水施設を作ってしっかり水やりをする必要があった。それに土壌の質も悪い。多量の施肥が必要な理由もそこにありました」
江澤さんがこれまで踏襲していた栽培方法は、アメリカの乾燥した気候や肥料分のない土壌に最適化された栽培法だった。一方、日本は肥沃(ひよく)な土壌で雨も適度に降る。従来の栽培法では水分も肥料分も多過ぎたのだ。江澤さんはそこから研究を重ね、日本の環境に適した、肥料も水も必要以上に与えない“ど根性栽培“を生み出した。
しかし、江澤さんが考えた“ど根性栽培”は、周りの農家に容易には受け入れられなかったという。
「農家というのは、自分が経験したこと、自分が培ってきた知見を大切にします。その点では、“ど根性栽培”はとっぴなものに映ったんでしょう」
その後、フラットな視点の新規就農者が、次第に“ど根性栽培”を学ぶようになり、現在では地域で12人のブルーベリー農家が“ど根性栽培”を取り入れている。また江澤さんはブルーベリーの専門書を出版しており、全国からの視察者も多く、年々“ど根性栽培”は増加傾向にあるという。
注目の“ど根性栽培“栽培方法とは!?
基本的な考え方
“ど根性栽培”では、以下の四つの考え方が基本となる。
◯地面に直接植える(ピートモスを使わない)
ピートモスなどの資材を使わないことで、大地に直接根を伸ばし、強い木ができる。
◯植え付け後、水やりをしない
水やりをし過ぎることは、根腐れにつながる。株元を竹チップなどで覆い、乾燥を防ぐだけで十分だ。
◯肥料はたくさんやらない(時間をかけて木を大きくする)
肥料は年に1度(冬)、菜種かすをみそ汁のおわん1杯分で良い。肥料をたくさん与えて素早く成長させるのではなく、3年ほど時間をかけて、強い根をつくる。
◯農薬を散布しない
もともとブルーベリーは樹勢が強く、病害虫に強い。江澤さんの農園では、シンクイムシが出ることはあっても、木が枯れることはないという。神経質にならないことが大切だ。
植え付け手順
実際に“ど根性栽培”でブルーベリーを植え付ける際の手順も江澤さんに教わった。
植え付けの手順は以下の通りだ。
①植え付け地を決め、穴を掘る
畝間3メートル・株間2メートル(10アールあたり166本)をとり、植え付け穴を掘る。
植え付け穴は、縦横80センチ・深さ60センチとし、土を戻しながら株を植え付ける。
植え付け地が柔らかい場所では、直接クワで穴を掘り、そのまま植え付ける。
②pHを調整する
江澤さんによると、ラビットアイ系の適正pHは5.8前後だという。
みそ汁のおわん8分程度の硫黄をふりかけ、pHを調整しよう。
pH6.0以上の場合は、植え付け地の土と硫黄を混和すると良い。
③菜種かすをまく
次に肥料として、菜種かすをみそ汁のおわん1杯分、施肥する。
菜種かすは暖かい時期にまくと窒素飢餓につながる恐れがあるため、必ず冬季に施肥すること。
“ど根性栽培”では、1年に1度だけ施肥をする。その他、細かな追肥などはしない。
④竹・ウッドチップでマルチングする
土壌を乾燥させないことが、“ど根性栽培”のポイント。
施肥を済ませたら、竹チップやウッドチップを10センチほどの厚さでマルチングしよう。
江澤さんによると、マルチ材にはもみ殻類があるが、竹チップが一番保水性が良いという。
“ど根性栽培”の注意点
◯“ど根性栽培”が推奨するのは、ラビットアイ系品種。暖地でもよく育ち樹勢が強く、収量も多い。実も大きく、熟すと柔らかく甘くておいしい。ハイブッシュ種も良いが、pHを4.5以下にすることが必要。
◯植え付け後に水やりをしてはいけない。水分量をおさえることで糖度の高いおいしいブルーベリーになる。
◯3年かけてゆっくり木を育てること。時間をかけることで、より強い木に育つ。
◯2年目以降、施肥をする際は、以前マルチングしたチップを、熊手でいったん外すこと。
ブルーベリーは日当たりが良く、水はけがいい土地を好む。江澤さんによると、もともと果樹園をしていたようなところであれば、ブルーベリーは十分育つとのことだ。牧草地のような土が硬いところでは、土を柔らかくすることがコツ。そのため、縦横80センチ深さ60センチの穴を掘り、土を埋め戻して、植え付ける。植え穴をしっかり掘って、根を張りやすいようにしよう。
“ど根性栽培”をきっかけに、地域が動き始めた
江澤さん1人で始めた“ど根性栽培”も、現在では12軒のブルーベリー農園に広がっている。彼らは、木更津市観光ブルーベリー園協議会として観光ブルーベリー農園を開いている。農薬不使用・有機栽培という安心・安全性は子どもに良いものを食べさせたいという親心を刺激してか、家族連れの観光客が非常に多い。また、最寄りのJR馬来田駅のホームや地元の小中学校の校庭・道の駅にブルーベリーの木を植えるなど、地域一帯でブルーベリー生産地としてのPRを続けている。
さらに、千葉商科大学との産学連携により、農園で栽培したブルーベリーを使った商品を開発。江澤さんはブルーベリーの生産に集中しながら、オリジナルのさまざまな商品を展開することに成功している。
“ど根性栽培”をきっかけに、地域が活性し始めたといえるだろう。
江澤さんは“ど根性栽培”について、「安全・安心・おいしい。これに勝るものはない」としながらも、この栽培法を全国に広めるには、まず、ブルーベリー栽培が産業としてもうかる構造にならなければと考えている。
「1人で頑張っていても、産業として発展する以前に、応援の輪がなかなか広がりません。仲間と一緒に取り組むことで、応援してくれる人が増えていきます。自分の農園が良ければそれでいいのではなく、地域一帯となって挑戦していきたいですね」
失敗から生み出された常識破りの栽培方法が、新たな産業の礎になる日も近い。“ど根性栽培”の将来に注目していきたい。